化石
「レイモンド鈴木? しらねー……」
源次が投げやりにそう言った。
「レイモンド鈴木、……はいはい」
オレはしったような、しらないような微妙なリアクションをした。俳優としてならその男の名前は聞いたことがある。
が、『ユリが咲いた』をレイモンド鈴木が歌っていたのは確実にしらなかった。
「石原くん、よくこんな古い歌しってるねえ。世代じゃないでしょ?」
そう言いつつもマスターはちょっとうれしそうだ。
「ええ……じつは、子どものころに強烈な印象が残っていて」
そのエピソードをふたりに話すことにした。つかみはバッチリだった。
これはあくまで印象であって記録に残っているものではない。じつは記憶もそうとうあいまいだったりする。
オレが小学校低学年のころの話だ。たしかPTAの行事かなにかだったと思う。はっきりしなくて申し訳ないが、とにかく学校で親と一緒に歌を歌う機会があった。
その歌も、前もって練習したとかじゃなく、その場のノリで適当に歌うような感じだった。レクリエーションってやつ?
当然オレはその曲をしらなかった。だがうちのオカンはしっていた。それが『ユリが咲いた』だった。
「わかるかな……自分のとなりで、オカンがマジ・モードで歌うのを聞かされる感じ」
「なるほどねー」源次が笑いを堪えつつ言った。「なんか、ウハーってなるよね」
「そうそう、ウハー……って感じ」
当時の感覚がよみがえり、オレは本当に恥ずかしくなってきた。
「いい話じゃないの」
マスターが微笑ましそうに言った。
「そのときの印象はとにかく強烈でした。……それから何年もたって、懐メロのTV番組かなんかであらためてこの曲をしって、ああ、こんな曲だったんだって思いましたね」
「曲のタイトル、しらなかったの?」
「しらなかった……歌詞もなにもかも、いまのいままで完全に忘れていましたよ。びっくりです」
「CDに焼いてあげようか?」
「いえ……それは、いいですけど」
「いいのかよっ」
源次が的確なツッコミをいれる。オレは笑ってごまかした。
「なんでしょうね、あの感覚……。曲をとおして、オカンの青春時代が垣間見えちゃうのが小っ恥ずかしいのかな。オカンがずっと若いころに歌っていたであろう歌、ですからね」
「オレなんかはべつに、母親の若いころの音楽とか聴いても、なんとも思わないっすけどね」
「えっ……そうなの」
源次の言葉にオレは興味をひかれた。だから彼に聞いた。
「たとえば、どんな曲?」
「そうっすね……ナムロアミエの『セレブレーション』、とか」
一瞬、オレとマスターは目が点になった。
「若っ」
「若っ!」
およそ0.5秒遅れくらいで、オレたちはおなじ言葉を吐いていた。
「……おまえのオカン、歳いくつよ?」
「45」
源次はつまらなそうに、ぽつりと言った。そうだった、彼はこの話題があまり好きじゃない。まあ、それは措いといて……。
思わずため息が出た。そうか、『セレブレーション』からもうじき20年とか経つのか。するとこの曲も、そろそろ懐メロといっていいのかもしれない。
じゃあ『ユリが咲いた』はどうなる。化石?