表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/141

第一話 『生意気な後輩』

 アルナード領から帰還して、数日が経過した。

 すっかり忘れていたカリキュラムを慌てて提出したり、冒険者ギルドに呼び出されたりと慌ただしい日々が続き、ようやく一段落付いた日。


 午前中、俺はメイとキョウ、二人と模擬戦をする事になっていた。

 ヤシロがミーナと買い物に行き、テレスが忙しく、その日はちょうどメイとキョウが暇だった。

 あの時、負けた屈辱を晴らすため、俺は二人にリベンジを吹っかけたのだ。


「姉さん。弱っちい先輩に、偉大なる後輩の実力を見せ付けてやりましょう」


 などとキョウが鼻を鳴らして、俺のリベンジを受けた。

 助けて貰ったことには感謝しているが、これとそれとは話が別だ。

 負けたままで良しとするのは俺の性分に合わない。


 などと生意気な後輩相手にムキになる辺り、俺もまだまだ子供だな。

 人と向き合う機会が少なかったから、こんな大人げない性格になってしまったのだろうか。

 などと思いながらも、しっかりウォーミングアップし、万全の状態で戦いに挑んだ。



最初にウルグと戦う事になったのはメイだった。

 お互いに木刀を握り、自由訓練場の中で向かい合う。

 審判はキョウが務めている。


 メイは«魔力武装»を行い、また水を木刀に纏わせる。

 対してウルグは体から力を抜き、静かにメイを見ていた。

 その瞳からは、あの日のような焦りはなく、また何を考えているかも読み取れない。


 流心流の構えを取って、ウルグが攻めてくるその一瞬を待つが、彼は攻めてこない。

 脱力した状態で、こちらを見ているだけだ。

 時間が経過し、ジリジリとメイの集中力が削られていく。

 

 やがて、唐突にウルグが動く気配を見せた。


 「――«水弾アクアバレット»!!」


 そこに先んじて、メイは水の弾丸を連射し、ウルグの行動を制限する。

 «水弾»の一撃一撃の威力は高くないが、数が多く、速度も速い。

 これによって、ウルグの行動は数パターンにまで絞り込める。

 前回はここで突進してきたウルグに、カウンターを入れて勝利した。


「――――」


 ウルグが取ったのは、弾丸の中を移動してくることだった。

 ただし、木刀は使わず、弾丸の合間を縫ってだ。

 軽やかなステップを踏みながら、流れるように近付いてくる。

 

 傍から見ていたキョウには、ウルグが誰かの真似をしているように見えた。


 あまりに自然な接近に、メイはウルグがすぐ目の前まで近付いてくるまで、何のアクションも取ることが出来なかった。

 

「っ」


 慌てて対応しようとして、メイは剣で対応するか、魔術で対応するかを迷った。

 その一瞬、ウルグが瞬間移動でもしたかのように一瞬で距離を詰め、メイに木刀を突きつけた。


「しょ……勝負あり」


 呆けていたメイに変わって、審判をしていたキョウが決着を告げた。 

 近付いてきていると分かっているのに、反応する事が出来ない。


「お兄さんの動き、シスイ様みたいでした……」


 気配を消して相手に接近するシスイの隠形に、ウルグのそれは少し似ていた。


「シスイさん程じゃないけど、今のは俺もびっくりする程上手に出来たな。もう一回やろうと思ったら、多分出来ないだろうな」


 ウルグ自身も、自分の動きに驚いているようだった。


「姉さんに一度勝ったくらいで、喜ばないでください! 次は私の番です!」


 メイに審判を変わって貰い、今度はキョウがウルグと向かい合う。


(本当に、あの時とは別人ですね……)


 傍から見ている時にも感じたが、今のウルグは前に戦った時とは別人と言って良い程、雰囲気が違う。


 あの時のウルグは剣気を撒き散らし、ひたすらに攻めようとしていた。

 それ故、カウンターを簡単に当てる事が出来たのだ。


 だが、今のウルグは違う。

 動きが読めない。

 体から無駄な力が抜け、必要な一瞬のみ速度を出す。

 以前のようなフェイント技は、間違いなく通用しないだろう。

 

