納涼祭
後日。いきなりオレのスマホに電話がかかってきた。マスターからだった。
そのときオレは夜勤明けで爆睡していた。着信音で起こされたのだ。スマホの「通話」をタッチするまえに画面上の時刻を見ると20時をまわっていた。
「もしもし……」
「あ、石原くん。小山です……ごめん、寝てた?」
オレはベッドから起きながら、大丈夫です、と彼に伝えた。とりあえずタバコが吸いたい。
「今晩空いてる? いまから、飲みに行かないかい」
「……え、まあ、いいですけど」
タバコに火を着けながらあれ、そういやヘンだなと思った。
これまで、飲み会のお誘いはいつだってメールだったのだ。
マスターもオレの仕事をしっていて、こんなふうにオレが夜勤明けであることも考慮してくれて。
「あれ、もしかして、なんか大事な話ですか」
「そうなんだよ。……あのね、できれば、いやぜったいに源ちゃんと鉢合わせしたくないんだ」
「どういうことです?」
「わけは会ったときに話すから。わるいけど、本なまら駅まで出てきてくれないかな」
「……わかりました」
オレは電話を切ると身支度をはじめた。夜勤明けだが充分寝たのでフルパワーだった。
いつもとちがうシチュエーションなので、ちょっとワクワクした。いつもはオレとマスター、そして源次の3人でつるんで飲むことが多い。だが今日は源次抜きだという。
最寄り駅であるなまら駅の、ひとつとなりが本なまら駅だ。
オレはマスターと落ち合うと、適当にチェーン店の居酒屋を見つけてそこに腰を落ち着けた。
「いったい今日はどうしたんすか? 『ひじ』じゃダメだったんすか」
店員さんが持ってきてくれたおしぼりで手を拭いながら、オレはマスターに聞いた。
「『ひじ』はマズいよー。源ちゃんがふらっと入ってくる可能性大だろう?」
ひじ、というのはオレら3人のたまり場みたいな居酒屋のことである。なまら駅商店街にあって、マスターの喫茶店からは目と鼻の先だ。
「おなじ理由でうちの店もダメ。源ちゃんは閉店後でもお構いなしに入ってくるからね。石原くんも、だけど」
オレは苦笑しながら聞いた。
「とにかく、なにがなんでも、オレらが密会しているのを源次にしられたくないんですね?」
マスターがうなずいた。そこで最初のビール・ジョッキが運ばれてきた。
「とりあえず乾杯だ……ふたりだけの夜に」
「ちょっと、気色のわるいこと言わないでくださいよ」
ジョッキを合わせると彼はその中身を呷った。かなりテンションが、おかしなことになっている。
「……で、話ってなんです?」
さっそくオレは本題に入った。マスターがジョッキをテーブルに置く。
「納涼祭だよ、商店街の」
納涼祭、通称「なまら祭」は商店街において、1年で最大のイベントだった。
納涼なのに秋めいてくる9月下旬に毎年行なわれる。どうもここの住民は納涼の意味を取り違えているらしい。
暑い日々も、もうお納めですね? みたいに解釈しているようだ。
のうりょう【納涼】:炎暑の候に暑さを避けること。〈涼み〉ともいう。
ミニ情報でした。