第七話 『風を断つ一撃』
月日は進み、後期も残り僅かになった。
長期休みを前にして、まだ一年生には大きなイベントが二つ残っている。
一つは学年で行われる、模擬的なトーナメント戦。
もう一つは魔物狩りを経験する遠足だ。
そして今日行われるのが、模擬トーナメント戦だ。
昔は賢人祭三日目のトーナメントに一年生も参加出来ていたらしいが、調子に乗った生徒が色々とやらかしたらしく、それ以来トーナメントに一年は参加できなくなった。
その代わりに設けられたのが、この模擬トーナメント戦だ。
自由訓練場を利用して、トーナメントの真似事をする。
賢人祭程フリーダムにやれる訳ではなく、あくまで授業の一環としてのトーナメントの為、制限時間など色々とルールが追加されている。
だが、それでも己の実力を試すにはもってこいの場面ではある。
特にこの学園に入ってから懸命に修行しているレックスは、この模擬トーナメントに強いやる気を見せていた。
俺自身も、この一年の中で自分がどれだけやれるのかには興味がある。
楽しみだ。
―
「あー……緊張してきた」
教師達が模擬トーナメントの最終説明を行っている中で、体操座りをしたレックスがガタガタと震えている。
昨日の夜からずっとこんな感じだ。自分の修行の成果を証明する場所だから、緊張するのだろうな。
俺はかなり落ち着いている。今はただ、純粋に戦いを楽しみたい。
模擬トーナメントは効率よく行う為に、幾つかのブロックに分けて行われる。俺とレックス、ヤシロとテレスがそれぞれ同じブロックだ。
俺のブロックを見たところ、ベルスやあの人狼種の少年まで居る。中々に激しい戦いになりそうだ。
説明はすぐに終わり、すぐさま戦いが開始される。予めぶつかる相手は決まっており、今日はそれを淡々とこなしていく形だ。
祭りとしてのトーナメントと比べると、やはり盛り上がりは少なく、進行も淡々としているため、授業の一環という側面が大きい。
一応、この戦いの結果も学園からの評価に繋がるしな。
「うぁぁあ……腹が痛くなってきた。どうしよう、戦ってる最中に腹痛のビッグウェーブが押し寄せてきたら。その勢いのままスプラッシュしちまいそうだ」
「お前、肝が座ってる様に見えて以外とこういう場面弱いよな。お前の番はまだ先だから、先にトイレ行っておけよ」
「しかたねえだろ、こんな大勢の前で戦ったことなんて無いんだから! むしろお前らの肝が座りすぎなんだよ。うぐぅ、トイレ行ってくる」
慌ただしくトイレへ駆けて行くレックスの後ろ姿を見ながら、前世での剣道の大会では俺もあんな風に緊張していたのを思い出す。
結果を出さなきゃ、稽古の成果を見せなきゃ、勝たなきゃ、優勝しなきゃ。
そんな事ばかりを考えて、俺は竹刀を振っていた。緊張で何も考えられず、本当に死に物狂いだったな。
あの頃に比べて、今はかなり落ち着いている。今日は結果を出す場所ではなくて、自分の実力を確かめる場所として見れているからだろう。
もう俺は無理をしてまで、結果を求め続ける必要は無くなった。今は純粋に剣を振る事を楽しめていると思う。
その分、やはりあの頃の比べて少し修行の時間が減ってしまって、伸びも少し落ち着いてきたと思う。
でも、それでいいのかもしれないな。
「トイレに入った瞬間に腹痛が治まった……。なのに戻ってきた瞬間にまた腹が痛くなってきた……」
しばらくして、青い顔をしたレックスが戻ってきた。
その頃にはトーナメントの準備が整い、既に初戦の対戦者達がブロックごとで向い合って並んでいる。
テレスやヤシロの姿はまだない。
「それでは、開始します!」
教師の号令が上がり、模擬トーナメントが開始された。
あちこちで生徒達の気声や怒声、剣戟や魔術を放つ音が響き始める。ブロックや観客の生徒の前には«結界»が張られているため、流れ弾が飛んでくる事はない。
「こうして戦いを見てると、いかにウルグの動きがヤバイのかが分かるな」
生徒達の戦いを見ていると、幾分顔色が元通りになったレックスが意外そうに呟いた。
確かに今戦っている生徒の殆どは剣術も魔術も『見習い』といった感じがして迫力はない。ただの喧嘩を見ているようにすら見える。
「お前だって、他の連中が遊んでいる間、ずっとそのヤバイ俺と修行を続けてきたんだ。そんなに緊張する事は無いよ。レックスは十分強いからさ」
