第八話 『俺に出来ることは』
先手を取られた事に目を剥きながら、片手で振り下ろされた一撃を下からの一撃で弾く。刃を覆う魔力が弾け、重い音が響き渡る。
想像していた以上の重い手応えに全身の骨が軋む。
まるで裏拳をするようにヴォルフガングが宙で体を回転させ、重い風切音を響かせながら追撃が来る。
刃がぶつかる瞬間、魔力の流れを緩やかにし、撫で付けるようにして一撃を受け流す。
振り切った体勢のまま、宙で無防備に腹を晒すヴォルフガングに向け、体を捻って右足で蹴りを叩き込んだ。
「っ!」
まるで鉄の人形を蹴りつけているかのような、重い感覚が足に伝わってくる。
小さく息を漏らしたヴォルフガングだが、蹴りを腹筋の力で完全に受け止め、俺の顔へ向けて片腕で木刀を薙ぐ。
倒れこむようにして後ろへ跳び、豪風を起こしながら木刀が頭の上を通り抜けていく。
姿勢を立て直すよりも先に、ヴォルフガングの蹴りが俺の腹へめり込んだ。
「がっ――!!」
咄嗟に腹部を覆う魔力を高めたというのに、体を突き抜けるような衝撃が走った。
木刀を離さないように指に込める力を強めながら、ゴロゴロと地面を転がる。倒れこむ寸前に受け身を取ってダメージを減らしたものの、額から汗が噴き出るほどの痛みが腹を襲っている。
腹を擦りながら、何とか起き上がる。
想像以上の実力に、纏っていた魔力の量を跳ね上げた。
警戒度を上げたのはあちらも同じようで、口の端を大きく釣り上げて片手で握っていた木刀へ、もう片方の手を添える。
「……強いな」
今の所、ヴォルフガングは何の魔術も使っていない。それでもヤシロと同等以上の実力を持っている事が分かる。
前に戦う所を見た時、強そうだとは思ったが、ここまでとは思っていなかった。
「強いって? くははは、ッたりめぇだ! 俺は天才なんだからな! そうか、強いか!」
小さくポツリと呟いた言葉を人狼種の聴覚で拾ったのか、ヴォルフガングが嬉しそうに大声で笑う。
「驚いた。舐めてたよ。先手を取られたこともそうだし、その後の攻撃も片手とは思えないほどの速度と威力だった」
「くははは! あんま褒めんなよ! 別に褒められたって、嬉しくなんてねェェけどな! ……お前、いいやつだな」
少し顔を赤くして、ヴォルフガングが腕をブンブンを振り、耳をパタパタと動かす。ズボンの下にある尻尾が動いているのも見えた。
荒々しい喋り方の割に、何かツンデレっぽいなこいつ。
「天才には敵わねェだろうが、おめェも思った以上に強ェぜ。――もっと、楽しませてくれよなァァ!!」
獰猛に笑ったヴォルフガングが、再び弾丸の様に突っ込んでくる。今度はこちらも出遅れず、同時に前へ出て向かい撃つ。
人狼種の身体能力は人間のそれを遥かに凌駕する。
ヴォルフガングは速度に特化したヤシロとは違い、化け物じみた攻撃を放ってくる。
その圧倒的な膂力をどうにかしようと思うのならば、正面から迎え撃つのは得策ではない。
上段から力任せに振り下ろされた一撃を躱し、首筋を狙って薙ぐ。
躱され、蹴りが飛んでくる。
木刀で受け止め、反撃に出る。
ヴォルフガングの太刀筋は、今まで見てきた誰よりも野性的で荒々しい。『技』というよりは『本能』。瞬間的に状況を理解して動く狼の技、それ故に無駄がなく、鋭い。
木刀が頬を掠り、大きく肉が削がれた。同時にこちらの刃がヴォルフガングの脇腹を強打する。
「――ッ」
「クハハァァ!!」
鈍い手応えが伝わってきたにも関わらず、ヴォルフガングが牙を見せて吠える。 地面に木刀を力任せに突き刺し、そのまま地面を削りながら上へと振り上げる。軽々と木刀が地面を抉り、その破片が弾丸の様に飛んできた。
