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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第五章 迷翠の剣士
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第一話 『再会と喪失』

 『大切な友人と、愛する恋人と、幸せに過ごしたいと思うことは、そんなに我儘な事なのでしょうか?』

 

 アウリー・ハインケル著 『四英雄物語』より抜粋。



 魔力を乗せた木刀を上段から勢い良く振り下ろす。

 風切音を響かせながら鉄さえも両断できる威力を持つ一撃は、落ちていく刃の先にいた女性の木刀によって軽々と受け止められる。

 

「――ッ」


 後方に飛び退き、女性から間合いを取ろうと試みる。

 だがそれよりも速く、赤い残像を残して女性が動いていた。

 赤い髪を振り乱しながら迫ってくる姿の苛烈さは炎を連想させられる。


 辛うじて見える剣の軌道を必死で追い、横薙ぎに叩き付けられた一撃を何とか受け止めた。

 木刀を取り落としそうになるほどの衝撃が腕に伝わり、感覚が一瞬麻痺する。

 彼女がそこを見逃すはずもなく、連続して斬撃が迫る。


「――――」


 体に纏える魔力を限界量にまで引き上げた。急激な魔力の上昇に体が軋むが、それを無視して強引に体を動かす。

 追撃してきた女性の一撃を受け流し、返す刃で彼女の胴を狙う。

 直後彼女の体が視界から消失し、木刀は盛大に空振った。


 女性は瞬間的に魔力量を上昇させ、瞬間移動かと思える速度での移動を可能とする。

 彼女が«烈足»と呼ぶこの移動術は、俺が使う«幻剣»や«幻走»に良く似ていた。

 

 女性がどこへ移動したかは既に見当が付いており、空振った際の崩した体勢のまま、体を捻って強引に後ろ斜めへ向かって木刀を振る。

 視界が彼女を捉えるよりも早く、木刀に強い衝撃が走った。


「――へぇ」


 «烈足»に反応した事に感心したような表情を見せる女性に対し、今自分が持つ最速の«風切剣»を放つ。

 両足でしっかりと地面を踏みしめ、剣を定められた構えに持っていく。標的をしっかりと視界へ収め、静から動へ、一瞬で剣を振り下ろす。


 絶心流奥義«絶剣»を習得する為には、この«風切剣»の習得は必須と言われる。絶心流の『攻め』の基礎を習得した者が使用できる剣技、それがこの«風切剣»だ。

 魔術師の視点だと、この剣技は腕がブレたようにしか見えない速度だと言う。


「ッッ!」


 その速度に対して、女性は付いてきた。

 女性は俺よりも遅く動いた。だというのに、剣はあちらの方が先に動いており、剣が交差した瞬間、体が後ろに吹き飛ばされそうになる。

 押し負けた事に歯噛みし、流心流で身に付けた体捌きで体に走る衝撃を受け流す。


 それでも俺は後方にぶっ飛んでいた。

 地面への着地と同時に体勢を整え、追撃に備える。

 しかし、彼女は攻撃してこなかった。

 «風切剣»とよく似た構えを取り、こちらを見据えている。


 ――何をしている、という思考すらしている暇は無かった。


 圧倒的な何かが、すぐ横を通過していく感覚。

 剣を構える暇も、言葉を発する暇も、思考を纏める暇もなく、通過していった何かの衝撃を受け、さっきの比ではない勢いで吹き飛ばされる。

 受け身を取る余裕すら無く、剣を手から離し、無様に地面に叩き付けられる。


「が、は……」


 痛みに立ち上がる事すら出来ない。

 そんな俺へ、木刀が突き付けられた。


「今のが絶心流の奥義、«絶剣»だ。剣を見ることすら出来なかったろ?」


 乱れた髪を整え、額に流れる汗を拭いながら、エレナ・ローレライはそう言った。

 倒れた俺の手を掴んで起き上がらせ、服に付いた土埃をパンパンと払ってくれる。

 俺の乱れた息が整うのを待つと、エレナは再び言葉を続ける。


「«絶剣»。絶心流最速の剣技であり、最大の威力を持つ技だ。刃を捉える事すら叶わず、気付いた時には絶命している。それが«絶剣»。まだウルグには見せたことが無かったから、見せてやった。感想はどうだ」

