第十一話 『――諦めるな』
同時更新で、今作のウルグと前作の主人公が戦う話を投稿しましたので、読んでいただけるとうれしいです。
ぽたぽたと、腕の断面から血が滴っている。
どうして俺は腕を握っているのだろうか。
確か俺は、ヤシロを掴んだはずだ。
どうして、俺は腕を持ってる?
「あ、れ?」
首を傾げる。
おかしい。
だって、俺はヤシロを掴んだんだ、だから俺はヤシロの腕を掴んでいないといけないはずで、でも俺が掴んでるのはただの腕だ。
腕?
誰の腕だ?
目の前の蛇が首を持ち上げた。
ゴクリと喉が鳴り、何かがその喉を通って行く。
何が。何を。
「お前は、何を」
何を飲み込んだ?
そんなの、とっくに分かっていた。理解していた。
だって、目の前で起きた出来事だから。
ヤシロが、俺を庇って喰われた。
「ぁあ……あああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
脳が現実を理解する。
ヤシロが喰われた。俺のせいで。
俺のせいで俺のせいで俺のせいで。
俺を庇って。
「う、うでが、う、ああああああ!!」
ぽたぽたと血の雫を地面に落とす腕を胸に抱く。だけどこれはヤシロじゃない。ヤシロはいない。これはヤシロの腕だ。ヤシロは喰われた。
ヤシロが死んだ。
目の前の蛇が口を開いた。
鋭い牙から、唾液が糸をひく。
半透明の液体の中、僅かに赤い物が混じっていた。
血だ。
ヤシロの血だ。
口が迫ってくる。
このままだと、喰われる。
でも、それでいいのかもしれない。
このまま喰われれば、ヤシロと同じ所に行くだろうから。
だから、喰われても――。
「馬鹿野郎!」
飲み込まれる直前、怒声と共に襟を引っ張られた。
体には抵抗する力も、気力も残っていない。
直ぐ目の前で口が閉じられ、歯が噛み合ってガチンと音を立てる。
他の首が俺の元へ殺到するが、届くよりも先に無数の魔術がその動きを止めた。
テレスとスイゲツが助けてくれたらしい。
でも、もう遅いんだよ。
ヤシロは死んでるんだから。
襟を掴んでいたレックスが手を離し、俺は地面に叩き付けられた。
レックスがしゃがみ込み、俺の胸ぐらを掴んでくる。
「お前、今喰われようとしてたか?」
「……そうだよ。喰われれば、ヤシロと同じ所」
ガツンと脳裏に火花が散るような衝撃が走り、地面に倒れ込む。
目を開くと、拳を握りしめたレックスがいた。
「お前を庇って、ヤシロちゃんは喰われたんだぞ。助けてもらっておいて、なんでお前は死のうとしてるんだよ。ヤシロちゃんがお前を庇った意味が理解出来ねぇとは言わせねぇぞ。あいつはお前に生きて欲しかったから、お前を庇ったんだ。それをどうしてお前が、無駄にしようとしてんだよ!!」
「……俺の、せいで」
「そうだ。お前のせいだ。お前が対応できていれば、ヤシロちゃんは喰われなくて済んだ」
「っ」
「お前のせいで、ヤシロちゃんが喰われたんだ。だったら、お前はあいつに助けてもらったその命を無責任に放り出して良い訳がねぇ。お前の命はもう、お前だけの物じゃねぇんだよ。ヤシロちゃんに庇って貰った命の責任も果たさずに、死ぬのは絶対に許さねぇぞ、ウルグ」
「生きたって……ヤシロは、もう」
前で、テレスとスイゲツが《喰蛇》を食い止めている。
それも時間の問題だろうな。
「そもそも……だ。お前が一番最初に諦めてる事が気に食わねえ」
「諦めてる?」
「なんでお前はもう、ヤシロちゃんが死んだって決めつけてんだよ。お前はヤシロちゃんが死ぬ所をその目で見たのかよ?」
爆発が起こり、テレスが後ろへ下がってくる。
「見たさ。俺が、一番近くでな! あの蛇にバクンと飲み込まれていった所を!」
「遠くから見ていた俺には、ただヤシロちゃんが飲み込まれただけに見えたぜ? 口の中で細かく咀嚼された様子も無く、すぐに飲み込まれたようにな。ヤシロちゃんはまだ、あいつの胃袋の中に居るだけなんじゃねえのか? まだ生きてるかもしれねえじゃねえか」
「そんな……めちゃくちゃだ。だって、ヤシロのうでが」
その時、テレスが俺に背を向けたまま叫んだ。
