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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第六章 混色の聖剣祭(上)
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第三話 『尾行と襲撃』

 迷宮内に突如として現れた、Aランクの魔物《暴龍》。

 そこへ駆けつけた俺は、一人で《暴龍》へとトドメを刺した。

 生まれたてで十全な状態では無かったとはいえ、単独でのAランク撃破。


 Bランクの《翼竜ワイバーン》に苦戦していたことを思えば、大きな進歩だろう。

 後ろで見ていたヤシロ達にも「腕をあげた」という評価を貰った。

 だが、足りない。


 《剣聖》アルデバランを見てしまった今では、自分の剣では彼に届かないとハッキリ分かってしまう。

 いや、アルデバランだけではない。

 恐らく今の俺では、あの狂人、リオ・スペクルムにも勝てないだろう。


 いや、勝てないどうこうの問題じゃないな。

 そう、単純に俺はもっと強くなりたい。

 アルデバランに見せられた、美しい剣の域へ到達したいのだ。


 そうした剣への渇望を抱えたまま、俺は翌日、一人で冒険者ギルドに向かっていた。

 昨日の龍種のことで、ギルドに話を聞きたいと呼び出されたのだ。

 ヤシロやテレスはそれぞれ自分の用事があり、付いてきていない。


「Aランク冒険者、ウルグ様ですね。こちらへどうぞ」


 ギルドへ到着すると、職員に個室へ案内された。

 個室では、飲み物やお茶うけなどを勧められた。

 Bランク冒険者だった頃とは、明らかに扱いが違う。

 これがAランク冒険者か。


 職員との会話は、すぐに終わった。

 《暴龍》が現れた時の状況や、戦ってどう思ったか、何か気付いたことはないかなどを軽く聞かれただけだ。


「……なるほど。ご協力ありがとうございました」

「あまり参考になるようなことが言えずに申し訳ないです」

「いえ、ウルグ様が《暴龍》を倒してくださったお陰で、冒険者からは犠牲が出ていません。それだけでも、十分に感謝しております」


 職員の話によると、どうやら最近、王都付近の迷宮で、魔物の数が増加しているらしい。

 ギルドは迷宮都市で起きた時のような、魔物の大量発生することを警戒しているようだ。


 その後、《暴龍》討伐の報酬を貰い、俺はギルドを後にした。


「……」


 外を歩いていてふと、ある記憶が頭に浮かんだ。

 数年前の迷宮都市、あそこで俺は黒髪の男にあっている。

 額がズキズキと痛む、あの妙な嫌な感じ。

 少しだけスペクルムに似ていた気がする。


「……まさかな」


 胸が悪くなるような、嫌な予感を振り払って、俺は学園へ向けて歩き出した。

 特に用事もないし、今日は何もせずに帰ろう。

 

