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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第五章 迷翠の剣士
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第四話 『最悪の報せ』

 ――頭の中で何かが躍動する。


 それはドクンドクンと脈打ち、血液を介して全身へ広がっていく。

 甘美な感覚だった。

 自分が何かに包まれていくような、甘やかで蕩けるような感覚。


 深海へと沈んでいくような。

 それに身を任せようとすると、途端に誰かが叫ぶのだ。

 その叫び声で、いつも目が覚める。

 黒鬼傭兵団と戦ってから、たまに見るようになった夢。


 だけど、今日は叫び声が聞こえなかった。

 沈んでいく感覚に、世界は静寂を保ったままだ。


「――――」


 目の前に、誰かがいた。

 顔も、背丈も、性別も、服装も、何も分からない。

 ただ、黒かった。


「――い?」


 それは、俺へ何かを呼びかける。

 ノイズが走って、言葉が耳に入ってこない。

 聞き返そうとしても、声が出なかった。


 海に光が差し、体が浮いていく感覚。

 夢の終わりが近いのだ。

 深い海のそこに、それは浮いていく俺を見上げている。


 海面から上がる瞬間。


「――欲しい?」


 耳元で、そう聞こえた気がした。



 今日はまだ授業日ではないが、俺とヤシロはエレナに呼び出されていた。

 なんでも、新入生が入ってきて調子に乗り出す二年生の鼻っ柱をへし折る為に、上の学年と模擬戦を行わせるらしい。

 その為、エレナがそこそこ出来ると見込んだ二年生は強制的に先輩と戦わされる事になるのだ。

 俺とヤシロも、そのうちの二人になる。


 ヤシロとは授業が行われる自由訓練場で待ち合わせをしている。

 妙な夢から覚めた後、重い体を引きずって寮から出た。

 相変わらず、生徒からの視線が鬱陶しい。


 いつもなら受け流せるのに、最近は妙に苛立つ。

 心がささくれだっているのが分かる。悪い傾向だ。

 少し、落ち着かなければならない。


 そう思っていても、苛立つ心は抑えられない。

 特に、目の前に立ち塞がられて、一年生に喧嘩を売られたりしたら。


「そこの君、服装や立ち振る舞い、何よりその髪からして、平民だろう? 悪いのだがね、俺の視界に入らないで貰えないか? 目障りなのでね」


 そう言いながらも、一年生は俺の前からどかない。

 そういえば、去年もこんな光景を見たような気がするな。最近はめっきり絡まれなくなったが。

 一年生は傲慢に鼻を鳴らし、取り巻きはニヤニヤと笑っている。


 今日はいつもより遅く起きたから、少し急がなければ遅刻してしまう。 

 こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。


「……どけよ」

「何だと? 俺が誰か分かって言っているのか? 俺は」

「――――」


 その時、後ろから腕を掴まれた。

 振り返ると、上等な服を来た少年、ベルスが立っていた。

 

「……なんだよ」


 睨み付けるが、ベルスは俺を無視して一年生に話し掛けた。


「確か君はソトス家の次男の、イーカル君だったな。イーカル君、この男はこれでも二年生だ。平民とはいえ、先輩を蔑ろにするのは関心出来ないな」

「べ、ベルス様……」

「これからは気を付けるといい」


 ベルスがそう言うと、一年生達は慌ただしく去っていった。

 取り巻きもいたし、ベルスはそれなりに上の方の貴族なのかもしれない。

 ベルスは俺の腕を離すと、睨み付けてきた。


「貴様、私が止めなかったらどうするつもりだった?」

「……どうするも何も、普通にどいてもらうだけだ」

「あれだけの殺気を撒き散らしておいてか?」


 そう言われて初めて、俺は自分の腕が鳴哭に伸びかけていたことに気付いた。

 ベルスが止めなければ俺は、どうしていた?