「そ、そうだな……。よし、いつも通りどしっと構えて、カウンターでぶっ飛ばしてやろう。最近は流心流の«滑水斬»をヤシロちゃんに教わって使えるようになってきてるし、そう簡単には負けねぇぞ……」
今のレックスならば、そこいらにいる並みのCランク冒険者ならば勝てるくらいにはなってきている。最後に会った時のメイやキョウとも、もしかしたらいい勝負が出来るかもしれないな。
「じゃあ行ってくるぜ。俺の修行の成果を見ててくれ」
そうしてレックスの番がやってきて、いつもの調子を取り戻したレックスが一部だけ空いた«結界»の穴を通って、対戦相手の元まで歩いて行った。
片手剣と盾を装備したスタイルのレックスに対して、対戦相手は片手剣の剣士だ。立ち振舞からして、まだ剣を握って浅いのが分かる。
「始めッ!」
教師の合図と共に、片手剣の剣士が気声を上げてレックスに突っ込んでいった。がむしゃらに振られた剣をレックスの盾が正面から受け止め、木と木がぶつかる音が響く。
そこからレックスは盾で隠していた片手剣を流れるような動作で、がら空きになった剣士の脇腹へ打ち込む。
悲鳴を上げて倒れこんだ剣士の首元へレックスが木刀を突きつけ、勝負は終了した。
流心流剣技«滑水斬»。
後期に入ってから、レックスは俺達と同じ様に『流心流』の授業を選択した。
盾で相手の攻撃を防いで、片手剣で相手を攻撃するというスタイルは流心流にもあるため、授業を始めてからレックスの戦いの幅は少しずつ広がってきている。
正面から攻撃を受け止めるだけでなく、盾で受け流すという技術も身に付け始めているのだ。
今ではヤシロから«滑水斬»の技を教えてもらって、時たま攻撃を受け流すだけでなく、俺やヤシロにカウンターを打ってくるようにもなった。
後期に入ってからの成長っぷりは、レックスが一番だろう。
「ふぅ……知らない相手に対して、初めて«滑水斬»決まったけど、これスゲー気持いいな」
帰ってきたレックスはすっかり余裕の表情になっており、そんな事を言っていた。
まだ模擬戦では俺達にしっかりと«滑水斬»を決められた事は無いからな。
それから何人かが戦い、次は俺の番になった。
結界を抜けて、対戦相手と向かい合う。
相手は杖を装備した魔術師だ。
こちらが魔力を通せる木刀なのに対して、あちらは魔力を多少強める杖を装備している。
「始めッ!」
号令の開始と同時に魔術師は杖を正面に構え、魔術の詠唱を始めた。
距離はそこそこある。詠唱が間に合うと踏んだのだろう。
が、
「――なっ!?」
«魔力武装»した俺にとっては、これくらいの間合いなら一跳びで詰められる。驚愕に目を見開く魔術師の首に木刀の鋒を突きつけ、勝負は終了となった。
俺の試合が終わってすぐ、隣のブロックから歓声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、テレスとヤシロが激しく剣をぶつけあっている。
「初戦からぶつかったみてーだな、あの二人」
「くそ、もっと近くでじっくり見たかったな」
暴風を撒き散らすテレスの一撃を、ヤシロは持ち前の俊敏さでくぐり抜けていく。
勝負は拮抗しているように見えたが、徐々にヤシロが追い詰められていった。
影の亜人魔術を使えない分、ヤシロの方が不利なのだ。
そしてやがて、ヤシロの手から剣が弾かれる。そこでヤシロは諦めず、素手でテレスに攻撃を仕掛けるが、ピタリと首元に刃を当てられ、彼女の敗北になった。
「かーっ。どっちも凄かったな。俺達も頑張らねえと」
「あぁ」
それからまた、俺達は自分のブロックへ集中する。
その後、俺達二人は順調に勝ち進め――無かった。
二戦目。
レックスの相手は前に何度も絡んできていたベルスだった。最近は絡んでくる事がなくなり、姿を見かけてもお互いに干渉していない。
レックスとベルスが向かい合い、お互いに武器を向け合った。
確か、ベルスは弾震流の剣士だ。前に一度だけ戦ったが、あの時の彼の実力ならば今のレックスなら勝てるはずだ。
そう踏んでいたのだが。
「っク!」
盾を弾かれ、レックスが苦痛の声を漏らす。
後退るレックスへ、弾震流の独特なステップを踏みながら、ベルスが連続で突きを放った。
今度は耐えるレックスだが、怒涛の攻撃に反撃する事が出来ない。
やがて攻撃に耐え切れなくなったレックスの手から盾が弾かれ、ベルスの突きがレックスの腹に突き刺さった。
