第七話 『人は変われる』
この世界の学園は前世での学校程過保護ではない。
出来るだけ死人が出ないように取り計らってはいるが、出る時は出てしまう。魔術や剣術、魔物との戦い方を教えている以上、仕方のない事かもしれない。
だから割りと危険な授業も多い。
貴族なんかは学園に文句を言ったり、護衛を付けたりするそうだが。
テレスにも一応、付き人がいる。しかし神童と呼ばれるテレスの方が強く、また彼女が拘束を嫌うため、基本的に俺達といる時は付き人は表に出てこない。
今回行われる授業でも、付き人は出てこなかった。
今回行われる授業、それは迷宮探索だ。生徒で三人パーティを作り、迷宮へ潜る。そして、魔物を狩り、素材を集める。
最終的に討伐した魔物の数や、手にした素材などで成績が付けられる。
選択必修で冒険者について学ぶ事が出来るが、これがそうだ。
危険がある為、参加は任意。
何かあった時の為に元冒険者の教師が控えている。また怪我を治す高価なポーションが配られる。
昔は生徒を迷宮に放り込んで終わりだったらしい。
時代と共に過保護になっていくのは、元の世界と同じだな。
主に貴族が理由だろうが。
この授業は各グループ合同で行われる。
参加者はそこまで多くないらしい。
パーティはクジで決められるらしく、ヤシロやテレスと同じになれるといいな、などと思っていたのだが……。
―
くじ引きによって、パーティが発表された。
そのくじに従って、三人で集まっている。
「…………」
「…………」
「…………」
そして、早速気まずい空気が漂っていた。
俺達の隣では、テレスとヤシロ、エステラが「成績トップを目指そう」と盛り上がっている。
俺の方はというと。
まず、黒に近い深緑の髪を目に掛かるほどに伸ばした、スラリとした細い体付きの少年が俯いたまま時折こちらに視線を向けてきている。金が掛かっていそうな魔術服を身に纏い、腰に細剣をぶら下げている。
その隣で、尖った灰色の短髪をカリカリと掻いて、金色の瞳を細めた少年が沈黙していた。 その頭からは灰色の尖った耳が生えており、時折ピクピクと動かしている。
ベルス・ベルセポナ。
ヴォルフガング・ロボバレット。
それが俺のパーティメンバーだった。
くじの通りに並ぶように生徒に指示している教師の中に、エレナとアルレイドの姿があった。
二人はチラリと俺を見ると、同時に笑顔でサムアップしてくる。
おい、どういう事だ。
抗議する間もなく、迷宮にはこのパーティで行くようにと指示される。
それで解散となった。
次の授業で、俺はこのメンツで迷宮に行かなければならない。
―
「頑張ってくださいね、ウルグ様。あのヴォルフガングという人も人狼種ですし、手懐けちゃってください」
「なに、ベルス・ベルセポナは最近熱心に修行に打ち込んでいるという。今のウルグとだったら、彼と打ち解けられるかもしれない」
「……お前らはいいよなぁ。ずるいぞ」
ヤシロとテレスは俺と同じパーティになれなくて残念だ、とは言っているが、気の知れた相手とパーティを組めて安心しているようだった。
落ち込んでいる俺を見て、ヤシロが「先生方に直談判しますか?」と聞いてきたが、流石にそこまでは良いと断っておいた。
「まぁ、ヤシロはあまり知らない者と組むのは危ないからな。万が一人狼種という事がバレれば面倒な事になる」
「その点、テレスさんと一緒で良かったです」
仲が良くて結構なことだ……。
ベルスとヴォルフガングとか、全然関わりないから気まずいんだよ。
昼食とか各自用意だから、あいつらと飯を食うことになりそうだ。
気が重い。
―
そして当日。
必要な物をバックに入れて、グラウンドに集合した。
そして元冒険者の教師に注意点を改めて説明される。
前世を思い出すな。
それから目的の迷宮に向かった。
「……おい」
歩く最中、最初に口を開いたのは意外な事にヴォルフガングだった。
こちらに視線を向けないまま、話しかけてくる。
「《鎧兎》を殺ったらしいじゃねえか」
「あ、ああ」
ベルスもチラリとこちらに視線を向けてきた。
「慣れ合って、腑抜けた糞雑魚野郎かと思ってたが、よォォやく頭が冷えたようだなァ」
「……まぁな」
「それで……テメェに聞きたいことがある」
こちらが本題だったらしく、間を置いてまたヴォルフガングが口を開いた。
「使徒と会ったらしいじゃねェか。どんな奴だった」
今度は俺に視線を向けて聞いてきた。
金色の瞳は鋭く、「話せ」と強制しているように見えた。
「リオ・スペクルムっていう包帯を巻いた頭のおかしい男だったよ。《剣聖》が撃退したけど、逃げられたんだ」