「……ふん。貴様の事情は知らんが、あまり落ちぶれてくれるなよ。昨年の借りを……私が貴様を倒すまではな」


 そう言って、ベルスは背を向けた。


「……ありがとう」


 礼をいうと、ベルスは鼻を鳴らし、去っていった。


 自由訓練場を目指して、中庭を歩く。

 ちらりと横へ視線を向けると、ガラスに歩いている自分の姿が映っていた。

 陰気な黒髪に、隈の出来たキツイ目つき。


「……」

 

 最初に会った時とくらべて、ベルスには変化があった。

 体付きも変わっている。

 剣技も上達してきている。

 よくわからない事を言うものの、最初よりも言動が落ち着いている。


 ここ一年で、ベルスは成長したのだろう。

 最初は有象無象だと思って、見下していた。

 だけど気付けば、成長している。


 俺は成長出来ているのか?


 窓ガラスに映る俺は、前世と同じで、酷く退屈そうな顔をしていた。

 


 エレナ・ローレライに呼び出されたのは、全員が実力のある生徒だ。

 一年生ではウルグ、ヤシロ、エステラ、ヴォルフガングが来ている。テレスティアも呼ばれていたが、彼女は領地に戻っているので欠席だ。

 上級生では賢人祭のトーナメントで優勝を果たしたレグルス、決勝戦で彼と戦ったウィーネなどを筆頭に、それぞれの学年から何名か強い者が来ている。

 

 ウルグがヤシロと合流し、自由訓練場に入った頃には既に他の生徒は揃っていた。

 遅れてきたウルグに、他の生徒達からの視線が集まる。

 ヤシロも名が知れているが、ウルグの評判は上級生の耳にも入っている。その殆どは外見などから来ている悪意のあるデマだが。


「よし、全員揃ったな」


 ウルグが入ってきたのを見て、エレナが話を始める。

 ここにいる生徒の殆どは、エレナの授業を過去に受けていた者達だ。

 彼女は定期的に学年関係なく、自分の教え子を集めて戦わせたり、他の流派の習っている生徒との交流試合などをしている。

 今日もその一環だ。


「今日は学年関係なく、見込みのある生徒を集めてる。下級生は上級生の実力を知るいい機会だ。勝っても負けてもいい経験になるだろうぜ。当然、勝つのが一番だけどな。上級生は後輩に負けねえように油断を捨てて、全力で戦うんだな。マッチングはテメェらで勝手に決めていい。アタシは極力口を出さないようにする」


 赤髪を揺らしながら一息でそう告げると、エレナは後ろの方へ引っ込んで行った。

 上級生達は慣れたもので、知り合い同士で何かを話している。

 

「うぅ……私なんかが来ても良かったのでしょうか」


 ウルグとヤシロの元へ、緊張で顔を強張らせたエステラがやって来た。彼女は絶心流の生徒では無いが、その実力をエレナに認められ、この場にやって来ている。


「エステラさんだって十分強いですから、大丈夫ですよ」

「ウルグさんやヤシロさんを見てると、全然全くそんな風に思えないんですよねぇ……!」


 ヴォルフガングは端の方で冷めた表情で訓練場全体を見回し、この場にいる者を品定めしている。

 ザワザワと話し声は聞こえるが、まだマッチングは決まっていない。そんな状況の中、最初に動いたのはウルグだった。

 ヤシロ達に「少し行ってくる」と言い残し、彼はツカツカと上級生達の方へ歩いて行く。

 そんな彼へ、生徒達の注目が集まっていく。


「……君がウルグ君で間違いないかな」


 そんなウルグの前に、一人の女性が出てきた。

 長い緑の髪を紐で括った、凛々しい顔つきの上級生だ。身に着けているのは賢人祭の時とは違う動きやすそうな魔術服だ。

 体の中に一本の軸が通っているかのような背の伸びた姿勢と、音のしない足捌きから、相当の使い手だと言うことが分かる。


「……そうですが」


 ウィーネ・ヴルクハルト。

 流心流三段、理真流二段、絶心流初段を修めた、卒業後の騎士団への入団が決まっている凄腕の剣士。


「君の噂はかねがね耳にしている。以前から、是非一度手合わせしたいと思っていた。どうかな、私と剣を交えてはくれないか」


 この場にいる中でも、ウィーネは上位の実力を持つ剣士だ。

 そんな彼女から誘いを受けたウルグにも、自然と注目が集まる。誰もが、ウィーネからの誘いをウルグが受けると思っていた。

 