 明日の放課後に、エステラから後輩への指導を頼まれていたし、何を言うのかを考えておかないとな。


 冒険者達の喧騒の中を、歩く。


「…………」


 誰かに付けられているな……。

 背中に向けられる、ねっとりとした視線。

 ただ黒髪だからと見られているのとは、どこか違う。


 俺が歩を早めると、俺に視線を向けている何者かも付いてくる。

 間違いない。

 やはり、誰かに尾行されている。


 いつでも剣を抜けるように警戒しながら、いつもよりも遠回りして、尾行している者を突き止めることにした。


 曲がり角を積極的に利用し、相手の視界から外れてすぐ、俺は建物の上へと跳躍した。壁を蹴り、屋根に着地する。

 上から下を見下ろすと、複数の男達が俺の後を追いかけてきていた。


「どこいった!?」

「チッ、相手は黒髪だ! よく探せ!」


 下の男達は慌てた様子で俺を探している。

 やはり、俺を尾行していたらしい。


「……どうするかな」


 あいつらが何者なのかを突き止めずに変えるのは危険な気がする。

 このまま学園に帰れば、ヤシロ達を危険に晒すかもしれない。

 俺一人で抱え込むのは悪い癖だが、あの連中なら俺一人でもどうにか出来る気がする。


「……よし」


 俺を尾行している連中の正体を突き止めることにした。



 キョロキョロと周囲を見回し、俺を探している男達。

 その背後に、俺は屋根から飛び降りた。


「探しているのは、俺であっているか?」


 後ろから声を掛けると、男達はぎょっとした表情を浮かべる。

 しかしそれも一瞬で、どこか馬鹿にした風な笑みを浮かべ、お互いに顔を見合わせた。


「わざわざ出てきてくれるとはラッキーだな」

「よし、とっととボコろうぜ」


 そう言うと、男達はそれぞれ武器を持ち出してきた。

  

「……何のつもりだ」

「へへ、ちょっと痛い目みてもらうぜ」


 どうやら、また面倒事に巻き込まれたらしい。

 せっかく、ここ数日平和に過ごせていたのになぁ。


 周りは人通りが少ない。

 とはいえ、今は昼だ。

 何人かが俺達の方へ視線を向けている。

 

 しかし、冒険者同士の喧嘩だと思われているのか、助けに入ってくれそうな者はいない。


「抵抗するんじゃねーよ。運が悪いと、腕の一本や二本、使い物にならなくなるぜ?」


 男の数は五人。

 見たところ、冒険者だが、実力は大したことなさそうだ。

 軽く捻って、誰に依頼を出されたか聞き出すとするか。


「やっちまえ!」


 五人が同時に、武器を構えて飛びかかってきた。

 俺は鳴哭を抜き、軽く体に魔力を流す。


「――ハッ!!」


 間合いに入ってきた連中に、剣を横薙ぎに振る。

 当然、殺さない程度の手加減した一撃だ。

 

「ぐばっ!?」


 男達は防御姿勢を取る間もなく、思い切り後ろへ吹っ飛んだ。

 表通りの壁にぶつかって、五人とも動きを止める。

 壁にぶつかって伸びている連中の元まで行き、そのうちの一人の頬を叩いて起こす。


「おい」

「ほえ?」

「ほえじゃない。どういう理由で俺を襲ったのか説明しろ」


 俺の事を気に入らない冒険者。

 もしくは『黒鬼傭兵団』の残党?

 それとも、『使徒』か?


 聞き出すため、もう一度頬を叩こうとした時だった。


「――そこまでだ」


 ゾクリ、と背後から剣気が迸った。

 これは目の前にいる連中とはレベルが違う。 

 無視出来ない物だ。


「!」


 振り返り、同時に鳴哭を振る。

 後ろから迫ってきていた剣とぶつかり、火花が散った。

 強い衝撃を利用し、俺は襲ってきた相手から距離を取る。


「街中で暴れ回るとはな。いくら粗野な冒険者とは言え、これは見逃せない」


 そこに立っていたのは、細剣を構えた長髪の男だった。

 男が身に着けているのは、二番隊騎士であることを意味する鎧。

 この長髪は、騎士らしい。


「待ってくれ。俺は暴れていた訳じゃない。こいつらに襲われて――」

「君の証言を信じられるとでも?」

「おい!」


 長髪は俺の言葉を無視して、襲い掛かってきた。

 声を掛けるも、男は問答無用で攻撃を仕掛けてくる。

 クソ、何がどうなってる!?


「シッ!」


 男の突きが迫る。

 点で繰り出される突きを、間一髪の所で弾く。

 そこから怒涛の勢いで繰り出される突きを前に、俺はそれを防ぐことしか出来ない。


「疾い……ッ!」


 細い刃を喉に向けられているというだけで、かなりやりにくい。

 それに加えて、この速度。

 この男、強い。


 男はトトン、トトン、と独特のステップを踏んでいる。

 弾震流だ。

 まさに踊るように――男は軽やかに動きまわり、こちらの防御を越えようと細剣を打ち出してくる。


「冒険者にしては、やるようだな」


 男は感心した風に呟くと、不意に突きを止めた。

 

