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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第五章 迷翠の剣士
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閑話 『奪われる』

二章にあった閑話をここに移動してきました。

同時更新なので、本当の最新話はひとつ前です。

 

 ――それはウルグ達が迷宮都市を旅立ってすぐの事だった。


 レオル・ハイケーンが率いるパーティの名前を『折れない刃フォーティテュード』という。

 剣士と魔術師で構成された、バランスの良いパーティだ。


 そんな彼らは今、迷宮都市から徒歩で数日掛かる大きな森へやってきていた。

 巨大な樹が生い茂り、日中であろうと森の中は薄暗い。地面は湿っており、泥濘んでいる場所も多かった。そんな中を、レオル達は淀みなく進んでいる。



 パーティは死角の無い陣形を取っているため、どの方向から魔物が出てきても対応する事が可能だ。

 この森には最大でBランクの魔物が出没するため、片時も警戒を解くことは出来ない。


「あの坊主達なら。魔術学園でも本当にてっぺん取っちまいそうだ」

「どうかね。あの年齢であの実力ってのは、正直化け物クラスだとは思うが、世の中には他にも化け物はいるからな。噂じゃ《剣聖》の息子が在学してるらしいし、そう簡単にゃ行かないんじゃねえかな。それに多分だけど、あの子達が入学するのと同時に、アルナードの天才が入学してくるらしいし」

「アルナードの天才っていうと、四英雄の祖先が使っていた奥義か何かが使えるっていう?」


 一歩一歩前に進みながら、先頭のレオルとアッドブルは気軽に会話をしている。しかし、その事を咎めるパーティメンバーは居ない。

 音もなく、レオルの真横にあった茂みから、小型の犬程の大きさもある虫が飛び出してきた。カブトムシのメスの様な風貌をしたその虫は、口部から槍のように鋭い舌を覗かせ、レオルに襲い掛かる。


「そうそう、どんなんだったかはしらねえけどよ」


 アッドブルがそう言葉を返した時には、既にその虫は何等分にも体を斬り分けられ、バラバラに地面に落下していた。

 誰もレオル達を注意しないのは、その必要がないからだ。この二人はパーティの中でも特に«魔力武装»の感覚強化による察知に長けている。会話しながらでも飛び出してくる魔物を斬り捨てる事など造作も無い事だ。


「……なぁ、さっきからやけに虫型の魔物が多くないか? こんな魔物がこの森に居るなんて、冒険者ギルドの情報にはなかったぜ」

「新種の魔物かも知れねえな。もしかしたら《赤狼ブラッドウルフ》があの平原にやってきていたのは、こいつらのせいかもしれねえ」


 情報にない魔物に底知れぬ嫌な予感を感じたレオルが眉根を寄せると、声のトーンを落としたアッドブルがそれに応じる。

 この森に入ってきてから、情報に無い虫型の魔物に遭遇したのはこれが初めてではない。既に両手の指では足りぬ回数の襲撃にあっている。


 レオル達のパーティがこの森にやってきたのは調査の為だ。

 数日前にこの森に生息している筈の《赤狼》が、迷宮都市付近の平原に出没していた。《赤狼》自体はすぐに駆逐されたのだが、平原にやってきた理由は明らかになっていない。

 平原の先にある森で何かが起きているかもしれないと考えた冒険者ギルドが、レオル達に原因の調査を依頼してきたのだった。


「そういえば、以前も似たような事が無かったか? ほら、坊主達が倒したっていう《翼竜ワイバーン》だ」

「ああ……。あれも確か、傷を負った状態で平原に来てたんだっけか」


 一年近く前の出来事だが小さな子供が《翼竜》を倒したと言う事で、当時は大騒ぎになっていた為にレオル達の記憶にも残っている。

 《翼竜》は既に死に掛けだったとか、実は《剣匠》が倒したのを弟子の功績にしたとか、それを否定する噂もかなり出回っていた。

 ウルグの実力を知っているレオル達はそれを聞いて笑っていたが。


「……!」


 本当に黒髪の少年は話題に事欠かないと、口元に笑みを浮かべていたレオルの表情が一変した。

 隣のアッドブルも動きを止め、警戒を強めている。


 二人の視界には大量の《赤狼》の死骸が転がっていた。

 巨大な生物に食い荒らされたかのように赤黒い肉をぶちまけている個体もあれば、何かに切断されたかのように首を地面に転がしている個体もあった。

 これだけの数の死骸が転がっているのも大きな問題だが、レオルが最も気になったのは死因が一つだけではないという事実だった。

 《赤狼》はCランク相当の魔物だ。個体での強さよりも、群れで行動する点からCというランクを付けられている。個体での実力はそこまで高くは無いものの、並の魔物では《赤狼》の群れに手をだす事は出来ないだろう。