「折角のお誘いですが、すいません。俺にはどうしても、戦いたい人がいるんです」


 だが、ウルグはあっさりとその誘いを断った。

 その黒い瞳が見る先に合ったのは――レグルス・アークハイド。

 学園最強の名を冠す、雷の剣士だった。



「そういえば、ウルグ君とはまだ一度も手合わせ出来ていなかったね」


 模擬戦用の木刀の具合を確かめるレグルスが、向かい合ったウルグへと話し掛ける。

 入学して直ぐにいつか模擬戦をしようと話をしていたものの、結局二人が刃を交える事は無かった。

 ウルグとレグルスは今日はじめて戦う事になる。


「そういえば知ってるかい。昼頃、騎士団が慌ただしく王都の外へ出て行ったらしいよ。隊長のシュルトさんが先頭にいたらしくて、外で何か起きてるみたいだね」

「…………」

「はは。世間話って気分じゃなさそうだ」


 学園最強の剣士と、悪名高い黒髪。

 その二人の戦いに、その場にいる生徒達は自分の戦いを忘れて注目していた。


 会話を切り上げたレグルスが戦闘態勢に入り、木刀を構えた。 

 その姿に、戦いを見守る生徒達は皆目を見張る。レグルスの構えは全く無駄のなく、まるで地根を張る大木の様な力強さと重圧感を感じさせる。

 

 静かだが、張り詰めた剣気を放つレグルスに対して、ウルグはその逆だった。近寄る者全てを斬り裂くような、どこまでも禍々しい剣気。

 絶心流の構えを取り、全身に魔力を漲らせ、黒い髪を靡かせている。


 これが噂の黒髪かと、彼を知らなかった生徒は息を呑む。

 だが、以前から彼を知っている者達は、そんな彼に違和感を覚えていた。

 

(……違う)


 以前までとは違う。

 自身を全く顧みない、前のめりになった攻めの姿勢。

 それを見てヤシロは、痛ましい者を見るように目を伏せた。


「――――」

「――――」


 そして二人は、全く同時に動き始めた。

 魔力が弾けてその場から二人の姿が消え、訓練場の中央で木刀が出しているとは思えないような衝突音が響く。

 それが皮切りとなり、連続して剣気と剣気がぶつかり始めた。


「振られてしまったが……なるほど。噂通りに……いや、噂以上に強いのだな」


 そんな二人の嵐のように目まぐるしい戦いを見て、ウィーネは納得したように呟いた。

 皆が攻防に釘付けになる中で、エレナは不機嫌そうな表情を浮かべ、ヴォルフガングはつまらなさそうに舌打ちし、エステラは不安げな顔で見守り、ヤシロは祈るように主を見つめていた。


 やがて、雷を纏ったレグルスの一閃がウルグの体を掠る。魔力を纏った木刀は彼の肉を深く斬り裂く。

 

「があああァァ!!」


 だが、ウルグはそれを気にした素振りも見せず、ただひたすらに攻める。

 その懸命さに、見ている者達は背筋を冷やした。

 何故なら、今のウルグの剣は『鬼』のそれだからだ。

 

 だが、鬼は昔から英雄に討ち取られるものと相場が決まっている。

 レグルスの体が雷に包まれたかと思うと、バチッと弾ける音を残して姿を消した。直後、ウルグの腹部に木刀が叩き込まれていた。


「ご、ばァ」


 痛みに顔を歪ませ、ウルグの体が吹き飛ぶ。すぐに«治癒»が彼の体を癒していくが、それでもダメージが抜けきっていないのか、ウルグは腹を抑えてうずくまっている。

 

