第三話 『尾行と襲撃』
迷宮内に突如として現れた、Aランクの魔物《暴龍》。
そこへ駆けつけた俺は、一人で《暴龍》へとトドメを刺した。
生まれたてで十全な状態では無かったとはいえ、単独でのAランク撃破。
Bランクの《翼竜》に苦戦していたことを思えば、大きな進歩だろう。
後ろで見ていたヤシロ達にも「腕をあげた」という評価を貰った。
だが、足りない。
《剣聖》アルデバランを見てしまった今では、自分の剣では彼に届かないとハッキリ分かってしまう。
いや、アルデバランだけではない。
恐らく今の俺では、あの狂人、リオ・スペクルムにも勝てないだろう。
いや、勝てないどうこうの問題じゃないな。
そう、単純に俺はもっと強くなりたい。
アルデバランに見せられた、美しい剣の域へ到達したいのだ。
そうした剣への渇望を抱えたまま、俺は翌日、一人で冒険者ギルドに向かっていた。
昨日の龍種のことで、ギルドに話を聞きたいと呼び出されたのだ。
ヤシロやテレスはそれぞれ自分の用事があり、付いてきていない。
「Aランク冒険者、ウルグ様ですね。こちらへどうぞ」
ギルドへ到着すると、職員に個室へ案内された。
個室では、飲み物やお茶うけなどを勧められた。
Bランク冒険者だった頃とは、明らかに扱いが違う。
これがAランク冒険者か。
職員との会話は、すぐに終わった。
《暴龍》が現れた時の状況や、戦ってどう思ったか、何か気付いたことはないかなどを軽く聞かれただけだ。
「……なるほど。ご協力ありがとうございました」
「あまり参考になるようなことが言えずに申し訳ないです」
「いえ、ウルグ様が《暴龍》を倒してくださったお陰で、冒険者からは犠牲が出ていません。それだけでも、十分に感謝しております」
職員の話によると、どうやら最近、王都付近の迷宮で、魔物の数が増加しているらしい。
ギルドは迷宮都市で起きた時のような、魔物の大量発生することを警戒しているようだ。
その後、《暴龍》討伐の報酬を貰い、俺はギルドを後にした。
「……」
外を歩いていてふと、ある記憶が頭に浮かんだ。
数年前の迷宮都市、あそこで俺は黒髪の男にあっている。
額がズキズキと痛む、あの妙な嫌な感じ。
少しだけスペクルムに似ていた気がする。
「……まさかな」
胸が悪くなるような、嫌な予感を振り払って、俺は学園へ向けて歩き出した。
特に用事もないし、今日は何もせずに帰ろう。
明日の放課後に、エステラから後輩への指導を頼まれていたし、何を言うのかを考えておかないとな。
冒険者達の喧騒の中を、歩く。
「…………」
誰かに付けられているな……。
背中に向けられる、ねっとりとした視線。
ただ黒髪だからと見られているのとは、どこか違う。
俺が歩を早めると、俺に視線を向けている何者かも付いてくる。
間違いない。
やはり、誰かに尾行されている。
いつでも剣を抜けるように警戒しながら、いつもよりも遠回りして、尾行している者を突き止めることにした。
曲がり角を積極的に利用し、相手の視界から外れてすぐ、俺は建物の上へと跳躍した。壁を蹴り、屋根に着地する。
上から下を見下ろすと、複数の男達が俺の後を追いかけてきていた。
「どこいった!?」
「チッ、相手は黒髪だ! よく探せ!」
下の男達は慌てた様子で俺を探している。
やはり、俺を尾行していたらしい。
「……どうするかな」
あいつらが何者なのかを突き止めずに変えるのは危険な気がする。
このまま学園に帰れば、ヤシロ達を危険に晒すかもしれない。
俺一人で抱え込むのは悪い癖だが、あの連中なら俺一人でもどうにか出来る気がする。
「……よし」
俺を尾行している連中の正体を突き止めることにした。
―
キョロキョロと周囲を見回し、俺を探している男達。
その背後に、俺は屋根から飛び降りた。
「探しているのは、俺であっているか?」
後ろから声を掛けると、男達はぎょっとした表情を浮かべる。
しかしそれも一瞬で、どこか馬鹿にした風な笑みを浮かべ、お互いに顔を見合わせた。
「わざわざ出てきてくれるとはラッキーだな」
「よし、とっととボコろうぜ」
そう言うと、男達はそれぞれ武器を持ち出してきた。
「……何のつもりだ」
「へへ、ちょっと痛い目みてもらうぜ」
どうやら、また面倒事に巻き込まれたらしい。
せっかく、ここ数日平和に過ごせていたのになぁ。
周りは人通りが少ない。
とはいえ、今は昼だ。
何人かが俺達の方へ視線を向けている。
しかし、冒険者同士の喧嘩だと思われているのか、助けに入ってくれそうな者はいない。
「抵抗するんじゃねーよ。運が悪いと、腕の一本や二本、使い物にならなくなるぜ?」
男の数は五人。
見たところ、冒険者だが、実力は大したことなさそうだ。
軽く捻って、誰に依頼を出されたか聞き出すとするか。
「やっちまえ!」
五人が同時に、武器を構えて飛びかかってきた。
俺は鳴哭を抜き、軽く体に魔力を流す。
「――ハッ!!」
間合いに入ってきた連中に、剣を横薙ぎに振る。
当然、殺さない程度の手加減した一撃だ。
「ぐばっ!?」
男達は防御姿勢を取る間もなく、思い切り後ろへ吹っ飛んだ。
表通りの壁にぶつかって、五人とも動きを止める。
壁にぶつかって伸びている連中の元まで行き、そのうちの一人の頬を叩いて起こす。
「おい」
「ほえ?」
「ほえじゃない。どういう理由で俺を襲ったのか説明しろ」
俺の事を気に入らない冒険者。
もしくは『黒鬼傭兵団』の残党?
