第二話 『龍種一閃』
迷宮に行った翌日。
食堂でヤシロとテレスと昼食を取っている時だった。
最近伸び悩んでいるという話題が出た時、
「防具に拘ってみるというのはどうだろうか」
と、不意にテレスがそう口にした。
「防具、ですか?」
テレスの言葉にヤシロが首を傾げる。
「ああ。剣士に限った話ではないが、使用する道具によって、実力にも差が出てくる。それが全てという訳ではないが、良い物を身に付けておいて損はない」
確かにテレスの言う通りだ。
性能の良い物を使うのは、確かに戦いの結果にも色々関わってくるだろう。
振り回されない、使いこなすだけの腕があれば、だが。
「でも、防具って言っても、俺達は剣も服もかなり良い物を使ってるぞ?」
セシルから譲って貰った『鳴哭』は言うまでもなく業物だし、予備として迷宮都市でバドルフに貰った『浮雲』も良い剣だ。
防具にしたって、かなり高性能な魔術服を貰ってる。
「剣に関しては、確かに言うことなしだ。だけど、その他にはまだ改善の余地があると思う」
例えば、とテレスが俺の手を指差す。
「ウルグは基本、腕には何の効果もない物を付けているな」
「? ああ」
「籠手にも、魔術的な効果が付与された物があるんだ」
そりゃそうだ。
冒険者なんかは、魔術耐性のある籠手を付けてたりするからな。
「籠手だけじゃない。靴もそうだ。ウルグは冒険者用のシューズを履いているが、何か付与された物ではないだろう?」
何となく話が読めてきた。
「つまり、剣や鎧だけじゃなくて、その他の部分の道具を気にしろってことか?」
「ああ。剣や鎧に目が行きがちだが、その他の部分の道具も大事だからな」
確かに、今まで使っている物に対して特に何か考えたことは無かったな。
剣も鎧も十分な性能だったし、他の点が気にならなかった。
ヤシロも「なるほど」とテレスの意見に頷いている。
「そういえば、《鎧兎》討伐の時に、あの兎の素材も報酬として貰ったよな」
金には困ってなかったし、売りもせずに仕舞いっぱなしになっていた。
「あの兎さんの素材なら、良い物が作れそうですね」
思い立ったが吉日。
ヤシロの一言で、その日の予定は決まった。
―
そういうわけで、俺達は王都に出てきていた。
向かうのは商業街だ。
王都に商業街は二つあり、一つは貴族住居街の前に、もう一つは平民住居街の前にある。
俺達が向かっているのは平民側の商業街だ。
貴族側の商業街は貴族を相手にしているだけあって、色々と豪華な物がある。
物価も高い。
平民側は物価が安いのに加えて、近くに冒険者ギルドがあるため、武器や防具などを扱う店が多くある。
俺達の目当てはその店だ。
メンバーは俺、ヤシロ、テレス。
メイやキョウは都合が合わなかった。
「…………」
黒髪な俺がいるだけでかなり目立つのだが、そこにテレスが加わるとよりいっそう目立つ。
聖剣祭が近いからか、王都には普段よりも人が多い。
『あれが噂のAランク黒髪か。本当に子供じゃないか』
『一緒にいる二人もAランク冒険者らしいぜ?』
『あの歳で? これもう分かんねえな』
目立てば当然、こういう感じで噂話をされる。
慣れっこではあるが、こそこそ話しているのは陰口を叩かれているようであまり良い気分じゃないな。
『金髪の子、《アルナードの神童》だろ? 凄え美少女だな』
『隣にいるあの帽子かぶった子も可愛いな』
『どっちもイケる』
『いや、いかんでしょ』
ヒソヒソされる中、ヤシロとテレスは意にも介さない。
むしろ誇るようにテレスは堂々と歩き、ヤシロは腕を絡めてくる。
『あの黒ガキ、可愛い子を侍らせやがって……』
何だろう、普段よりも冒険者達の敵意が強い気がする。
「お、おい見られてるって。あんまくっつくなよ」
「むしろ、見せ付けてやりましょう」
「ヤシロ、お前! ウルグから離れれろ! ベタベタするな!」
距離が近いヤシロに、憤慨するテレス。
いつもとは違う意味で、視線が痛い。
勘弁してくれ……。
針のむしろ状態で歩くこと十数分。
