断章 『剣を握る理由』
アルデバランが間に合わなかったルート
――メイが死ぬのが見えた。
膨大な魔力を凝縮した斬撃が地に伏す彼女達の下へ到達し、破壊を撒き散らした。
メイの体は真っ先に破壊に飲まれ、彼女の身体がぐちゃぐちゃに砕けるのが分かった。あれではもう、どんな治癒魔術を使っても治らないだろう。
――ヤシロ達がゴミのように、鮮血を撒き散らしながら吹き飛ぶのが分かった。
宙を舞いながら全身から鮮血を流し、斬撃に巻き込まれている。
生死は分からない。
少なくとも、無事ではないだろう。
「あ……あぁ」
仲間がそんな目にあっているというのに、俺は動けなかった。
動こうとしても、魔力が尽きた体には力が入らず、一歩前に踏み出すことすら出来なかった。
守るために、ここに来た筈だったのに。
「あぁ……あああ……ああああああああああああ」
「ははははは! その顔が見たかったんだ! これこそが喪失! これこそが『施し』! 失う痛みを、苦しみを、絶望を!! 己はそれを教えてやるためにここに来たんだ!!」
スペクルムの嘲笑が遠くで聞こえた。
世界がどす黒く塗りつぶされていくのを感じる。それは絶望で、怒りで、憎悪だった。
スペクルムの姿を二つの目に焼き付ける。
殺す。
お前だけは、絶対に、殺してやる。
直後、視界が雷で染まった。
俺は意識を失った。
―
結果から言って、まずメイが死んでいた。即死だった。どんな治癒魔術師でも手の施しようがないくらいに彼女の体は破壊されていて、どうしようもなかった。
テレスとキョウ、タイレスは一命を取り留めた。未だ危険な状況ではあるが、このまま治癒魔術をかけ続ければ助かるらしい。
ヤシロはメイの次に酷かった。まだ生きている。だが、いつ死ぬか分からない。そんな状態だった。
メイ達が死んですぐに、《剣聖》アルデバラン・フォン・アークハイドが駆け付けた。アルデバランはスペクルムと交戦し、追い詰めるも、スペクルムは逃走。未だ見つかっていないという。
アルデバランが来てくれたお陰で、アルナード領の戦いは終わった。彼が来なければ、全滅していた可能性が高い。
そう頭で分かっていても、俺はこう叫ばざるを得なかった。
「なんで……もっと早く来てくれなかったんだ。アンタがあとほんの数秒早く来ていれば……間に合ってさえいれば、メイは死なずに済んだのに。ヤシロもテレスもキョウも傷付かなくて済んだのにッ! 何が《剣聖》だよ……。何が騎士だよ!」
《剣聖》アルデバランを詰った。
彼は「すまない」というだけだった。それが余計に癇に障った。
肝心なときに間に合わなかったくせに、何が《剣聖》だよ。ふざけるな。
それが身勝手な叫びだということは分かっていた。
何しろ、その場にいた俺が何も出来なかったのだ。文句を言う筋合いなど、あるはずがない。
だけど、叫ばざるを得なかった。
「お前が間に合っていたら」
と。
―
最初に目を覚ましたのはキョウだった。
メイが死んだと聞いて、彼女は普段の冷静さを失って、取り乱した。
俺のせいだ。
俺が巻き込んだからメイが死んだ。
謝っても、キョウは「先輩のせいじゃありません」というだけだった。
キョウはそれから、塞ぎこんでしまった。
布団の中に潜って、出てこなくなった。話し掛けても、答えてくれない。
「俺のせいだ」
彼女に続いてテレスとタイレスも目を覚ました。
テレスはヤシロが目を覚ますまで、アルナード領で腕利きの治癒魔術師によって治療し続ける事を保証してくれた。
だが、ヤシロが目を覚ます可能性は低いとも聞いた。体へのダメージが大きすぎて、通常の治癒魔術では意識が戻るところまで回復させるのが難しいと。長い時間を掛けて治していかなければならないという事だった。
「俺の、せいだ」
ヤシロはベッドで眠っている。
外の傷はもう言えて、本当にただ眠っているだけにしか見えない。しばらくすれば、あくび混じりに目を覚ます気すらする。
だけど、数日経過してもヤシロは目を覚まさなかった。
「俺はもう独りじゃないって、言ったじゃないか」