「……行きますよ」

「あぁ」


 左足を引き、体を斜めに向ける。

 そして、木刀を左腰に構えた


「理真流、か」


 キョウの取った構えを見て、ウルグが呟いた。

 木刀がキョウの腰の後ろに隠れ、ウルグからは刀身の長さが見えなくなっている。

 迷宮都市にいた時に、理真流の剣士を参考にして編み出した技だ。

 相手を待ち構える、«円斬の型»が元になっている。


 全身を覆う«魔力武装»を薄くし、来るべき一瞬に備える。 

 ウルグが間合いに入った瞬間に魔力を限界まで引き上げ、最速の一撃で仕留める。

 

 ウルグはキョウを睨んだまま、動かない。

 膠着状態になるのを防ぐため、キョウは構えのまますり足で一歩進んだ。

 

「!」


 このままキョウが近付き続ければ、やがてウルグとの間合いを詰めて最速の一撃を放つ。

 当然、ウルグは動くだろう。

 攻めてくるかもしれないし、後ろに下がるかもしれない。

 だが、遠距離攻撃の出来ないウルグが攻撃するには、どのみち間合いを詰めてこなければならない。

 キョウはただ、その一瞬を待てばいいだけだ。


 自分よりも動きが速い相手を倒す為に編み出した。

 というよりは、ウルグに勝つために編み出した技だ。

 先輩に勝って、褒められたい。

 そんな事を考えて何度も練習した。


「…………」


 小さく息を吐き、雑念を頭から取り除く。

 一瞬の隙が命取りだ。

 それから数秒掛けて、キョウはあと数歩でウルグに刃が届く位置にまでやってきた。

 

「……?」


 しかし、ウルグは動かない。

 脱力した状態で、キョウが近付いてくるのを待っていた。

 ウルグにはキョウの木刀のリーチが見えていない。

 つまり、どこでキョウが攻撃を放つのか分かっていないのだ。


 このままウルグがただ攻撃を喰らうとは思えない。

 何かがあるに違いない。

 警戒を強めながらも、キョウは足を止めなかった。

 どのみち、ウルグはリアクション起こす。

 そこを抑えればいいだけだ。


 そして、ウルグが完全にキョウの間合いに入った。

 剣気を抑え、それまでと同じ状態のまま、一瞬で魔力を最大にまで引き上げる。

 隠していた木刀を抜き放ち、最速の一撃をウルグに放つ。


「――――」


 キョウが木刀を振った瞬間、ウルグが動いた。

 迎撃するように剣を振ってくる。

 だが、完全にこちらの方が速い。

 

「な――!?」


 そう思っていたキョウの手から、木刀が弾き飛んだ。

 遅れて攻撃した筈のウルグの木刀が、キョウの木刀を叩いたのだ。

 気付けばキョウはウルグに木刀を突きつけられており、敗北を認めた。


 

 メイとキョウにリベンジを挑み、結果二人に勝利した。

 そのことに、俺は大人げなくガッツポーズを取った。

 目の前にはブスッとしたキョウと、それをなだめるメイがいる。


「……何をしたんですか」

「«風切剣»を使ったんだよ」

「絶心流の、ですか」

「そうそう。どの間合いからキョウの攻撃が来るのか分からなかったから、キョウから攻めてくるのを待ってたんだ。«風切剣»なら、遅れてても対応出来る自信があった」


 何ということはない。

 キョウが動くのを待って、その攻撃よりも速い攻撃で対処したというだけの事だ。

 キョウの剣もかなり速かったが、エレナの剣と比べるとやはり遅い。

 あの速度に慣れているから、後出しで«風切剣»を使うことが出来たんだ。


「……うう」


 俺の説明に、キョウはガックリと肩を落としてしまった。

 あの技が通用しなかったのが悔しいんだろう。

 

「前の俺は負けた事に頭が一杯で、二人の事をあんま見れてなかったよ。やっぱり、強くなったな。一年前のキョウよりも色々な技が使えるようになってるし、俺も簡単に間合いに踏み込めなくなった」

「……はい」

「お兄さん、私は私は?」

「メイも技の使い方が上手くなったな。魔術と剣技の組み合わせはやっぱり強い。間合いに入った時に一瞬迷ったのは失敗だったけどな」


 それから、三人で反省会を行った。

 俺と戦った感想も聞いたが、

 