 死因の多様性から見て、《赤狼》を殺したのは同じ魔物の群れだろう。


「これは、本腰を入れて調べる必要がありそうだな」


 警戒のレベルを上げたレオル達は、死骸を探索しながらその先へ進んでいく。

 ――そしてソレに出会う事になった。



 《赤狼》が長い間に渡って生き続けると、《赤王狼キングブラッドウルフ》という個体に成長すると言われている。

 《赤狼》よりも何回りか大きい、人間を丸呑み出来るほどの巨体。燃えるような赤い毛皮に、理性の宿った赤い双眸。鉄の鎧ですら容易く斬り裂く事が出来る鋭い牙と爪。

 群れを率いて戦えば、《翼竜》ですら殺してしまう事が出来ると言われる、Bランクの魔物だ。

 生きた年月によっては、その実力はAランクにも届くと言われている。

 レオル達ですら、この魔物と戦えば相当の苦戦を強いられるだろう――。



 ――そんな魔物が全身をズタズタに引き裂かれて地面に転がっていた。


 死んでから時間が経っているのか、傷口から溢れている血は乾き切っている。

 鼻を摘みたくなるような死臭が漂う《赤王狼》を前にして、レオル達は体を硬直させていた。

 《赤王狼》の死骸を見ているのではない。


 死骸の上に腰掛ける、一人の男を見ているのだ。


「――――」


 異様な風貌の男だった。

 まるでハサミで適当に切り揃えたかのように長さがバラバラの黒髪で、針金のように細長い体付きをしている。 白い十字架の刺繍が幾つも縫い付けられている黒い神父服を身に纏っており、それには所々に赤い液体が滲んでいた。


「相手の力量も判断出来ない犬畜生の分際でェ、ボクゥの邪魔をするからこうなるんだよねェ。縄張りだか何だか知らないけどォ、ボクゥはたまたまここに寄っているだけなんだから尻尾を巻いて逃げ出せばいいのにねェ」


 息絶えた巨大な狼の頭の上に腰掛け、樹木に覆い隠されている空を見上げながら、妙に間延びした口調で男は他人ごとの様にそう言った。

 自分の家で椅子に腰掛けているかのように、その男には一片の警戒心も存在していなかった。多くの魔物が生息するこの森の中で、警戒する必要が無いかの様に脱力しきっている。


「前も迷宮の様子見に来た時に分を弁えないトカゲ共の群れに絡まれたけどォ、これだからゴミは嫌いなんだよねェ。そのちっぽけな脳で少し考えれば、喧嘩を売っちゃいけない相手かどうかなんてすぐに分かることなのにさァ」


 絶句するレオル達に一切の興味も見せず、その男は一人で饒舌に語る。その中に聞き捨てならない単語が混ざっていたことに、レオル達は気付いていた。だがそれをその男に指摘する気にはなれない。今すぐこの場から逃げ出したいという感情が、彼らの脳内を占めていた。


「まァ、ボクゥを不快にする割合に関してはムシの連中の方が圧倒的に多いけどねェ。 一年前も脳のないムシ二匹がボクゥに絡んできたっけなァ。グチャグチャの肉塊にしたけどさァ。『俺達はC ランクの冒険者で、何とか傭兵団の仲間だ』とか何とか言ってたけどォ。はァ気持ち悪いィ。

 ムシ、ムシ、ムシ、ムシ。羽音をブンブン、足音をカサカサ、まるでそこが自分の所有地だと言わんばかりに好き勝手に歩きまわってさァ、気持ち悪くて吐き気がするよォ。この大陸にはムシが多すぎる。潰しても、砕いても、弾いても、裂いても、殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても、次から次へとウジャウジャウジャウジャ、キリが無い」


 まるで虫の目を覗いているかのように、その男の双眸は無機質だった。歯並びの良い歯をカチカチと噛み鳴らし、間延びした声の中に狂気を滲ませながら、男は言葉を並べる。

 地面に転がっていた《赤狼》の一匹が唐突に起き上がり、その牙を剥き出しにして飛びかかってきても、無機質な表情に変化は現れなかった。それどころか、そちらに一切の視線すら向ける事がない。