それとも、『使徒』か?
聞き出すため、もう一度頬を叩こうとした時だった。
「――そこまでだ」
ゾクリ、と背後から剣気が迸った。
これは目の前にいる連中とはレベルが違う。
無視出来ない物だ。
「!」
振り返り、同時に鳴哭を振る。
後ろから迫ってきていた剣とぶつかり、火花が散った。
強い衝撃を利用し、俺は襲ってきた相手から距離を取る。
「街中で暴れ回るとはな。いくら粗野な冒険者とは言え、これは見逃せない」
そこに立っていたのは、細剣を構えた長髪の男だった。
男が身に着けているのは、二番隊騎士であることを意味する鎧。
この長髪は、騎士らしい。
「待ってくれ。俺は暴れていた訳じゃない。こいつらに襲われて――」
「君の証言を信じられるとでも?」
「おい!」
長髪は俺の言葉を無視して、襲い掛かってきた。
声を掛けるも、男は問答無用で攻撃を仕掛けてくる。
クソ、何がどうなってる!?
「シッ!」
男の突きが迫る。
点で繰り出される突きを、間一髪の所で弾く。
そこから怒涛の勢いで繰り出される突きを前に、俺はそれを防ぐことしか出来ない。
「疾い……ッ!」
細い刃を喉に向けられているというだけで、かなりやりにくい。
それに加えて、この速度。
この男、強い。
男はトトン、トトン、と独特のステップを踏んでいる。
弾震流だ。
まさに踊るように――男は軽やかに動きまわり、こちらの防御を越えようと細剣を打ち出してくる。
「冒険者にしては、やるようだな」
男は感心した風に呟くと、不意に突きを止めた。
「――ッ!」
直後、ズドンと地面を揺らすように右足で踏み込み、稲妻のような突きを放ってきた。
今までのは何だったのか、と言いたくなるような速度の突き。
刃の軌道を予測、しかし間に合わない。
即座に«鬼化»し、最速の一撃でその突きを弾いた。
「ぐっ!?」
«鬼化»しているというのに、柄を通じて強烈な衝撃を腕に走る。
衝撃を受け流し、すぐさま後ろへ飛び退く。
「やめろ! 俺に戦う気はない!」
「――――」
男は答えない。
薄く笑みを浮かべたまま、掴み所のない足捌きで接近してくる。
ああ、そうかよ。
そういうつもりなら、こっちも容赦しない。
剣を構え、こちらから間合いを詰める。
「なっ!?」
使用するのは、魔力調整で走行速度を変化させる移動術«幻走»。
迎え撃とうと突きの体勢を取った男が、次の瞬間驚愕の表情を浮かべる。
「俺は何もしてないって、言ってんだろうがッ!!」
細剣に向け、鳴哭を横薙ぎに振る。
男は後ろに下がりながら防御姿勢を取るが、防ぎきれずに吹き飛んだ。
刃が頬を掠め、傷口から血が流れる。
「貴様、私の顔に傷を……ッ!」
頬を服で拭い、男が激昂する。
「お前が斬り掛かってくるからだろ?」
「黙れッ!」
「――――っ」
男の放つ剣気の質が変わった。
今までとは違うステップをし始め、
「«栄光の風»!!」
疾風のような速度で突っ込んできた。
回避する俺に、間髪入れずに連続で突きを放ってくる。
「くっ」
意識的なのか、男の剣先の向いている場所が変わった。
今まで喉元を狙っていたそれが、こちらの眉間に向けられているのだ。
細い刃が突き付けられている感覚が気持ち悪い。
「«死の風»」
「っ」
ゾクリ、と背筋に怖気が走る。
粘り着くような殺気が、男から向けられる。
細剣が自分の眉間を貫く光景を幻視し、一瞬だけ動きが鈍る。
男はそれを見逃さず、突きを放とうと右足を前に踏み出した。
つられるように、俺は防御姿勢を取り――、
「なっ!?」
それが失敗だということを悟った。
男は踏み込んだだけで、突きを打ってこなかった。
フェイントだ……!
