第四話 『舞い降りた怪物』
翌日。
昨日の喧嘩は冒険者同士のいざこざということで処理されたらしい。
それを止めに入ったということで、あの騎士はお咎め無し。
ヤシロ達に注意するように呼び掛けたが、「納得いきません」と男達の処遇に不満を抱いていた。
まったくの同感だが、あの騎士の男は何だか嫌な感じがする。
あまり関わりたくないというのが本音だ。
まあ、ヤシロ達に危害が及ぶようなら容赦しない。
数日は彼女達にもあまり外出せず、気を付けるように言い聞かせておいた。
といっても、聖剣祭が近いから、少ししたら外へ出ることになるのだが。
聖剣祭といえば、少し前に学園から通知が来た。
なんでも、今年の聖剣祭で、賢人祭の三日目で行われる予定だったトーナメントをするようだ。
毎年、聖剣祭では聖剣に捧げる演舞や試合などをしていたそうだが、今年は未来ある学生たちのトーナメントになったらしい。
聖剣祭の二日目の午前に学生試合が行われ、午後から聖剣の儀式を行うようだ。
俺、ヤシロ、テレスは、予選をすっ飛ばして本選の試合に出場できる権利が与えられた。
当然、三人とも出場予定だ。
アルレイドの話によると、俺へ通知に行く間に一悶着あったらしい。
黒髪黒目を神聖な聖剣祭の場に出していいのか、と。
そこにエレナやスイゲツが口を出して、大荒れに荒れた結果、差別は良くないと、俺へ通知が来ることになった。
エレナ達には後で礼を言わないとな。
大会で一位をとれれば、エキシビションマッチのような形で現剣聖――アルデバランと戦える。
いずれは越えなければならない相手だ。
ここで一度、力量を直に感じておきたい。
それには優勝しなければならないんだけどな。
まぁ、それは置いといて、だ。
「……そんなことが。誉れ高い騎士にそんな人がいるなんて、信じたくないですね」
放課後。
俺はエステラに連れられ、学校を歩いていた。
目的地へ向かいながら、昨日あった騎士の事を説明している。
「騎士全員がそういう訳じゃないだろうけどな。まぁ、なんだ。王都でも割りと物騒なことがあったから、一応報告だ」
エステラには関係のない話かもしれないが、注意するに越したことはない。
聖剣祭の影響で、外部から王都へ色々な人が参入してきているし、中には迷宮都市にいるような荒々しい連中がいるかもしれない。
まぁ……俺がトラブルを寄せ付けているような気がしないでもないが。
「はい、私も気を付けておきますね。でも……ふふ」
どこか、エステラがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「私のことも、心配してくださるんですね」
「そりゃそうだろ。何かあったら、嫌に決まってる」
「嬉しい、です」
「……そうか」
屈託のない笑みを向けられ、俺は思わず視線を逸らす。
当然のようにヤシロ達と絡んでいたから忘れていたが、本来の俺はコミュ力ゼロなんだ。
女の子にこんな風な顔をされると、あれだ、ちょっとドキドキする。
こいつ、俺のこと好きなんじゃないだろうか、みたいな気分になるのは、非モテの宿命だな。
「ウルグ殿は人殺しのような凛々しい目つきをしているのに、とてもお優しい」
「多分褒めてくれてるんだと思うけど、それ貶されてるようにしか聞こえないからな!?」
「ちゃんと褒めてますよ! あぁ、その目で見られると斬り殺されそうでドキドキします」
「やっぱ貶してんだろ……!」
そんなやり取りをしている内に、目的地に到着した。
学園の端にある、広々とした野外スペースだ。
「時間より少し早いですが、もう全員集まってるみたいですね」
俺は以前、軽い気持ちでエステラの後輩達の前で鍛錬の仕方などを教える、などと約束してしまった。
今日がその日だ。