俺達は目的の店に辿り着いた。
魔術が付与された防具を販売している店だ。
素材を持ち込めばオーダーメイドで作ってもくれる。
店にはずらっと防具が並んでいる。
使い捨ての道具から、長く使える高級品まで種類は様々だ。
取り敢えず、店の中をざっと見た後、オーダーメイドで作ってもらうことに決めた。
「これで籠手を作って貰えませんか? 出来たら、こっちの服も強化してもらえると嬉しいんですが」
そう言って、《鎧兎》の素材を渡す。
店主に「何の魔物の皮膚だ?」と聞かれて、「《鎧兎》です》と素直に答えたら、仰天されてしまった。
性能は高いが、加工方法は他の魔物と同じようで、問題なく製作して貰えるらしい。魔術耐性が強すぎて、手間は掛かってしまうらしいが。
ヤシロもテレスも、一緒に《鎧兎》の素材で新しい防具を作るようだ。
完成までにそこそこ時間が掛かるらしい。
聖剣祭の少し前くらいに出来るみたいだ。
その間、予備の魔術服を使っておこう。
「次は靴ですね」
靴の方は店にあるのを選ぶことにした。
「大体、全部効果は同じか」
風の魔術が付与されていて、履いた者の速度を上昇させる。
細かな違いはあれど、大体がそんな感じだな。
「まあ、これで良いかな」
選んだのは黒地に白で模様の付いている靴だ。
無難な黒。
何でだろう、俺が選ぶと全身が黒尽くめになる。
「ウルグ、ウルグ。私にはどっちが似合うと思う?」
そう言って、テレスが靴を二足見せてくる。
……違いが分からない。
「右、かな?」
「おお! 私もこっちの方が似合うかな、と思っていたんだ!」
「……ふぅ」
お気に召したらしい。
前にキョウと王都をうろついた時にも感じたが、俺には服や靴などのセンスが欠如しているらしい。
その後、ヤシロにも選んでくれと言われ、頭を悩ますことになったのだった。
―
その後、靴の性能を試す為に、王都の近くにある迷宮にやってきた。
目の前にいるのは、巨大な蛾だ。
バサバサと羽を動かしたかと思うと、そこから無数の石が発射される。
この魔物の名前は《碧石蛾》。
魔術で石を生み出し、それで攻撃してくる魔物だ。
「――――」
ヤシロ達を一歩下がらせ、俺が前に出る。
無数に放たれる石の雨の中を、止まることなく走り抜けた。
――動きやすい。
走りながら、靴の効果を実感する。
今まで使っていた通常の靴とは比べ物にならないほどに走りやすい。
「――フッ!」
間合いを詰め、一振り。
両断された蛾が、あっさりと絶命した。
「流石ウルグ様です」
後ろで見ていたヤシロが、パチパチと手を叩いている。
……これくらいならお前でも余裕だろう。
「結構、変わるもんだな。かなり動きやすくなったよ」
この靴があるとの無いのとでは、機動力が段違いだ。速度の調整で相手を幻惑する«幻走»も、この靴を使えばもう一段階、速度を上げられるだろう。
「いいですね、これ……」
「役に立てたようで良かった」
ヤシロも、新しい靴を試している。
テレスは俺達を見て、満足気に笑っていた。
ここはそれなりに強い魔物のでるBランクの迷宮だが、この面子ならサクサク進めそうだ。Aランクの迷宮でも、メイとキョウをパーティに入れれば、良い所までいけるのではないだろうか。
「ちょうど良いし、もう少し下にも潜ってみるか」
この迷宮は十階層まで存在している。
今、俺達がいるのは三階層だ。
安全性を考えても、七階層くらいまでは問題なくいけそうだな。
魔物を狩りながら、六階層まで降りていく。
途中冒険者に会うが、それなりに注目された。
「それにしても、お互い会った時と比べると随分強くなったな」
魔物との戦闘の合間、テレスが懐かしむような口調でそう言った。
あの村で俺達が会ったのも、もう結構前のことだからな。
「そうだな。でも、《剣聖》には程遠い」
「そういえば、ウルグ様はアルデバランさんの戦いを見ていたんですよね。どうだったんですか?」
アルデバラン。
雷の魔術と剣技をあわせて使う、魔術剣士。
「戦い自体は一瞬だったんだけどな。正直、底が見えない」