呆気に取られた俺へ、今度こそ細剣からの一撃が激突した。
「!」
攻撃を受ける瞬間、俺はその一撃の衝撃を受け流した。
完璧とはいかず、地面を滑るようにして後ろへ吹き飛ばされた。
「チッ、しぶとい!」
トドメを刺そうと、男が迫る。
今の一撃で姿勢を崩された俺では、完全に受けきることは出来ないだろう。
負傷を覚悟でカウンターを放とうと構えた時だった。
「――そこまで」
デジャブを感じさせる台詞と共に、俺達の間に少女が入ってきた。
男が繰り出した一撃を、その少女が軽々と弾く。
「……ミリアさん」
間に入ってきたのは、二日前に会ったあの少女だった。
「……チッ」
男は舌打ちすると、細剣を収めた。
「……どういうつもり?」
「そこの少年が、冒険者を襲撃していたのでね。私はそれを止めただけですよ」
「おい、だから俺は……!」
いけしゃあしゃあとそう返す長髪。
抗議しようと口を開くも、長髪は耳をかさない。
「いくらなんでも見逃す訳にはいかないでしょう? 罰が必要だと思いましてね」
俺を無視して、言葉を続ける。
どうしたらいいんだ。
「おい、待てよ」
その時だ。
不意に、野次馬の中から四人の男が出てきた。
そのうちの一人には見覚えがある。
二日前、俺に絡んできたあのBランク冒険者だ。
「俺達は見てたぜ。そこの男達の方から、そいつに襲い掛かってたのをな」
Bランク冒険者の言葉に、他の男達も頷く。
そういえば、他の三人は昨日の《暴龍》討伐の時に見た気がする。
「……そう言ってるけど?」
ミリアが男に冷ややかな視線を向ける。
男は小さく息を吐くと、「それは失礼しました」と冷めた表情で謝罪した。
「でしたら、そこで伸びている彼らに話を聞く必要がありますね」
男は俺から興味がなくなったかのように、視線を外し、壁にもたれて伸びている男達の方へ歩いて行ってしまった。
「……なんだあの野郎」
「チッ、これだから貴族は」
冒険者達も、あの男の横暴な行動に舌打ちしている。
「ウルグ君、ごめんね」
トテトテと、ミリアが申し訳無さそうな表情を浮かべて歩いてきた。
水色の髪を揺らし、俺に謝罪してくる。
「いえ……それより、ミリアさんは一体」
ミリアが身に着けていたのは、あの男と同じ二番騎士隊を現す鎧だ。
前に会った時は、この鎧は着ていなかった。
「……うん。ちゃんと名乗っておくね。
私は王国騎士団・二番騎士隊“隊長”ミリア・スペレッセ。
よろしくね」
「た、隊長」
王都の守護を担当する二番隊。
その隊長の名前は、ミリア・スペレッセ。
「そう、隊長」
「ど、どうして前は隊長って名乗らなかったんですか?」
「驚かせようと思って」
どんな理由だ。
あの時に「どこかで聞いた気がする」と思ったが、そりゃ聞いたことが有るはずだ。
ミリア・スペレッセ、二番隊隊長の名前じゃないか。
「後日、またちゃんと謝るね」
俺を驚かせるだけ驚かせて、ミリアは去って行ってしまった。
さっきの男も二番隊みたいだったが、一体どうなっているのだろう。
「面倒ごとは終わったみたいだな」
声を掛けられて振り返ると、さっきの冒険者達がいた。
そういえば、彼らが意見してくれたお陰で、あの男から解放されたんだったな。
「ありがとうございました。……でも、どうして俺を助けてくれたんですか?」
この男は俺に喧嘩を売ってきたばかりだ。
逆に俺が不利になるような証言も出来たはずなのに。
「仲間の命の恩人を助けるのは当然だ。昨日、迷宮で俺の仲間が世話になったな」
男の後ろにいた冒険者達が、口々に礼を言ってくる。
昨日《暴龍》に襲われていたのは、この男の仲間だったのか。
「……まあ、なんだ。前は絡んで悪かった。お前、本当に強かったんだな」
そういって、頭を下げる男。
特に腹に据えかねていたわけでもないので、当り障りのない感じに許しておいた。
その後、男達としばらくやり取りして、俺は学園への帰途についた。
思いがけない所で、助けられたな。
これがテレスの言うところの、『人を助けるのは自分を助けることだ』なのだろう。
そういうつもりで《暴龍》を倒した訳ではないが、悪い気分じゃない。
しかし。
「……強かったな」
あの長髪の男、エレナやスイゲツクラスの実力者だった。
弾震流、四段以上の実力者だろう。
やはりあのクラスを相手には、まだ俺一人じゃ勝てないな。
「あのタイミングで襲ってきたってことは、あの男達と何か関係があるかもな」
いくらなんでもタイミングが良すぎたからな。
関連性があると疑う方が自然だ。
しかし、俺が狙われた理由はなんだ?
騎士が関与しているとなると、ますます分からない。
しばらくは、警戒した方が良さそうだ。
「あいつの、あの目付き」
俺を見ているようで、まったく俺を見ていなかった。
何かに陶酔しているような、気持ち悪い目付き。
「……帰るか」
不穏な何かを感じ取りながら、俺は学園へ向かって歩き出した。