エステラの呼びかけで、十数人の後輩が集まったらしい。
「これで、全員……か」
……うん。
ちょっと想像してたより多いな。
多くても、二、三人くらいだと思ってた。
「な、なあ。やっぱり無かったことには出来ないか?」
「そ、そんな!」
一応聞いてみたが、エステラがムンクの叫びみたいな顔をしたので駄目そうだ。
後輩ももう集まってるらしいし、ドタキャンは流石に不味いだろう。
レックスにやったみたいに修行方法とかを教える感じだと思っていた。
だがどうやら、エステラは心構え的なことを教えて欲しいらしい。
心構えね……。
「穢らわしい黒髪が心構えを説くなんて失笑ものです」
「偉そうにしないでください、平民の分際で」
なんか俺の貴族のイメージだと、こんな事を言われるような気がする。
何か被害妄想が強い気がしないでもないが、割りとありそうだなぁ……。
まあ、集まったのは貴族だけじゃないらしいが。
待ち受ける後輩達に戦々恐々としている内に、目的地に到着した。
既に後輩達は集まっており、やってきた俺達に視線を向けてきた。
「やっぱ多い……」
それに加え、エステラの後輩というだけあって、女性が多かった。
貴族らしい子も何人かいたが、平民の子も同じくらいいる。
事前にエステラから話を聞いていたからか、後輩達は黒髪黒目の俺を見てもそれほど驚かなかった。
「あれが噂の……!」
「……《剣鬼》」
何やら、俺を見てぼそぼそと話している。
それから、エステラが集まった後輩達にあれこれと話し始めた。
集まっているのはエステラ同様、かなりやる気のある生徒達らしい。
そして話の終わりに、「では」と俺に話を投げてきた。
「…………」
「……(グッ)」
エステラに助けを求めると、いい笑顔でサムアップされた。
違う、そうじゃない。
「……えと、今日は集まってくれてありがとう。
俺はウルグっていいます。
剣士で、一応Aランク冒険者してます」
取り敢えず、自己紹介から始めた。
Aランクと名乗ると、平民の後輩達から「おぉ」とどよめきが上がった。
思っていたよりも好感触だ。
貴族の子達は、大げさなリアクションではないものの、驚いた顔をしている。
Aランク冒険者って、それだけで凄いからな。
レオルのようなベテランでもBランク冒険者で止まっている者がいることから分かるように、Aランクに上がるにはそれに適した実力はもちろん、大きな成果をあげる必要がある。
実力はあるのに上に上がれない冒険者もそれなりにいるらしい。
要するにAランクになるのはかなり難しいということだ。
だから、俺の年齢でAランクなのは異常で、それ故にインパクトがある。
「……えと、何か質問がある人いるか?」
そう聞くと、想像していた以上にずらっと手が上がった。
上げているのは平民の子が殆どだ。
な、なんだこれ……。
「じゃ、じゃあそこの君」
「はい! ウルグ先輩が《喰蛇》と《鎧兎》を倒したって本当ですか!?」
一番手前の女の子が、興奮したように聞いてきた。
「……あぁ、一応、二匹とも俺がトドメを刺した。
当然、俺一人の力で倒せたって訳じゃないけどな」
そう答えると、後輩達の間から再びどよめきがあがる。
まだ質問があるようなので、当てて聞いてみた。
「『黒鬼傭兵団』を倒したって本当ですか!」
「倒したってわけじゃないけど、一応戦ったことはあるよ」
「なんの流派を使えるんですか!?」
「一応、流心流と絶心流を二段、理真流は初段まで持ってる」
想像以上の食い付きだ。
俺が答える度に、平民の後輩達は「凄い!」と盛り上がっている。
なんだこれ……。
「ウルグ殿の噂って割りと広がってるんですよ。特に平民の子達の間で」
隣にいたエステラが、こっそりと教えてくれた。
そうなのか?