「腕の一本や二本、私が魔術でくっつけてやる! だからウルグ! とっとと立ち上がれ!」
そう言って、彼女は再び《喰蛇》へと魔術を放った。
「ウルグ……お前が最初に諦めてどうすんだよ。まだ出来ることは残ってる。だったら、諦めるのはその後でもいいじゃねえか」
「――――」
「挫けるな。折れるな。砕けるな。
――諦めるな」
「――――」
「立てよ、ウルグ」
そう言って差し伸ばされたレックスの手を、俺は掴んだ。
そうだ。
まだ、まだヤシロは死んでないかもしれない。
俺が諦めてどうするんだよ。
「助ける」
「……あぁ」
「ヤシロを助ける。俺が――絶対に!」
―
あのガラスを引っ掻く様な咆哮の後、《喰蛇》の首の数が増えた。
今は本体の大きな首も合わせて、二十三の首を持っている。
首の回復速度も、さっきよりも速くなっているようだ。大きく損壊させれば、その分だけ回復速度は遅くなるようだが。
どうやら、今までのこいつは余力を残していたらしい。追い詰められて、本気を出したのだろう。
首の数が更に倍になったりしない事を祈るばかりだ。
首の数が倍になれば、当然ながら攻撃の数は倍になる。
こちらの力を見極めたのか、防御に回す首の数は二本になり、残りの二十本全てを攻撃に回すようになっている。
「恐らく、ヤシロさんは全ての首が繋がってる胴体の胃に送られていると思います。助けるなら、襲い来る二十の首を突破し、あの本体を直接叩いて腹を裂き、彼女が消化されるよりも先に救出するほかないでしょう」
魔術で牽制して《喰蛇》から距離を取り、俺達は今後の方針を話し合っていた。
逃げ出す、という選択肢はない。
《喰蛇》は俺達を逃さない為か、ズリズリと地面を這って俺達との距離を縮めてきている。
悠長に話し合っている暇も無い。
「……どうにかして、あの首を突破できれば、後は俺が本体を倒せる。倒す為の秘策も用意してある」
ほんの数秒だが、本体と首数本だけなら殺せるだけの技がある。
俺の提案にテレスが「五分」と言葉を漏らす。
「五分間、時間を稼いでくれれば二十の首を斬り落とすだけの技を放つことが出来ると思う」
五分。
今のあの《喰蛇》相手にテレスの戦力なしで五分持ちこたえようと思うと、かなりの苦戦を強いられる事になるだろう。
俺はテレスの様に遠距離攻撃が出来ないからだ。
だが、やるしか無いだろう。
それ以外に方法が無いのだから。
スイゲツは魔術で攻撃する事はできても、やはり自主的に攻めるのはそれ程得意ではない。
レックスも、この状況を打開する程の技は持っていない。
だから、やる他に無いのだ。
そして、作戦が決まった。
スイゲツが一番前に立って《喰蛇》の攻撃を押しとどめ、俺が『技』を出せる程度に余力を残しながらそれを助ける。
その間にテレスは技を発動させ、レックスが彼女を防護する。
方針が決まれば、後は戦うのみだ。
攻めてくる《喰蛇》に対して陣形を組み、迎え撃つ。
その前に俺はレックスに声を掛けた。
「……ありがとう」
「それは、戦いが終わった後にたっぷり聞かせてもらうとするさ」
そして、死闘が幕を開けた。
―
接近してきた《喰蛇》の二十の首が動き始めた。
あらゆる方向から突っ込んでくる首を、スイゲツが受け流していく。
すぐ近くで戦って、ようやく四段の凄さを思い知った。
鞭のように振り回される首を受け流し、他の首へと激突させる。
そこをすかさず俺が斬り落とす。
前に出てきた俺へ他の首が殺到するが、俺の周囲を水のドームが覆う。
上級魔術に匹敵する程の魔力量だ。
龍種のブレスですら防ぎきれそうなそのドームを、複数の首はほんの数秒で食い破る。
だがその数秒があれば、俺に首からの攻撃を回避するだけの余裕が生まれる。
以前戦った《翼竜》をゆうに喰い千切れそうな蛇の顎を回避して、スイゲツの横にまで戻ってくる。
「……やはり、あの《喰蛇》はまだ全力って訳じゃなさそうですね。首が二十に増えても、まだ時間稼ぎ程度なら出来る」
「えぇ……ジークさんの奥義を身に受けたという話ですから、まだ本調子ではないのでしょう。もしくは……」
「まだ、余力を残している、ですね」
