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番外編 『ぎぶみーきっす』

キスの日ってことで急遽執筆。

間に合わなかったよ……。


「――ウルグ、キスをしましょう」


 ある日唐突にセシルがそんなことを言い出した。

 前々から唐突に何か言ってくることはあったが、いくらなんでも急過ぎるぞ。

 思わず、「はい……?」と聞き返してしまう。


「――ウルグ、キスをしましょう」

「いや、聞こえなかった訳じゃないです」


 「おいでおいで」と、自分の膝をぽんぽんするセシル。

 ここで膝に乗るのは危険過ぎる。


「……姉様、どうしたんですか、急に」

「急じゃないわ。だって、今日は接吻の日だもの」


 接吻の日?


「大切な人とキスをして、愛を確かめ合う日なのよ」

「……それはせっぷんって名前の魚だったりしませんか?」

「違うわ。ちゅーのことよ」


 …………。


「いや、流石にそれは……」

「ウルグは私とするの、嫌……?」

「嫌っていうか、その」

「どうしても嫌なら、私我慢するわ……」


 悲しげに俯くセシル。

 本当に落ち込んでいるように見える。


「……分かりました」

「!」


 溜息を吐き、セシルの膝の上に行く。

 キスか……。

 想像しただけで、体がガクガク震えてくる。

 

 キスってどうすればいいんだ?

 どこにすればいいんだ?

 経験ないから分かんないぞ……。


「そ、そう。じゃ、じゃあ」


 セシルの膝の上で向かい合う。

 

「…………」

「…………」


 お互いに見つめ合い、しばらく無言。

 見れば、セシルの顔も強張っている。

 

「……あの、姉様?」

「え、あ」

「キス……しないんですか?」

「っ」


 セシルは小さく息を吐き、意を決したように頬を叩く。

 そして、ぐっと拳を握り、


「かもんぬ!」


 と目を瞑った。

 「ん」と唇を突き出す。

 

「……っ」


 緊張しているのが分かる。

 セシルは小さく震えていた。

 なんで自分から誘っておいて、緊張してるんだこの姉は……。


「ふぅぅ……」


 という俺も汗がやばい。

 心臓がバクバクして、息が荒い。

 

「…………」


 セシルは目をきつく瞑って俺を待っている。

 ま、待たせるのは良くないよな……。


 俺は何を緊張してるんだ。

 セシルは姉だ。

 緊張することはないんだ。


 そうだよ。

 ここは普通に、するっと、スピーディに行くべきなんだ。


「……ウルグ、緊張してるの?」

「え、いや……」

「だ、大丈夫よ。ナチュラルかつネイチャーな感じで、ぐいっと」

「は、はあ」

「ウェルカム……! 毎日がエブリデイ!」


 セシルが壊れた。

 まるで意味不明だ。

 く、もうこれ以上。、待たせる訳にはいかない。


 行く!


 目の前に迫る、セシルの薄ピンクの唇。

 緊張しているのか、セシルの鼻息がちょっと荒い。

 ふんわりと甘い匂いのするセシルへ、恐る恐る顔を近づけてく。


 行くぞ……! 


 そして、俺とセシルの唇の距離がゼロに――、


「入るぞ」


 その瞬間、扉を開けてドッセルが入ってきた。


「ひゃああ!?」

「うおお!?」


 その瞬間、俺とセシルは同時に悲鳴を上げ、勢い良く離れた。

 «魔力武装»を全開にし、セシルの膝の上から緊急脱出。

 空中で後ろに三回転し、体操選手のように地面へ着地する。


「おぬっ!?」


 そんな俺達の様子に、ドッセルも驚いて変な声を上げている。

 しばらく俺とセシルに視線を行き来させた後、


「……セシル、話がある。お前は部屋から出て行きなさい」


 と、いつもの調子を取り戻してそう言った。


 その後、俺は部屋を出て行ったが、セシルの殺気がやばかった。

 殺気だけで魔物を殺せるんじゃないかってレベル。

 

 自分の部屋に戻っても分かるセシルの殺気に、俺はブルリと体を震わせるのだった。



「――と、そんなことがあってから、接吻の日がちょっと怖いんだよな」


 接吻の日。

 俺はヤシロ達と昼食を食べながら、そんな事を話していた。

 流石に、姉と云々は軽くぼかして話したが。


 調べた所、接吻の日というのは普通に存在してるらしい。

 だけど、昔の風習で、どうしてもキスをしなくちゃならない、って訳じゃないようだ。

 まったく、セシルは俺をどうしたかったんだか……。


 と、そんなことを考えて、自分の飲み物に手を伸ばそうとした瞬間。


「……ん?」


 今、バッて俺のグラスが残像を残して一瞬消えた気がする。


「何かしたか?」

「い、いや? 何もしてないぞ」

「…………」

「…………」

「…………」


 何故か冷や汗をかいて、テレスが否定する。

 それを、ヤシロ達三人がジト目で見ていた。


「……? まあいいか」


 そう言って、グラスに手を伸ばそうとすると、


「あ!」


 ヤシロが俺の後ろを指さして、声をあげる。

 思わず振り返るが、何もいない。


「どうしたん……だ?」


 振り返った瞬間、またグラスが残像を残して消えた。

 ……何だ?


