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24 私の勝負①

 最高気温が30度を越えなくなり、早朝の気温はがくっと数度にまで下がった。

 冬が見え隠れする10月だ。

 衣替えで制服が黒く変わる10月だ。

 3年生は受験する高校を決めるタイムリミットが近づいていてピリピリしている。


「かずっちー、ねぇ、聞いてよー」

 衣替えした姿に教室中の視線を総集めしている真紀だ。

 上目遣いだ。

 男だったら一瞬で惚れてしまうのではないだろうか。


「聞いてる」

 昼食を終えた一穂が細い眼を向けた。

 市立高校への合格ラインが丁度学年上位30人。

 試験結果が掲示板に貼りだされるのも上位30位なので、市立高校を合格できるか見極めるのに有効でわかりやすい目安だ。


「30位かー。まだまだ全然きついなー。かずっちはいけそう?」

「さあね」

 不安げな視線を向ける真紀から目をそらしたままそっけない返事をした。

 外は晴れている。

 夏休みに特訓した成果がどの程度になるのか見当もつかない。

 そして、学年上位の生徒の実力も一穂には未知なのだ。


「塾でさ、3年になったら今まで部活してた人が勉強に集中するから、今上位でも慢心していれば追い抜かれるかもって言っててさー」

「うん」


「私はまだ合格圏内にさえ入ってないから肩身が狭いよー」

 確か真紀はバスケットボール部だったはずだ。

 一穂は帰宅部なので、早いうちに30位以内になるのが目標だろう。


「教科絞ってみようかなー」

「なんで?」


「掲示板に載ってみたいじゃん」

 教科別も上位5人が貼りだされる。

 こちらは総合得点の上位層とかぶっているせいか話題になる事は少ない。


「あら、あらあらあらあら、貴女方、掲示板に載るつもりですの?」

 高山雫、学年順位15位前後の秀才だ。

 口元に手を当てにやにやしている。


 一歩後ろにはやはり石井敬子が立っていた。

 学年順位30代で今回こそは掲示板組に入ろうと奮闘している努力家だ。

 高山のように気品はなく無骨だが、にやにやしている。


「そうだよ。しずっち。夏休み頑張ったし」

 自信ありそうな言葉とは裏腹に目は泳いでいた。

 真紀は不安なのだろう。


「自信おありですのね。ならこの際、勝負してみません事?」

「勝負?『ティーンズ』に勝てるとまでは思ってないよー」

 真紀は両手を挙げて降参表明した。


「うふふ。違いますわ。勝負するのはこの石井敬子と貴女方よ」

 口元に手を添えて細めた眼を向ける。

 巻き込まれた一穂は無表情で高山を見上げた。


「どういう勝負?」

「貴女たち、掲示板に載るつもりなのでしょう?次の試験で掲示板に記された方が勝ちでどうかしら?」

 石井は無言を貫いている。

 しかし、溢れ出る熱意で気温が数度上がったように熱い。


「い、いいよー。勝っちゃうよー」

「あらあら、威勢のいい事」

 真紀は握り拳を高く掲げている。

 また、局所的に気温が上がった気がする。


「そういえば、来月は1日だけ給食が再開されるはずでしたわね。勝った方が負けた方から好きなものを1つ貰うというのは如何?」


 愕然とした一穂が口を開き――

「いいよ!やってやるー。母の期待にも応えたいしー!」

 真紀に先越された。


 1日だけの給食。

 公開されているメニューはパン、牛乳、きのこのクリームシチュー、ブロッコリーとトウモロコシのサラダ、チーズケーキ。


 一穂御用達の弁当屋『真心ファミリー』からの情報によると、パンは有名ベーカリーが提供権を賭けて競っているそうだ。そして、チーズケーキは『真心ファミリー』が内定している。