俺達が斬り落とした首は既に回復しており、二十の首が再び殺到してくる。
その間、スイゲツや俺の体に受け流しきれなかった傷が付けられていく。
ガラス片の様な鱗で肉を削られ、圧倒的な質量を叩き付けられて骨が軋む。
「っ」
スイゲツの腕に、蛇が喰らいついた。
直前にスイゲツが腕を水で覆うが、牙を完全に防ぎきることは出来ない。
すぐさま駆け付けてその首を斬り落としてスイゲツを助けるが、
「くっ」
「う、ぉお」
横薙ぎに振られた首が、仲間の首を巻き込むのも構わずに俺達に叩き付けられた。
かろうじて受け止めるが、二人して後方へ吹き飛ばされる。
宙に浮いた俺へ、更に蛇が押し寄せた。
「任せて、ください!」
ぶらりと右手をぶらさげて、スイゲツが片手で蛇の突進を受け止めた。
当然防ぎきれる筈もなく、彼は全身を鱗や牙で傷付けられ、首の鞭に弾かれて地面に叩き付けられた。
「先生!」
全身から夥しい量の血を流し、スイゲツが地面に倒れたまま動かなくなった。
彼がやられた事で他の首が俺の横を通り、テレスへと辿り着く。
「させるかよォ!」
それをレックスが盾で受け止めた。
ガゴンと重い音を立て、レックスの盾が凹む。
それに構わず、レックスは魔力を纏った片手剣を蛇の眉間へと突き刺し、大きく肉を抉った。
殺すには至らないが、大きなダメージを受けたその首は地面をのたうち回っている。
「こ、のォ!」
しかし、首は一つではない。
他の首がレックスに襲い掛かる。
二人を助けようと動き出そうとした所で、
「――待たせたな」
魔力を集中させていたテレスが動き出した。
テレスに近付いていた首が、バラバラと地面に落ちていく。
彼女の手には、何も握られていない。
いつも使っている剣は鞘に収められている。
しかし、彼女は無手のままで腕を振るう。
それだけで、首の肉が容易く斬り裂かれていく。
いや、無手ではない。
よく見れば、彼女の手に透明な魔力の太刀が握られていることが分かる。
超高濃度の風属性魔術。
上級……いや、もしかすれば超級に届くかもしれない程の魔力が彼女の手の中に集まり、一本の太刀の形へと圧縮されている。
その太刀は目を凝らさなければ視認すら出来ない、無色透明な魔力の塊だ。
傍から見れば、今の彼女は武器を収め、無手で立っているように見えてしまう。
故に«無手»。
メヴィウスの系譜に伝わる奥義。
テレスはそれを発動させていた。
「ウルグ、この技で本体を守る蛇を蹴散らす! だから後は頼んだ――」
そう言って、テレスが透明な太刀を振りかぶる。
そして、横薙ぎに振った。
「――無手一閃」
凄まじい濃度の魔力が、その一振りによって解放された。
風の一太刀が蛇達を薙いでいく。
蛇達が魔力を食い止めようと殺到するが、刃に触れた側から消し飛んでいった。
「な――」
本体の蛇が再び咆哮する。
それと同時に、首の数が増えた。
増えたのは十五本程だろうか。
無手によって消し飛んだ首も、回復している。
「無駄だ」
しかし、それすらも太刀は薙いでいく。
回復した首も、新しく生まれた首もだ。
首のほとんどが消し飛んだ所で、風の太刀は威力を失って掻き消えた。
「後は、任せた」
そう言って、持てる魔力の全てを放出したテレスが気を失って地面に倒れ込む。
ありがとう。
俺が蹴りを付けるよ。
―
『黒鬼傭兵団』の時、俺の魔力は体内で荒れ狂い、何らかの暴走を見せていた。
ギュルギュルと魔力が体内を荒れ狂う感覚をぼんやりと覚えている。
人は一度に纏える魔力の量が決まっている。
体に負担がかからないように、リミッターが掛かっているのだ。
それを、あの暴走は外している。
リミッターを解除し、持てる力の全てを発揮する。
あの状況をわざと作り出すという術を、ここまでで身に付けていた。
完璧に使いこなせる訳ではないし、体には大きな負担がかかる。またあの時みたいに暴走するかもしれない。
それでも。
「やるしか、ねぇよな」
全身を流れる魔力へ、意識を集中させる。
体の奥底にある何かが熱を放ち始めた。
どす黒い何かはやがて溶けて全身へと流れだし、体の中の魔力がギュルギュルと通常ではありえない動きをし始める。