「……速すぎて、何が起きているか分かりませんでした」

「だろ? 師匠様曰く、«絶剣»は完全ではなく、瑕疵がある技――とか何とか言っていたが、龍種だろうと何だろうと、これをぶっ放せば大抵は殺れる。おめーが使えるようになるのはまだまだ先だろうがな」


 «絶剣»の説明を受け、ようやく俺はまた敗北した事を悟った。

 ギリギリと歯ぎしりし、握った拳は爪が食い込んで血が流れる。

 負けた自分自身への怒りを噛み殺し、何故負けたのかを頭の中で整理する。


 エレナ・ローレライ。

 使う剣技は絶心流のみ。

 無属性魔術以外は使用できない。

 絶心流四段にして奥義を習得しており、更に独自に編み出した移動術を使用する。

 その攻めは苛烈だが、けっして攻めだけしか出来ないという訳ではなく、相手の剣を弾いたり回避したりなど防御にも長けている。

 自分が攻める機というものを理解しており、それまでは迂闊に攻撃してこない。だが、一度攻めに入ればまさに『苛烈』。

 一撃一撃が俺よりも速く、更に重い。


 どうしたら勝てるようになるか。

 彼女が攻めに入れば、攻撃を受ける事しか出来なくなる。エレナが攻めに入る前の状態で決着を付けなければならない。

 しかしエレナは«幻剣»や«幻走»、絶心流やその他流派の剣技にも柔軟な対応を見せる。

 剣速、威力、それらの基礎的な要素を高め、尚且つ彼女の隙を突くことが出来るような技が必要。

 つまり、今の俺では勝てない――――。


「……お前のその目つき、騎士団にいる《分析剣》の奴みたいだぜ」


 呆れたような表情で、エレナが顔を覗きこんで来ていた。


「アタシはお前よりもずっと剣を振ってきてんだ。勝てねぇのは当たり前だろ。アタシに負ける度にそんな顔してんじゃねえよ」

「……俺は最強になりたいんです」


 エレナは溜息を吐くと俺の額を指で弾いた。


「痛っ」

「根詰め過ぎなんだよ。もうちっとリラックスしろ」

「…………」

「今日の練習は終わりだ。ったく、朝っぱらからブンブン剣振らせやがって。これから一年生の入学式ってのによ。アタシも出席しなきゃいけねえんだぜ? 眠たくなったらお前のせいだからな。今日はもう休んどけ」


 そう言ってエレナは俺にタオルを渡すと、背を向けて去って行ってしまった。

 残された俺は、去っていくエレナの後ろ姿を見ている事しか出来ない。

 彼女が居なくなってから、小さく呟いた。

 

「足りないんだよ」


 足りないんだ、こんなんじゃ。



 十三歳になった。

 《喰蛇》の襲撃から数ヶ月が経過し、今日は一年生の入学式だ。 

 この学園に来てからもう一年が経ったのかと思うと、時間の経過は早いものだ。

 

 あれから、時々変な夢を見るようになった。

 毎回同じ夢で、正直うんざりする。

 

 二年生としての生活が始まるのは明後日からだ。

 明日は一年生の身体検査が行われるため、それ以上の学年は授業がない。

 

 つまり、まだ今日は二年生は授業がない。

 自由に修行していても構わない日という事だ。


「エレナ先生と修行をしていたんですよね。休憩を取らなくて大丈夫なんですか? お茶飲みますか?」


 エレナと別れた後、俺は自由訓練場にやって来ていた。

 待ち合わせ相手はすでにおり、連続して修行する俺の事を心配してくれているようだった。


「いや、お茶はいいよ。歩いてくる途中に休んだからさ」


 俺の修行相手は、整えられた紫髪の女性だ。俺と同じ二年生だが、年齢は十六歳と三つも離れている。

 前髪が左目を覆っており、俺からは右目しか見えない。

 