「……そォか」
それを聞くと、ヴォルフガングは興味を失ったようだった。
また、沈黙が戻ってくる。
「……おい」
今度はベルスが口を開いた。
「授業とはいえ、優劣がつくのだから、やるからには一番上を目指すぞ」
「ハッ、てめェに言われるまでもねェ」
「頑張ろう」
「……ああ」
話が終わった。
それから迷宮に到着するまで無言だった。
気まずい。
―
俺達がやってきた迷宮には階層というものがない。中へ入ると草が生い茂る森の中に出るのだ。
階層はなく、森全部が迷宮となる。
俺達はこの森の中で、決められた時間内にどれだけ魔物を狩ることが出来るかを競うことになる。
迷宮の中には何人かの教師が配置され、万が一の場合はすぐ駆け付けてくれるらしい。
迷宮の中に入ってすぐに、各パーティごとにあちこちへ散っていく。
テレス達のパーティはかなりのやる気で、開始と同時に森の中に突っ込んでいった。
「ノロノロすんな、早く来やがれ」
ヴォルフガングの言葉に頷いて、俺達も森の中へ入っていく。
ここの地形や、魔物の種類などはあらかじめ予習済みだ。
ベルス達も地形を理解しているらしく、ズンズンと魔物の量が増える迷宮の中心部の方へ進んでいく。
「来るぜ」
ポツリとヴォルフガングがそう言った。一瞬遅れて、俺も魔物の存在を察知する。
茂みから複数の真っ赤な猪が弾丸のように飛び出してきた。
《弾丸猪》だ。
ヴォルフガングが自分に向かってきた《弾丸猪》をスラリと躱し、横に回り込んで横腹を蹴りつけた。悲鳴をあげて《弾丸猪》が吹き飛び、別の個体を巻き込んで地面に倒れ込んだ。
ベルスはトトン、トトン、とステップを踏んだかと思うと、地面を滑るようにして《弾丸猪》を回避、通り過ぎざまに細剣で頭を横から突き刺して、一撃で絶命させていた。
二人を観察しながら、俺も自分に向かってきた個体の相手をする。魔力を込め、突っ込んできた《弾丸猪》を正面から両断する。
複数いた《弾丸猪》が、ほんの数秒で全滅した。
それから素材を回収し、配られた袋に収めていく。
ヴォルフガングは慣れているようであっと言う間に毛皮を剥いでいた。
ベルスの方も、嫌がってやらないかな、なんて思っていたが、不平を漏らすことなく毛皮を剥がしていた。
それが済んだら、また迷宮の中心に向かって歩き出す。
何度も魔物と会敵し、そしてあっさりと撃破していく。こうして戦っている内に、役割が自然に決まっていった。
ヴォルフガングが襲撃よりも先に敵を察知して俺達に伝え、俺とベルスが敵を片付けていく。数が多い時はヴォルフガングも戦った。
初めて行動する三人だったが、意外と連携が上手くいく。それは各自の実力が高いのもあるだろうが、一番の理由はベルスだろう。
意外な事に、ベルスは周りがよく見えていた。仲間の邪魔にならないような位置取りで戦い、数が多い時も誰か一人ばかりに負担がいかないようにコントロールしている。
そんな事をしなくても、襲ってくる魔物程度ならば一人でも倒せるが、この連携のお陰でより楽に敵が倒せるようになっている。
意外だった。
ヴォルフガングもベルスが上手いようにコントロールしている事に気付いているのか、
「ただのボンボン野郎かと思ったが、見どころはあるみてェだな」
などと褒めていた。
ベルスは満更でもなさそうな表情を浮かべ、
「君の察知能力も流石だな」
と言い返している。
俺はと言えば、二人のように何かずば抜けたものはないので、連携を崩さないように気を付けたり、中心部へ最短距離で進めるように進行方向の調整などをした。
「ベルスだったけか? ウルグはとにかくとして、テメェには人狼種は汚らわしい云々、って言われると思ってたんだがな」
「あぁ。俺も思った。ヴォルフガングと喧嘩にならないか、少し不安だったんだ」
俺達の言葉にベルスは少し気まずそうな顔をした。
「以前の私ならば、確かに言っただろう。だが……なんだろうな。私はこの一年で外見や種族だけで見下す事の愚を知った。種族が違おうと、平民だろうと、優れている者は優れていて、見習うべき部分はあるのだと理解したのだ」
「へェェ」
「……ウルグ。一年前、黒髪黒目だという理由で絡んだ己の不明を詫びよう。あの時の私はただ身分と血筋だけを誇るだけの愚者だった。許して欲しい」
そう言って、ベルスは俺に頭を下げた。
そういえば、あの一件以来、ベルスに絡まれなくなったし、少し前に貴族に絡まれてキレそうだった俺を止めてくれたりもしたな。