「牙流――«牙弾»ッッ!!」
«岩石砲»如き破片を木刀で弾くものの、その内のいくつかが俺の足元に激突し、地面を激しく破壊する。
砕け散った足場に体勢を崩す俺へ、飛来する破片に紛れてヴォルフガングが接近して来ていた。
獲物に喰らい付く獣の如く、間合いへ軽々と入り込み、その首元へ木刀を突き立てんと斬り掛かってくる。
こちらは大きく体勢を崩し、地に足がついていない状況だ。
「とったァァ!!」
大きな隙を見せた俺へ、勝ちを確信したヴォルフガングが吠える。
間合いに入ってきた彼に対して、俺は宙で体を大きく捻ってその攻撃を回避し、その勢いを利用してヴォルフガングの脇腹へ木刀を叩き付けた。
絶心流には姿勢を崩した姿勢からでも相手を攻める技がある。
相手が本能で動く野獣というのならば、こちらは精錬された人の技で対抗するのみだ。
「なァァ!?」
地を鳴らす衝撃が走り、驚愕の声を漏らすヴォルフガングの矮躯が後方へ吹き飛んだ。
ノーバウンドで何メートルも飛び、勢い良く地面に落下する。
地面にぶつかる瞬間に受け身を取り、ヴォルフガングは即座に起き上がった。
「クソがァァ……」
驚愕と憤怒に顔を彩らせたヴォルフガングが、口から溢れた血液を服の裾で強引に拭うと、再びこちらへ向かってこようとする。
が。
「――そこまで!」
試合には終了時間が設定されている。
まだやれると憤りを見せるヴォルフガングの言葉は受け入れられず、審議の結果、この勝負は俺の勝ちとなった。
別れ際、ヴォルフガングは牙を剥き出しにして「まだ負けてねェ。決着はいずれ付けてやる」と言い残して去っていった。
もしかしたら、俺はまた厄介な奴に目を付けられてしまったのかもしれない。
その後、各ブロックの戦いが進み、決勝トーナメントが行われる。
結果、優勝者はテレス、準優勝は俺となった。
―
決勝トーナメントが終わると、三位までの生徒を表彰台にあげて表彰式が行われた。
俺を見る生徒達の目線がアレなのはいつもの事なので割愛。
それからテレスとヤシロとレックスと王都の店にご飯を食べに行き、適度に雑談して学園へ戻った。
その時に、気になったのは明るく振舞っているレックスが、時折見せる沈んだ表情だ。
「……ふぅ」
寮の風呂から上がり、自室へ帰ってきた。
ドアを開けても、見慣れた半裸のレックスの姿は見当たらない。
寮の途中ですれ違わなかったから、風呂に行っている訳では無いだろう。
トイレにでも行っているのかと考えたが、いつも部屋に置いてある片手剣と盾が無くなっていることに気が付いた。
「…………」
レックスの様子が気になっていた俺は寮から外に出て、あいつを探す事にした。
居るであろう場所は予想出来ていた。
旧ドームの方は『黒鬼傭兵団』の襲撃があってから使わないようにしている。となれば、行ける場所は限られる。
レックスは寮のすぐ近くにある、景観の為に育てられている木が生い茂った場所に居た。
木々の隙間から漏れる月光の下で一人、片手剣と盾を握り、息を切らしながら動き回っている。
思い通りに動けていないのか、時折小さく苛立ちの篭った言葉を零していた。
「……ウルグか」
見て見ぬふりをするかどうかを迷っている内に、レックスに気付かれた。
素振りを止め、レックスは気まずそうな表情を浮かべて近づいて来る。
「……ちょっと、体が火照ってな。適当に動かしたら治るかと思って」
「……レックス」
「……はは。悔しかったんだ。ベルスに負けたのがさ」
