エピローグ 『剣を握る理由』
それから三日程、俺達はアルナード領に滞在した。
その間、テレスや領地の兵士、騎士などは忙しなく働いていたが、特に問題も発生せず、荒れた大地なども無事元に戻ったらしい。
厳重に安全確認が行われ、ようやく避難していた領民達も帰ってきた。
本件を任されたシュルト達三番隊は事が全て終わるまで残るそうだが、後詰としてやってきたアルデバラン達は問題が無いのを確認して帰っていった。
俺達は《鎧兎》やスペクルムに関しての情報を騎士に一から全て説明させられた。
その際、俺の予知に関する事は伏せておいた。
説明のしようがないしな。
滞在している間はヤシロ達とカードで遊んだりしながら休養を取りつつ、無理しない程度に素振りなんかをした。
二日目にはある程度は元に戻っており、余裕のあったヤシロと再戦したりもした。
メイとキョウはまだ若干体調が優れないようなので、休養を取っている。
「動きが、変わりましたね」
再戦したヤシロ曰く、あの夜に戦った時と、動きが全然違うらしい。
まぁ……正直、あの時は余裕がなかったからな。
ヤシロの奥義«影の太刀»を使われないように立ち回り、何とか勝利した。
ヤシロと模擬戦をしていると、通り掛かった冒険者や騎士などに声を掛けられた。
大抵の人は礼を「助かった」と礼を言ってくるが、中には俺の黒髪や、ヤシロが使ってきた『影』に触れてくる奴もいた。
まあ、そういう人がいると俺達が何かするよりも先に、他の人が「何言ってんだテメェ」と入ってきて、引きずって言ってしまうのだが。
まあ、俺達を好意的に見てくれる人が多いみたいだ。
命の恩人だから、と髪などに触れてこないのは嬉しかった。
『人を助けるのは自分を助ける事だ』。
テレスから教わった言葉だが、この意味をもっと早く理解出来ていれば、俺はあそこまで悩まなかったのかもしれない。
それでも、今回の件で得たものは大きい。
ヤシロのあの言葉を、忘れる事は生涯ないだろうな。
三日目の昼、メイ達にあの時のリベンジでもしようかと思っていると、通り掛かった冒険者に勝負を挑まれた。
どうやら腕試しらしい。
俺の方も腕試しになるからいいかと、俺も安請け合いしたのだが、これが結構たいへんな事になった。
一人目はCランク冒険者。
魔術師だったので、魔術を使われる前に一振りで倒した。
前から知っていたが、遠距離も接近戦も出来るテレスは化け物だ。
大抵の魔術師は接近すれば勝てる。そして無詠唱を使える者はそんなにいない。
二人目はBランク冒険者。
槍を使う奴だった。
剣や魔術師以外とは殆ど戦わないので、槍との戦いには戸惑ったが、面倒になって槍を素手で掴み、奪い取ってから倒した。
二人目の冒険者はそれなりの実力者だったらしく、彼を倒したことで挑んでくる人が一気に増えた。
冒険者、騎士、兵士。
一人ずつ倒していき、それが十人を越えた辺りで、Aランク冒険者が挑んできた。
この頃にはギャラリーがかなり増え、俺が一人倒す度に歓声があがった。
つい数日前まであんな凄惨な戦いがあったというのに、皆立ち直りが早い。
この世界は、結構死に関してドライな所があるな。
割り切っているというか。
挑んできたのはロイスというAランク冒険者が率いるパーティの一人。
眼帯を付けた、褐色の肌を持つたくましい女性だ。
魔術と剣技の両方を使う、かなりの実力者だった。
純粋な実力とは違う、経験の強さ。
剣とか魔術だけならレグルスやテレスの方が上かもしれないが、彼女は経験の積み重ねによる臨機応変な技を見せてくる。
少し、レオルの事を思い出した。
正面から戦ったら、あの時のレオルよりも、もう俺の方が強いだろう。
だが、不測の事態が起きた時の対処や、仲間がやられた時の割り切り、精神の切り替えなどはまだ彼に及ぶべくもない。