「先が読めないです……」

「あの時と、動きがぜんぜん違います……」


 メイとキョウ曰く、そうらしい。

 あの時は我武者羅に剣を振って、力で押し切ろうとしていた。

 ヤシロと対話を経て、俺は余裕を取り戻し、剛だけではなく柔の技も積極的に取り入れている。

 二人に勝てるようになったのは、それが理由かもしれない。


 しばらく話した後、また戦おうという約束をして、俺達は別れた。

 メイは授業に参加出来てなかった分を取り戻すため、勉強をしに行くらしい。

 俺も勉強しないといけないな。

 昼から図書館で勉強でもするか、などと考えていると、キョウが一人で戻ってきた。

 

「どうした? 何か忘れ物か?」


 キョウは「いえ……」とそれを否定し、何故か頬を赤くし、何かを迷うような素振りを見せる。

 それを振り払うように小さく息を吐くと、ギロリと俺を睨んで言ってきた。


「にゅ、入学祝い……」

「え?」

「入学祝い、まだ貰ってないです……」


 そこまで言われて、キョウの言わんとする事を理解した。

 そういえば、確かに二人に入学祝いを渡してなかった。

 やはり、先輩として何か渡しておくべきだったか。


「おっけ。何か奢ってやるよ。何か欲しい物あるか? あ、メイにも聞かないといけないか」

「あ、その……姉さんとは、別々で」

「ん?」


 要領を得ないキョウの言葉に首を傾げていると、キョウがカッと目を見開いて言った。


「せ、先輩がどうしても入学祝いを私にあげたくて仕方ないなら……その、物じゃなくて、私と二人で王都をブラブラしてくれても良いんですよ!」


 頬を赤くしながらの尊大な言葉に、思わず笑ってしまった。


「なぁ!? 何笑ってるんですか! 馬鹿にしてるんですかっ!?」


 林檎のように真っ赤になったキョウが、ポコポコと叩いてくる。

 適当に謝って、キョウの言葉の意味を考える。

 つまり、メイとセットではなく、二人で出掛けたいって事か。

 あれ、それってデートじゃね?


「俺と買い物って、そんなので良いのか? なんか欲しい物あったら普通に買ってあげられるぞ? 魔術服とか、剣とかも、コントラ・ゼンファーが作った超業物とかじゃなかったら買ってあげられるくらいには余裕あるし」


 流石に、鳴哭レベルの武器は買ってあげられない。

 前に迷宮都市で武具店を開いているバドルフに鳴哭がどれくらいするのかを尋ねたが、凄まじい金額だった。

 一体、セシルはこんな剣をどうやって買ったんだ。


「私と買い物に行くのは……嫌ですか?」

 

 俺の言葉に、キョウが不安そうな表情を浮かべた。

 

