【解決編】前編
後日。オレは喫茶「スモール・マウンテン」でコーヒーを飲んでいた。いつものカウンターの指定席で……それはそうなのだが、ちょっと様子がちがった。
今日は貸し切りだった。時刻は20時をまわっていて、すでに閉店している。がらんとした店内にオレと彼だけだった。
マスターが超深刻そうな顔をしている。
「話ってなんですか。まさか……本当にまさかですけど、愛の告白とかやめてくださいよ?」
「そんなんじゃない」
それを聞いて安心した。いや、本当にどんな可能性もあるから。
「探偵が訪ねてきたんだ。納涼祭の翌日、閉店間際に」
マスターはいきなり話しはじめた。そして1枚の名刺をオレに差し出した。
【多々木探偵事務所 調査員 多々木可奈】
名刺にはそう書かれていた。
オレはへえ、と気のないフリをしながらも身を乗り出した。探偵とかミステリとか大好物なんである。
「石原くん、ボクはね、きみとちがって話が上手じゃない。ひどく混乱もしている。支離滅裂な話になったら遠慮なく言ってほしい」
「まかせてくださいっ」
そう言いながらも、オレはこんがらがった話を紐解いていくのが大好きだ。得意でもある。オレのことは、どうでもいい。
「先日の納涼祭だけど……」
「マスター」
いきなり話の腰を折ってしまった。彼にはわるいと思ったが、ここはオレの流儀に合わせてもらおう。
「ごめんなさいマスター、さきに質問させてください。探偵はなぜこの店をしっていたんですか。あなたがたは知り合いですか」
「いいや」
「じゃあ探偵は、誰かの依頼でここに?」
「いいや」
「探偵みずからの意思ですか」
うん、と彼はうなずいた。オレは思わずニヤリとする。
「いたんですね? 納涼祭に、探偵が」
「うん」
「あー、あのときか」
わざと勿体つけるようにオレは言った。
「納涼祭でオレら、百合子さんに自己紹介しましたよね? あのときマスター、あなたはこう言ったんです。『小山です。喫茶店の店長をしています』、と。それを探偵が傍で聞いていたんだ」
「……うん」
「探偵はなんらかの理由で、その小山さんに会いたがった。じゃあ小山さんがやっている喫茶店は? この商店街でそれをさがすのは超簡単です。だってここ、『スモール・マウンテン』ですから」
「あいかわらず舌好調だね、きみ」
マスターがあきれたように言った。だがオレの舌は止まらない。
「探偵がマークしていたのは田代一家か、レイモンド鈴木。いや両方かもしれない。ちがいますか」
「勘弁してよ……なんで、わかるの?」
「簡単ですよ。あの納涼祭の目玉はレイモンド鈴木の特別ライヴでした。それがなければ、ただのお祭りです。まあ、けっきょくただのお祭りになっちゃいましたけど。……そして、レイモンド鈴木を誘致したのは田代一家だ」
渋い顔で頭をかくマスター。
「なんか、やりづらいなあ」
「オレにはもう、だいたい見当がついているんです。レイモンド鈴木がライヴを辞退した理由。あれ、身内が急病だなんてウソでしょう?」
「ウソかどうかは、わからない。だがウソっぽいと探偵も言っていた」
「探偵の見立ては?」
オレが聞くとマスターは深いため息を吐いた。