 彼女の名前はエステラ・ステラリア。

 以前、模擬トーナメントの時に顔を合わせ、それ以来時折修行に付き合って貰っている。

 複合魔術を使う優れた魔術師で、対魔術の修行相手としては最適だ。


「ウルグ殿がそういうのなら、私からは何も言えないのですが。ちーっと無理しすぎているように見えますよ?」

「大丈夫大丈夫」

「むぐぐ。適当にあしらいよって」


 貴族の令嬢ということで堅苦しい人かと思っていたが、接してみると普通に話が出来た。

 言葉遣いも心なしか崩れてきている。


「あんまり無茶しないでくださいねー。やばそうだったらすぐにやばいって言ってくれて大丈夫ですからね。じゃ、はじめましょうか」


 スッと右目を細め、エステラが魔力操作に集中し始める。

 彼女の体を魔力が駆け巡り、土と風、二つの属性の魔術を同時に作り出す。

 それに対して俺は、«魔力武装アーマメント»による身体強化はそのままに、感覚強化だけを外す。

 それにより、俺は己の目だけでエステラの魔術を捉えなければならなくなる。

 それが感覚強化を解いた理由だ。


「ふぅ――」


 神経を研ぎ澄まし、エステラの挙動を注視する。

 理心流の初段は『構え』などの基礎だ。それに対して二段は『魔力を使わない術』を使用出来なければならない。

 その中には『目で見て』相手の動きに対応出来るようにならないといけないという技もある。

 上位の剣士は視界の隅で相手の動きを捉えたり、左右の目を別々に動かす«散眼»などといった技を使用するらしい。


 俺は理心流の二段を習得するため、感覚強化を使わない対応の仕方を修行していた。

 ヒュンと音を立てて、風を纏った岩が飛来する。

 飛んでくる三つの岩を何とか視界に収め、それぞれを斬り落としていく。

 

「どんどん行きますよーっ!」


 そこから、更に連続してエステラから岩が撃ち出される。

 かなりの速度に目が定まらない。

 今まで自分がどれ程感覚強化に頼ってきたのかということを思い知らされる。


「こんなんだから」


 ――こんなんだから、魔力の探知に引っかからない《喰蛇》に足元を救われるんだ。


 徐々に飛んでくる岩の速度が増す。

 エステラはまだ、全然本気を出していない。

 これでも、最初に比べればずっと肉眼だけの対応にも慣れてきている方なのだ。

 つまり、


「――全然足りねぇ」


 目の前の敵へと意識を沈ませろ。

 神経をひたすらに研ぎ澄ませ。

 見ろ、見ろ、見ろ。


 肉眼だけで対応できる幅が増えれば、感覚強化を行った時により速く対応が出来る筈だ。

 《喰蛇》の首を見切れるくらいに、エレナの剣を捌けるくらいに、最強に届くくらいに――――。


 構えは絶心流。

 攻めの姿勢をメインにし、どうしても対応し切れない場合は防御の構えを取る。

 

「エステラ、速度を上げろ!」

「っ、分かりました」


 まだ足りない。

 エステラが速度を上げる。

 もはや、岩の姿をはっきりと捉えられない。

 だがそれでもチラリと視界に映った一瞬を逃さず、剣を振る。


「ウルグ殿!」


 エステラの叫びと同時、対応しきれなかった岩が俺の肩を抉った。

 肉が飛び散り、骨が砕け、激痛が視界を真っ赤に染める。

 それでも、俺は倒れない。絶対に諦めない。


 やがて自由訓練場の«魔術刻印»が俺の怪我を癒していく。痛みが引いていく感覚に、膝が笑う。

 顔を青くしたエステラがこちらへ走ってきた。


「……すまない、ミスった」

「ミスったじゃないですよ! だからあんまり無茶しないでくださいって言ったじゃないですか!」


 鬼気迫るエステラの言葉に、思わず仰け反る。

 怪我なんてすぐに治るというのに、どうしてこいつはそんなに必死な顔をしているのだろう。

 怪我なんて、取り返しがつくのに。


「取り敢えず、もう修行は終わりにしましょう。一年生の入学式も終わった頃でしょうし、こんな無茶な修行はしてられません! ウルグ殿はもう剣を置いて、ゆったりまったり休養しなさい」