まったく知らなかった。
そんな中、貴族らしい子が一人、手を上げた。
男だ。
「……先輩っておいくつなんですか?」
「十三だよ」
自分で言って驚くんだが、俺ってまだ十三なんだよな……。
いや、精神の方はもういい年なんだけどさ。
「……そんな歳で、本当に魔物を倒せたんですか?」
どうやら、疑われているらしい。
そりゃそうだろうな……。
見たところ、後輩の子の中にも俺と同い年、もしくは年上の子もいるし。
「……そうだな。じゃあ取り敢えず、模擬戦でもしてみるか?」
心構えは上手く教えられないが、剣なら教えられる。
模擬戦をしてみれば、信じて貰えるだろう。
相手が貴族だから少し不安だったが、エステラは「大丈夫」と言ってくれた。
まあ余程のことがない限りは問題ないだろう。
模擬戦の相手を募ると、結構な希望者が出た。
やる気に満ち溢れていていいな、と思ったが、もしかしたら俺が舐められているだけかもしれない。
せっかくエステラに頼まれたのだから、少しは良いところを見せないとな。
「最初、俺と戦って貰えますか?」
さっきの後輩が、木刀を持って前に出てきた。
かなりやる気だ。
取り敢えず、最初はこの子とやってみるか。
そうして、エステラ立会の元、模擬戦が始まった。
「りゃああああ!!」
剣を握り、斬り掛かってくる後輩。
筋は良いが、隙が大きい。
軽く払い、次の攻撃を待つ。
「どうして、キョウさんはこんな……!」
「ん?」
どうしてそこにキョウの名前が出てくるんだ?
少年が叫びながら、連続で木刀を振る。
「俺の方が、キョウさんにふさわしいんだ……!」
よく分からないが、キョウと知り合いらしい。
もしかして、平民の俺がキョウとつるんでいるのが気に入らないのだろうか。
でも、キョウも貴族じゃないしな。
「筋は良いけど、動きが粗い。
雑念も多いぞ」
軽く木刀で打ち返すと、後輩の手から木刀が飛んでいった。
握り方もちゃんと教えた方が良さそうだ。
「く……!」
後輩は俺を睨むと、さっさと下がっていってしまった。
……何だろう、嫌われてしまっただろうか。
その後、平民貴族あわせて七人ほどと戦った。
この模擬戦で、貴族の後輩達も少しは俺を認めてくれたらしい。
俺を見る視線が少し変わったように思える。
「うんうん」
エステラは後輩達の様子を見て、満足気に頷いていた。
このくらいなら、俺もあまり緊張せずに指導出来るかもしれないな。
「じゃあ、他に俺と戦いたい人はいるか?」
後輩の中でも最も自信があった者達が最初に挙手をして、俺と戦っている。
そんな彼らが敵わないとなると、手を挙げる人も減ってくる……と思っていたのだが、割りと皆普通に挙手をしている。
というか、一度俺と戦った後輩も、「リベンジ!」と言って手を挙げている。
特に最初に戦った後輩が勢い良く挙手している。
凄いな……みんな意識が高い。
「じゃあ、」
そこの君――と後輩の一人に声を掛けようとした時だった。
「――面白そうだ。オレとやろうぜ」
不意に後ろから声がし、
――直後凄まじい殺気を放つ男が空から落ちてきた。
ー
それを知覚した瞬間、呼吸が止まった。
今までに感じたことのないほどの殺気。
反応できたのは俺とエステラだけ。
「下がれッ!」
俺が叫ぶと同時に、エステラが岩の弾丸を男に撃った。
これだけの殺気を撒き散らしているのだ、攻撃されても文句はないだろう。
「ふん」
エステラの魔術が一瞬で砕けった。防がれたのだ。
それは分かる。だが、動きがあまりに速過ぎた。
「黒髪、黒目。その面白い外見、お前がウルグで間違いなさそうだな」
エステラ達には一切の興味を示さず、何事も無かったかのように語りかけてくるその男は、仮面を被っていた。
