第二話 『全てが悪い方へ』
――自分の中から、また何かが零れ落ちていくのを感じた。
レオルやアッドブル、ピララギ。
『折れない刃』との付き合いは、それ程で長かった訳ではない。だが、何度もパーティを組んで共にモンスターと戦ったし、何より彼らは黒髪や人狼種という表面で俺とヤシロを判断せず、認めてくれた友人と言える人物だった。
「レオルさん達は冒険者ギルドの依頼で近隣の森へ調査に向かったきり、戻って来ませんでした。あとで別の冒険者が確認に向かった所、彼らの武器や、その……体の一部が転がっていたそうです」
「そう、か……」
「あと、ですね。レオルさんは家名を『ハイケーン』と名乗っていましたが、実際の家名は『ペルデレ』って言うそうです」
「あぁ……前に聞いたよ」
細かい事情は知らないが、彼は自分の村を出て冒険者になったらしい。別れる少し前に「レオル・ペルデレって名前よりも、レオル・ハイケーンのが響きが良いだろ?」と言っていた。
「それが、どうかしたのか?」
「レオルさん出身の村が……村に住んでいた全ての人が、惨殺された、そうです」
――の村が壊滅していたらしいぜ。なんでも村人はズタズタに斬り裂かれていたんだとよ。
前にアルレイドに食事に連れて行って貰った時に、そんな事を聞いた覚えがある。
レオルが住んでいた村だという事は、知らなかった。
「一体どうして……」
「関連性があるかは、まだ分かっていません。もしかしたら、偶然という可能性も……あるかもしれません。ただ……村人が全滅する前に、村へ向かって歩いて行く一人の男が確認されていたらしいです」
「使徒、か」
「噂……ですけどね」
暗い表情で、キョウが頷く。
メイも先ほどから黙って話を聞いていた。
魔神の手先。
正体不明の、魔神の復活を企む集団。
何故、そんな奴らがレオルの村を滅ばさなければならないのか。
「……教えてくれて、ありがとな」
「いつかは伝えなければならない事なので……」
「お兄さん……」
「大丈夫、だ」
二人に礼を言った後、暗い気分のまま、俺達は喫茶店から出た。
メイとキョウはスイゲツに挨拶しに行くらしいので、そこで別れた。二人とも寮生活をするそうなので、またすぐに会えるだろう。
メイがヤシロに会いたそうにしていたので、ヤシロに二人が来たことを教えなければならないな。
「レオル……」
また、俺を認めてくれた人達が死んだ。
冒険者は常に死と隣り合わせだ。だから、冒険者だった彼らが死んだのは仕方のない事だったのかもしれない。
だが、それでも……。
男子寮に向かって、トボトボと道を歩く。
途中すれ違う新入生達が、俺の髪を見て驚いていた。
どうでも良かった。
―
「ウルグ様!」
男子寮と女子寮の岐路の近くに来た時だった。
どこかへ行っていたヤシロと、友人のミーナが声を掛けてきた。
「よう、ヤシロ。ミーナも」
「どうも」
「……そういえばヤシロ、メイとキョウが入学してきたぞ」
メイとキョウが来たことを教えると、ヤシロは嬉しそうにしていた。
その表情に言うのを躊躇ったが、結局キョウから伝えられたレオル達の死をヤシロに教えた。
「レオルさん達が……。そうですか」
重い空気が漂い、気まずい沈黙が漂い始める。
その場にいるのが辛くなって、俺は男子寮へ向かおうとした。
「……ウルグ様」
ヤシロに呼び止められて、振り返る。
「……私は、もう連れて行ってくださらないのですか」
「また、今度な」
そう言って、俺はヤシロから逃げた。
―
男子寮へ帰ると、寮生達から冷ややかな視線を向けられる。
あの日、テレスが 俺を庇ってくれた事で、表向き、あからさまに俺に嫌がらせをしてくる生徒はいなくなった。嫌な視線を向けられたり、陰口を叩かてはいるのだが。
同居人のいなくなった自室へ戻る。
片方のベッドは使われておらず、部屋の中に入っても声を掛けてくる者はいない。
剣を地面に置いて、力なくベッドに倒れこむ。
一人きりの部屋は静かだった。
シン、と耳の痛くなるような静寂の音が部屋に広がっている。
心が重い。
このまま眠ってしまいそうだった。
関係も、精神も、悪いように向かっているような。
ずぶずぶと、精神が腐っていくような、そんな気がした。
―
翌日。