 《赤狼》が男に喰らいつくより前に、何かがその体を貫いた。見れば先程レオルが斬り捨てた昆虫型の魔物が、舌を《赤狼》の胴体に突き刺していた。

 森の茂みから一斉に不快な羽音を響かせながら、巨大な虫型の魔物が悲鳴をあげて地面に転がった狼の体に群がり始める。湿った音を響かせながら、生きたまま体を食い散らかす虫達に《赤狼》は断末魔の悲鳴を上げることしか出来なかった。


「な――なんなんだ」


 あまりに残酷な死に様に、思わずレオルは言葉を漏らす。一体目の前で何が起きているのか、分からなかった。それはパーティメンバー全員が同じで、異様な光景に小さく悲鳴を漏らしている。


「キリが無いからァ、まとめて一気に駆除がしたいんだけどォ、それをするためにはこれがまた時間と手間が掛かるんだよねェ。中に毒や牙を持った害虫もいるしィ、全く困ったもんだァ。我慢できずに殺せばァ、その分だけボクゥの元に群がってくるしィ、あァ気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」


 ポキポキと指の骨を鳴らす男の元へ、手のひらに収まるサイズの比較的小さな羽虫が飛んできた。手を広げ、男はその羽虫を手の上へ乗せてやる。どこに声帯があるのか、羽虫は「キィキィ」と甲高い声で鳴く。


「ねェ」


 男はそれを愛おしそうに見つめた後――、

 グチャリと歯で磨り潰した。緑色の体液が飛び散り、歯に挟まった足が小さく痙攣している。

 グチャ、グチャ、グチャ、グチャ――。

 男はそれに構わず羽虫を咀嚼し、喉を鳴らして嚥下して、


「そこの所ォ、君達人間ムシはどう考えてるのォ? 」


 口端を緑に染めたまま、レオル達の方へ首を動かした。

 虫の様な眼球に捉えられたレオル達は、その時になってようやく、金縛りの様に硬直していた体を動かす事に成功する。それは『死』を感じ取った脳が鳴らす警鐘だ。

 今すぐこの場から離れろ、この場にいては死ぬという、死の警告だ。


「今すぐこの場から離脱しろ! 全速力でだ!」


 レオルが指示を出すよりも早く、全員が動いていた。周囲への警戒など投げ捨てて、ただこの場から離れる為だけに体を動かす。魔力の配分も考えず«魔力武装»で強化した肉体で、森の中を全力疾走した。


「ムシはどいつもこいつも、逃げ足は早いよねェェ!!」


 背後から、そう叫ぶ男の声が聞こえてきた。そして、大量の羽音がこちらに近付いてくるのを感じた。

 追ってきている。このままでは逃げ切れないとレオルは悟った。


「ピララギ、魔術だ! 魔術を使え!」


 レオルの叫びに、ピララギが足を止めて、«炎槍フレイムジャベリン»を後方から飛んできた虫達の群れに連続して投げ込んだ。

 炎に包まれた虫達は「キィ」と声を鳴らし、地面に落ちていく。一匹一匹が大きいため、狙わなくても投げるだけで魔術は命中した。しかし、これだけでは足りなかった。次から次へと虫は飛んでくる。

 我に返ったパーティの魔術師達が、ピララギに続いて魔術を連射する。


「――ハァ!!」


 レオルやアッドブル達剣士も、近寄ってくる虫達の群れを斬り捨てた。

 斬って斬って斬って、まるで雨でも振ったかのようにレオル達の装備は虫達の緑色の血でベタベタに濡れた。


「はぁ……はぁ……」


 どれくらいの時間が経過しただろうか。

 飛んできた虫を殺し続け、やがて全ての虫を殺す事に成功した。全身を虫の体液で濡らし、至る所に傷を追いながらも、なんとか虫達を凌いだのだ。

 しかし、被害も大きかった。パーティメンバーの何人かが虫に喰らいつかれて死亡し、負傷した者も多い。

 治癒魔術が使用できるピララギがメンバーの傷を癒しているものの、まだ動く事が出来ない仲間も多くいる。

 最悪の状況に顔を顰めるレオルに追い打ちを掛けるように追手が現れた。


「Bランク……!!」


 木々の隙間から、緑色の虫が姿を表した。

 鉄をも容易く切り裂く鎌を持つ、《死蟷螂デスマンチェス》。

 二メートル程の大きさを持つ、巨大な蟷螂だ。二つの鎌を小刻みに動かしながら、《死蟷螂》が動き出した。六本の足を高速で動かし、恐ろしい程の速度でレオル達に迫ってくる。

