リクエスト
オレは小首をかしげた。納涼祭の楽しげなイメージと、このテンションの高い密会がどうしても、つながらない。
「それをなんで源次に内緒で話す必要があるんです? ……まさか、アイツに裸踊りでもやらせるんですか」
ちょっとフザけて聞いたつもりだったが、マスターはちっとも笑ってくれなかった。くそ。
「源ちゃんのお母さんが絡んでいるんだよ」
マスターは真剣な表情でそう言った。
「母親……」
たったそれだけで、あ、こりゃ複雑そうだなと思った。
源次の母親が45歳と若いことは、先日はじめてしった。が、その母親が本当の母親でないことは以前からしっていた。
源次は子どものころに母親を亡くしていて、いまの母親は父源太郎の再婚相手である。
このことは、ほかでもない、源次自身の口から聞いた。いわゆる言いにくい話というやつだ。好んで言いたい話ではない。
「源太郎さんて、いつごろ再婚したんでしたっけ」
「12年前。恵一くんがもう11歳になる」
恵一というのは源太郎と再婚相手のあいだにできた子どもで、源次にとっては異母兄弟になる。こういう細かい情報をオレはいままで、しらなかった。だからマスターに具に聞く必要があった。
ちなみに源太郎さんは、そば屋の大将だ。屋号を「そば源」という。
「12年前っていうと、源次がいま25だから13歳のときか……。あたらしい母親とも、もう死んだ母親とおなじくらい暮らしているんすね」
「うん、べつに百合子さんと上手くいってないとか、そんな話じゃないよ」
言ってマスターはビール・ジョッキに口をつけた。
百合子さんというのが例の若々しい母親の名前らしい。若々しいというのは、彼女の聞いていた音楽からくるオレの勝手なイメージだ。
「その百合子さんがね、ある大物歌手を納涼祭に誘致したんだけど……それが通っちゃってさ」
「え……まさかナムロアミエ?」
先日の話の流れだと、そうなる。そうであってほしい。
「ナムロアミエなら問題ないんだ。残念だが違う。もうひとつのほう」
思わず目が点になった。
「えええーーーっ! まさか……レイモンド鈴木ぃ!?」
「通っちゃったんだよ。百合子さんがブイ・プロ(ダクション)に手紙を送ったら、OKの返事がきたそうだ」
オレはビールで喉を潤し、気分を落ち着けた。なんだ、なにがどうなっている……。
「源太郎さんがレイモンド鈴木の大ファンらしい。それで奥さんに頼んで、彼女の希望で誘致した体になっている」
「なるほどね、」オレはひどく納得した。「フォーク世代じゃない女性からのリクエストとくれば、レイモンド鈴木も大喜びだ。しかもその女性は、ご丁寧に名前に『百合』が入っているじゃないですか」
「そう……歌うんだよ、あの名曲を。問題はここからさ。どうも源太郎さん、百合子さん、恵一くんの3人もステージにあがるらしい」
「みんなで大合唱っすか……うわー、寒いっすねえ」
そこでマスターは1杯目のジョッキをあけた。すこし間をおいて彼は言った。
「源ちゃんの気持ちを考えるとね、ちょっと複雑だと思うんだ。もちろん源太郎さんは源ちゃんのこともステージに誘った。でも断られたらしい。源太郎さんがそう言ってた」
頭をかきつつオレは聞いた。
「……源次は納涼祭、参加するんすか?」
「参加すると思うよ。恵一くんがお兄ちゃん(源次)と一緒に祭りに行くの、たのしみにしているからね」
「うわー、ますます複雑ですね。源次にしたら強制的に家族の熱唱を聞かされるハメになるんだ……」
「うん、ボクも」
そう言って彼はオレを見た。思わずはっとした。
そうなのだ、マスターも源太郎さんとおなじく商店街の役員、つまり納涼祭の主催者だ。参加しなかったら殺されるだろう。