第三話 『ある苛烈な教師の話』
各地の道場や実力者に挑み、《苛烈剣》と呼ばれた剣士がいた。
燃え盛るような赤い髪の絶心流剣士。
その名を、エレナ・ローレライという。
彼女は幼少期にある剣士に命を救われた。
名前も知らぬその剣士に憧れ、エレナは剣を習い始めた。
ひたすらに剣を振り続け、時に道場などに殴ぐり込み、やがてエレナは《剣匠》ジーク・フェルゼンにその才を認められ、彼の直弟子となる。
それから数年で彼女は四段にまで上り詰めた。
ジークから「《剣匠》になりたければ、オレを超えろ」と言われ、挑むもあっさりと返り討ちにあう。
その日から何度も挑むが、エレナの刃が届くことはなかった。
また、エレナは自分の成長が止まっている事に気付いた。
格上の相手へ挑んでも、以前のように伸びが感じられない。
「今のやり方で駄目なら、違うやり方を試すしかないだろうよ」
ジークにそう言われ、彼女は新しいやり方を必死に模索した。
そして気付く。
エレナは人に剣を教えるのが苦手だった。
人の剣を見れば、大抵の事は真似できた。
だが、人にそれを説明する事はほぼ出来なかったのだ。
そこで彼女は弟子を取り、人に教えるという事を勉強しだす。
その結果、徐々に彼女の剣は成長し始めた。
教えることで、合理的な思考が出来るようになったからだ。
その末に、ジークの推薦で魔術学園に教師として就任。
本場の教師達から、教育の仕方を教わった。
教師には貴族が多く、学のないエレナが馬鹿にされる事が多かった。
その都度、ブチ切れて叩きのめしそうになるのを必死で堪え、学んでいった。
理真流を教えているアルレイドという覇気のない教師にも教わった。
強そうには見えないが、教えるのだけは上手いのだ。
一度勝負を申し込んだが、あっさりと断られてしまった。
そんなこんなで、エレナは徐々に上手く教えられるようになっていった。
黒髪の少年が魔術学園に入学してきたのは、彼女が教師になって四年目の事だった。
―
最初にウルグの剣を見た時に、エレナは感心した。
とにかくウルグは基本に忠実だったからだ。
素振りを見ているだけで、何万回と反復しているという事が分かった。
彼と共に剣を振るヤシロという少女も凄かった。
外見の幼さとは比べ物にならない程の実力がある。
魔力を使わない時の身体能力も異様に高い。
もしかしたら、人間ではないかもしれないとエレナは思った。
二人とも流心流を二段まで収めているという。
あの《剣匠》シスイに教わっていたというのだから、この年齢でこの実力なのも頷けた。
ただ気になったのは、ウルグの剣だ。
ウルグはとにかく必死に剣を振っていた。
全身が燃えているかのように、鬼気迫る表情で。
絶心流としては結構な事ではあるが、ここまで気負っているといずれ折れてしまいそうだとも思った。
いずれにせよ、自分が教えた事をすぐに吸収していく二人を見るのは楽しかった。
彼らを教えている事で、得たものも多かった。
その一つとして、彼女が得意とする移動術«烈足»だ。
ウルグが使う«幻走»という技から、改良案を得た。
彼を参考に滑らかな魔力操作を覚え、より速い«烈足»を使えるようになった。
悔しいので本人には言わないが。
エレナも日々、教師として、剣士として成長しているのだ。
―
ある日の事だ。
「あぁ……黒髪の。嫌ですねぇ。品位が下がる」
職員室で、貴族の教師がウルグの事を話しているのを聞いた。
どうやら、あの黒髪黒目がいけないらしい。
エレナは外見はあまり気にならない。
ウルグの黒髪をどうこう思ったことは無かった。
「『黒鬼傭兵団』が学園に入り込んだのも、彼が原因だとか」
「将来有望だったヴィレム君も殺したそうだ」
ウルグは貴族の教師から疎まれている。
本人に直接言うような教師は流石にいないが。
エレナは教え子が悪く言われているのを聞いて、ムカついた。
ぶっ飛ばしてやろうと思った所で、
「いやーあの、流石に教師が生徒の悪口は不味いんじゃないですかね」