「――ッ!」


 直後、ズドンと地面を揺らすように右足で踏み込み、稲妻のような突きを放ってきた。

 今までのは何だったのか、と言いたくなるような速度の突き。

 刃の軌道を予測、しかし間に合わない。

 即座に«鬼化»し、最速の一撃でその突きを弾いた。


「ぐっ!?」


 «鬼化»しているというのに、柄を通じて強烈な衝撃を腕に走る。

 衝撃を受け流し、すぐさま後ろへ飛び退く。


「やめろ! 俺に戦う気はない!」

「――――」


 男は答えない。

 薄く笑みを浮かべたまま、掴み所のない足捌きで接近してくる。


 ああ、そうかよ。

 そういうつもりなら、こっちも容赦しない。


 剣を構え、こちらから間合いを詰める。


「なっ!?」


 使用するのは、魔力調整で走行速度を変化させる移動術«幻走»。

 迎え撃とうと突きの体勢を取った男が、次の瞬間驚愕の表情を浮かべる。


「俺は何もしてないって、言ってんだろうがッ!!」


 細剣に向け、鳴哭を横薙ぎに振る。

 男は後ろに下がりながら防御姿勢を取るが、防ぎきれずに吹き飛んだ。

 刃が頬を掠め、傷口から血が流れる。


「貴様、私の顔に傷を……ッ!」


 頬を服で拭い、男が激昂する。


「お前が斬り掛かってくるからだろ?」

「黙れッ!」

「――――っ」


 男の放つ剣気の質が変わった。

 今までとは違うステップをし始め、

 

「«栄光の風グロリアスブリーズ»!!」


 疾風のような速度で突っ込んできた。

 回避する俺に、間髪入れずに連続で突きを放ってくる。


「くっ」


 意識的なのか、男の剣先の向いている場所が変わった。

 今まで喉元を狙っていたそれが、こちらの眉間に向けられているのだ。

 細い刃が突き付けられている感覚が気持ち悪い。

 

「«死の風デスブリーズ»」

「っ」


 ゾクリ、と背筋に怖気が走る。

 粘り着くような殺気が、男から向けられる。

 細剣が自分の眉間を貫く光景を幻視し、一瞬だけ動きが鈍る。

 

 男はそれを見逃さず、突きを放とうと右足を前に踏み出した。

 つられるように、俺は防御姿勢を取り――、


「なっ!?」


 それが失敗だということを悟った。


 男は踏み込んだだけで、突きを打ってこなかった。

 フェイントだ……!

 呆気に取られた俺へ、今度こそ細剣からの一撃が激突した。


「!」


 攻撃を受ける瞬間、俺はその一撃の衝撃を受け流した。

 完璧とはいかず、地面を滑るようにして後ろへ吹き飛ばされた。


「チッ、しぶとい!」


 トドメを刺そうと、男が迫る。

 今の一撃で姿勢を崩された俺では、完全に受けきることは出来ないだろう。

 負傷を覚悟でカウンターを放とうと構えた時だった。


「――そこまで」


 デジャブを感じさせる台詞と共に、俺達の間に少女が入ってきた。

 男が繰り出した一撃を、その少女が軽々と弾く。

 

「……ミリアさん」


 間に入ってきたのは、二日前に会ったあの少女だった。


「……チッ」


 男は舌打ちすると、細剣を収めた。

 

「……どういうつもり?」

「そこの少年が、冒険者を襲撃していたのでね。私はそれを止めただけですよ」

「おい、だから俺は……!」


 いけしゃあしゃあとそう返す長髪。

 抗議しようと口を開くも、長髪は耳をかさない。


「いくらなんでも見逃す訳にはいかないでしょう? 罰が必要だと思いましてね」

 

 俺を無視して、言葉を続ける。

 どうしたらいいんだ。

 