久しぶりに自由な時間を取れたテレスと二人で、冒険者ギルドで見繕った依頼を受注し、魔物を狩りに来ている。
獲物は近くにある迷宮の七階層に出没するBランクの《鋼鰐》だ。
冒険者ギルドによって厳重に管理されたこの迷宮は、まるで森の奥にでも迷い込んだかのように自然で溢れている。
Bランクの迷宮と定められており、ここに来るのはチームワークの取れたパーティか、腕の立つ冒険者ばかりだ。
ここには何度か来ているが、俺達のような子供が訪れるのはかなり目立つようで、面倒見の良い冒険者なんかには良く声を掛けられたりする。
「ウルグ」
「あぁ」
魔物の存在を察知し、短い呼びかけだけで意思の疎通を行う。その直後に木々の間から、木の葉に擬態するための緑色の皮膚を持つ猿が複数匹飛び出してきた。
俺が前に飛び出して一匹を斬り伏せ、猿達の注意が俺へ向いた瞬間にテレスが無詠唱で風の刃を放って屠る。
五秒程度で、その魔物との戦闘は終了した。
俺が前衛、テレスが後衛となり、迷宮を進んでいる。
正直な所、Cランク程度の魔物ならば一人でも余裕で倒せるが、安全の為、そしてコンビネーションを磨く為にしっかりとフォーメーションを取っていた。
「ウルグ」
「どうした?」
猿の皮を剥いでいる途中、それまで無口だったテレスが話し掛けてきた。
周囲への集中を解かないまま、会話に応じる。
「以前と比べて、前に出過ぎている。もう少し注意するべきだ」
「すまん。気を付ける」
そうだろうか。
自分では気付かなかった。
「最近はヤシロと修行をしてないそうだな」
「……あぁ」
「いいのか?」
テレスの問いかけに、俺は言葉を失う。
「今の関係で過ごしていくのは、お互いに苦しいのではないか?」
「……怖いんだ」
《喰蛇》を討伐してから、俺は殆どヤシロと一緒に戦っていない。最近では、修行もテレスやエステラ達に頼んでいる。
ヤシロを見ると、どうしても思い出してしまうのだ。俺を庇って、ヤシロが《喰蛇》に飲み込まれる瞬間を。
ヤシロにはもう、俺の為に戦って欲しくない。
傷付いて欲しくない。
「そうか」
剥ぎ取りを終え、立ち上がる。
テレスは短くそう返し、後は何も言わなかった。
それから順調に魔物を狩りながら下の階層へ降りて行き、七階層に出没する《鋼鰐》と会敵する。
ギラギラと光を放つ鋼の鱗に、人を丸呑み出来そうな巨体。鋭い歯の覗く口を開き、涎を撒き散らしながら巨大な鰐が咆哮する。
「……二匹か」
《鋼鰐》は二匹いた。
テレスが苦い顔をする。
Bランクの魔物ならば、二人で掛かればそれ程苦労せずに倒せる。だが二体同時となると、間違いなく手こずるだろう。
以前、レックス達と四人で来た時は二匹でも問題なく倒せたが。
「やろうテレス」
「……分かった」
テレスに声を掛け、戦闘を開始する。
戦い方は今まで通り、俺が前衛でテレスが後衛だ。
手前にいた《鋼鰐》が、ズンズンと重い音を立てながら接近してくる。
テレスが魔術を放ち、鰐の体を傷付ける。
名前の通りにかなり硬い肌を持っており、テレスの魔術でも大きなダメージを与える事が出来ない。
テレスの魔術に怒り、手前の鰐が叫びながら突っ込んできた。
注意はテレスに向かっており、横へ回った俺には気付いていない。
気配を殺し、その首を斬り落とそうと横から飛びかかった。
「チッ」
が、直前で気付かれ、丸太のような尻尾で攻撃してきた。
鳴哭で受け流し、地面に着地する。
再度攻撃しようと魔力を高めると、後ろにいたもう一匹の鰐がその巨体で大きく跳躍し、大口を開けて上から降ってきた。
横へ飛ぶと、宙で器用に体を回転させ、俺へ逃げた部分へ向かって尻尾を鞭のようにしならせて振り下ろす。
舌打ちして防御しようと鳴哭を構えると、空中の鰐へ渦巻く風が横から激突し、その巨体を吹き飛ばした。
見れば、テレスは自分へ突っ込んできた鰐の体を斬り付けて隙を作り、更に魔術で俺の方の鰐を吹き飛ばしていた。
「……クソッ」
俺が手こずっている間に、もう一匹にダメージを負わせ、更にこちらのサポートまでしてみせた。
共に戦って分かる自分とテレスとの差に、焦燥感が湧いてくる。
その後もテレスは魔術と剣技の両方を使い、鰐を追い詰めていく。
後衛からの魔術のサポートが出来ない俺と違い、テレスは前衛も後衛もどちらも務める事が出来る。
