戦闘
心地よい鳥の鳴き声の中、爽やかに起床する。
……ベッドがただの木の板でなければ。
身体中が痛い。
これなら野宿と大して変わらないではないか……。
ギシギシとなる恐ろしい階段を下り、食堂へ向かう。
「あ~ら、お・は・よ・う♡」
「……おはようございます」
「どうしたの、元気ないわねえ」
「いえ、大丈夫です」
「そう~? はい、これ朝食ね」
そういって乾パンを渡された。
銅貨2枚の食事……確かに妥当である。
銅貨2枚なら乾パンしか買えないであろう。
乾パンを口に放り込み、むしゃむしゃと咀嚼する。
それにしても……これなら野宿した方が良いのではないか。
何故朝からオカマを見なきゃいけないんだ……。
寝ざめは最悪であった。いつも通りである。
◇
「マリーさん、これ受けます」
「ゴブリンの5体討伐ね。分かったわ。ソウ君、気をつけてね」
「はーい、行ってきます」
ドアに向かって歩く。
素手でなんとかなるのだろうか。
いや、なんとかせねば。
倒せないと死ぬ。マジで。
「待ってソウ君! あなた武器は?」
「ここにあるじゃないですか?」
「……どこに?」
ポンポンと拳をたたく。
「この拳ですよ。それじゃあ」
「ちょっと待って!!」
「まだ何かあるんですか?」
「いや貴方ねえ、素手で勝てるわけないじゃないの! あなたまだ弱いのに!」
バカな……?
最弱のゴブリンなら最弱の俺の拳でもなんとかなると……。
「なんとかならないわよ!」
「心でも読めるんですか!?」
「仕方ないわね……。ちょっと待ってて」
「え? は、はい」
マリーさんは奥に行って、数分したら短剣を1本持ってきた。
「はい、これあげるわ。どうせあなた、お金ないんでしょ?」
「いや、そんな申し訳ないですよ」
「いいの! 今度、ご飯奢ってくれればいいから。ほら、行きなさい」
ご飯奢る方がお金かかりそうな気がするんだけど……。
乾パンじゃダメだよな。
ご飯代集めるために今夜はまた野宿かなあ。
◇
街を出てすぐのところにあるこのグラス平原。
ここは専ら、弱い魔物しか出ないから新米冒険者に人気がある。
というか他のとこ行くと死ぬ。
その一角には、今日も新米冒険者が叫んでいた。
「うわあああああゴブリン2体もきたあああ!!」
……実に情けない。
ソウジは、本日もまたゴブリンから逃げていた。
「卑怯者おおお!! 1体ずつかかってこいよ!」
当然、ゴブリンにそんなこと言っても理解するはずもない。
聞いた話では、高位の魔物は人語を理解するらしい。
そんなこと、今のソウジにはまっっったく関係ないが。
もしかしたら一生関係ないのかも知れない。
出来ればそんな事態は回避したいが。
「ふう、なんとか逃げ切ったな。よし、1体のゴブリン探そう」
あたりを見回し、ゴブリンを探す。
「お、発見。よし、マリーさんに貰ったこの短剣で、ゴブリンなんてけちょんけちょんにしてやるぜ!」
ゴブリンに向かって走り出す。
すると、向こうもこちらに気付いたようで、こっちに走ってくる。
「うわあああゴブリンこえええ!!」
思わず背を向けたくなる衝動を抑え、ゴブリンに向き合う。
「俺は情けない男は卒業した! かかってこいよゴブリン!」
短剣を握り、前方に構える。
ゴブリンの動きは単調である。
だから、ランク1の俺でも狩れるのだ。
いや、まだ狩ったことないけど。
「きええええ!!」
ゴブリンの攻撃を一歩引いてかわす。
勢いでよろけたゴブリンにすかさず短剣で腕を切る。
「よし、入った!」
もちろん、ゴブリンもそれで終わるわけがない。
残ったもう一つの手で攻撃をしてくる。
だが、腕を切られて動きがより単調になっている。
それをかわせない俺ではない。
かがんで躱し、背後にまわる。
そのまま背中を切りつける。
すかさず返す剣でもう一度切る。
「きいいいいいい!」
ゴブリンが背中を切られて前へ倒れこんだ。
「もらった!」
馬乗りになり、背中に深く短剣を突き刺す。
「き、き……」
ゴブリンは動かなくなった。
しばらくすると、ゴブリンは灰となって消えた。
その場所には、小さな石が一つ、転がっていた。
魔石である。
魔物の心臓ともいうべき石で、これを破壊されると魔物は死ぬ。
魔物は死ぬと灰になり、この魔石を落とす。
それを拾って袋に入れる。
「よし、一体目……っと」
次の獲物を探すべく、俺は走った。
◇
誇らしげな顔でギルドに入る。
当然だ。はじめて自分で魔物を倒したのだ。
浮かれるのも当然である。
「マリーさーん!」
「ソウ君お帰り……ってあなた血だらけじゃないの! どうしたの!?」
「あ、いや……これ返り血ですから」
「うわ……」
「それより、これ魔石です。はい」
「え、ええ。はい、これが報酬よ。銅貨25枚」
「25枚!? そんなにもらえるんですか!」
「ええ。討伐クエストは、採取クエストより基本報酬がいいのよ。まあ、例外もあるけどね」
「へえ……今まで俺は何を……」
「ま、まあ今日は頑張ったんだし、宿に戻ってお風呂にでもはいってらっしゃい」
マリーさんに言われた通り、宿に戻って……いや、あんな宿には戻りたくない。
新しい宿を探そう。もうちょっといいとこ。
【ボロイ宿】を素通りして、もう少し先まで歩く。
すると、いかにも安そうなボロくさい宿が見えてきた。
「よし、ここにしよう」
宿の前に立ち、名前を確認する。
「えーと【ボロくさい宿】ってデジャヴ!! もういいわ!」
壁は相変わらず木で出来ているが、剥がれているところはない。
さすがにたらいは無いと信じたい。
「ごめんくださーい。一晩泊まりたいんですけど……」
宿に入り、カウンターに声をかける。
すると、奥から女の人の声が聞こえてきた。妙に高い。
「はあい♡ お・ま・た・せ♡」
俺は絶望した。
「なんでまたオカマなんだよ! ボロい宿にはオカマしかいないのか!」
「オカマじゃないわよ!」
「え、うそ、どう見ても男……」
「あたしはお・と・め・よ♡」
「やかましいわ!」
◇
なんとか部屋に入り、ベッドに腰掛ける。
銅貨15枚も取られた。食事代込みで20枚。
確実に足元見てるよね畜生!
オカマはもうこりごりである。
次はもうちょっとお金が貯まるまで野宿しよう。
ボロい宿はもう嫌だ。
始めての戦闘と、オカマの対応による疲れで、俺はすぐに眠りに落ちた。