「いや、全然嫌じゃないよ。ただ、俺なんかと出掛けるだけで良いのかなって思っただけで」

「それが、いいんです……」


 そう言い切られてしまうと、もう言葉がない。

 キョウがそれで良いっていうなら、それでいいだろう。


「分かったよ。じゃあ一緒に行くか」

「っ……はい!」

「いつがいい?」

「明日とか、どうですか? 今日は姉さんと一緒に勉強しないといけないので」

「了解。じゃあ明日行くか」


 こうして、俺達は二人で王都に出掛ける事になった。



 翌日。

 待ち合わせの十分前に行くと、既にキョウがいた。

 普段の魔術服とは違う、明るめの白い服を着ていた。

 服に関しての知識がないので上手く言えないが、凄く似合っている。

 首には以前俺がプレゼントしたネックレスが付けられていた。


「おはよう」

「っ」


 ソワソワしていたキョウに声を掛けたら驚かれた。

 涙目になって睨み付けてくる。


「……おはようございます」


 それからキョウは、何かを待っているかのようにジッと俺を見てくる。

 しばらく悩んで、服の感想を待っているという事に気付いた。

 今日の俺は冴えてる。


「その、アレだ。あれだな」

「アレ……」

「あー……似合ってるぞ」


 やっぱりそうでもなかった。

 口に出そうとすると言葉が出てこなくなる。

 しどろもどろな俺にキョウは一瞬ジトッとした視線を向けてきたが、しばらくして小さく笑い、「ありがとうございます」と返してきた。


「……じゃあ、その、行くか」

「はい!」



「迷宮都市とは比べ物にならない程綺麗ですよね。街中にいる騎士の方も、強そうだし」

「あ、ああ。確か街を守ってるのは第二騎士隊だったな。《鎧兎》と戦ってたのは三番隊だ」

「へぇえ……。先輩にしては物知りですね」

「……どうも」


 この世界に来てからというもの、何故か異性との接触が増えた。

 前世では女性と喋ることなんて皆無だったし、同性とだって嫌味以外の会話は殆どしていなかった。

 というのに、この世界に来てからは女性とばかり話している気がする。

 

 セシル、テレス、ヤシロ、シスイ、メイ、キョウ、エステラ。

 俺も男だし、女性と話せるのは普通に嬉しい。

 だけどコミュ力という物がない俺にとって、いきなり女性ラッシュというのはキツイ。

 仲が良ければそれなりに話せるが、自分から会話を広げていくという事が苦手だ。

 ついでに、自分から知らない人に話し掛けに行くのも無理だ。


 だから今日のデートはしっかりやれるだろうか、と不安だったのだが。


「先輩、今背はどれくらいなんですか? かなり伸びましたよね」

「えーと、しっかり測ってないから分かんないけど、百六十後半くらいはあるんじゃないかな。そう言うキョウも結構大きくなったんじゃないか?」

「どこを見ていってるんですか。先輩は変態さんなんですか?」

「ふぁっ!?」

「冗談です。そうですね。大きくなれるように、シスイ様の言いつけを守って沢山寝ましたから。姉さんの方が……色々と大きいですが」


 意外な事に、普通に会話出来ていた。

 緊張はしているが、自然と会話出来る。

 キョウも緊張しているのが分かるから、それで少し冷静になれたのだろう。

 

 こうして近くで見ると、そっくりだと思っていたメイとキョウも結構違うな。

 メイは全体的にふっくらしているが、キョウはスラッとしている。

 目にしても、メイは眠そうなトロンとした目つきだが、キョウは意思の強そうなキリッとした目をしている。


「なぁ、キョウ。そのネックレス、そんなに気に入ってくれたのか?」


 ふと気になって、キョウにネックレスの事を聞いてみた。

 自由訓練場で再会した時にも、そういえばネックレスを付けていたな。


「別に気に入ってなんかないです! せ、先輩がくれた物ですからね。先輩の前くらいは付けてあげないと、先輩が可哀想ですから」

「あー……そっか。俺さ、あんまりそういうのセンスないからな……。ちゃんとしたお店で注文したんだけど、やっぱダサかったか。ごめんな。無理に付けなくても、俺は大丈夫だから」


