忘れ物
「ほら、これがさっき、きみが撃った弾」
彼はそう言い、オレは目が点になった。
「あ……な、なるほど」
ようやくそれだけ言えた。銃口が薄い長方形だったことに合点がいったからだ。
「マスター、この銃どうしたの?」
すると彼はことの経緯を説明した。昨日、閉店間際にカウンターの隅で見つけたそうだ。まるで隠すかのように、それは雑誌の下敷きになっていたという。
「うわー、悪質ですねえ」
オレの言葉に彼はまた苦笑いで返した。照れ笑いのようにも見える。
「それがね……ほら、この四角い銃口だ。オモチャだと思うよね?」
「ははあ」
そうか、彼は何気なく試し撃ちをしてしまったのだ。それでこの銃の威力と、弾が十円玉であることをしった。
「……いやいやいや、おかしいでしょ。なんですぐに警察に届けなかったんですか?」
「だって、」
マスターは子どものようにモジモジしながら言った。
「忘れ物をした人が、取りにくるかもしれないし」
彼はじっとオレを見つめた。いや、オレじゃねえし! ……たしかに、「クローズド」の表札があるのに店に入ってきたのは、それらしいけども。
「マスター……この銃ヤバイって。改造銃の所持で、これになっちゃうよ?」
オレは手錠をはめられるジェスチャーをしてみせた。
「どうだろう、石原くん。きみがこの銃を預かってくれないかな」
「はあっ?」
なに頭のおかしいこと言ってんだ、このおっさんは。
「なんでオレが……」
「ほら、きみがうっかり、自分のと間違えて持って帰っちゃったみたいな」
「どんなシチュエーションだよ! ……西部劇の酒場ですか、ここ」
マスターは残念そうにため息を吐いた。
「……やっぱり、ダメか」
「ダメです。警察に届けましょう、即座に」
と、そのときだった。背後で店のドアを開けるカランコロンという音がした。音を聞いただけで背中から汗が噴き出した。
咄嗟に銃をカウンターに置いた。すると、おい、みたいな感じでマスターがオレを睨んだ。いやいやいや、おい、じゃねえし。
彼は素早く銃を回収するとカウンターの内側にそれを隠した。
「あのう、今日はお休みですか」
女性の声だった。振り返ると、そこには思わず二度見するほどの美人が立っていた。黒のジャケットにパンツというフォーマルないでたち。ローポニーテールが大人っぽさに拍車をかけている。
「……い、いらっしゃい。ちょっと開店準備が遅れてしまって」
マスターは若干、いやかなり上ずった声で言った。
「大丈夫。やっていますよ、大丈夫」
オレもわけのわからないセリフを吐いていた。親指アップまでして。
「あの、えっと、昨日ここに忘れ物をしたみたいで……」
女性は俯きながらそう言った。
「あー、はいはい。まあとにかく、おかけになって」
マスターのすすめで、彼女はカウンター席のオレのとなりに座った。シャンプーのめっちゃいい香りがした。
「お忘れ物というのは、どんな?」
マスターが聞いた。いきなり例の銃を取り出さなかったのは、まあ慎重というか、用心深いというか……。
「オモチャの……ピストルです」
彼女は消え入りそうな声で言った。だがそれは決定的なひと言だった。マスターはついに観念して、カウンターの内側からアレを取り出した。
ごと、と鈍い音がした。重さといい質感といい、本当に、弾が十円玉であること以外は本物の銃と比べてなんら遜色なかった。
「これ、アタシの忘れ物です。ごめんなさい」
銃に触れようとする彼女をマスターが制した。
「お待ちください。……規則で、忘れ物の受け渡しには本人確認の書類を提示していただくことになっています」
彼はやさしく、でもきっぱりと言った。たしかに、いきなり店に入ってきた彼女はあやしすぎる。美人だけど。
「……ですよね、ごめんなさい」
彼女はバッグのなかをまさぐり、名刺サイズのそれを取り出してマスターに見せた。運転免許証だった。