こういった経験も、これからは積んでいかなければならないな。
「君、強いね!」
Aランク冒険者の女性は、俺を褒めつつも、鋭い攻撃を放ってくる。
色々な技を試すが、一向に通る気配がしない。
魔力の暴走を使わなければ勝てないだろうな。
色々な経験を積んできた歴戦の冒険者と競り合う俺を見て、ギャラリー達が大騒ぎする。
今は戦えているが、このままでは負けるだろう。
魔力の暴走を発動させるか、と悩んでいる時だ。
「俺も、混ぜろやァ!」
空からシュルトが降ってきた。
乱入し、大槌で俺達に攻撃を仕掛けてくる。
この人が戦っている時は負傷していて動きが鈍っていたが、全快した今、この男の速度は凄まじかった。
Aランク冒険者の女性も驚く程の速度で大笑いしながら高速移動しまくる。
めちゃくちゃ速い。
魔力の暴走使っても、ちょっと勝てないと思う。
Aランク冒険者の女性の実力がAとすると、シュルトはA+からS-くらいの強さはあるかもしれない。
アルデバランに関しては、はっきりとは言えないが、《剣匠》のシスイと互角、もしくはそれ以上、くらいの実力はあるだろう。
二人とも化け物過ぎて、ランク付け出来ない。
まあ、その時の状況、武器、天候、運、色々な要素で戦闘の結果は呆気無く覆る時がある。
ランク付けするのは正直ナンセンスかもしれない。
だけどまあ、A+とかSとか、男としてこういうランクみたいなのは結構ワクワクするな。
と、まあシュルトが大暴れしていると、レイネスが駆け付けて引きずって持ち帰っていった。
どうやらあの人、仕事をほっぽり出して来たらしい。
動き回るシュルトの頭に岩をぶつけ、気絶した所を引っ張って行った辺り、あの人も相当強いみたいだ。
なんて思っている内に、兵を連れたテレスがやってきて怒られた。
仕事を増やさないでくれ、と言った時とテレスの顔がやばかったので、大人しくしておく事にする。
でもまぁ、客観的に自分の実力を再確認出来て良かった。
今回、《鎧兎》に対して俺達が活躍出来たのは、騎士達が弱らせておいてくれた事、そして偶然相性が良かったからに過ぎない。
戦った騎士一人ひとりがかなり強かったし、フェルトに至っては俺よりも普通に強かった。
まだまだ、強くならなくてはならない。
今回のような事態に対処出来るために、力を付けなければ。
だけど、以前のように自分を犠牲にして皆を守ろう、という考えはなくなった。
そりゃ、どうしようもない時は、命を捨てて庇うと思う。
でも、そうならないように、皆で支え合えばいい。
俺だけで解決出来なくてもいいんだ。
そう思えるようになっていた。
それとは別に、《剣聖》になりたいという思いも、今回を通して強くなった。
アルデバランの剣を見て、自分もああなりたいと思ったのだ。
結局、認められたい云々言いつつ、俺は剣を振ることが好きだったんだろうな。
課題はある。
でも、得た物も多かった。
俺達の戦いはこれからだ。
―
なんて打ち切りのような事を思ったその日の夜。
俺達はアルナード公爵家当主、タイレス・メヴィウス・アルナード、つまりテレスの父と話をした。
テレスの面影はあるが、どこかやつれた印象のある人だった。
そこまで年寄りではないだろうが、実年齢よりも老けて見える。
流石貴族、と言いたくなるような豪華な椅子に座り、俺達はタイレスとその隣に座るテレスと向き合って会話した。
内容を簡単に言うと、「領主としてアルナード領を救ってくれてありがとう」、それから父親として「テレスティアを助けてくれてありがとう」という事だった。
畏まって最低限の言葉を返していた俺達に変わって、途中でテレスがタイレスに色々と話を振り始めた。
