第五話 『メイの要求』
甘い匂いがどうのと、話題になった次の日のことだ。
「――お兄さんも男の子ですね」
放課後、学校の中で偶然メイと出会った。
軽く声を掛けて立ち去ろうとした俺に、メイがボソッと言葉を漏らす。
彼女が何を言っているのか理解した時の俺の心臓は凄い事になっていた。
「な、なんの事だ?」
一応、とぼけては見るが、メイが「それは勿論、」と口を開き掛けたので、慌てて人通りの少ない所へ引っ張っていく。
「えへー。お兄さんに乱暴されちゃいました」
「な、何言ってるんだよ……」
頬を少し赤くしたメイが、目を細めて、頬を押さえながらそんな事を言い出す。
いつものメイと違う姿に、戸惑いしか無ない。
「どうしたんだよ、急に」
「お兄さんもちゃんと男の子してるんだなって思ったんです」
「お、男の子ってな……」
「ふふ、私って意外と物知りなんですよ? 道場で、年上の先輩とかが時折お話してました。キョウちゃんはそういうのに参加しなかったけど、私は混ざって聞いてたんですよね」
マジかよ。
「因みに”そういう”小説がシスイ様に見つかった事があるんですが、ふふふ。シスイ様、『おおおお、お前たちにはまだ早い!』って顔真っ赤にしてました。可愛かったです」
あぁ……なんか分かる。
あの人、そういうの苦手そうだからな……。
「だからー、ヤシロちゃん達の話を聞いて、お兄さんがそういう事してるんだなーって」
「…………」
「ヤシロちゃん達に教えたら、どんな反応するんでしょうね」
「ちょ、おま!!」
流石にそれはまずい。
羞恥心で死ぬ。
何としてでも阻止しなければならない。
「何が、目的なんだ。要求を聞こう」
「えへー。お兄さんならそう言ってくれると思ってました!」
そう言ってメイは、ふんわりとした笑みを浮かべる。
だが騙されてはいけない。
油断すれば命を落とすことになる。
「えとですね」
ゴクリと喉が鳴る。
気を引き締め、メイの恐るべき要求に備えた。
「お兄さんと、もっと仲良くなりたいです」
「なか、よく……?」
思っていたのとは違う要求に、呆気に取られる。
仲良くっていうのは、俺がメイとってことだろうか。
「ヤシロちゃんとテレスちゃんと仲良いのは分かってましたが、キョウちゃんも一緒に出掛けたりして、最近はお兄さんと仲良しじゃないですか」
「んー、まあ」
「ってなると、あの中で一番影が薄いのは私だと思うんです。お兄さんからの印象もそんなにないと思いますし」
「いや、そんな事はないと思うけど」
現にメイへの印象がガラリと変貌してるし。
メイは腫れぼったい頬を膨らませ、
「ですから、私もお兄さんと仲良しになりたいです!」
「まぁ……分かったけど。それはどうやったらいいんだ?」
「二人でお話しましょう」
「それだけで良いのか?」
「はい。まずはしっかりコミュニケーションを取っていくのが大切だと思うんです」
メイにそう言われ、俺達はそのまま喫茶店に行くことになった。
―
そして、二人でお茶を飲みながら会話する。
何か恐ろしい裏があるんじゃないかと疑っていたが、本当に話すだけだった。
少し拍子抜けだ。
しかし、会話の内容が結構きつかった。
「お兄さんはSですか? それともMですか?」
「……何を言っているんですか、メイさん」
「つまりですね、虐めるのが好きか、虐められるのが好きかってことです」
「そういう事を聞いたわけじゃないです」
今までのメイのイメージが本当に、木っ端微塵になった。
こいつ、ませてる。
ヤシロとかテレスとかとは持ってる知識が違う。
「お前……その歳でその話題はどうなんだよ」
「えー。道場とかの女の子は基本、こういう話好きですよ? 剣ばっかであんまり浮ついた話がないから、小説とかを読んでお勉強するんです」
「キョウは絶対こういうの苦手だろ」
「キョウちゃんは基本的にあまり会話しませんし、そういう話してると逃げちゃいますからね」
顔が赤くなるのを、お茶を飲んで誤魔化す。
こういう話はレックスとしかしたことがない。
あいつは顔からしてそういうの好きそうだったし、違和感はなかったが、メイの口から聞くと違和感しかない。
「まず、ヤシロちゃんはSとM両方イケる人ですね。お兄さんに合わせて変わる事が出来ると思います」
「続けるのか……」
「テレスちゃんは、Mですね」
「テレスがか? あいつは気が強いし、どっちかというと逆なんじゃないのか」
「テレスちゃんは普段は気を張ってて、好きな人の前だけ本当の自分を出す感じの子じゃないかって思いますー。だからベタベタに甘えてくると思いますよ」
「う……む」
何となく分からない事もない……か?
