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お昼に多々木さんが急に立ち上がって言った。
「今日はボクがお弁当をご馳走しよう。好きなものを言いたまえ」
「アタシ、しょうが焼き」
「オレは唐揚げで」
彼はうなずくと事務所のドアを開けて出て行った。階下のほか弁まではものの10秒だ。
オレは3人分のお茶を淹れた。今日はオレが当番だった。
すぐに多々木さんがお弁当を持って帰ってきた。彼はそれぞれ注文したものを配った。
「所長、いただきまーす」
「いただきます。……それ、なんです?」
オレの問いに彼は勝ち誇って言った。
「ふふふ、のり弁だよ」
3人で黙々とお弁当を食べた。ちくわの磯辺揚げが入っているから、のり弁なのか。どんだけちくわに拘ってんだよ!
「タイムスリップってのは、はたして可能だろうか」
また唐突に多々木さんが言った。
「現代の科学では、無理なんじゃないですかね」
今度は振られるまえにオレが答えた。お弁当を食べたあとの午後は、なんでもいいから喋っていないと眠くてかなわない。
「べつに現代の科学にこだわる必要はないさ。未来から誰かがやってきて、ボクらにそのノウハウを教えてくれれば、いい」
「あー、それ、このあいだテレビで見ましたよ」
また若林さんが口を挿んできた。彼女も眠いのだろうか。
「過去へタイムスリップするのは無理みたいですね。いまだに誰も未来人と遭遇していないのが、その証拠だってテレビで」
「ふーん、過去へは無理か」
多々木さんは腕を組んだ。
「じゃあ、未来へタイムスリップできる可能性は、まだ残されているんだな?」
「未来にタイムスリップできても、帰ってこられないんじゃあ、ほとんど死後の世界に旅立つのと変わらないですね」
オレがそう言うと彼は笑った。
「たしかに。でも1週間くらいのスパンなら面白いかもね」
「どういうことです?」
「たとえばヤマゲンくんが、いまから1週間後の未来へ旅立つとする。いまこの世界からきみは消えるわけだ」
「そうですね」
「きみという惜しい人材をうしなった我われだが、なんと、1週間後にまたきみに会えるじゃないか」
オレは思わず吹き出した。
「それってオレが1週間旅行に出かけたのと、おなじじゃないですか」
「我われにとっては、そう。でもきみには事情が異なる。世のなかで起こった1週間分のニュースを、きみはまったくしらないわけだから」
「なんだか浦島太郎みたいですね」若林さんが笑った。
「浦島さんてのは、あれ、そうとう立場がわるいね。……たとえば留守中に彼の家で殺人事件が起きていたら、なんて言い訳するつもりだろう」
また多々木さんが突拍子もないことを言い出した。
「そりゃあ、ちょっと竜宮城に行ってましたって……あ、」
「竜宮城の存在を証明できればね。かなり、むずかしいだろうな」
頭をかきつつオレは言った。
「……彼にはアリバイがないわけですね」
「彼ってゆうか、きみだけどね」
まだその話つづいてたんかいっ……1週間旅行のやつ!
そこで目が覚めた。また寝汗びっしょりだった。彼らの夢を見たのはこれで2度目だ。
わかったことが、ふたつある。
ひとつ。夢のなかでオレはヤマゲンと呼ばれているが、感情や思考は石原そのものだということ……まあ、あたりまえか。オレの脳内だし。
もうひとつ。親愛なるヤマゲンくんは、新入社員なのかもしらんが? ほとんど情報を持っていないということ。多々木という所長と若林という女性の名前くらいしか、彼はしらない。