「気のせいでした!」


 とヤシロがどこか変な態度で答える。

 そんなヤシロをテレスが睨み、メイとキョウは微妙な表情をしている。


「喉が渇いたなあ」


 何故かわざとらしくテレスがそう言って、自分のグラスに口を付けようとする。

 そしてそれを、これまた何故かヤシロがガッシリと掴んで止める。


「な……なんだヤシロ。離せ」

「いえ、汚れが付いているので、それは私が回収します」

「結構だ……!」

「遠慮せずに……!」


 ギシギシと、強引にグラスを奪い合う二人。

 急にどうしたんだ、こいつら。


「何かあったのか?」

「……いえ。いつも通りです」


 キョウ達に聞くと、キョウは呆れたようにそう答え、メイは微笑ましい物を見るように笑っている。


「……?」


 よくわからない。

 相変わらず、争う二人。


「まったく……間接程度でそこまでムキにならなくても」

「キョウちゃんもしたいくせに」

「な……!? そ、そんなことはっ」

「ふふ、じゃあ私はダイレクトにいこうかなぁ」

「……っ」


 キョウとメイは、小声でぼそぼそと何かを話している。

 何だろう、全員様子が変だ。

 俺だけ仲間外れにされているのか……?


 四人のおかしな様子を不審に思い始めた時だった。


「む、ウルグか」


 後ろから、俺を呼ぶ声がした。

 振り返ると、ベルスがこちらに歩いてきていた。

 

「お、ベル――」

「おぬっ!?」


 目の前に来た瞬間、ベルスが足を滑らせた。

 咄嗟に椅子から立ち上がり、受け止めようとする。

 それが間違えだったのかもしれない。


「むぐっ!?」


 次の瞬間、唇に温かくて柔らかい何かが押し付けられた。

 頭が真っ白になり、全身から力が抜ける。

 ベルスを抱きとめたまま、俺は勢い良く後ろに倒れた。

 

「……ぶぇ、うあああああああああああ!?」

「ぬあああああああああああッ!?」


 次の瞬間、俺とベルスは思いっきり叫び声をあげる。

 ぎゃあああああああああああ唇がああああああああああ!?


「ベルスてめぇ!? 何してんだッ!?」

「わざとじゃない! なんで私がお前なんかとぉぉぉぉ!?」


 二人で悶えているなか、


「……この手があったか」

「先を越されました……ッ!」

「あ、あわわ。き、きす……」

「む……。お兄さん、何やってるんですか」


 何故か悔しがっているテレスとヤシロ。

 顔を真っ赤にするキョウに、面白くなさそうな顔をするメイ。

 

「お、おとこ……どうし……!!」


 そしていつの間にか現れ、顔を赤くして俺達を見ているエステラ。

 なんてこった……。

 

「お前、剣士なら転ぶなよ!? 戦闘中に転んだら死ぬぞ!?」

「分かってるんだが何かどうしようもない、抗えない理不尽な力に転ばされたんだよ!!」

「何言ってんのか全然分かんないんだけど!?」


 お互いにキャラ崩壊し、言い争っていると。


「足が滑りましたー」

「――――ッ」


 ヒュン、っと高速でヤシロが突っ込んでくる。

 咄嗟に躱すと、ヤシロは宙でくるりと回転し、地面に着地する。


「……流石ウルグ様。でも今は憎い……!」

「ヤシロ、何言ってんだ!?」


 何してんだよ!?


「おのれ……。おっと私も足が滑った!」


 そして、今度はテレスが突っ込んできた。

 風の魔術で体を加速させており、弾丸もかくやという速度だ。


「流心流、受け流し!」


 剣を抜かないまま、両手と体捌きで、テレスの突進を受け流す。

 

「なんの!」


 しかし、次の瞬間、テレスはグルリと百八十度からだを回転させた。


「な、何だとッ!?」

「メヴィウス流、«逆風»!」


 テレスの顔が、眼前に迫って――


「させません!」


 俺の前に、キョウが飛び出してきた。

 そして俺と同じように、テレスの体を受け流す。


「お、おのれッ!」


 不意を突かれたテレスは、«逆風»を使う間もなく吹っ飛んでいく。

 

「お、お前ら、どうしたんだ」


 と、動揺して足を動かそうとした時。

 ツルン、と足が滑った。


「な――!?」

「うぇるかむ、お兄さん」


 地面に魔術で何かしたらしい。

 転んでいく先に、メイの姿がある。


「っ、絶心流ッ」


 空中で体を回転させ、メイを回避する。

 そして地面に着地し、荒く息を吐く。


「む……お兄さんのばか」


 メイが拗ねたように、そう言ってくる。

 そして諦めず、ジリっと距離を詰めてくる。

 同時に、テレスとヤシロ、キョウまでもが、獣のような眼光を俺に向けながら迫ってきている。


「ちょ、お前ら……どうしたんだ」


 誰も答えない。


「べ、ベルス、助けてくれ」

「私を巻き込むな……!」


 ベルスは涙目のまま、口を雪いでいる。

 役に立たない……!


「え、エステラ……」


 エステラも、いつの間にか俺の包囲網に加わっていた。


「何してんだ!」

「いやぁ、ははは」


 笑いながらも、目が笑ってない。

 怖い。

 どうなってるんだ。


「ウルグ様」

「ウルグ」

「……先輩」

「お兄さんっ」

「ウルグ殿」


 五人が俺の名前を呼び、そして、


「「「「「足が滑った!」」」」」


 まったく同時に、足を滑らせた。






 …………。

 ここから先は、あえて語るまい。

 どうやら、接吻の日には、女性をおかしくする効果があるらしい。


 そうじゃないと、ヤシロ達のこの肉食獣のような変貌に説明がつかない。

 接吻の日のせいだ。

 そうに違いない。


 ……そうだよな?


 こうして俺は、よりいっそう、接吻の日が苦手になったのだった。

実際に接吻の日があるかは謎。



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