裏2
めちゃめちゃビックリした。喫茶「スモール・マウンテン」での朝のおしゃべりを終え、今夜の夜勤に備えるため帰宅したときのことだ。
ふと気がむいてアパートの郵便受けを開けた。自慢じゃないが、独り暮らしのオレは毎日郵便受けを開ける習慣はない。
たぶん月に1、2回といったところだろう。各種支払いの請求書が郵送されてくるので、最低でも1回は開けるのだ。たまたま今日がその日だった。
必要な書類を取り出すために、まず、山のような広告チラシを排除する必要がある。宅配ピザ、寿司、たこやき、ハンバーガーとつぎつぎにチラシを捨てていく。
郵便受けはアパートの1階に住人の数だけまとめてあって、その真下にチラシ廃棄ボックスが用意されている。これに片っ端から突っ込んでいくのだ。
捨てようとした1枚のチラシに偶然目が留まった。それで冒頭へもどるが、めちゃめちゃビックリしたというわけだ。
【多々木探偵事務所 050-XXXX-XXXX】
探偵事務所の広告など、ふだんなら見向きもしない。だが、オレは「多々木」という3文字に思わず目をうばわれた。
いったいこれは、なんという偶然か。それともただの間違いか……いずれにしても、ためしてみる価値は充分あった。
電話をかけるまえに夢の内容をもう1回反芻した。が、自分でもおどろくほど細部については忘れていた。
いや細部じゃない。主要人物である多々木という男性と若林という女性の顔が、まず思い出せない。ヤマゲンはもともと一人称視点なので、顔はわからない。
まあいい。逆におぼえていることだけメモに書き出していく。
多々木、若林、そしてヤマゲン。彼らは会社みたいなところにいて……いやちがう、事務所だ!
思わず部屋で独りで叫びそうになった。そう、夢のなかでヤマゲンは会社ではなく「事務所」という言いかたをしている。
彼ら3人が話していた内容もアリバイがどうしたとか、それっぽい内容だった。まあ雑談の域を超えないかもしらんが。それでも、彼らがまともな仕事の話をしていないことだけはたしかだ。
……なんかオレ、探偵という仕事にそうとう偏見があるらしい。気をつけよっと。
ひとつ深呼吸してスマホを取り出した。通話モードにしてチラシの番号を画面にタッチしていく。見たかんじ、オフィス用のIP電話の番号のようだ。
数回コールしたあと、電話がつながった。
「お電話ありがとうございます。多々木探偵事務所です」
女性の声だった。すわ、もしかして彼女が若林さん? ……だが焦りは禁物だ。オレはまず大物から指名した。
「もしもし……あの、石原と申しますが。そちらに多々木さんという男性は、いらっしゃいますでしょうか」
すぐに応答はなかった。たっぷり4秒は間があったと思う。
「……えっと、叔父のお知り合いのかたでしょうか」
電話の女性はそう聞いた。
「あ、はい」
オレは正直に答えた。知り合いっちゃ知り合いですよ、夢のなかで、ですけども。心で呟いた。
「あのですね、叔父はいま海外にいまして。私が2年まえにここを引き継いだのですが」
「そうなんですかー」
言いながらオレは脳ミソをフル回転させた。やばい、初っ端からはずしてしまった、弾はあと2発……。