「んー……」


 最近はエレナとエステラとよく修行をする。

 テレスはまだ貴族住居街に居るだろうし、エレナとエステラが駄目となると、対人戦での修行はもう出来ないだろうか。

 図書館に行って、本でも読もうかな。



「そんな無茶な修行をするなんて、先輩らしくないですよ」


 その時だった。

 懐かしい声が耳朶をくすぐり、俺はバッと振り返る。

 そこには浅葱色の少女が立っていた。


 長い浅葱色の髪を紐で括ってポニーテールにした、線は細いが軸のブレない立ち方をした少女。青い瞳はやや鋭く、芯の強さを感じさせた。身に纏っているのは上等な魔術服で、腰には一本の剣がぶら下げられている。

 首には、以前俺が渡したネックレスが掛けられている、

 前に見た時よりも、強くなっているのが分かる。


「……久しぶりだな、キョウ」

「はい、久しぶりです。先輩に会いに……来た訳じゃないですが、たまたま見掛けたので声を掛けてあげました」


 懐かしい憎まれ口に、自然と頬が緩む。

 

「お兄さん、私もいるよ!」


 キョウの後ろから、ひょっこりとよく似た容姿の少女が姿を現した。

 浅葱色の髪を肩口までで揃えたふんわりとした柔らかい印象を覚える髪型に、自然体で隙のない立ち振る舞い。どこか眠たげなトロンとした青い瞳をこちらに向け、キョウと色違いの魔術服を着た少女。

 キョウと同じように、ブレスレッドをはめていた。


「お前も久しぶり、メイ」

「お久しぶりです。私はキョウと違ってお兄さんに会いに来ましたー!」

「ちょ、姉さん! 何を!」


 そんな懐かしいやりとりを見せる二人を、傍でぽかんと見ていたエステラに紹介する。


「こいつらは姉妹で、のほほんとした方がメイ、ぎろっとした方がキョウだ。迷宮都市にある流心流道場で知り合ったんだ」

「ぎろって何か人聞きが悪いですよ」


 こうして俺は、一年とちょっとぶりにメイとキョウに再開を果たした。



「改めて、久しぶり。二人とも元気みたいで良かったよ」


 あれから自由訓練場から場所を移し、俺達は学園内の喫茶店にやってきていた。

 食堂とは違って小さな場所だが、比較的静かで落ち着いて会話する事が出来る。

 修行中だったが、エステラに謝って今日の所は中止にしておいた。「あんまり無茶しないでくださいよー!」と言い残して、彼女は去っていった。

 二人は入学式と説明会を終え、学園を散策している所で俺を見つけたらしかった。


「……先輩は、あまり元気じゃなさそうですね」

「……そうか? 今日も朝からずっと修行してるくらいには元気だぞ」

「何か、辛いことでもありましたか?」


 キョウの言葉に、一瞬息が詰まる。

 覗き込むキョウの目から視線を逸し、俺は話題を変えた。

 俺達が迷宮都市を離れてから何をしていたのか、入学式はどうだったか、などだ。

 二人は王都に向かう途中、道程に《炎鱗龍イグナイト・ドラゴン》が出没したとかで、入学式ギリギリに王都へやって来たようだ。


「王都を離れる少し前にですが、私達二人とも流心流三段に昇段しました。それから、あと一歩でBランク冒険者って所まで来てますよ! 今年中にはBランクに上がれると思います」

「そっか、三段か。二人ともおめでとう」

「お兄さんはあれからどうですか?」


 話に乗ってくれたメイに、救われた形になる。

 キョウもそれ以上追求してこなかった。


「流心流二段、絶心流二段、理真流初段、Bランク冒険者って所かな」


 《喰蛇》の討伐でAランク冒険者にならないか、と冒険者ギルドから通達が来たが、今はそれを保留にしている。


「わぁ、絶心流と理真流を習ったんですね。Bランク冒険者っていうのも凄いです……あ」


 俺の言葉に、メイが変な反応をする。

 顔を暗くし、何か言いにくそうな表情をしている。

 そのメイに変わって、キョウが口を開いた。


「姉さん、そろそろ、言っておいた方がいいでしょう」

「……うん」

「私が言いますね」


 そんなやり取りをして、キョウがこちらを向く。


「……先輩に、言っておかなければならない事があります」


 キョウのその言葉に、胸が嫌な鼓動をし始める。

 何かが滑り落ちてしまったような、取り返しのつかない事になったかのような。

 そんな予感があった。


 そしてその予感は――――


「――レオルさん達が、死亡しました」

 

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