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スモール・マウンテン  作者: 大原英一
第二話 ユリが咲いた
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ミュージック

 その日、オレは行きつけの喫茶店「スモール・マウンテン」を訪れた。小山さんという初老の男性がそこのマスターをやっている。店の名前、直訳かよ。

 店に入ってまず確認するのが、カウンターにおけるオレの「指定席」が空いているかということだ。もちろん、この店に指定席なんてない。オレが勝手にそう言っているだけだ。

 今日は指定席が空いていた。ラッキー。座ったついでに、となりの先客に声をかけた。オレとおなじ、この喫茶店の常連である。


「源次」

「あ、石原さん。ちーす」

「今日は(夜勤の)入りか?」

「うっす」


 源次はこの町内にあるそば屋の息子で、愛嬌がある。だが彼にそば屋を継ぐ気はさらさらなく、全然べつの仕事をしている。くわしいことはオレもしらないが、土木関係で夜勤もある仕事らしい。

「石原さんも、っすか?」

「いや、オレは休み」

 かく言うオレも土木関係ではないが夜勤メインの仕事をしている。おなじ穴のムジナ。

 夜勤の人間は基本的に生活が不規則だ。平日に休みが多いという特徴もある。源次のように午前中、喫茶店(ここ)でヒマをつぶし、午後は寝に帰って夜勤に備えるという行動パターンも大いにうなずける。


「きみたち、ほかに行くところ、ないの?」

 マスターの小山さんがオレにコーヒーを差し出しつつ言った。オレのように常連になると、いちいち注文なんかしない。黙っていてもマスターイチ押しの1杯が出てくる。

 たまに、なにこれ酸っぱ! っていうのもあるけど……。


「やだなー、マスター。オレらこの店の売り上げに協力してるんじゃないっすかー」

「それは、ありがたいけどね源ちゃん。こう見えてもウチ、けっこう繁盛してるんだよ?」

 そうなのだ。平日の午前中だというのに、意外とお客さん、いっぱいなんである。

 モーニングを頬張る人、新聞を読む人、タバコをふかす人、仕事の打ち合わせをする人……とまあ、いろいろ需要はあるらしい。

 昨今ではタバコを吸えるという環境は強みかもしれない。そのためにわざわざ高いコーヒー代を払う者もいるのだ。オレがそう。


 ふと、音楽が耳に入った。店内で流れているBGMだった。つまりマスターの趣味だ。


 ほかの店では、たとえば有線放送を流しているところなんかも、あるかもしれない。この店はちがった。

 今日日きょうびハードディスクを搭載したオーディオ・プレイヤーなどは巷に溢れている。何千曲も録音ができ、また何時間でも再生が可能なので、これがあれば有線契約なぞする必要がない。

 唯一の難点は、自分でネタとなる音源を探してきて録音しなくちゃいけないことだ。が、マスターはそれが苦にならない。だから趣味だと言っている。


「あれっ、マスターこの曲……なんて曲だっけ?」

 オレの問いに彼は即答した。

「『ユリが咲いた』」

「あはっ、まんまじゃないっすか」

 源次がちょっと小バカにしたように笑ったが、マスターは意にも介さなかった。


 音楽でも映画でも小説でも、なんでもそうだが、自分の嗜好フェイバリットを他人にけなされると腹が立つものだ。が、マスターはいちいちそれに目くじらを立てるようなことは、しない。自分の好きな曲はただ、自分が好きでさえいればいい。そうドッシリかまえられるマスターは大人だ。

 いっぽう源次のほうも、悪気があって茶化したわけではないだろう。彼は単純にこの曲をしらないのだ。はじめて聞く言葉や音がおもしろく聞こえることは、ままある。

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