アルレイドという男が、その教師達に文句を言った。
教師達は小さく舌打ちをして、話を打ち切った。
この男も、貴族の教師達からは嫌われているらしい。
「あーらしくねえことするんじゃなかった」
そう言って、アルレイドは職員室から出て行った。
後を追いかけて、エレナはアルレイドに話を聞いた。
「あぁ……そういえばエレナ先生もあいつを教えてましたね。いや、まあ、教え子を悪く言われるのは、気分が悪いですよ」
「そうだな。お前が言ってなかったら、アタシがあいつらをぶっ飛ばす所だった」
「それはまずいですよ!」
ウルグを嫌う教師も多いが、彼を教えている教師にはそれなりに好かれているらしい。
―
「へぇ……マシな顔になったな」
ウルグが《鎧兎》を討伐したという話が学園に届いて、数日後。
エレナの所へやって来たウルグの表情は以前とは大きく異なっていた。
《喰蛇》に仲間を殺されたらしく、そこからのウルグは見ている方が憂鬱になるような面をしていた。
それがなくなり、スッキリしていた。
色々やる事が済んだので、エレナと戦いに来たらしい。
生意気だ。
ぶちまかして、犯してやろうかと考えて、流石に不味いかと思い直す。
《分析剣》ではあるまいし、年下で教え子を喰うのは不味い。
成人してからまた考えよう。
「それじゃあ、お願いします」
ウルグとの一騎打ちが始まった。
―
「――――」
前に見た時とは違い、無駄な力が抜けていた。
流れるように接近し、フェイントを織り交ぜた一撃を放ってくる。
こちらに攻める隙を作らないよう、ウルグは最初から全力だった。
間合いに接近し、行き着く間もない連撃。
«幻剣»で剣速を常時変化させ、あらゆる方向から斬り掛かってくる。
以前とは明らかに剣のキレが違う。
――このままでは、押し切られる。
様子を見ていたエレナだが、ウルグの連撃を防ぎきれないと判断。
防御の徹していた剣を軽く引き、ウルグが剣を振り下ろしたタイミングで下から叩き付ける。
――絶心流剣術«震鉄剣»。
相手のタイミングに合わせて、刃に刃をぶつけ、その衝撃を柄を握る相手の腕へと伝わせる。
それによって手の感覚が一瞬消え、相手は大きな隙を晒す。
«震鉄剣»とはそういう技だ。
「――――!」
衝撃がウルグの腕へ走る瞬間、彼はそれを受け流した。
絶心流を主体にして攻めていたのに、一瞬にして流心流の技を使い、対処してみせた。
«震鉄剣»をウルグに使ってみせたのは、初めてだというのにだ。
「うおおおおおッ!!」
エレナの驚きをウルグは見逃さなかった。
一瞬の内に構えを絶心流に切り替え、«風切剣»を放ってくる。
«烈足»でそれを回避、しかし木刀がエレナの腕を打ち付けた。
骨が砕けるのを感じる。
「――ッ」
瞬間、エレナは空中で木刀をもう片方の手に持ち替え、間髪入れずに振り切った状態のウルグへ叩き付けた。
顔面に木刀を打ち付けられ、吹き飛ぶウルグ。
お互いに負った傷は自由訓練場の魔術刻印で癒えていく。
「……勝負、ありだな」
今のが真剣ならば、ウルグは顔が二つに割れていた。
そして、エレナの腕も切断されていだろう。
「アタシに一撃当てるとはな。強くなったな、ウルグ」
「ありがとうございます。でも、やっぱり先生にはまだまだ及びませんね……。まだ本気出してないですよね?」
「当たり前だ。でも、それはお前も一緒だろ? まぁ、お互いに本気でやりあってたとしたら、十手以内でお前を倒せるけどな」
エレナが«絶剣»を使っていれば、ウルグにそれを防ぐ手立てはない。
教え子の成長に、そろそろ«絶剣»の対処法を教えてもいいな、とエレナは思った。
その後、ウルグはエレナに礼を言って去っていった。
「《喰蛇》殺って、《鎧兎》も仕留めた。ぜってーお師匠様目付けてるよなあ。いつか学園に来そうだな。来るだろうなぁ。まぁ、今のウルグなら大丈夫か」
ウルグの後ろ姿を見て、エレナはそう呟いた。
師匠の到来を予期して。