ズキズキと額が痛みを発し、心臓もおかしな鼓動をしている。
吐き気を催す魔力の脈動を、それでも俺は解き放つ。
「う、ぁ」
視界がグルリと回る。
暴走した魔力を上手く引き出せない。
早く、早く安定しろ。
無秩序に、縦横無尽に荒れ狂う魔力を、強引に操る。
完全にではない。
大雑把に方向を定め、無理やり体を動かすだけだ。
ようやく魔力が安定してきた時だった。
「ぁ――」
テレスの«無手»を喰らわなかった四本の首が、喰らいつこうと伸びてきていた。
まだ、体が動かない。
あと数秒の猶予が必要だ。
やば――。
「俺に、任せろ!」
俺の前に、レックスが割り込んできた。
四匹の蛇の攻撃をレックスが盾で防ぐ。
完全にではない。
だが、俺が動けるだけの猶予は出来た。
「ウル、グ。行けえええええええええェェェ!!」
ようやく、俺の体が動いた。
レックスの叫びを背に受けて、俺は蛇を蹴散らして前へ進む。
体を食い破ろうとする魔力の奔流を歯を食いしばって抑え、ただひたすらに前へ。
残った全ての首が本体へ迫る俺へ伸びる。
限界を越えた魔力量を帯びた『鳴哭』を一閃。
それだけで立ちふさがった蛇の頭は粉々に砕け散っていく。
スイゲツが時間を作り、テレスが道を作り、そしてレックスが猶予を作ってくれた。
三人の協力を受け、ようやく俺は«喰蛇»の本体の前へとやってきた。
「返して貰うぞ」
劈く叫びを上げ、本体の大蛇が俺を睥睨する。
奴を守る首はもはやない。
《喰蛇》が鎌首をもたげ、頭の千切れた首を鞭の様に振るう。
二十以上の首の鞭が、雨のように降り注ぐ。
だが、今までの様に操っている訳ではなく、首はただ振り回されているだけだ。
数が多いだけで単調で、回避するのは容易い。
首が地面を叩き、連続して地響きを鳴らす。
鞭の合間を縫って、上からこちらを見下ろしている《喰蛇》に向かって突っ込んだ。
向こうも牙を剥き出しにして、大口を開いて迎え撃つ。
今まで相手にしてきた首でも、龍種を飲み込めるような大きさが合った。
《喰蛇》本体の大きさはその比ではない。
口を開き、噛み砕こうと突っ込んでくる様は、まるで闇が空から降ってくるかのようだ。
大地を飲み込み、森を喰らい尽くし、都を滅ぼす。
全てを『喰らう蛇』。
「おおおおおおおおおおォォォ!!」
その本体へ向け、俺が持てる技の中で最速かつ最大の威力を発揮する剣技を放つ。
«風切剣»。
暴走する魔力を纏った一閃と、《喰蛇》の顎が交差する。
そして。
巨大な頭の天辺、鋭くささくれだった紫色の鱗に赤い筋が入り、それが大きく開かれた顎の一番下まで届く。
ズルリと宙で大蛇の頭が別れ、二つに別れて地面に沈む。
滝のような血が溢れだし、周囲は血の池の様な有り様となっている。
「やっ、た」
二つにわかれた《喰蛇》の瞳に生気はない。
他の首の様に再生する気配も、動き出す気配もない。
――死闘の末、災害指定個体《喰蛇》の討伐に成功した。
―
ヤシロに傷を与えないため、本体は頭だけを狙った。
巨大な胴体には一切傷を付けておらず、まだ無傷のままだ。
「やし、ろ」
魔力の暴走が収まると同時に、全身からズルズルと力が抜けていくのを感じる。
だが、俺にはまだやるべきことがある。
重い体を引きずって、《喰蛇》の腹を慎重に裂いていく。
おびただしい量の血液が溢れだし、全身が赤く染まっていく。それも構わず、ただひたすらに中を探る。
「…………」
ところどころをグチャグチャに砕かれた、メローナの死体を見つけた。
これはもう、助けようがない。
吐き気を堪え、更に奥へと探索の手の伸ばす。
そこで、片腕から血を流し、全身を粘液で滑らせたヤシロの姿があった。
血を失っているからか、顔は青白い。
「やしろ、ヤシロ!」
すぐに外へ引っ張りだした。
胸に手を当て、生死を確認する。
「ぁ」
弱々しい物ではあった。
だが、確かにヤシロの心臓は脈動していた。
「あぁ……」
安堵で、意識を失いそうになった。
だが、ここで気絶する訳にはいない。
ヤシロの安全を確実にするまでは、まだ。
ヤシロの小さな体を抱え、朦朧とする意識の中、俺はテレス達の所へ戻った。
