26 私の勝負③
真紀、石井、一穂の3人が給食を賭けて競い合った中間試験。
試験は全て返却済で掲示板に結果が出るのを緊張して待っていた。
真紀は勝負に期待できる程の点数がどの教科でもなかったらしく意気消沈している。
一方で、武士のようなただならぬ威圧感をだしながら石井は静かに席に座っている。
石井敬子、頑丈で剛力に物を言わせた圧倒感がある柔道部の星。
今年8月に個人・団体両方で全国大会出場した柔道初段で体育の実技成績が極めて高いが、ペアやチームになる時は毎回高山と一緒だ。初段の年齢制限が満14歳でなかったら、もう2段以上なんじゃないだろうか。
そして、運動では役立たずの高山を傍らにした石井はバドミントンでもサッカーでも負けない。キーパーの攻撃的な鉄壁は1点も譲らない成果で、サッカー部からの勧誘がたまにある。
石井と高山の出会いは小学生時代にまで遡る。
その時から強健だった石井は脳みそも筋肉だと馬鹿にされていた。
当時は勉強が苦手で掛け算もまともに覚えていなかった。
高山はその頃から頭が良く、クラスでは1位や2位の優等生。
4年生で初めて同じクラスになって、生年月日が近かったため前後ろの席だった。
「貴女って本当にどうしようもないくらい馬鹿ね」
真っ直ぐに眼を見て高山が発言して、世界が変わった。
腕っぷしだけは強かったから、正面から馬鹿にされた事は皆無で、教室はしんと時が止まったように静かだった。
「ここをこうすればいいのよ」
驚いて思考停止していた石井に高山が説明をしてくれているのに気付くのに数秒かかった。
「え?」
情けない声が零れた。
「だから、ここをこうすれば、ここがこうなるでしょ?」
高山は熱心で優しい先生だった。口調はともかくとして、わからない部分を理解できるようにあの手この手で解説をしてくれた。愚直で妥協しない性格だった石井は素直に教えられるまま努力した。何度も壁にぶつかったけど、その度に高山が壁を崩し岩を退けレールを敷いてくれた。
中学で学年順位30代を維持しているのも、恒例になっている高山の特別授業のおかげだ。そして、同時に高山を越えてしまったらもう一緒にいられないのではという不安のせいで30位の壁を越えられないでいる。
今回の勝負の勝利条件は掲示板に多く載る事。
総合得点トップ30人と主要5教科各科目がそれぞれ上位5人までが掲示板に載る。この6つの中で同数掲示板に載る事になれば総合順位の成績で雌雄を決する。
名前が載る事自体が難関なので、誰も掲示板上に載らない可能性は十分にある。
しかし、石井は総合順位で30位に入る自信があった。
実力はあるはずなのに30代に留まっている石井に絶好の舞台を設け、背中を押してくれた高山に応えるべく心から奮闘した結果、自己最高点を叩きだしているからだ。
◇
一穂もまた勝利の可能性を握りしめていた。
総合順位では完全に圏外だが、クラス最高得点の社会96点がある。科目別では一穂が掲示板に載る可能性が高い。問題は科目別で載ったとしても、総合順位で誰かが30位に入れば負けるという事だ。
残る科目の点が特別低いわけではないが、一穂が掲示板入りを夢見れるほどの点数の科目は他にはなかった。
一穂は点数を思い出す。
社会は学年最高が98点。
国語は80点で、予想以上に高得点だったが学年最高は94点。
数学は60点、平均55点なので科目目標は達成。
理科は85点、腹筋が翌日筋肉痛になった程笑いを堪えるのに体力を費やされた結果点数が落ちた。最高点は100点なので掲示板圏外だろう。
英語は19点、260位前後じゃないかと予想している。全校生徒280人だからワースト30には確定しているはずだ。
中央校舎1階の自動販売機の隣、緑の掲示板前に生徒が20人程集まっている。
1畳ほどの大きな紙を中山と社会の橋本が広げ、端をピンで留めた。
いつもなら不満を露わにしているはずの中山がにやけていて気持ちが悪い。
「え……」
「っし!」
総合成績27位、石井敬子。
石井はオリンピックで優勝した選手のように全身で歓喜を表現していた。ただし、叫んだりはしていない。
高山は石井を見て微笑み、はっとして表情を変え目を細めた。
「ようやく掲示板に載ったわね。呆れる位待ちましたわ」
「ありがとうございます!」
石井は感謝の声を轟かせた。
高山は驚いて固まった。
一穂は放心していた。
パンかチーズケーキか。
給食が奪われる、と膝を落とし両手をついて、気絶した。
◇
給食の日。
一穂は悔しさと口惜しさのせいで周りの声が聞き取れない日々を送っていた。
そして、笑顔の石井を恨めしい目で石井を睨んでいた。
石井(と高山)が近づいてくる。
真紀は隣で何かを喋っているようだが頭に入ってこない。
無言で見つめ合う一穂と石井。
「どれでも好きな物を言って」
石井が口を開いた。
差し出す品を選べと言うのか……。
ふんわりして、蒸気が出ている出来たてパン。
変哲もないが弁当屋情報で厳選された事を知っている牛乳。
秋と言えばやっぱりきのこ、旬のきのこのクリームシチュー。
農家間で臨時の品評会で大荒れの末野菜を選出されたブロッコリーとトウモロコシのサラダ。
弁当屋屈指のチーズケーキ。
好きな物を選べと言われれば、たとえ強奪されるとしても一番美味なのを選ばざるを得ないだろう。
頬を涙が零れる。
ここで選ぶべきは……
「チーズケーキ」
抜群の美味しさを一穂が保障できる。
そして、少し眉をぴくつかせた石井がチーズケーキを皿ごと移動させた。
石井の盆から一穂の盆に。
一穂は雷に打たれたような衝撃を受けた。
眼がぱっちり開く。
「どういう事……?」
冗談でやっていい事と悪い事がある、一穂はむっとした。
「……?」
「かずっちが貰う戦利品だよ!」
疑問符を浮かべて微動だにしない石井に見かねて、真紀が大声をあげた。
「……?」
「あらあら、まさか結果を確認していないのかしら」
「かずっちが掲示板に名前2つ、けいっちが1つだよー」
真紀は少し悲しみを帯びた声をあげた。
「え?」
社会以外に90点代はない。
壮大なドッキリだろうか、と警戒を緩めない。
「本当にお馬鹿さんね。社会96点学年2位、国語80点学年5位ですわ」
首を上下にぶんぶん振り回す真紀を見て、一穂は椅子にへたり込んだ。
給食の味は驚きの連続で麻痺したのかよくわからなかった。
一穂の中間試験の成績は社会96点の学年2位、国語80点の5位(80点が4人)、理科85点の学年9位、数学60点の学年148位、英語19点の学年263位だった。
国語は中間・期末試験でノートの丸暗記で点数を稼げるからこその点であり、市立高校入試問題過去問では歯が立たない。
しかし、社会と理科の学習方法は完全に確立していた。




