蛇足 『在り得た世界』
ある閑話をずらした事によって出来た閑話跡地です。
「二十年前に、うちの隊長がSランクの《喰蛇》を僅か数名で倒したって聞いたことあるか? 当時、まだ一五とかそこいらだったらしいぜ」
「マジかよ、初めて聞いた。やっぱ本当の天才って奴は子供の頃から凄いのかねぇ」
仕事を終えた二人の騎士が、そんな事を話していた。
王国を守る三つの騎士隊の一つ、第三騎士隊。
そこへつい数年前、第三騎士隊副隊長から第三騎士隊隊長に昇進した男を、人はみな天才と呼ぶ。
かつては王立ウルキアス魔術学園の生徒で、在学中に彼は数人の仲間と共に災害指定個体《喰蛇》を討伐する。
この華々しい功績を上げた後、彼は自身の仲間達と共に多くの苦難を退けた。話によれば、あの事件中にAランクの魔物を討伐し、また別の災害指定個体を退けるなど、かなりの功績を上げている。
それを認められ、彼は学園在学中にAランク冒険者に上り詰め、また流心流二段、理真流二段を収め、更に《氷結騎士》ブレイブ・シールドに認められる程の騎士流剣術の使い手にまでなっている。
卒業後、彼は第一騎士隊からの入隊の誘いを断って第三騎士隊に所属し、僅か十数年で第三騎士隊隊長にまで上り詰めた。
その右手から繰り出される一撃は龍種をも斬り裂く絶大な威力を持ち、そして左手に握る盾は絶心流の激しい攻めをも受け流す。
その実力は、あのアルデバラン・フォン・アークハイドをして、『流石』と言わせる程の物だという。
人々は彼に敬意を払い、《龍断騎士》と呼ぶ。
「そんな、大した物じゃねえよ」
不意に背後から声を掛けられ、二人の騎士はビクリと肩を震わせた。慌てて振り返ると、彼らの背後には件の《龍断騎士》が立っていた。
第三騎士隊隊長という事を示す紋章が刻まれた、特別な鎧を装備した見上げる程の偉丈夫。背中には龍をも断ち切る威力を持つ、コントラ・ゼンファーによって製作されたという片手剣『聖刻』と、強力な魔術防御の刻印が刻まれた盾『天聖鏡』が掛けられている。
どちらも、十数年前にあったあの出来事で使用された物だという。
「れ、レックス隊長! あの、その」
「ははは、そう固くなるなって。別に俺の悪口言ってたんじゃねえんだろ?」
「は、はぁ」
歴戦の騎士、というに相応しい風格を持つ《龍断騎士》レックス・アルバートだが、戦いの時以外に見せるその表情はどこか人懐っこい。
「俺は別に、天才でもなんでもねえよ」
レックスはどこか遠くを見るような目をして、小さくそう呟いた。
その言葉の響きに、二人の騎士は顔を見合わせる。
多くの人は、レックス・アルバートの事を天才と呼ぶ。
だが、彼の事をよく知る者達は皆、口を揃えてそれを否定する。
彼は天才ではない、と。
その中の一人はこう言った。
「強いて言うなら、あいつは努力の天才だよ」
と。
「さーて。今日は久々に仕事が早めに終わったから、俺はちょっと飲みに行ってくる」
「あ、お疲れ様です」
「うーい」
騎士達に気安い返事を返し、彼は外へ出て行った。
ザ。
恐らくは彼が仲が良いという、学生時代からの仲間に会いに行くのだろう。
ザザ。
そんなレックスの背中を見た二人の騎士は、「ま、俺達もあの人みたいになれるよう、頑張るか」と頷き合い、稽古へザザザザ向かっザザザザた。
ザザ――。
ザザザザザザ――――。
ザザザザザザザザザザッ――――!
視界にノイズが走る。
ズキズキと眼球に痛みが走り、頭の奥の方を短い間隔で鈍い痛みが襲う。
制御を失い、力が暴走している。
どす黒い部屋の中で、どす黒い闇に体を侵食されながら、彼女は嘆息した。
もしかしたら、何かが違っていたら、在り得ていた世界。未来は分岐し、行動次第ではこの風景が実現していた。
少年は死なず、後世に名を残すような騎士になっていた。
あったかもしれない、幸せな未来。
それを知ってしまうと、こう呟かざるを得ない。
「全くもって……悲惨な話よね」