 ネックレスとかブレスレットとか、前世じゃ縁がなかったからな。

 気に入ってくれてたの思ったけど、気を使ってくれてたのか。

 少し、凹む。


「あ……。あ、その、違うんです。ダサいとか思ってないです!」

「いや、気を使ってくれなくていいよ」

「使ってません! 先輩の前以外でも付けてますよ! だからそんな落ち込まないでください!」


 キョウが唐突にムキになって否定し始めた。

 また気を使われたかと落ち込むと、「気に入ってますから!」とまたポコポコ殴ってきた。

 どっちだよ……。


「あぁもう、どうして先輩はあんなに強いのに、こんなに打たれ弱いんですか」

「どうしてって言われてもな……」

「先輩は自分に自信がなさすぎです。嫌な物をわざわざ身に付けたりしないですから!」

「じゃあなんでさっきあんな事言ったんだ?」

「え、あ……とにかく! 別に気にしてないのでネックレスの事は忘れてください!」

「横暴な……」


 そんなやり取りをしながら、ブラブラと王都を練り歩く。

 金属細工の店に入ったり、露店で甘い物を食べたり、特に目的もなく歩くだけ。

 それでもキョウにからかわれながら二人で歩くのは楽しかった。


「…………」


 ただ、問題が二つあった。

 一つ目は髪の色だ。

 やはり、俺の黒髪は目立つ。歩いているだけで、視線を向けられる。

 デートだし、隠した方がいいかとキョウに聞いたのだが、そのままで良いと断られてしまったのだ。

 時折、俺に絡もうとする奴がいる。

 面倒だ。


 そして二つ目の問題は、俺に絡もうとした奴が唐突に消える事だ。

 緊張しているからか、キョウは気付いていないようだが。

 さっき、一瞬だけ深紫と金色の髪が見えた。

 もしかしなくても、ヤシロとテレスが俺達を尾行してやがる。


 今朝、二人にキョウと出掛ける事を言ったのが悪かったな。

 まぁ、特に何かをされている訳ではないのでスルーするか……。


 それから、少し遅目の昼食を摂るためにお洒落なお店に入った。

 甘いパン菓子が有名な店だ。

 仕切りがあり、静かに過ごすことが出来る。


「……先輩って、ヤシロさんと付き合っているんですか?」


 と、注文を取った後に唐突にキョウにそんな事を聞かれた。


「いや? 付き合ってないよ」

「でも、いつも一緒にいますよね」

「まあな。でも、恋人とかそういうのより、相棒って感じがするな」

「じゃあ、テレスさんは?」

「テレスもそうだな……。どっちかっていうと、あいつも相棒って感じだ」


 好きか、と聞かれればもちろん好きだし、恋愛感情がどうのと聞かれれば、正直ある。

 まぁ、現状付き合っているとは言えない。

 二人は俺を「好き」と言ってくれるが、恋愛感情からの好きかは分からないしな。

 仕切りの後ろに変な気配を感じるが多分気のせいだろう。


「どうしたんだ、急に?」

「いえ……仲が良いので気になって」

「仲が良いっていうんなら、俺達だってそうだろ。メイも好きって言ってくれたし」

「あ、あれは、その、先輩として好きって意味ですよ! 勘違いしないでください!」

「分かってる分かってる。好きってだけで何でも恋愛に繋げたりしないって」

「……む」


 何故かキョウが不機嫌になった所で、注文していた菓子が届いた。

 キョウのはふんわりとした生地に、とろりとした蜂蜜がたっぷり掛かっている。

 俺は生地にバターが塗りこまれているというサクサクしたのを選んだ。

 どちらもカロリーが凄そうだ。

 これは太る。


「はむっ」


 キョウはいつもの仏頂面はどこに行ったのか、凄く幸せそうな顔をして食べていた。


「甘いもの好きなのか?」

「はい。道場にいた時は、あまり甘い物とか食べませんでしたからね。シスイ様が健康を心掛けるようにって言ってましたし」

「あー、確かに厳しそうだもんな。あの人」

「はい。でもシスイ様は、時々一人でこっそり甘い物を食べに行ってましたけどね。なので私もいつか甘いものをいっぱい食べたいと思ってたんです」


 シスイェ……。

 あの人、凄く格好いいしキリッとしてるんだけど、変な所で抜けてるんだよな。

 

