閉店
その日、オレは行きつけの喫茶店「スモール・マウンテン」を訪れた。小山さんという初老の男性がそこのマスターをやっている。店の名前、直訳かよ。
ドアを開けようとして、「クローズド」の表札がかかっていることに気づいた。あれ、今日は定休日じゃないはずなんだが……。
とりあえずドアノブをひねると、開いた。過去にもこういう例はあった。なにか支障があって開店準備が遅れているのかもしれない。
店内は照明も点いていたし、いたって普通だった。カウンターには店主のすがたもあった。
「どうしたの、マスター。表札がクローズドになっていたよ?」
オレは彼に声をかけた。ひょっとして、表札のかけ間違いかとも思った。
「ああ……石原くんか。いらっしゃい」
マスターはなんとなく元気がなかった。やっぱり、なにか問題があったのだろうか。
「どうしたのよ。なんか困ったことでも?」
言いながらオレはカウンター席に腰かけた。我ながら図々しいとも思うが、彼のこの表情を見たら放ってはおけない。
「コーヒー、飲むかい?」
「……あ、うん」
マスターはオレの質問に答えようとしなかった。
なんだよ、かなり深刻な問題か。オレは後頭部に手をやった……と、そのとき、ヘンなものが視界に入った。
それは黒く光る、映画のなかでしか見ないような代物だった。端的に言うと拳銃だ。
オレは驚いて身体をのけ反らせた。その様子を、マスターが残念そうに見つめていた。マジか……でも、これで彼の浮かない表情に理由がたつ。
「これって、本物の拳銃?」
「いや、たぶん違う」
彼がそう言ったので、おそるおそる銃を眺めてみた。そして思わずズッコケそうになった。銃口が丸ではなく、薄い長方形だったからだ。
「ちょっとマスター……わるい冗談やめてよ。これ、オモチャなの?」
否定も肯定もせず、彼はただ苦笑いするのみだった。
「触っても、いい?」
オレは聞いた。これが単なるジョークであると、たしかめたかったのだ。
「いいよ」
お許しが出たので、黒光りするそいつを手にとった。予想に反しズシリと重かった。ちょっと洒落になっていない気がした。
「……う、撃ってみても、いい?」
声が震えた。はやく、はやく冗談だと言ってくれ。
「いいよ」
銃爪を引いたが動かなかった。
「あれ……マスター、動かないよこの銃爪」
「石原くん」
彼は諭すように静かに言った。
「まずは、あの瓶に狙いをつけてみようか」
マスターが指さしたさきのテーブルには、都合よくワインの瓶が1本置かれていた。都合よすぎじゃね?
とりあえず、オレは彼の言うとおりに銃口をそっちへむけた。
「銃には安全装置がかかっているんだよ。ほら、そのツマミ」
オレはモデルガンを扱う感覚で、指示されたツマミを指で押しさげた。まったく、これで冗談だったら、そうとう手が込んでいる。
パッリィィィーーーン!!
銃爪を引いたのと瓶が砕け散ったのが、ほぼ同時だった。
死ぬほど驚いて、マスターの顔を見た。銃を撃ったという感覚がまるでなかった。が、たしかになにかが発射され、瓶は破壊されたのだ。
マスターは無言のまま、箒と塵取りを持って瓶の破片を回収しに行った。完全に予定調和の動きだった。わざわざワインの空き瓶を用意したのだから……。
片づけが終わると彼は床からなにかを拾いあげた。それは1枚の十円玉だった。