目元を覆う無骨な仮面から、炎を内包しているかのような赤い瞳を覗かせている。吹き出す魔力にくすんだ焦げ茶の髪を揺らしていた。
腰に二本、背中に一本の剣を差していることから、恐らくは剣士だろう。
いや……外見はどうでもいいんだ。
問題は、その強さ。
肌で感じるだけで分かる。
こいつは、やばい。
見られているだけなのに全身から汗が噴き出し、呼吸が乱れ、足がガクガクと震える。
「ウルグ……殿」
声を震わせたエステラが、俺の名前を呼ぶ。だが、彼女の方を向いている余裕はなかった。一瞬でも目を背ければ、この男に殺される。
「後輩を連れて下がれ……。逃げようなんて思うなよ。目を逸らさずに、ゆっくり下がるんだ。あいつは、俺がやる」
「で、ですが!」
「頼むから……早くしろ!」
「っ……!」
俺の切羽詰まった声にエステラが動いてくれた。
この男が相手では、エステラと後輩達が加勢しても意味がない。大した手間がかからない間に全滅させられてしまう。
「はっ、つまんねえ邪魔は下がったみたいだな」
男は口元にニヤニヤと笑みを浮かべ、後退していくエステラを見ていただけだった。まだ剣すら抜いていない。
男と向かい合っていると、視界に理真流の教師、アルレイドの姿が見えた。
彼が助けてくれることを信じ、男に話しかけて時間を稼ぐ。
「お前は何者だ」
「さぁな」
「……使徒なのか?」
仮面をつけている姿と、異常なまでの強さから、スペクルムの姿が頭に浮かぶ。
まさか、あの時の復讐をしにきたのか?
「さぁ?」
俺の問いに、男は意味深な笑みを浮かべるだけだ。
違うのなら、こいつは何だ?
昨日の襲撃と、何か関係あるのか?
分からない。
だが、今は時間稼ぎしなければ。
「……どこから入って来たんだ。校門には警備がいたはずだ」
「つまらねえ質問だ。当然お行儀よく、校門から堂々と入らせて貰ったさ」
向かい合う俺と男を見て、アルレイドは頷くとどこかに消えてしまった。
逃げた……のではないと信じたい。
恐らく、助けを呼びにいったのだろう。
「つまんねえな。
なあおい、いつまで時間稼ぎしてんだよ」
次の言葉を紡ごうとした俺を切り捨てるように、男はそう言った。
そして次の瞬間、男が腰に差している剣を一本抜く。
「あ、っ……ぅ」
吹き出す剣気は想像を絶していた。
剣を首元に突き立てられたかのような錯覚すら覚える。
目の前が暗くなっていくのを感じる。
完全に、男に呑まれていた。
ここまでの剣気を浴びたのは初めてだった。
勝てる気がしない。
剣聖でも連れてこなければ、この男を倒すことはできないだろう。
ガクガクと足が震える。
吐き気がした。
呼吸が乱れ、喉がヒューヒューと音を立てる。
死だ。
男に突き付けられているのは、死。
騎士の男が使ったあれを遥かに上回っている。
死を前にすると、体が竦む。
にげなければいけないのに、動けなくなってしまうのだ。
そんな俺を見て、男が退屈そうに呟いた。
「……つまんねえな。腰抜けかよ。
お前をさっさとぶっ殺して、ヤシロとかいう女の方に行くか?
それとも、後ろにいる女どもを皆殺しにするか?」
「――――」
体の震えが止まった。
恐怖なんぞ、もうない。
震える足を殴り付け、俺は一歩前に踏み出した。
「ふざけるなよ、てめえ」
この男は強い。
今の俺では、勝てるかどうか分からない。
それでも。
――勝つんだ。
「あいつらに、手は出させねえ」
勝てるかどうか、じゃない。
こいつに勝つ。
時間稼ぎなどという考えは、選択肢から消えていた。
俺の言葉に、男は上機嫌そうな笑みを浮かべた。
「いいツラだ。おもしれえ。さっさとかかってこいよ」
絶望的な実力差の中、男との戦いが始まった。