一緒に行動して、強くなっているのも理解できた。
変わったな。
「あぁ。もう気にしてないよ」
「……そうか。ありがとう」
それから、共に戦ったお陰か、敵を倒すのに最適の陣形を組めて余裕が出来たのか、少しずつ交わす言葉が増えていった。
そうして俺達は狩りを済ませ、時間を知らせる魔道具に従って迷宮の出口を目指した。
べらべらと喋る程ではなかったが、ポツポツと雑談をする程度には会話が出来るようになった。
―
迷宮から出た後は袋を教師に渡し、休憩時間になる。
三人別々に摂ってもいいのだが、ベルスから俺とヴォルフガングに一緒に昼食を摂らないかと誘われたので、三人で食べる事にした。
「……意外と家庭的なんだな」
ヴォルフガングが取り出した弁当箱には野菜がたっぷり挟まったサンドイッチがならんでいた。
「は、俺様は天才だからな」
そう言って、ヴォルフガングはサンドイッチをバクバクと食べ始める。
ベルスの方は貴族らしく綺麗に彩られた弁当だった。肉や野菜などがバランスよく並んでいる。
俺は自分で作った味付けした鶏肉と、ブロッコリーっぽい野菜と、野菜を挟んだパンだ。
「…………」
ヴォルフガングが、何も言わずにベルスの弁当に視線を向けている。何かと思ったら、その視線の先にあったのは肉だ。
「……少し食べるか?」
「……」
そんなやり取りをして、ヴォルフガングはベルスから肉を貰っていた。
肉が食べたいなら自分のサンドイッチに挟めばいいのにな。
そこからなし崩し的に、三人の弁当を少しずつ交換した。
「美味いな……」
ヴォルフガングのサンドイッチは少しピリッとした味付けがされており、俺が作った野菜入りパンよりも圧倒的に美味しかった。
「はッ。天才だから当たり前だ。褒められたって嬉しくもなんともねェェ。……もっと食うか?」
そうして三人で食べながら、ポツポツと言葉を交わす。
ベルスもヴォルフガングも、俺と違ってコミュにケーションが苦手という訳ではないようで、自分からはあまり喋らなくても、誰かが話すとしっかりと言葉を返し、普通に会話が成り立っていた。
「テメェの剣は弾震流だな。踊りとかステップってのがイマイチ分かんねェェんだが、一体どういう流派なんだ? 踊る必要あるのか?」
「弾震流は舞踏会などで行われた剣を使った舞いが始まりだと言われている。ステップを踏んでリズムを取るのは、確かに無駄な動作に見えるかもしれないが、洗練された舞いから繰り出される技は熟練の剣士でも予測出来ない。ステップは相手の呼吸を崩し、幻惑し、自分のリズムで攻撃が出来るようになる」
「へェェ」
前に本で読んだことがある。
熟練の弾震流剣士のステップは、気付かれない内に相手の呼吸を完全にコントロールし、踏み込みや足捌きのタイミングを自由に操る事が出来るという。
「ベルスは今何段なんだ?」
「私はまだ二段だ。まだまだ未熟だな」
それからベルスに弾震流の技を聞いたり、逆に俺が知っている技をおしえたりした。
「そういえば、もう少しで聖剣祭だな」
「俺様は興味ねェな。故郷に戻る」
「お前の故郷ってどこだ? 亜人山か?」
と、ヴォルフガングに聞いたら、地雷を踏んでしまった。
目を細め、少し苛立ったような口調で言った。
「アペーレ村だ。……俺の故郷はもうねェ。知ってんだろ。『牙の一族』が全滅したってよォ」
そこで、ようやく俺はヴォルフガングの名前の由来に気付いた。
かつての牙の一族の族長にして、人狼種の英雄ヴォルフガングから来ているのだ。
どこかで聞いたことがあるな、と思っていたが、そういう意味があったのか。
「そうか……悪いことを聞いたな」
「……チッ、二度と聞くなよ」
その後、昼食を食べ終わる頃になって、テレス達と合流した。
どうやらもう帰ってきていたらしいが、俺達が話しているのを見て、別で食べていたらしい。
それから俺達は学園に戻り、次の日に結果が出た。
一位は俺達のチーム、二位はテレス達だった。
テレス達はかなり悔しがっていたな。
こうして、授業は終了した。
今回の件で、若干ではあるもののベルス達と打ち解ける事が出来た。
学園であっても軽く言葉を交わす程度だが。
あれだけ俺を見下していたベルスに謝罪された事で、俺は人は変われるのだな、なんて事を思った。
いつか俺も、人に胸を張れるような自分になりたい。
―
こうして平和な日々は過ぎていく。
使徒や災害指定個体などとやりあっていたのが嘘のようだ。
それでも俺は少しずつ実力を付け、何かあった時の為に備える。
――もう、後悔しないように。
聖剣祭が、近付いていた。