アルデバランの『どの技術が凄い』とか、そういう段階じゃない。
魔術、剣、体捌き、どの技術を取っても、俺の遥か上にいた。
総合力で敗北していたのだ。
「底が見えない……。シスイ様と戦った時に、私もそんな風に思いました」
「シスイ殿か。《剣聖》と《流水剣》、ウルグはどちらが強いと思った?」
「うーん……」
どちらが強い、と言われてもな。
正直、どちらも強すぎて、どう比べていいか分からない。
シスイには今戦っても剣が届く気がしないし、アルデバランにしてもあの雷を捌ききれる気がしない。
どう答えた物か。
そう考えた時だった。
「――――」
ズン、と下の階が揺れた。
それに遅れて、迷宮内に男の悲鳴が響く。
「ウルグ」
「ああ」
俺達は頷き合い、下の階へ向かった。
―
―
有事の際、王都の外へ派遣される三番隊騎士。
その三番隊に所属する数名の騎士が、王都に近接しているBランク迷宮《宝石洞》にやって来ていた。
騎士を率いているのは、セインズという平民出の騎士だ。
セインズ達は、一週間ほど前から、迷宮内の魔物の数が増加しており、その調査をするために迷宮にやってきていた。
「報告通り、魔物の数が多いな」
「そうっすね……。もう俺、キツイっす」
「甘ったれるな」
弱音を吐く部下に喝を入れながら、セインズは迷宮の異変について考えを巡らす。
三年程前に、迷宮都市で唐突に魔物の大量発生が起こったと聞く。前兆は無かったと聞いているが、この魔物増加が前兆なのではないだろうか。
取り敢えず、このまま魔物を減らしながら下まで降りていこう。
弱音を吐いている部下もいるが、ポーズだけで、まだまだ余裕はありそうだ。セインズ自身も、余裕がある。
それに。
「まったく。何故、休日にこんな迷宮に来るのですかねぇ。私には理解できない」
調査に駆り出された三番隊騎士の他に二名、別の隊の騎士が来ている。
一人は小柄な少女で、もう一人は長髪の青年だ。
両名とも、二番騎士隊に所属している。
「……フリューズ。嫌なら、付いてこなければいい」
少女の言葉に、フリューズと呼ばれた青年が溜息を吐く。
二人の間に漂うのは、険悪な雰囲気だ。
どちらもお互いに敵意を隠さず、睨み合っている。
休日に行動しているのに、この二人の仲は険悪だ。
どうして、迷宮に付いてきたいなどと言ったのだろう。
セインズがそう疑問を浮かべた時だった。
「うあああああああ!!」
迷宮が大きく揺れたかと思うと、冒険者の悲鳴が響いた。
「……! 行くぞ」
すぐさま指示を出し、セインズ達は声の方へ向かって走り始める。
フリューズ達二人も、遅れてその後をついてくる。
ゴツゴツとした足場の上を走り、しばらく進み、セインズ達は声の主を見つけた。
「っ!」
悲鳴をあげる複数の冒険者を、一匹の魔物が襲っていた。
四本の足で地を這う、白い輝きを放つ鱗の龍種。
冒険者達の攻撃を受けても、ものともしていない。
「……Aランク、《暴龍》ッ!」
魔物の中でもトップクラスの脅威度を誇る龍種。
あの白い龍はそのうちの一匹、目的もなく暴れまわる凶暴な龍だ。
生まれたばかりなのか、まだ翼はなく、動きもぎこちない。
しかし、その危険度はBランク以上だ。
「総員、戦闘準備!」
見たところ、戦っているのはBランクの冒険者だが、彼らでは《暴龍》を倒すことは出来ないだろう。
《暴龍》が荒れ狂ったかのように、爪を振り回す。
防御態勢に入る冒険者だが、その爪を受けて容易く吹き飛ばされる。
「うお、なんで龍種がッ!?」
騒ぎを聞きつけて、複数の冒険者が駆けつけてきた。
そして、暴れている《暴龍》を見て悲鳴をあげる。
その声に反応して、白い龍が獲物をそちらに変えた。
「ひっ!?」
冒険者が悲鳴を上げる。
「不味い、お前ら行くぞ!」
このままでは、大量の犠牲者が出る。
助太刀に入ろうと、セインズが指示を出した時だった。
「!」
黒い風がセインズ達の前を横切った。
その風は真っ直ぐに《暴龍》に接近し――、
「――フッ!」
