33 私の修学旅行②
「集合しろー、集合」
すでに鹿苑寺前に集合済みの生徒に向って中山の大きな声が響く。
金閣寺という別名に恥じない重みのある金の輝きの寺だが、中山のせいで台無しだ。
気温20度で快晴の絶好の天気なのに、赤い顔や青い顔の生徒が多いのは、羞恥心のせいである。
先ほどは竜安寺で石が転がっている庭を見学している時も一番五月蠅かったのが中山で、生徒はこういう公共の場での振る舞いには気をつけようと学んだのだった。
しかし、強い者は許され弱い者は虐げられる。
まさに金閣寺を造営した室町時代の足利義満3代将軍の政治である。教師の横暴は許されてしまうのだ。
「では、ガイドさん、お願いします」
中山は弱腰で案内人に説明を任せ、偉そうに『邪魔だ、邪魔だ、どけどけぃ!』と言いながら生徒を押し退けながら出ていく。
阿草は憤慨して顔を真っ赤にしている。
「あらあら」
高山は口元に手を当て鼻で笑っていた。
興味がなさそうに無表情を貫いているのは一穂、香川と南だった。
最も、南の能面のような顔には『愚民が・・』と書いてあるわけだが。
「おい、8班、ちょっと来い」
唯我独尊の小心者、中山が妙に小声でつぶやいた。
なぜか怯えたように震えている。
南の無機質な視線、真っ赤に燃える阿草の睨み顔、刺さるような香川の眼に恐れたのかもしれない。
逃げ出すように生徒の輪から離れる中山をゆっくり追いかける。
「虐めてる気分になるな……」
一穂は通信講座の猿先生を思いだしながら歩いた。
理科担当教師のキャラクターで生徒へ教えるため身体を張った実験を繰り返し、3月号では写真しか登場していなかった猿である。生徒のミイラが小さい壺を持っていたのが意味深だった。
「おーし。揃ったな。お前らに重要な話がある。よく聞け」
中山が無駄に声を張り上げ、離れた場所にいる生徒の数人がちらり振り返って同情の眼を向けてきた。
阿草は腕を組んで真っ赤な顔が爆発しそうになっている。
「8班は7組で一番優秀な生徒が揃っている。お前らは推薦というのを知っとるか?」
一穂以外にとっては常識で、今さら何を言い出すのかと呆れていた。
阿草は優秀と言われて照れていたようだが……。
「香川はスポーツ推薦の……」
「スカウトが来て、もう高校決まってます!」
話をぶっつり切った香川が鼻息をふんっと出した。
中山は肩を落として、しょげている。
「なら、いい。残りの4人は学年順位のトップ30人だ。内申点次第ではお前らにも推薦がある。学校推薦では一般入試と違い、1・2年の内申点は考慮されない!3年時の内申点と小論文、それから面接だけで決まる!落ちても一般入試受けれる!いいか、入学試験はない!」
自慢話でもしているかのように誇らしげな中山である。
既に知ってるとばかり退屈そうな南や高山とは対照的に一穂は困惑していた。
「内申点……?」
ぽつりとつぶやいた。
小さすぎて誰にも聞こえなかったが、一穂の疑問は晴らされる。
「内申点は試験で高得点を取ったり、宿題や授業を真面目に取り組んだり、英検や部活で頑張ってたら上がる!お前らは推薦『候補』だからしっかりやるように!わかったらさっさと帰れ、さっさと!」
「そっか」
一穂はにやりと笑った。
推薦入試ならノート丸暗記でしか得点がとれない国語も問題なくなる。
今まで知らなかったが、一般入試なら1・2年の学年最下位級の成績が足を引っ張ってしまう。
因みに、中山は意図的に教えていないが、学級委員になる事自体も内申点に加点される。
高校進学率と進学先を気にする中学校からすれば、一般入試では市立高校入学に見込みのない一穂こそが最大の推薦候補なのだ。
この後は大善寺に訪れたのだが、国宝である文化財など目には全く映っていなかった。ただただ推薦を得るための将来計画を立てていたのだった。
◇
修学旅行2日目、快晴。
昨日より少し暖かく、気持ち湿気の少ない散歩日和。
8班は三十三間堂に向かう道すがらホームレス調査をしていた。
「駅周辺は綺麗だったのに。公園を探索してみれば馬鹿みたいにあるね。あ、馬鹿だから家がなくなっちゃったのか」
調査はテントや段ボールハウスなどのはっきり視認できる住処を数え、場所ごとに比較する事である。駅周辺、公園、川沿いの3種類を2か所ずつ調査する事で決まっている。駅周辺と川沿いは調査する公園とほぼ同じ面積を南がパソコンを使って予め地図に描き込んである。
住処を数える事にしたのは、見た目では薄汚い人とホームレスを見分けるのが難しい事と京都のホームレスの半数がテントを常設していると南が情報を得たからだ。
「そろそろ時間だ。三十三間堂へ向かう」
調査時間や歩行時間は南が管理している。
いつも人を馬鹿にした顔なのに、今日はなんだか張り切っているようだ。
道が縦横に等間隔で並んでいて惑わされそうな街並みを南が地図とコンパスを持って先導している。携帯のマップを使えば現在地がわかるはずなのに誰も指摘しなかったのは、どうせ論破されるだろうと予想できるからだ。しかも、立ち止まったり道に迷っていないので、方法を変える必要もないとわかった今では誰も気にしなくなっている。
「ホームレスと言えば、横井の友達に近衛っているだろ。あいつ中山にホームレス見学しに行って来いって言われたらしいよ。もしかして、馬鹿すぎて高校行けないのかな?」
阿草が馬鹿にしたように手を口に当てて嘲笑う。
「近衛…… ああ、真紀」
石井、一穂と真紀が掲示板に載る勝負をした後も結局真紀は上位30位には入れなかったので阿草は知らないのだが、真紀も順位は多少上がって学年40代だ。
「あらあら、馬鹿と罵っていた横井さんがすぐ後ろまで迫ってきて虐める対象探しに必死なのかしら?」
阿草が手を握り、キッと高山を睨む。
その瞬間、空気がずんっと重くなった。
……背筋がぞくっとする。
「あら?そこにいるのは敬子さんじゃありませんの」
はっとした顔の石井とその周りでわたわた踊るように動く中学生4人が20メートルほど後方に固まっていた。恐らく石井の班なのだろう。
石化が解けたかと思うと走ってきた。
「ご、ご無沙汰です!」
「あら、1日会わなかっただけですわよ」
高山が微笑んでいる。
無言で照れて石井は俯いてしまった。
「敬子さんたちは何してらっしゃるの?」
石井班と香川が動きを止めた。
無言の間。
「さ、三十三間堂に行く途中だったんすよ!」
石井班の男子が大きく腕を振りながら声を出した。
南は時間を気にしているが、予定にゆとり時間を入れているおかげか今の所イライラはしていない。
「そうでしたの。奇遇ですわね。私たちもですわ」
高山は南の方へ振り返り、微笑んだ。
南は小さくうなずいた。
「行くぞ」
南班は歩き出し、石井班は固まっていた。
高山が振り返って、石化状態の石井たちに目を一瞬だけ見開いて、胸元に右手を当てた。
「貴方たちはいらっしゃいませんの?」
そして、石井班が仲間に加わった。
この後、ホテルに着くまで行動を共にする事になるのだった。




