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21 私の2学期

 この学期最初の授業は1学期を振り返る事だった。数学でいえば、連立方程式、図形と不等式の復習だ。

 午前中の国語、数学、理科、社会で認識した事がある。


 まず1時間目の国語は例外だ。

 特に何も気が付かなかった。正確には宿題を忘れている事を認識したが、昨日の始業式後のホームルームで通告されている。


 しかし、数学、社会、理科の問題集以外は無視しようと固く心に誓っている。

 受験まで時間がないので、読書感想文やら自由研究やらに時間をかけてられないのだ。


 2時間目の数学で副担任の前野が言っている内容がある程度理解できた。暗号でしかなかった前野の言葉から趣旨を理解する力がついたんだと気が付いた。愛ちゃん先生のおかげだ。


 理科の授業では、通信講座と教科書、問題集で夏休み中に暗記した事ばかりで、懐かしい気持ちになった。通信講座で理科を担当しているキャラクター、猿先生の身体を張った授業が頭にこびりついているのに気が付いて唖然とした。


 さらに一穂を震撼されたのは、担任で理科担当の中山の立ち位置が猿先生と同じで、猿先生の身を犠牲にした授業が連想されてしまう事件だ。

 おかげで授業中にも関わらず度々破顔してしまい、席が後ろだった幸運に心底感謝した。中山には変な目で見られたが、顔を伏せて声を潜めていたら何も言われなかったので一穂の横隔膜は命拾いした。


 社会では暗記し終えていて復習の意義も見いだせず、授業で新しい発見がなくてつまらないという境地に達していて驚いた。今まで授業が難しすぎて飽きていたのに、真逆の理由で同じ現象が起きたのだ。

 退屈だから授業中に予習し始めた。今まで授業の倦怠期はお絵かきで紛らわしていたのに、輝かしい心境の変化だ。


 ◇


「かずっちー、ご飯食べよ~」

 新学期最初の昼休み、人気者の真紀が弁当片手に一穂の席まで歩いてきた。


 夏休み中はご無沙汰だった『真心ファミリー』の絶品弁当を机に置いている一穂は顔を顰めた。弁当屋の店員室井の初心者マークが取れ、盤石の構えで営業中の弁当を目にしたら、常人では食欲に耐えられず発狂してしまうのではないかと不安で仕方がない。


「いいけど」

 猜疑心に塗れた顔で答え、味わいつつも鉄壁の防御で料理を守り、瞬足で食べる。

 食への情愛と執着は前と変わらない。

 やはりご飯もおかずも筆舌にし難い程美味で、脳みそをとろけさせる。

 ふと視線を前にすると真紀は悲しそうな顔で一穂に視線を向けている。


「ねぇ、相談っていうか質問があるんだけど」

「弁当ならあげない。相談の余地なし」

 きっぱりと明確に、先手で弁当奪取の手を防いだ。


「いや、弁当じゃなくてさ」

 一穂の猜疑心に塗れた疑惑は晴れない。以前から何度真理が弁当を狙ってないと主張しても一穂には届かない。

 手早く夕飯を掻きこみながら、万全の全方位防御の構えで食事を摂る。


 今は無理だと悟った真紀は悲観的な想いを必死に鎮めて一穂が食べ終わるのを待つ。

 毎回の恒例行事のようなものだ。

 一穂が弁当に蓋をして、晴れ晴れとした顔で一息ついた。


「かずっち。夏休みどうだった?」

 真紀は対照的に不安で押しつぶされるのを必死に堪えてる顔だ。


「よかった」

 勉強三昧で知識も伸びて有意義な夏を過ごしたのだ。

 宿題は全然やってないが。


「そっかー。私は塾、行ってたんだけど。全然ついていけなくて、大変だったよー」

 元気そうに振舞おうと無理しているのが、功を奏したのか失敗だったのか、一穂には文字通りの意味しか伝わらなかった。


 市立高校を目指す人ばかりが集まる専門塾に通っていた真紀は優等生揃いの授業に立ち向かっていったのだが、周りとの理解力の差に愕然とし、自信喪失していたのだ。

 学力は伸びていないわけではないが、精神的に崩壊しそうなほどボロボロで、勉強に集中しようとしてもやる気が出ない。ブレーキをしたまま自転車を漕いでいるように気持ちと理性がちぐはぐなのだ。


「そっか」

「本当、母の期待が重いわー」

 両親の期待じゃなくて母単体の要求が高いのか、と漠然と思ったくらいで一穂は聞き流していた。


 ◇


 英語の授業では今後の課題が再確認できた。

 単語や文法が覚えられない件と授業についていけない件だ。単語はローマ字で覚えているのだが、なかなか記憶に定着しないのだ。


 探しているらしい英語の家庭教師に一縷の望みを託すしかない。

 そういうわけなので、英語の授業は一穂の席だけ美術の授業に独断で変更されたのも仕方ない。

 この日の午前中は全く絵を描いていなかったので、集中して有意義な絵画活動ができた事に満足している。


 最後にホームルーム。

「えー、3つ、重要な知らせがある。よく聞け!」

 中山は上から目線で大声をあげるが、生徒はすでに沈黙して傾聴している。

 例外として一穂は身体を痙攣させて、音もなく笑っている。


「まず1つ目はわかっとると思うが職場体験が今月ある。希望職種を提出する事」

 希望職種の意思表示をするプリントは今まさに前野が配っているところだった。

 一穂の笑顔が凍り付き、そしてにやりとさっきまでとは別の笑みを浮かべた。


 プリントを受け取り、1枚後ろに手渡す。

 すぐさま3つある希望職種の1番上が埋まった。

 中山は束の間、訝しめに不満顔を見せた。


「2つ目は授業参観だ。日時を書いたプリントを用意してあるので、しっかり渡す事」

 中山はほくそ笑んでいる。

 どうせ親の前でホームレス反対運動でもするつもりなのだろう。

 一穂の冷え切った視線が中山を貫いたが、さすがに慣れているのか気にした素振りも見せない。


「最後に、まぁ、これは2つ目とも関係あるんじゃが、参観日の後に任意の教育相談会があるから、それも伝えておくように。以上」


 中間試験前の1大イベント職場体験に想いを馳せた。

 いったいどんな事が学べるのだろうか。


 蛇足だが一穂の中学では9月に文化祭がある。

 風邪(?)で休むのであまり重要度の高くない行事である。


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