 そう言ってキョウは、パクパクと幸せそうにパンを頬ばった。

 それからチラリと俺のに視線を向けてくる。

 ヤシロもよく俺の食べている物に視線を向けてくるので、キョウの意図はすぐに分かった。


「キョウの入学祝いだし、ここは俺が奢るよ。まだ食べられるんなら、もっと頼むか?」

「いいです。お代は自分でちゃんと払いますから。それに、一個まるまるは無理なので、先輩がどうしても私にそのパンを食べて欲しいなら、食べてあげない事もないですよ」

「はいはい。じゃあやるよ」


 俺が齧ってない方を渡すと、キョウはそれをじっとみて、くるくると何度も回し、やがて俺が齧った部分に口を付けた。


「あ、おい」

「なんでふか」

「……何でもない」


 キョウが俺の分をチビチビと齧り、返してきた。

 それから自分の分も渡してくる。

 ありがたく貰っておいた。


 食べ終わり、俺が奢ろうとしたものの、キョウが自分で出すと言って聞かなかったので、結局別々に支払った。

 入学祝いだというのに、俺に金を出させてくれない。


 それからまたブラブラと歩く。

 本屋に入って剣技の本を見たり、武器屋を見て回った。


 日が傾いてきて頃に、キョウと二人で、王都で流行っているという服屋に入った。

 ずらりと並んだ服は圧巻だ。

 武具店ではないので、冒険者が選ぶような魔術服はあまりないが。


「先輩の黒尽くめは似合っていると言えば似合ってるんですが、いっつもそれっていうのはどうかと思います。ですので、ここで何か買ったらどうですか?」

「あー……俺、服とか選ぶの苦手なんだよな」


 前世じゃ家の中は基本ジャージだったし。

 外へ行く用事も特になかったからな。


「じゃあ私が選んであげましょう」


 そう言ってキョウは、店の中をツカツカと歩き回り、何着か服を持ってきた。

 いい感じだが、俺に似合うかは分からない。

 試着室で何着も着替え、その度にキョウに感想を貰う。

 結果、三着ほどかなり褒められたので買うことにした。


「キョウの服も選ぶか?」

「……先輩がどうしてもっていうなら、先輩が私に似合うと思う服を選んでも良いんですよ」

「頑張ってみる……」


 服に関しては本当に知識がない。

 水色のひらひらしたの、とか短めのスカート、だとか正式名称が分からない。

 取り敢えず、それでも頑張ってキョウに似合いそうなのを選んでみた。


「先輩のチョイスって、なんか全部露出が多いですね……。やっぱり変態さんですか?」

「い、いや、キョウに似合うと思って……」

「冗談です。でも、先輩の癖に中々可愛いのを選びますね……」

「キョウも試着したらどうだ?」

「嫌です」

「なんで?」

「……恥ずかしいからです」


 などというやり取りの後、結局キョウは俺が選んだ服を全部買うことにしたようだ。

 買う段階になって、俺は財布から余分に銀貨を取り出す。

 そして、キョウの分と自分の分を一緒に買った。


「あ、先輩! 自分の分は自分で払いますから!」

「もう払っちゃった」

「そんな子供みたいな事言わないでください!」

「いや、子供だし」


 店員なんて、そこそこ高い服をポンポン買う俺をみて驚いてるよ。

 いや、髪の色が原因かもしれない。

 なおも食い下がり、お代の分を出そうとするキョウに、


「先輩なんだから、多少格好いい所見せさせてくれよ」


 と頼み込んで、ようやく諦めてもらえた。

 ぽつりと「……そんな事しなくても先輩は格好いいです」とか言われて、顔が急激に熱くなる。

 キョウもハッとした表情を浮かべ、真っ赤になっていた。



「楽しかったな」

「まあまあです」


 日が暮れ、俺達は学園へ向かって歩いていた。

 まだヤシロ達の気配がするが、結局何もしてこなかったな。


「先輩に貰った服は……今度見せてあげます」

「楽しみにしとくよ」

「特別ですからね!」


 最近は色々と辛い事が多かったから、こうして普通に過ごせるのがどれほど幸せか、身に沁みて分かった。

 今日は一日、とても楽しかった。


「ありがとな」

「なんで先輩がお礼を言うんですか」

「いや、本当にキョウと二人で過ごせて、楽しかったからさ。こうやってゆっくり街を歩くのも悪くないな」

「っ~~」


 照れ隠しか、キョウがぽこぽこと叩いてくる。

 しばらくして、ポスっとキョウの頭が俺の肩に預けられた。

 かなり密着している。

 ふんわりと、キョウの匂いがする。

 どうして、女性はこんなに甘い匂いがするのだろう。

 レックスとは大違いだ。


「先輩が……どうしてもっていうなら……また二人で出掛けてもいいですよ」

「……そうだな」


 ふと、キョウの頭を撫でたくなった。

 浅葱色の髪はさらさらとして気持ちいい。


「な、なにしてるんですかっ」


 キョウは慌てた風にそう言ったが、逃げようとはしなかった。

 しばらく、キョウの頭を堪能する。


「……また一緒に美味しいものでも食べに行こうか。今度は俺、辛いものが食べたいな」

「辛いとお尻が痛くなるので嫌です」

「今日みたいに甘いものばっかだと太るぞ」

「うるさいです!」


 生意気な後輩とお出掛けは、もう一度行きたいと思えるほどに、楽しい物だった。


 

 翌日、ヤシロとテレスにデートの申し込みを受けたのは、また別の話だ。 

感想777件目記念。


閑話をもっと書いて欲しいという声がありましたが、出して欲しいキャラがいたら感想で言ってくれると嬉しいです。

参考にします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