 勝負合ったかと、見ている者達が思った瞬間。

 彼の魔力が変質した。

 今まで魔力操作によって整えられていた«魔力武装»が崩れ、代わりに彼の全身で無秩序な魔力がギュルギュルと暴れ回る。

 

「……俺が、守るんだ」


 幽鬼の如く、ゆらりと立ち上がったウルグが呟く。

 レグルスはただ静かに、彼の姿を見つめている。


「弱い者は何も成せない、何も守れない。強者に抗えず、蹂躙されるだけ。

 弱さは罪じゃない。弱さ自体が……罰。

 強さが全て」


 どす黒い瞳が、レグルスを捉える。


「この世には二種類の人間が居る。

 奪う人間と――奪われる人間」


 そして、


「俺が、奪うんだよォォォッ!!」


 鬼が動き始めた。

 今までの比ではない速度で、レグルスに迫る。

 膨大な魔力が彼の体と木刀を覆い、その破壊力を恐ろしいまでに高めていた。


「――そうだね」


 レグルスがそれを«雷の太刀»で迎え撃つ。圧倒的な雷の速度に、ウルグは迫っていた。 

 木刀と木刀がぶつかり合い、魔力が爆発する。そして再び、剣戟が始まった。

 その中でレグルスは静かな声で、ウルグに告げる。


「今の君の剣は『守る』剣じゃない。『奪う』剣だ」

「――――ッ」


 次の瞬間、ウルグの体に電流が走る。

 刃が交差する瞬間、レグルスは片手で雷の魔術を放っていた。

 膨大な魔力を纏う今のウルグには初級魔術では全くダメージを与えることは出来ない。しかし、一瞬の隙は生まれた。


 膨大な魔力がレグルスに集中する。

 小さな声で、レグルスが上級魔術を詠唱する。

 それが終わると同時に、レグルスが飛んだ。


 動きを取り戻したウルグが上を見上げると、滝のような雷の奔流を剣に纏ったレグルスが、上から落ちて来ていた。


「奥義――«天縋»」


 すさまじい雷が降り注ぐ。


「今の君じゃ、僕には勝てないよ」


 レグルスのどこか寂しそうな声が、雷に飲み込まれたウルグの耳に届いた。



 視界が白く染まり、世界から音が消える。

 体が宙を浮いている感覚がする。


 レグルス・アークハイド。

 《剣聖》アルデバランの息子。幼少期からアルデバランの指導を受けて過ごしてきた。魔術、剣術、彼はどちらも使いこなす天賦の才能を持ち、学校で教えられている全ての流派を二段まで習得している。

 

 どうしようもないくらいの天才で、努力も惜しまない。

 容姿も性格も実力も、全てを持った男。


 勝てる訳ないじゃないか。


 ウルグは心の中で呟く。

 魔術も使えて、剣術も出来て、容姿にも恵まれて、みんなに認められて。

 レグルスは全部持ってる。


 俺には剣しかない。

 こんなの、勝てる訳ないじゃないか。


 言い訳だと分かっていた。

 だけど、そう思わざるを得なかった。


 ――欲しい?


 不意に耳元に声が響く。

 夢でよく聞く声だった。


 ――力が、欲しい?


 その問にウルグは――


「寄越せ」



 ウルグを飲み込んだ雷が、ようやく消えていく。

 レグルスの放った凄まじい魔力量に、訓練場の皆が沈黙している。ウルグの魔力量ならば死んではないだろうが、間違いなく意識はないだろう。誰もがそう思った。


「馬鹿な」


 ウィーネが呆然と呟く。

 彼女の視線の先で、ウルグは立っていた。


「俺が守って――」


 戯言のように何かを呟くと、弾丸のようにレグルスに突っ込んでいく。

 さしものレグルスも、その異様なウルグの姿に目を見開く。


「――私がみぃぃんな殺してあげるッ!!」


 移動しながら、ウルグは構えを取る。

 絶心流«風切剣»。

 異常な程の魔力を纏った木刀が、レグルスに迫る。

 