「…………」
「嬉しかったんだ、本当に。ヤシロが俺のことを愛してるって言った時、どうしようもないくらいに嬉しかった」
「…………」
「一緒に戦ってくれるって、言ったのに。どうして目を覚ましてくれないんだ」
「…………」
「ヤシロ……お前がいなきゃ、俺は……っ!」
「…………」
ヤシロは目を覚まさない。
いつものように笑ってくれない。
いつものように話し掛けてくれない。
どうして、こんなことになったのだろう。
大切な人と、幸せになりたかっただけなのに。
あぁ、分かってる。
「俺のせいだ」
―
病室で眠っているヤシロをずっと見ていた。
どれくらい経っただろう。
椅子に座って、何もせずにヤシロと一緒にいた。
どうしてか、全然眠くならない。
お腹も空かないし、喉が乾くこともない。
疲れも感じない。
何も、感じない。
「ウルグ……頼むから、少し休んでくれ」
いつの間にか、テレスが隣にいた。
俺の肩を掴み、揺すってくる。
「別に、疲れてなんか……」
「いいから、休んでくれ……っ」
テレスが泣いていた。
俺が泣かせてしまったのか。
俺のせいで。
「分かった」
俺はヤシロの病室から出た。
俺はテレスの屋敷の客室で、疲れてなかったけど、眠った。
―
結局の所、今回の出来事は、他人を信じた俺が悪いのだ。
ヤシロを、メイを、キョウを、連れてくるべきではなかった。
俺一人で行くべきだった。
俺の代わりにメイが死に、ヤシロが重症を負った。
自分一人で振る剣と、他人と一緒に振る剣。
俺は後者を選んだ。
それがこの結果だ。
十分だ。
もう十分に分かった。
ぬるかった。
甘っちょろかった。
「俺のせいだ」
俺が間違った選択をしたから、全部台無しになった。
もう俺は誰も信じない。
誰にも委ねない。
大事な所で、誰かに任せるからこんな事になるんだ。
だからここからは、俺がこの手で守りたい者を守る。
俺が奪う。
―
一度、学園に戻った。
退学手続きをする為だ。
俺は学園をやめる。
レックスとメイがいなくなって、ヤシロは意識を失い、キョウも学校に通える状態ではない。
そんな所にいる意味はない。
学園をやめて、より強くなる為に旅に出る事にした。
「またお前のせいで人が死んだな」
寮で先輩達にそう声を掛けられた。
レックスが死んだ時に色々言ってきた連中だ。
「ああ、そうだな」
そう返して、俺は正面に立っていた先輩の顔面に拳を打ち込んだ。鼻の骨が折れる感覚。そのまま吹き飛んで、他の寮生を巻き込んで壁にぶちあった。
「もう奪われるのはごめんだ」
絡んできた先輩を気が済むまで殴った。
甚振った。
お前らは俺より弱い。
弱いくせに、俺に意見するな。
「だから、俺が奪うんだよ」
大切な物を奪われる前に、俺が奪う。
失わせてやる。
喪失を与えてやる。
―
「行くのか」
退学手続きを終わらせ、学園から去ろうとする俺を呼び止めたのは、元教師のアルレイドだった。
苦い顔をして、俺を見ている。
「もう、学園にいる意味がなくなったので」
「復讐しにいくのか」
「ええ」
「その先に、何も残らなくてもか?」
「残りますよ。そのために行くんだ。俺から奪おうとする奴は容赦しない。
皆殺しにする。そうすれば、誰にも奪われない。
その為の力を手に入れるんだ」
そう返して、俺は学園を去った。
アルレイドはもう何も言わなかった。
―
ああ、レックス。
ようやく、剣を握る理由を見つけたよ。
奪うために、俺は剣を握るんだ。
守るために、奪う。
守るために、殺す。
守るために、失わせる。
それが俺の剣を握る理由だ。
さしあたって、俺は亜人山へ向かうことにする。
妖精種の秘薬を手にするためだ。
秘薬なら、ヤシロの傷も治せるかもしれない。
向かいがてら、適当に道場破りでもしようか。
エレナがやっていたみたいに。
―
――力が欲しいか、という問いがあった。
以前と同じ問い。
同じ問いに、同じ答えを返した。
「寄越せ」と。
注意:胸糞悪くなる恐れがあります