取り繕うとして、レックスはやめた。
ギリギリと音を立てて拳を握り、顔を悔しさに歪める。
「あんだけ修行したのに、たったの二回戦で負けてさ。俺と一緒に修行してたウルグ達は上位入賞、ヤシロちゃんもテレスちゃんと互角の戦いをしてた。俺だけなんだ。俺はお前らよりも年上なのに、その中で一番弱い。身近でみてれば、ウルグ達とどんだけ差があるかなんて簡単に分かるよ。別に、お前らに勝てるようになりたいなんて思ってないんだ。けどよ……結果が出せねえってのはやっぱ……悔しいよ」
学園で初めて会った時から、レックスは格段に強くなっている。
パーティを組めばBランク魔物とも戦えるだろうし、対人戦にしてもCランク冒険者程度ならば簡単に倒せるだろう。
レックスは強くなっている。
今回は相手が悪かったとしか言い様がない。
対戦相手だったベルスも、前に戦った時から格段に強くなっていた。ヴォルフガングには為す術なく負けたみたいだが、それにしたってあいつが強すぎただけの話だ。
……なんて言ったって、レックスの心は晴れないだろう。
相手は関係ない。実力差じゃない。努力に見合う結果が出せなかったことが悔しいのだ。
人生はゲームじゃない。
どれだけ修行して経験を積んだって、本番で結果が出ない事なんてよくあることだ。
「……だから、少しでも強くなりたくて、剣を振りに来たんだ。俺なんかが鍛えても……強くなれないかもしれないけどさ」
沈んだ口調で、レックスはそう言った。
「……レックスはどっしり構えて相手の攻撃を防ぎ、そこからカウンターを放つタイプだ。今までは防御を重視して修行してきた。だから、これからはカウンターをメインにして修行していこうか。ちょうど『鳴哭』を持ってることだし、早速修行しようぜ」
「う、ウルグ?」
「……強くなりたくて、剣を振りに来たんだろ? 一人で剣を振るのもいいけどさ、やっぱり練習相手が居たほうが効率が良いよ」
俺にはレックスを慰められるような言葉を持ち合わせていない。だけど、レックスと同じ思いは何度も経験してきた。
だから――俺の時にこんな相手が居てくれたら、って思った様にレックスに接してやりたい。
「レックス」
それからもう一つ、俺に出来るのは現実を突き付けることだ。
「どんだけ努力したって結果が着いて来るとは限らない。むしろ、結果が出ないことの方が多い」
「…………」
「だけど、努力は実るよ。無駄な努力なんて無い。レックス、お前は強くなった。そしてこれからも強くなる。だから今お前がすべきなのは、努力を続けることだ。挫けるな。折れるな。砕けるな。――諦めるな。諦めなければ、努力はお前に着いて来る。だからおら、修行始めるぞ」
押し付けがましいかもしれない。
上から目線で、嫌がられるかもしれない。
だけど俺には、これしか出来ない。
俺は誰かに認められたかった。誰かに『頑張れ』って言って欲しかった。誰かに一緒に居て欲しかった。
だから俺はレックスを認める。レックスを応援する。レックスと一緒に修行する。
それが俺に出来る事だから。
「ったく、もう今日は疲れてるから帰ろうかな、とか考えてたのにな。しゃーねぇ。ウルグが一緒なら、俺もやらねえわけにはいかねぇな」
「足腰立たなくなるくらい修行した後、二人で風呂にでも入って、汗流そうぜ。さっき入ったけど、二度風呂だ」
そうして俺達は向かい合い、いつも通りに修行を開始した。
「……ありがとな」
夜の帳に包まれた学園で、剣戟の音に混じってそんな呟きが聞こえた気がした。