「そしてキョウちゃんも、おんなじですね。素直になれないからツンツンしてるけど、相手から来てくれれば、デレデレになっちゃうと思います。えへー、キョウちゃん可愛い」
「ツンデレってやつか」
「つんでれ……? いいですね! キョウちゃんにぴったり」
「……ってなると、メイ、お前はSか」
そう聞くと、メイはぽっと顔を赤くして「お兄さんのえっち」と返してくる。
こいつは絶対Sだろ。
「それで、お兄さんはどっちなんですか」
「どっちでもないよ。別に虐めるとか虐められるとか、そういうの興味ないし」
「へぇぇ?」
「うぐ……。いつまでこの話するんだよ……」
お兄さんには刺激が強すぎましたか、とメイが微笑む。
天使のような笑みだが、今はもう悪魔にしか見えない。
「まぁ、ヤシロちゃんに気付かれないように気をつけないといけませんね」
「……そうだな。クソ、厄介な鼻だぜ全く」
「因みにお兄さんは、誰の事を考えながら、『お菓子を食べてるんですか』?」
本当にこいつは……。
やられっぱなしは性じゃない。
ちょっと反撃してやろう。
「お前だよ、メイ」
「ふぇ!?」
メイがボンっと顔を赤くする。
目を逸し、俯いてしまった。
「メイは可愛いからな。そりゃ男としては当然だな」
「え、あ、うぁ……」
「夜な夜なメイの事を考えてるんだ」
「はぁう……ううぁ」
メイが真っ赤になって机に突っ伏してしまった。
言ってる俺にも凄まじいダメージが来てるけどな。
穴があったら入りたい。
いや、変な意味じゃないぞ。
「ま、まぁ、嘘だけどな」
「っ~~!!」
涙目になったメイが、睨み付けてくる。
一矢報いることが出来たようだな。
「お兄さんはいじわるです」
「メイから仕掛けてきたんだから、正当防衛だ」
「う~」
は、。三十年以上生きている俺を甘く見たな。
そういう知識と経験はほとんど無いがな。
「全く……仲良くしたいって、こういう話がしたかったのか?」
「話題は……なんでも良かったんです。お兄さんと楽しくお話したいなーって思って。キョウちゃん達がお兄さんはよく一対一でお話してるけど、私とお兄さんでお話することってあんまなかったですから」
「まぁ……確かにそうだな。なんとなく、キョウとメイでセットなイメージがあった」
「昔から、お兄さんが欲しかったんです。キョウちゃんは可愛いし大好きだけど、私に色々教えてくれたりするお兄さんがいたらいいなって思ってて……。ウルグさんをお兄さんって呼んでるのは、そういうのもあったり……なかったりします」
ないのかよ。
「お兄さんからブレスレット貰った時、凄く嬉しかったんです。男の人からプレゼント貰ったりしたの初めてでしたし……その時から、ウルグさんがお兄さんだったらなって。だから、もっとお兄さんと仲良くなりたいって思ったんです。変な話題を出しちゃったのは……ちょっと焦っちゃったから、かもしれないです」
「なるほどな……」
色々教えてくれるお兄さん、か。
俺にとっての、セシルみたいなものだろうか。
「仲良くなりたい、か。じゃあ、今度二人でどっか行ってみるか?」
「いいんですか?」
「あぁ。入学祝い、一回ご飯奢っただけじゃちょっと足りないだろって思ってたんだ」
「えへへー! やったぁ」
にへらぁ、と笑うとメイが席をたって俺と所にまでやってくる。
「じゃ、じゃあその……時々甘えてもいいですか?」
「え、お、おぅ。ただしさっきみたいな話は禁止で」
「はぁい」
そう言って何かを期待するように、頭を突き出してくる。
しばらく悩み、頭を撫でてやる。
「えへー」
それからしばらく、メイと普通の話をして、その日は別れた。
―
最近思うのは、本当に女の子と絡みまくってるな。
四人が俺に好感を持ってくれているのは分かる。
それが恋愛感情かどうかは分からないが。
正直幸せだが、少し怖い。
甘えてくるのは可愛いし、ドキドキする。
だけど、どうしたらいいのか分からなくなる。
なんて考えて眠ったら、夢にレックスが出てきた。
「お前さ、それはちょっとあれじゃね? 贅沢な悩みなんじゃないですかねぇ!」
「いや……そんな事言われても」
「なぁあにが『どうしたらいいか分からなくなる』、だ。そんなん決まってんだろ。全員大事にしてやったらどうだ、ああ!?」
「全員てな……流石にそれは」
「貴族とかは妻何人もいるって聞くぜ? だったらお前だっていけんじゃねえのか!?」
夢の中のレックスはキレていた。
「そんなに女があれなら俺とイチャラブするかああん!?」と迫ってくるので、必死で逃げる。
そんな時、俺達の間に誰かが割って入ってきた。
「ウルグは誰にも渡しません! 断固反対!」
そう言って、俺を胸に抱き寄せてきたのは、セシルだった。
「えと……どなたですか?」
「ウルグの姉の、セシルといいます」
「あ、レックスといいます。ウルグにはいつも世話になってました」
「その節は本当に……ウルグを助けてくれてありがとうございました」
などというやり取りを交わした後、
「でも! ウルグが沢山の女の子とイチャイチャするとかいや!」
「そうは言ってもお姉さん、ウルグの魅力を分かって好いてくれてる子達ですよ? その中からウルグが選ぶって無理じゃないですか?」
「むぐぐぐ……」
「ウルグの幸せを考えるなら……ここは一つ、ウルグに言ってやるべきなんじゃないですか!?」
「ああッ! ウルグぅぅ」
レックスの言葉に言い返せなくなったセシルが、俺を抱いてレックスから逃げ始める。
そして上半身裸になったレックスが後ろから追跡してきた。
そこからレックスとセシルの戦いが始まり、レックスが一瞬で負けた所で、夢から覚めた。
「…………」
自分の頭の中がどうなってるのか、ちょっと不安になった。