 学校への協力に情熱を傾ける市民の熱意が高まり過ぎて休止した学校給食。

 期待しない方がおかしいだろう。


「掲示板に2人以上載ったら?」


「あら、考えてなかったわ」


「科目別と総合順位で名前の載った数が多い人が勝ち。同数なら総合順位が上の人が勝ち」

 一穂が熱意を持って勝敗の詳細を提案する。


「わかったー」

「……」

 気勢溢れる返事の真紀と無言で頷く石井。

 3人分の熱意で息苦しい。


「ふうん。難しいとは思うけど、頑張る事ね!」

 真紀と一穂をまるで宝くじで1等を狙う人を蔑むように嘲笑った。

 高山にとっては眼中にない学力かもしれないが、一穂はともかく真紀の前回の成績は学年65位、クラス9位である。30位に全く手が届きそうにないわけでもないのだ。


「ありがとう!」

 真紀は応援されたのが嬉しくて満面の笑みをみせる。

 想定外の反応に高山は顔を引きつらせた。


「わ、私はそろそろ行きますわ。そろそろ掃除時間ですし」

「またねー」

 ちらりと黒板上の丸時計を確認すると、確かに昼休みが終ろうとしていた。


 ◇


 家庭科室前の廊下が一穂の担当場所だった。

 廊下の端には掃除用具の物置。


 箒は高さ1メートルほどの籠に突き刺さっている。

 ゴルフの素振りの要領で数ある箒から調子のいい掃き具合のものを選ぶ。

 柔らかい日差しの下、一穂は1週間後の中間試験に想いを馳せた。


「目標かぁ」

 一定のリズムで箒で床を払い、塵も積もれば山となる具合に目に見える程の砂が集まっていく。


「社会で学年1位、理科でも学年1位」

 通信講座の試験では7月号から9月号までの3回で社会が全部90点以上。

 理科は毎回点数が上昇していって、最後の試験は86点。応用問題で減点が目立つ。


「数学は平均点越えかな」

 家庭教師の愛ちゃん先生のおかげで授業は理解できている。

 問題を解くのが絶望的に遅い事と基本問題しか解けないのがどこまで改善するかが勝負だ。


「国語も平均点越えを狙おう」

 漢字の暗記以外にも黒板を書き写してノートをつくるという大進歩を遂げている。

 乱雑としていて、字も汚いが、黒板上の内容は網羅されている。


「英語は……」

 授業は理解不能。

 英単語も覚えた先から忘れる。

 英語教師は変態。

 箒が手から落ちる。


「壊滅的だ……」

 一穂は深い溜息をついた。


 ◇


 試験までの日々は別に今までと変わらない。

 社会や理科は教科書や問題集を暗記。

 数学は基礎問題を解いていく。

 国語はノートと漢字を暗記。

 しいて言えば、数学の愛ちゃん先生から試験の心得を教えてもらった事だろう。


「試験ではさ、最初から最後まで全部解いていきたいって思うかもしれないけど、難問に時間を費やしすぎると、分かる問題を解く暇がなくなっちゃう」

 1学期社会の期末試験で一穂が失敗したように。


「だから、わからない問題はすぐ飛ばして、最後に戻ってきたらいいかもね」

 ひたすら反復練習。


「記憶って言うのはね、何度も何度も繰り返して学習して定着するんだよ」

 復習を何回できるかが勝負の決め手。

 手を変え品を変え復習する。


「それからね、夜はしっかり寝る事!勉強したら眠くなるでしょ?」

 1学期までは授業中によく眠くなっていた。


「脳が勉強した事や起こった出来事を整理するために睡眠するからなんだ。新しい知識が増えたらそれだけ整理する事が増えるからね」

 2学期になって授業が眠くなくなった理由の1つは、既に知ってる情報の割合が多くなったからだろう。


「長期的に考えて睡眠時間は絶対に削っちゃいけない部分だよ。ごちゃごちゃで訳が分からないなんて事態にならないように。知識をきちんと分類しておくためにね」

 しっかり寝る。

 英語の授業中も寝る。


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