スイゲツはまだ気絶し、倒れている。
その側でレックスが地面に横たわっており、テレスが隣にしゃがみ込んでいた。
三人がいなければ、ヤシロを助ける事は出来なかっただろう。
「……ありがとな、テレス。それと――」
レックス。
そう言おうとして、俺はある事に気付いてしまった。
テレスが真っ青な顔で、倒れ込んでいるレックスに治癒魔術を掛けているという事に。
その表情は必死その物で、彼女の表情には「腕の一本や二本、繋げてみせる」と言ってのけた時の余裕は感じられなかった。
どうして、テレスはそんなに必死な表情でレックスに治癒魔術を掛けているのだろう。
彼女達の側へ行き、二人を横から覗き込んで――
「……レッ、クス?」
地面に倒れたレックスの体は血で真っ赤に染まっていた。
脇腹が大きく抉られており、そこから絶え間なく鮮血が流れ出している。
明らかに、致命傷だと分かる傷だった。
「«治癒»……«治癒»ッ!!」
絞り出すかのように詠唱し、それでもテレスは懸命にレックスへ治癒魔術を施していた。
だが、抉れた血が下に戻ることはなく、溢れだす血は一向に止まらない。
しばらくして、テレスが目をつぶって首を振る。
どうして、レックスが。
そう言いかけて、俺はその訳を理解した。
「あ……あぁ」
あの時だ。
魔力を暴走させている俺を、レックスは四本の首から守ってくれた。
あの時、レックスは盾で攻撃を防ぎきれてなかったんだ。
「よ……う。ウ……ルグ」
弱々しい声で、レックスが俺の名を呼ぶ。
「ヤシロ、ちゃん。良かった、な。言ったろ……諦めんな…………って」
「お前のお陰で……ヤシロを助けられた。だけど……お前が!」
「お前の、せいじゃねぇよ……。でしゃばりすぎた……おれのミスだ」
血の気を失った顔は青を通り越し、土気色になっている。
声は震え、歯の根が噛み合っていない。
会話の途中に、レックスの視点が、合わなくなった。
目の前にいるのに、俺を見ていない。
目が、もう。
「どうして、お前は……」
「へっ。ともだち、だから……だろ」
小さく笑い、レックスが問に応える。
「あとは、あぁ、そうだ。うれし、かったんだ」
レックスが、焦点の合わない目線をこちらに向けて、見えていないはずの俺へ笑いかけてくる。
その姿に、胸が引き裂かれそうだった。
「お前が、剣を教えてくれて……あきらめんなって言ってくれてよ。ウルグがいてくれたから……頑張れたんだ」
「俺は何も……っ! お前が、レックスが自分で頑張ったからだ!」
「学園……に入ってから、毎日……たのし……かった。つよくなれない……おれを、おまえがすくってくれた……」
「レックス……俺のせいで、お前はこんな……。なのに、なんでそんな風に……!」
口から大きな血の塊を吐き、レックスはゆっくりと口を動かす。
声が、小さくなってきている。
「前に、いったよな……。俺の父さんは、大切な人を庇って、死んだって。誰かを助けて……死ぬなんて……おれにはこわくてできないって……思った。誰かの……為に死ぬなんて……。だけど、今なら……父さんの気持ちが分かるよ」
俺がレグルスの言葉で落ち込んでいる時に、レックスは自分が騎士になる理由を教えて、励ましてくれた。
父のように、大切な人を守りたいと、レックスは言っていた。
「お前を守れて、よかった」
レックスの目が閉じられる。
生気が失われていくのを感じた。
「おい……。レックス、もう喋るな。後少しで助けが来る。きっと、治癒魔術師も来てくれる。だから、」
「騎士には……なれなかったけど、おまえたちと一緒に過ごせて……幸せだった」
テレスに視線を向ける。
涙を浮かべて、首を振るだけだった。
「ウルグ……。お前のせいじゃないから……気にすんな……よ。お前は寂しがり屋、だからおれがいないと…………心配、だけど。ヤシロちゃんと……テレス……ちゃんを……頼んだぞ」
「お、い。レックス」
「ありが……とう」
息を抜く様に、レックスはそう言った。
体から力が失われる。
口から、ぼたぼたと血が溢れた。
「……レックス」
レックスが死んだ。




