第六話 『エステラ・ステラリア』
王立ウルキアス魔術学園。
《四英雄》セブルス・セイバーが創設した大陸随一の学園だ。
学ぼうと思う者はあらゆる技術を身に付けられる学園だが、演習や授業などの内容によっては危険が伴う。
死者が出ることもある。
それでも、この学園に通いたがる生徒は後を絶たない。
この学園で得られる物は多く、更に卒業者には箔がつくからだ。
真面目に学びにくる者もいれば、箔をつけに来る者もいる。
そんな中で、エステラ・ステラリアは前者だった。
―
エステラ・ステラリアは貴族である。
彼女の先祖は武勲をたてて貴族になった。
それ故、ステラリア家には「強くあるべし」という教えがある。
その言いつけを守り、幼少の頃からエステラは適性のあった属性魔術の鍛錬を行った。
だが、エステラは魔力操作が上手く出来ず、魔術の成功率はかなり低かった。
両親から責められたりという事はなかったが、彼女の才能を失望する声はエステラの耳も届いた。
そうした人達を見返す為に、彼女は魔術の鍛錬をし続けた。
「強さ」というものに、憧れを抱いていたのも、努力を続けられた理由の一つだろう。
親が使う強力な魔術を見て、自分もこうなりたいと思ったからこそ、エステラは魔術と鍛錬に励むことが出来た。
やがて、エステラは両手で同時に魔力を使えるようになる。
下手だった魔力操作を、上手く出来るよう努力し続けた結果だ。
それを工夫し、複合魔術の使用を可能とする。
いつからか、エステラは天才と呼ばれ、将来は宮廷魔術師にと嘱望されるまでになった。
見返せた事に満足しながらも、それでもエステラは向上心を忘れなかった。
近接戦闘になった時の為に拳闘士に師事。
そして、更なる知識を身に付ける為、魔術学園に進学した。
魔術学園には多くの生徒がいる。
皆がエステラのように真面目なわけではなく、向上心のない生徒も多くいた。
箔を付けるために学園に来た貴族などがその最たる例だ。
そういった怠け者を反面教師に、エステラは鍛錬を続けた。
逆に、彼女の憧れとなる生徒も多くいた。
アルデバランやウィーネ、それに優秀な教師。
自分では及ばないような実力を持った人が多くいた。
ヴィレムという魔術師の先輩は、どうも好きになれなかったが。
そして、才能がなくても努力を続けている人も多くいた。
エステラはそういった人の姿を見て、己の糧として過ごした。
そんな彼女が黒髪の少年を気にしだしたのは、『黒鬼傭兵団』襲撃事件がきっかけだった。
以前から悪評は耳にしていたが『黒鬼傭兵団』の話を聞いて、エステラはウルグの事が気になった。
他の生徒からの評価は低いので、性格は悪いのかな、と思い、こっそりと彼を観察に向かった。
ちょうど、ウルグは素振りをしている所だった。
「――――」
その姿にエステラは釘付けになった。手にした黒い剣を、一心不乱に振り続けている。黒髪を汗で濡らしながらも、一定の呼吸で素振りをし続ける。
思わず息を飲んでしまうほどの集中力だった。
それから、エステラはウルグの事をこっそり見るようになった。
他の者から疎まれても、それを跳ね除けて剣を振り続けるウルグ。
その姿はいつかの自分と重なり、剣を振る姿はエステラの目に強く焼きついた。
そして、ウルグと話したい、と思うようになった。
友人は少なくないエステラだったが、ウルグに話し掛ける事は中々出来なかった。
鬼気迫る表情で剣を振る彼に、声をかけにくかったのだ。
だから、模擬試合でウルグと戦えた時は内心凄く嬉しかった。
いつしか憧れとなっていたウルグと、戦う事が出来るからだ。
そして、全力で挑み、エステラは敗北した。
その後、ウルグが《喰蛇》を討伐したという報せを聞く。
やはりあの人は凄い! とエステラは嬉しくなった。
しかし、仲間が死に、落ち込んでいるという。
どうにかして、元気づけたいと思った。
「う、ウルグ殿! 私と鍛錬しませんか!」
と、頑張って声を掛けてみた。
ウルグは少し戸惑った風だったが、エステラとの鍛錬を受け入れてくれた。
それから、エステラは時折ウルグと鍛錬するようになった。
これが、エステラ・ステラリアとウルグとの出会いだ。
―
―
流心流二段。
絶心流二段。
理真流初段。
《剣匠》シスイの指導を二年受け、現在は王立ウルキアス魔術学園で《苛烈剣》エレナ・ローレライ他数名の剣士の指導を受ける。
『黒鬼傭兵団』を退ける。
《喰蛇》を討伐。
《鎧兎》を討伐。
これらの功績により、十三歳にしてAランク冒険者に上り詰める。
こうやって自分の持っている資格や功績を上げてみると、結構凄いことのように思える。
俺一人じゃ、絶対に出来なかっただろうけどな。
アルナード領から帰ってきてから、先輩に絡まれる事が多くなった。
それも、腕に覚えがある奴にだ。
どうやら、俺がAランク冒険者ってのと、《鎧兎》を討伐した、って情報が学園内に広がっているらしい。
興味本位で近付いてくるのもいれば、「イカサマか何かで成り上がったんだ」と喧嘩を売ってくるのもいる。
前者は適当にいなし、後者も適当にいなす。
どうしても絡んでくる奴は普通に倒すか、ヤシロが対応してくれている。
こういう武闘派に絡まれるようになった反面、逆に寮生達からは怖がられるようになった。
一度、《鎧兎》の事を指して俺に「お前、呪われてるんじゃねえのか」と言ってきた先輩がいた。
その時に「かもしれない。だけど、呪いだろうがなんだろうが、もう誰も死なせねぇ」と強く言ってから、先輩たちにも絡まれなくなってしまった。