くの字に折れ、レックスが地面に倒れ込む。
そこで、勝負は終了した。
ベルスの取り巻きが彼の勝利を讃えるが、ベルスはつまらなさそうな顔をして結界の外へ出て行く。
遅れて立ち上がったレックスがややフラフラとしながら帰ってきた。
「ちくしょ……負けちまった」
「……お疲れ」
悔しそうに表情を歪め、レックスは地面へ力なく腰掛ける。
ベルスが想像以上に強くなっていた。前に戦った時よりも、明らかに実力を伸ばしてきている。あいつも何かしら修行をしているのだろう。
気落ちするレックスに声をかける間も無く、戦いは俺の番になった。相手は剣士で、軽く一太刀で勝負を決める事が出来た。
レックスの元へ戻ると、小さく「やったな」と声を掛けられた。ベルスに負けたのが相当堪えているらしい。
負けてすぐに慰めの言葉を掛けるのはレックスのプライドを傷付けてしまうだろう。
取り敢えず、今はそっとしておこう。
隣のブロックではテレスが相手の魔術師を瞬殺している所だった。ヤシロが敗れた今、あのブロックで彼女を止められる者は居ないだろう。
流石のテレスと言った所か。
こちらのブロックでは、あの人狼種の少年とベルスが戦っている所だった。ステップで間合いを詰め、先程と同じように突きを放つベルスだったが、人狼種の少年はそれらを軽く弾いていく。
ベルスの突きの速度が緩くなった一瞬、人狼種の少年の剣がぶれ、次の瞬間にはベルスが地面に沈んでいた。
強くなってはいたものの、あの人狼種の少年には叶わなかった様だ。あの少年は剣術みたいなのは使っていないが、剣速が尋常でなく速い。
あれに対処出来る者はそう居ないだろう。
そして三回戦がやってきた。
俺の相手は紫色の髪を丁寧に整えた、レックスと同年代くらいの女性だ。前髪の左部分だけが伸びており、左目は髪に覆い隠されている。装飾は少ないが上品さが伝わってくる清楚な服で身を包んでいた。
エステラ・ステラリア。
俺と同じ一年生の生徒だ。
右目で俺に視線を向けながら、エステラはほんわかとした口調で話しかけてきた。
「私はエステラ・ステラリアと言うものですーっ。貴方が『黒鬼傭兵団』を退けたという黒髪の剣士――ウルグ殿で間違いないでしょうか?」
「あぁ、そうだよ」
「貴方の噂を以前から聞き及んでいましたっ。一度、手合わせをしてみたかったんです! 今日はその機会に恵まれて嬉しく思いますっ。よろしくお願いしますね!」
「あぁ、こちらこそ。見た通り、剣士をやってるよろしくな」
エステラと言葉を交わし、教師の合図が始まると同時に戦いが始まる。
彼女の手のひらから、連続して岩の砲弾が発射された。
それは一つや二つではなく、十を越える岩が群れをなして飛来する。
左右にステップを踏み、俺はそれらを回避していく。
奥で次の魔術を練っているエステラから目を離せない。だから理真流で鍛えた回避技術を利用し、剣を振ること無く全てを躱した。
「――行かせて貰います」
奥のエステラがそう宣言した瞬間、さっきまでの比ではない速度で再び岩が飛んできた。
同じ«岩石砲»の魔術だというのに、その速度は倍以上もある。
岩は風の魔術を纏っており、それによって速度を増しているのだろう。
流石にステップだけでは捌き切れず、木刀で受け流して対処する。
魔力を纏った刃の表面を岩石が滑り、後方の«結界»へと激しくぶつかる。ズガンと音がして岩の砕ける音がした。
エステラ・ステラリアの戦い方は知っている。風と岩の魔術を合わせた、複合魔術の使い手だ。
彼女はどちらも中級までしか使えないが、その代わりに魔力総量がずば抜けて多く、また魔力の操作にも長けている。
歳十五の少女にして、将来は宮廷魔術師になるであろうと嘱望されるこの若き天才魔術師。
中級魔術しか使えないとはいえ、彼女の複合魔術は上級魔術に優るとも劣らない威力を持っている。将来、上級魔術を使いこなせるようになれば、複合魔術で超級魔術の威力を発揮できるのではないかと言われているくらいだ。
岩を受け流しながら、俺は彼女へ向かって真っ直ぐ走る。
強力な魔術を使おうとも、間合いを詰めてしまえばその威力は発揮できない。
と、彼女まであと数メートルという所にまで来て、俺は足を止めざるを得なくなった。
「――!」
他の«岩石砲»に混じって、正面から一撃だけ凄まじい速度で«岩石砲»が飛んできたからだ。
ギュルギュルと激しく回転し、纏っている風の魔力も凄まじい。