「おい、待てよ」


 その時だ。

 不意に、野次馬の中から四人の男が出てきた。

 そのうちの一人には見覚えがある。

 二日前、俺に絡んできたあのBランク冒険者だ。


「俺達は見てたぜ。そこの男達の方から、そいつに襲い掛かってたのをな」


 Bランク冒険者の言葉に、他の男達も頷く。

 そういえば、他の三人は昨日の《暴龍》討伐の時に見た気がする。


「……そう言ってるけど?」


 ミリアが男に冷ややかな視線を向ける。

 男は小さく息を吐くと、「それは失礼しました」と冷めた表情で謝罪した。


「でしたら、そこで伸びている彼らに話を聞く必要がありますね」


 男は俺から興味がなくなったかのように、視線を外し、壁にもたれて伸びている男達の方へ歩いて行ってしまった。

 

「……なんだあの野郎」

「チッ、これだから貴族は」


 冒険者達も、あの男の横暴な行動に舌打ちしている。

 

「ウルグ君、ごめんね」


 トテトテと、ミリアが申し訳無さそうな表情を浮かべて歩いてきた。

 水色の髪を揺らし、俺に謝罪してくる。


「いえ……それより、ミリアさんは一体」


 ミリアが身に着けていたのは、あの男と同じ二番騎士隊を現す鎧だ。

 前に会った時は、この鎧は着ていなかった。


「……うん。ちゃんと名乗っておくね。

 私は王国騎士団・二番騎士隊“隊長”ミリア・スペレッセ。

 よろしくね」

「た、隊長」


 王都の守護を担当する二番隊。

 その隊長の名前は、ミリア・スペレッセ。

 

「そう、隊長」

「ど、どうして前は隊長って名乗らなかったんですか?」

「驚かせようと思って」


 どんな理由だ。

 あの時に「どこかで聞いた気がする」と思ったが、そりゃ聞いたことが有るはずだ。

 ミリア・スペレッセ、二番隊隊長の名前じゃないか。


「後日、またちゃんと謝るね」


 俺を驚かせるだけ驚かせて、ミリアは去って行ってしまった。

 さっきの男も二番隊みたいだったが、一体どうなっているのだろう。

 

「面倒ごとは終わったみたいだな」


 声を掛けられて振り返ると、さっきの冒険者達がいた。

 そういえば、彼らが意見してくれたお陰で、あの男から解放されたんだったな。


「ありがとうございました。……でも、どうして俺を助けてくれたんですか?」


 この男は俺に喧嘩を売ってきたばかりだ。

 逆に俺が不利になるような証言も出来たはずなのに。


「仲間の命の恩人を助けるのは当然だ。昨日、迷宮で俺の仲間が世話になったな」


 男の後ろにいた冒険者達が、口々に礼を言ってくる。

 昨日《暴龍》に襲われていたのは、この男の仲間だったのか。


「……まあ、なんだ。前は絡んで悪かった。お前、本当に強かったんだな」


 そういって、頭を下げる男。

 特に腹に据えかねていたわけでもないので、当り障りのない感じに許しておいた。


 その後、男達としばらくやり取りして、俺は学園への帰途についた。


 思いがけない所で、助けられたな。

 これがテレスの言うところの、『人を助けるのは自分を助けることだ』なのだろう。

 そういうつもりで《暴龍》を倒した訳ではないが、悪い気分じゃない。


 しかし。


「……強かったな」


 あの長髪の男、エレナやスイゲツクラスの実力者だった。

 弾震流、四段以上の実力者だろう。

 やはりあのクラスを相手には、まだ俺一人じゃ勝てないな。

 

「あのタイミングで襲ってきたってことは、あの男達と何か関係があるかもな」


 いくらなんでもタイミングが良すぎたからな。

 関連性があると疑う方が自然だ。

 しかし、俺が狙われた理由はなんだ?

 騎士が関与しているとなると、ますます分からない。

 

 しばらくは、警戒した方が良さそうだ。


「あいつの、あの目付き」


 俺を見ているようで、まったく俺を見ていなかった。

 何かに陶酔しているような、気持ち悪い目付き。


「……帰るか」


 不穏な何かを感じ取りながら、俺は学園へ向かって歩き出した。

 



 

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