「――――」


 寸前、間に赤い影が乱入した。

 ウルグがその間合いに入るや否や、剣を横薙ぎに振る。

 それは«風切剣»を超える速度でウルグを打ち据え、訓練場の端にまで吹き飛ばした。


「……そこまでだ。ウルグ、テメェ。殺す気・・・だったろ」


 痛みに咽るウルグに、エレナが冷たく言い放つ。

 そしてレグルスへ振り返り、問う。


「……レグルス。テメェ、アタシが止めなかったらどうしてた?」

「…………」


 エレナの問に、レグルスは答えない。

 異様な沈黙が、二人の間に漂う。


「ウルグ様!」


 吹き飛んだウルグに、ヤシロが駆け付けた。

 エレナの一撃を受けたウルグの骨は折れていた。«治癒»で回復されているとは言え、その痛みは凄まじい物だろう。


「ぅ……」


 朦朧とした意識の中、ウルグは目を開く。

 レグルスに、勝った。

 その確信が合った。


 エレナに邪魔されなければ、あの一撃は間違いなくレグルスに命中していた。そして、彼を殺していただろう。


「あ……」


 その時になって、ようやく自分が何をしようとしていたかに気が付いた。

 そして、倒れた自分を見ている他の生徒達が、自分を恐れた目で見ていることにも。


「あぁ……あああぁ!」


 自分はレグルスに勝った。

 学園最強に勝った。

 だからこそ、ウルグは遂に自分の『言い訳』が使えなくなったことを悟る。


 ウルグは訓練場から飛び出した。



 割れそうな程に額が痛い。何度も胃液が逆流して口から零れそうになる。 

 全身が異様に冷たい。


「ぐ、ぁ」


 立っている事すら困難になり、俺は無様に地面へ倒れこんだ。

 地面は固く、冷たい。


「ウルグ様!」

 

 ヤシロが駆けてくるのが見える。

 彼女に何か言うよりも早く、額の痛みが限界を超えた。

 ブツン、と意識がブラックアウトする。



「あ、れ?」


 気付くと俺は、ベッドで寝ていた。

 閉じたカーテンの隙間から、真っ暗になった外が見える。

 どうやら、意識を失った後、俺はヤシロに寮まで運ばれたらしい。


 異様に重い体を引きずって、俺は顔を洗いに外へ出た。

 まだ脳が起きていないのか、意識が不明瞭だ。

 洗面所で蛇口を捻り、冷水で顔を洗うが、意識はハッキリしない。


「あ、れ?」


 タオルで顔を拭いて、ふとカレンダーの日付に目が行った。

 カレンダーに記されている日付は、『明日』だった。


「……まさか、あれから一日以上寝ていたのか?」


 あの力を使ったのが悪かったのだろうか。

 途中までは制御出来ていた。だが、あの雷を喰らった後は自分が自分で無くなるような、得体のしれない力に飲み込まれていた。

 一体、何だったんだ。


 ふらふらと、洗面所から出る。

 ダメだ。

 目眩がする。

 もう一度部屋に戻って眠ろう。


 そう思って部屋の方へ重い体を引きずって行くと、何やら騒がしい。

 俺の部屋の方に人が集まっていた。

 近付くと、寮生の一人が迷惑そうな顔で「お前のツレが来てるぞ」と言ってきた。


 部屋の前に来ると、顔を真っ青にしたヤシロがいた。

 俺の顔を見るなり、上ずった声を上げてよろよろと近づいて行くる。


「う、ウルグ様ッ!」

「どうしたんだ……ヤシロ」


 顔は青く、目は潤み、声は震えている。

 尋常な様子ではなかった。


「お、おち、落ち着いて、聞いてください」


 ヤシロが先に落ち着け、と言いたくなる程に動揺した様子でヤシロはそう言った。

 ただごとではないその様子に、俺は何か悪いことが合ったのだと覚悟を決める。

 

 そして、その覚悟は次の瞬間打ち砕かれた。



「テレスさんが――亡くなりました」

 

すまんな

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