手にした黒い剣で一閃、白い鱗を斬り裂いて龍の鮮血が噴き出した。
悲鳴をあげ、大きく仰け反る《暴龍》。
その間に、冒険者達が避難していく。
「あの少年は……!」
噂には聞いていた。
騎士団の中でも、三番隊の隊長が気に入っているという話だ。
確か、Aランク冒険者だったか。
黒髪の少年が龍の前にたった一人で躍り出た。
唐突に現れた子供に、《暴龍》が唸り声をあげた。そして、その白い爪を持ち上げ、少年に勢い良く振り下ろそうとする。
「え、子供……!? 黒髪……!」
「セ、セインズさん。助太刀に入らないと、不味いんじゃ!?」
まだ十五にもならないであろう少年が辿る末路を想像し、騎士達が焦った声をあげる。
しかし、黒髪の少年は臆した風もなく、落ち着いている。
「テレス、ヤシロ。下がっててくれ。俺がやる」
少年が後ろにいた二名の少女にそう声を掛けた直後。
――その姿が掻き消えた。
「なっ!?」
騎士が驚きの声を上げるのと同時、甲高い金属音が響き、薄暗い迷宮に火花が散る。
ついで、ズシンと迷宮が揺れる。
『ギイイ!?』
少年の剣と爪を合わせた《暴龍》が、押し負けて壁にぶつかったのだ。
自分より遥かに小さい少年に力で負けたことに、《暴龍》が驚愕するように鳴く。
それで終わらず、少年は連続して黒剣を振るい、《暴龍》の体に無数の傷を刻んでいく。
「助太刀……いらないみたいですね……」
光景を見ていた騎士が、ぽつりと呟いた。
セインズも同意見だと無言で頷く。
子供にしては強い、などと聞いていたが、まさかこれほどまでとは。
『ギィッ!!』
傷を負った龍が、少年を恐れるかのように後ろへ下がる。
凶暴な《暴龍》が後退したことに、戦いを見守っていた観客たちが驚愕した。
『グオオオオオオッッ!!』
自らを奮い立たせるかのように《暴龍》が咆哮。
牙をむき出しにし、大きく息を吸う。
「っ、全員この場から離れろ――!!」
次に来る攻撃はブレス。
それを予見した冒険者や騎士たちが、慌てて退散する。
そんな光景を前にしても、少年はただ冷静に前を見据えている。
そして、ブレスが放たれた。
白い魔力の塊が、熱線となって迷宮を照らす。
目を焼くほどの光が少年に向けて迸った。
さしもの少年もあれを受ければひとたまりもない。
セインズがそう危惧し、すぐに杞憂だと悟る。
「――――」
少年の体内の魔力が、ギュルギュルと荒れ狂う。
暴風のように荒れ狂う魔力を強引に制御し、少年が黒剣を上段に掲げる。
ブレスが少年を飲み込む、その直前――――、
「――«風切剣»」
光が奔った。
黒い光が堕ちる。
それは白き光を喰らい、刃の射程を超える筈の《暴龍》へと到達する。
魔力の扱いに長けた剣士は、魔力によって己の剣の射程を伸ばす。
その極致が斬撃だ。
『ギ……ァッ』
黒い光の先にあった《暴龍》の巨体は真っ二つになっていた。
ズルリと左半身と右半身が別れ、地面に沈む。
強靭な生命力を持つ筈の龍種は、少年の一刀によって呆気無く絶命した。
「…………」
迷宮が静寂に包まれる。
少年の力を目の当たりにした者達は、誰もが呆然とした表情を浮かべている。
「……とんでもねえな」
少年の実力に、セインズが言葉を漏らす。
三番隊隊長のフェルトが認めるわけだ。
この歳でAランク冒険者なのも頷ける。
「……まだだな」
セインズ達が少年の実力に内心で賞賛を浮かべる中。
注目となった少年だけは、不満そうに自分の剣を見つめているのだった。
―
黒髪の少年に視線を向ける、騎士達。
その中で、二番隊の少女も彼へと視線を向けていた。
そんな中で、フリューズだけは、自身の隣にいる隊長へ意識を向けていた。
少年を見る瞳には、興味の色が浮かんでいる。
それを感じ取ったフリューズは、小さく息を吐き、目を細めた。
「障害になるようなら……」
フリューズの呟きは、誰の耳に入ることもなかった。
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