 怪我をした仲間が多く、虫型魔物に有効な炎属性の魔術を使えるピララギも今は動けない。この状況でこの魔物と戦えるのは、ほぼ無傷のレオルとアッドブルだけだった。


「やるぞ」

「おうよ」


 短く言葉を交わし、二人は動き出した。

 熟練の剣士を思わせる速度で、《死蟷螂》が二つの腕を振るう。風切り音を立てながら迫る巨大な鎌に、二人は動じない。

 魔力を纏った刃が、人の大きさ程もある鎌とぶつかって火花を散らす。レオルの刃は正面から鎌を弾き、アッドブルの刃は鎌を受け流した。


 自分より小さな二人が攻撃に耐えたのが不思議なのか、《死蟷螂》は首を小さく傾げると、今度は連続で腕を振るった。最も二人の首を刈りやすい場所へ、六本の足を動かしながら常に動き回る。

 しかし、二人はそれに応じた。

 《死蟷螂》が動き始めると同時に、あらかじめ相談していたかのように立ち位置を変え、自分達が戦いやすい場所へ移るのだ。二人は一言も言葉を交わさず、ただ剣を振るって体を動かすのみ。


 喰らえば即死する威力の攻撃も、当たらなければ無意味だ。

 «魔力武装»による感覚強化を行っている二人には、《死蟷螂》の攻撃速度にも付いて行くことが可能だ。


「らァ!!」


 アッドブルの刃が、鎌の最も柔らかい所を斬り裂いた。斬り落とされた鎌が宙を舞う。アッドブルは観察能力に長けている。武器を交える事で弱点を探り、そこを狙って刃を振るっていた。

 武器を失った《死蟷螂》が、注意をアッドブルに向けた。その隙をレオルは見逃さなかった。

 首を目掛けて刃を振るうレオル。

 それに《死蟷螂》は対応してきた。体を大きく動かして、その長い胴体でアッドブルに体当たりを仕掛ける。舌打ちしてそれを躱すアッドブル。

 体を動かした勢いのまま、《死蟷螂》は横薙ぎに鎌を振る。レオルの剣速よりも早く、その鎌は彼の胴体を斬り裂く――筈だった。


 剣が加速した。

 鎌がレオルに届くよりも早く、刃が《死蟷螂》の胸部を通り抜けた。緑色の体液を盛大にぶちまけながら、巨大な蟷螂が地面に沈む。ビクビクと痙攣する《死蟷螂》にレオルとアッドブルは一切の隙を見せない。

 魔物の生命力は強く、中には死んだふりをする個体もある。しばらく武器を構えたまま観察を続ける二人だが、やがて完全に動かなくなった《死蟷螂》を見て、その死を確信する。


 ピララギ達を見れば、ちょうど回復が終わる所だった。怪我をしていたメンバー達は走れるまでに回復している。他の魔物が追ってくる前にここを離脱しよう。


「おい、アッド――」


 指示を出そうと隣の友人の方を見た瞬間だった。巨大な何かがレオルの真横を通過した。


「は」


 呆けた言葉が口から漏れる。何が起きたのか分からない。

 今、何かが通った場所にはアッドブルがいたはずで。彼の姿はどこにもない。

 仲間達が何かを叫んでいる。

 圧倒的な気配を感じ、上を見上げ――、


「何で、こんな所にこいつがいるんだよ」


 視界を覆い尽くす、巨大なそれを見てしまった。森の木々を圧し折りながら、悠々と近付いてくるソレに、指示を出すのも忘れて見入ってしまう。

 赤く角張っていて、レオル達を圧倒的な高さから見下ろすそれは、


「エ」


 口にするよりも早く、死が降って来た。



「ムシ、ムシ、ムシ、ムシ、人間ムシ! 出来る限りムシを見ないように生活しているというのにィ、どうしてこう自分からボクゥに群がってくるのかねェ? 怖気が走る、吐きそうだ、あァ気持ち悪い。

 早くゥ、この世界からムシを一掃したいなァ。その為には悲願を達成する必要があるんでしょォ? 

 ねェ――魔神サマ?」




 Bランク冒険者、レオル・ハイケーンが率いるパーティ『折れない刃』。

 彼らは森へ探索へ行ったきり、帰ってくる事は無かった。



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