魔物に接近されても、軽く対処していった。
「フッ!」
首の皮を重点的に傷付け、攻撃が通ると判断したテレスが風を纏った刃を振る。風が斬撃のように飛び、鰐の頭を斬り落とした。
残り一匹。
俺はまだ大した活躍が出来ていない。
調子が悪かった。
言い訳をするみたいで嫌だが、今日はどこか体が重い。
テレスばかりが鰐にダメージを与えている現状に、俺は焦りを感じた。
テレスと競う必要なんて、ないのに。
一匹の首が落ちるのを見てすぐに、俺は残りもう一匹へと突っ込む。
正面からの噛み付きを躱し、首へ一太刀。皮に阻まれて斬り落とすには至らなかったが、肉が大きく裂けている。
次で仕留められる。
悲鳴を上げて仰け反る鰐へ、止めの一撃を振り下ろす。
その時だ。
「ウルグ!」
テレスの鋭い声。
間髪入れず、真横から首だけの鰐が血を撒き散らしながら飛び掛ってきていた。
クソ、なんて生命力だ。
喰らいつかれるより前に、攻撃を中止して回避する。だが完全には避けきれず、その硬い皮膚が俺の体を削る。
すぐにテレスが首へ魔術を放って完全に息の根を止めた。
「くっ!」
痛みに気を取られた一瞬、もう一匹の尻尾が俺の左腕を打ち据えた。
骨が砕ける激痛に喉からうめき声があがる。
「さがれ、ウルグ!」
「まだ、やれるッ!」
こんな所で下がってたまるか。
剣は片手でも振れる。絶心流でも理真流でも、剣を片手で振る技はある。
右手で剣を握り、鰐へ走る。
首の傷で弱っているのか、その動きは鈍っている。攻撃を躱し、さっき付けた傷の方へ回る。
傷口へ向け、片手で剣を振る。
「く、そッ!」
殺しきれなかった。
首を大きく抉ったが、鰐はまだ死んでいない。
もう一度剣を振ろうとしたところで、テレスの魔術が鰐の首を斬り落とした。
地面に落ちた首へ更にもう一撃食らわせて止めをさし、すぐにこちらに駆けてくる。
「ウルグ! 大丈夫か!?」
切羽詰まった表情で、俺の傷を確認し、すぐに治癒の魔術を掛ける。
削られた体と折れていた左手の痛みが和らいでいく。
テレスは心配性だな。
この程度の傷、それ程慌てる事はないだろうに。
俺の傷が完全に治ったのを見るやいなや、テレスが俺の胸ぐらを掴みあげてきた。
俺の目の覗き込み、鋭く睨みつけてくる。
「どうしてさがらなかった! 腕が折れる程のダメージを喰らったんだぞ!?」
「い……や」
「さっき、前に出過ぎていると注意しただろう!? それに、調子が悪いなら調子が悪いと言え! 今回はこの程度で済んだが、もし私がいなかったら、もしもっと大きな傷を負っていたら、どうするつもりだったのだ!!」
テレスの怒りの剣幕に、うまく言葉が出ない。
どうしてこんなに怒ってるんだ。
俺なんかが、少し傷を負っただけなのに。
テレスが腕を離し、思わず咳き込む。
「……治癒ありがとう。でも、あれぐらいの傷、大した事ない。片腕が折れた程度で止まってる訳には行かないんだよ。もっと強くならないと。調子悪いからって、あんな程度の敵に手こずってる訳にはいかないんだ」
「ウルグ……!」
「こんな所で立ち止まってる訳にはいかないんだよ! 俺はお前みたいに前衛も後衛も務められるような才能を持ってない! 今日だってお前に助けられるばかりで、大して役に立てなかった! 駄目なんだよ、こんなんじゃ! 俺はもっと、もっと強く――」
頬に衝撃が走った。
テレスに張られた頬が熱い。
「頭を冷やせ」
テレスの声は今まで聞いたことが無いくらいに冷たかった。
視線もゾッとするくらいに冷ややかだ。
俺に背を向け、テレスは鰐の方へ歩いて行こうとする。
「ま……待って、くれ」
震える声で、テレスを呼び止める。
怖い。
怖かった。
「み、見捨てないでくれ……。俺が突っ走ったせいで、テレスを危険に巻き込んで、悪かった。次は、次はもっと気を付けるからッ!」
振り向いたテレスが、拳を握りしめるのが見えた。
「お前は……ッ!」
何かを言おうと、テレスが体を震わせる。
だが、何も言わなかった。
「……休んでおけ」
それだけ言って、テレスは再び背を向けて歩いて行ってしまった。
その後、会話が無いままに俺達は別れた。
いつまでたっても、頬が熱かった。




