挿話「ダイアローグ」
男は狼狽し、すこし躊躇ったのち、指定された携帯番号に電話することにした。彼自身のシニア用スマホを取り出し、番号をタッチする。
5、6回コールしたあと留守番電話につながった。くそ、と男は内心で吐き捨てた。
「鈴木と申します。急ぎ電話ください」
男はそうメッセージを残すと電話を切った。そして頭を抱えた。本番まで時間がない。
とりあえずタバコを1本だけ吸おう。そのあいだにコールバックがなければ、仕方ない、つぎのアクションに移らねばならない。
そうして、タバコをさがそうとジャケットをまさぐっているうちに着信があった。
「もしもしっ、鈴木です」
「……あ、お電話いただきました。多々木探偵事務所の者ですが」
コールバックをよこしたのは女性の声だった。
「探偵……?」
わけがわからず、男は呟いた。
「そうですが。ご存じで、ない」
「ええ、」と男は言った。「番号だけがメモされていました。それと『彼女に電話しろ』、と」
「そう」
すこし間をおいて女は言った。
「……で、ご用件は?」
男はそうとう苦い顔になった。どう説明すりゃいいんだよ、この状況……。
「爆弾があります」
そう正直に答えた。それしかなかった。
「うちは爆弾処理は、やってませんが。警察に通報されたら、いかがです?」
女はいたって冷静な対応をした。
「そのつもりです。けど、『警察へ通報するまえに彼女に電話しろ』とメモが」
男が言うと、女は電話のむこうでため息を吐いた。
「かなり、めんどくさいわね。あの子ども……」
女の口調が変わった。だがそれより、子どもという言葉が男には引っかかった。
「子どもって、どんな?」
「野球帽をかぶってウエスト・ポーチをしていたわ」
「時計を持っていなかったか? 置時計だ」
「持っていた」女はふふ、と笑った。「ミ○キーの絵が描かれたやつね」
思わず男は絶句した。その少年とはさっき廊下ですれ違っている。
「もしもし」
「……あ、いや、すまない」男は額の汗をぬぐう。「その少年と会ったことがあるのか」
「ええ、そのときアタシの名刺を渡したの。携帯番号が載っているやつ」
「その少年は、探偵のアンタになにを頼んだんだ?」
すると、電話のむこうで女はまた笑った。
「おしえてほしい、って」
「なにを?」
「爆発しない爆弾のつくりかた」
「……で、アンタはなんて答えたんだ」
「そんなのしらない、って」
「そうか。じゃあ、いま目のまえにある爆弾は爆発しないんだな?」
「そんなのしらない。警察に通報したら、どう」
「そうだな」
メモにもそう書いてある。男は女に礼を言って電話を切った。