「《喰蛇》、そして今回の《鎧兎》を倒した功績によって、ウルグは間違いなくAランク冒険者に上がるでしょう。災害指定個体を二匹も倒したという功績はかなり大きい」
「……そうだな。だが、」
「そしてウルグはいずれ、《剣聖》になる男です。その過程でSランク冒険者に上がることも夢ではないと私は考えます。父上、それでもまだ、彼の事を、そしてその仲間を平民などと言って侮りますか?」
「…………」
それから段々とテレスがヒートアップしていき、俺達は部屋の外に出される事になった。
出て行く前に、「ウルグ・メヴィウス・フォン・アルナード」がどうとか聞こえたのは、多分気のせいだと思う。
こうしてよく分からない内に話し合いが終了した。
そして翌日、ようやく俺達は王都に帰る事になった。
アルナード領にはしばらくの間、騎士が滞在するらしい。
フェルトが一旦王都に帰るらしく、俺達は同じタイミングでアルナード領を出た。
こうして、俺達は王都に帰り、ようやく今回の件が完全に一段落したのだった。
―
俺は一人、墓の前に立っていた。
途中で買ってきたお菓子を、そこに備える。
多分、花とかよりも、こいつは食べ物の方が喜ぶと思ったからだ。
「久しぶり、レックス」
ここに来るのは、しばらくぶりだった。
どの面を下げてここに来たらいいのか分からなくて、これなかったんだ。
ごめん。
「色々あったよ」
ぽつぽつと、レックスの墓に向かってあった事を話した。
ヤシロに活を入れられたこと。
メイとキョウに助けられたこと。
テレスを守り抜けたこと。
「お前は、分かってたのかな」
俺がレックスを殺したんだと考えて、腐ることを。
だからあの時、「お前のせいじゃないから、気にするな」と言ってくれたのかな。
今となっては、分からない。
「あの時、ちゃんと言えなかったから今、言うよ。
俺も、お前と友達になれてよかった。
レックスと一緒に過ごせて、幸せだったよ。
ありがとな、レックス」
ずっと言わなければならないと思っていた。
言う資格なんて、無いと思っていた。
だけど今なら、言える。
「ヤシロとテレスは俺に任せてくれ。
頼りないけど、皆で協力していくからさ。
レックスに心配かけないように、強くなるよ」
ようやく、レックスの死と向き合えた気がした。
俺はまだ弱い。
駄目な所だって沢山ある。
だけどそれでも、皆とやって行こうと思う。
「じゃあ、そろそろ行くよ。
またな、レックス」
―
夢を見た。
深い海の中で、黒い誰かと向かい合っている。
「力、欲しい?」
相変わらず、それは俺に聞いてくる。
レグルスの戦いの時、俺はそれに答えた。
そして、一時的にレグルスを倒せるだけの力を手に入れた。
それだけ、力が欲しかった。
「大丈夫」
だけど今は、その力が欲しいとは思わない。
強くなりたいとは思う。
だけど、自分の力で、いや、皆で一緒に強くなっていきたいとも思う。
「だから、力はいらない。でも、ありがとな」
そう答えると、遠くで誰かが笑った。
そして、目の前の黒い誰かも、口元に笑みを浮かべた。
「分かった」
深海から、体が引き上げられていく感覚がある。
もうすぐ、夢から覚めるのだ。
「――今度は、会いに行く」
黒い誰かが、そう言った気がした。
―
災害指定個体、未来予知、使徒。
分からない事は沢山ある。
何故だか、あのスペクルムという男にはもう一度会うだろう、という予感があった。
あの邂逅はきっかけで、もっと大きな何かがあるだろうと。
疼く額を抑えながら、俺はそう思った。
何があっても言いように、強くなろう。
仲間と共に。
そういえば。
ようやく、剣を握る理由を見つけた。
大切な人を守る為に。
大切な人と笑う為に。
大切な人と、幸せに過ごす為に。
――それが俺の、剣を握る理由になった。
第一部終了です。