という感じで、基本的に絡まれる以外、俺は避けられている。
普通に話してくれるのはヤシロ達と、エレナ達先生だけだ。
偉ぶった貴族なんかには蛇蝎の如く嫌われている。
何人か、テレスに取り入るために俺に近づいて来たのはいたけどな。
どの道、俺とまともに相手してくれる奴はほぼいない。
だが、中には例外もいる。
紫髪の貴族、エステラ・ステラリアだ。
彼女は避けるどころか、積極的に関わってくる。
俺が貴族に絡まれている時に、何度か助太刀来てくれた事があった。
大抵はエステラを見ると、皆去っていく。中には「成り上がりが……」と呟く奴もいるが。
「ステラリアは武勲で貴族に成り上がった家系ですから、見下している人も多いんですよ」
とエステラは言っていた。
俺の事を他の貴族のように見下さないのは、もしかしたらその辺りに理由があるのかもしれない。
エステラはダラけた貴族とは違って、ストイックに修行を続けているしな。
「ウルグ殿ウルグ殿!! 《鎧兎》を討伐したと聞きました! くぅぅぅ、凄いですうぅ!」
「お、おう。テンション高いな」
アルナード領から帰ってきて、すぐにエステラが俺に訪ねてきた。
どうやら、《鎧兎》の事を耳にしたらしい。
鼻息を荒くして、酷く興奮している様子だ。
こういう部分でも、エステラは他の貴族と違うな。
「ウルグ殿しゅごいッ!」
「しゅごいとか言うな。……てか、別に俺一人の力で倒せた訳じゃないよ。騎士団とか冒険者の人がかなりダメージ与えたから、俺でも倒せたんだよ。俺一人だったら瞬殺されて終わりだよ」
全調子ではない《鎧兎》を相手にしてる時だって、他の人の助けがなかったらあっと言う間に負けていただろうしな。
「それでも、災害指定に止めを刺せるってだけで、十分に凄いと思うのですよ。あぁ……ウルグ殿が颯爽と駆け付けて《鎧兎》を倒す姿、見たかったですっ。今回の事で、Aランク冒険者になったんですよね? ふぁぁ……本当に凄いです」
とまあ、エステラはこんな感じでハイテンションに絡んでくる。
変わっているが、良い奴だ。
その後、エステラにせがまれてアルナード領での事を話した後、気になった事を聞いてみた。
「前から気になってたんだが、貴族間じゃ俺の評判って最悪だろ? どうしてエステラはそんなに俺に好意的なんだ?」
「それは勿論、ウルグ殿を尊敬しているからですよ。私は見聞や外見で人を判断しないで、自分の目でどんな人かを見極めたいと思っています。ウルグ殿の話は以前から耳にしていて、どんな人か気になっていたので、自分で判断した結果、それはもう凄く凄い人だと分かったので、お近付きになりたいと思った次第です。ウルグ殿は鍛錬を欠かさず、人当たりも良い武人の鑑のようなお方ですからね」
ちょっと言い過ぎだとは思うが、照れるな。
以前の俺なら、エステラの言葉を信じられなかっただろう。
だけど今は、彼女が俺という人間を見てくれているという事が分かる。
「良い奴だな、エステラは」
「ウルグ殿に褒められるとは感激ですね……。そういえばウルグ殿、今度ウルグ殿を私の後輩達に紹介してもよろしいですか? 剣捌きや、心構えなどを聞かせてやって欲しいのです」
俺の言葉に身を震わした後、エステラにそんな事を言われた。
「紹介……? いいけど、大した事は出来ないぞ」
「いあいあ、ありのままのウルグ殿を見せていただければ良いのです」
そういって押し切られ、紹介される事になってしまった。
聞けば、エステラの後輩というのは全員貴族で、更に女性だという。
切磋琢磨しあう真面目な後輩達らしく、俺に刺激を与えて欲しいという事だった。
「最近、女性にばっかり縁があるな……」
「そ、そうですか……。や、やはり、見る目のある方にはウルグ殿の魅力が伝わるのでしょうね。同性の方はそんなウルグ殿に嫉妬してやっかんでいるのしょう」
「褒めすぎだって」
「事実ですので!」
こんな風に手放しで褒めてくれるのはヤシロとエステラぐらいだろう。
過剰ではあるものの、修行に付き合ってくれたり、体を心配してくれたりする良い奴だ。
ここまでなら。
それからエステラと模擬戦をする事になった。
エステラの複合魔術を相手にし、間合いを詰めて俺が勝った。
それから二人で改善点などについて話し合ったのだが、その時にからかっているのかと思うぐらいに褒めてきたので、思わず木刀を持ち上げて「からかうな」と言った時だ。
「……なんでしょう。ウルグ殿が木刀を私に向けていると、胸がドキドキします」
わけがわからない。
「良かったら、ちょっと叩いてみてくれませんか」
そう言ってエステラがくるりと俺に背を向け、お尻を軽く突き出してくる。
そしてキラキラした目で「さぁ!」とか言い出した。
それは貴族として、一人の女性としてどうなんだ。
仕方なく軽くペシッと叩くと、「うひゃん」と悲鳴をあげる。
「なんか……好きかもしれません。こういうの」
「…………」
「ウルグ殿、もう一発どうですか」
「…………」
「なんか、冷たい目で見られるとゾクゾクしますね」
「しません」
何か色々台無しだ。
それからというもの、エステラは時折俺に木刀で叩かれようとするようになった。
人間には色々な面がある。
ふんわりとした女の子がそういう知識を持っている事もあれば、真面目に魔術を学ぶ貴族が変な性癖を持っている事もあるのだ。
知らない方がいい事って、沢山あるんだな。