他の«岩石砲»と混ざっているため、見た目だけでは気付きにくい。他のと同じ対応をしようとしていたら、その時点で吹っ飛んでアウトだっただろう。
「――らァ!!」
木刀と«岩石砲»が接触し、激しく耳障りな音を立てる。
今までとは違う、木刀を弾かんばかりの振動が柄を通して伝わってきた。
だが。
「なっ!」
刃を傾け、«岩石砲»の軌道を僅かに逸らす。たったそれだけで俺は«岩石砲»の軌道から外れた。
エステラが目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。だがすぐに顔から驚きの表情を消し、余裕の笑みを浮かべる。
「なるほど! 噂に優る実力です! 今の一撃を対応されるとは思っていませんでした! ですが!」
興奮に息を荒げるエステラが、バッと魔力を纏った両手を広げる。
その時になって、俺は自分の周りに無数の«岩石砲»が浮遊している事に気が付いた。
風の魔術によって宙に浮かぶ岩は俺に逃げ場が無い様に囲んでいる。
「―――これで終わりです!」
周囲の«岩石砲»が全く同時に、弾かれた様に俺に飛来した。
―
―
ある程度の武の心得があれば、相手と相対するだけである程度はその力量を読み取る事が出来る。
ウルグと相対したエステラの感想は、『隙がない』だった。
絶心流の剣士の様に攻撃的な構えをしていながら、彼には全くの隙が無い。正面から魔術を打ち込んでも、とても彼に当てる事は出来ないと悟った。
だからこそ、«岩石砲»を連発してウルグの意識を逸し、その中で少しずつ包囲網を作り上げていった。
あの受け流し方からして、ウルグは『流心流』か『理真流』の剣士だろうが、流石に全方位からの同時攻撃までは対処し切れまい。
エステラはそう踏んでいた。
「――っぃ!?」
勝利を確信したエステラの背中に、ゾクリと寒気が走った。
«岩石砲»が起こした土煙の中から、真っ直ぐこちらへ鋭い剣気が届いているのを感じる。
『相手を絶対に斬ってやる』という、強い意志が起こす殺気にも似た気迫。
「……魔術師相手に、また油断してたな」
土煙が収まり、黒い少年が姿を現した。
あれだけの魔術を対処されたという事実に、エステラは目を見開く。
額からぽたぽたと血を流しているものの、ウルグの目からはまだ闘志が失せていない。それどころか、今まで出ていなかった剣気をたぎらせているほどだ。
「……やっぱり、温くなってる。ここまで追い詰められなきゃ、調子が出ないなんて、ちょっとヤバイかもしれないな」
ウルグは小さく独白しながら額の血を擦り、エステラへと木刀の鋒を向けた。悪かった目付きが、斬るような鋭い視線を放つ様になる。腰を落として姿勢を低くし、纏う魔力が急激に高まる。
――来るッ!
エステラがそう感じた瞬間、ウルグは既に目の前にまで迫っていた。
全身から汗が噴き出る。
悲鳴のような息を漏らしながら、エステラは右手で«岩石砲»を放ち、左手で«旋風»を発動して後方へ自身の体を吹き飛ばす。
黒い瞳が鋭い光を放ち、漆黒の軌跡を残していると錯覚する程の速度で迫ってくる。
連続で«岩石砲»を放つが、ウルグの手元が残像を残しながら動き、全てが粉々に砕け散っていく。
「――くぅッ!!」
振り下ろされた木刀がエステラの紫色の髪を掠る。
魔術師の弱点は接近戦に弱いことだ。
エステラはそれを自覚し、拳闘士から接近された時に再び距離を取れるように指導を受けている。
使い慣れた«岩石砲»を連射しながら、風の魔術でブーストを掛け、拳闘士の使用するステップを踏みながら«結界»の中を駆け回る。
至近距離から秒間に十を越える«岩石砲»を撃っているというのに、ウルグはそれら全てを斬り落としていく。
彼の手は常に煙の様にぶれ、太刀筋がまるで読めない。
――まさに剣を握った黒い鬼って感じですねっ!
どれだけ逃げ回ろうともウルグを引き離せないと悟ったエステラは使用する魔術を即座に変更した。
右手で土を創り出し、左手でそれを巻き上げてウルグに叩き付ける。
「ッ」
エステラが土の風を生み出した瞬間に、ウルグは右斜に跳び、それを回避する。回避先を狙って地面から岩の壁を突き上げ、ウルグが更にそれを回避しようと体勢を崩した。
その僅かな隙を突いて、エステラは勝負に出た。
このままでは再び接近されて終わりだ。ならば、ここで最大の一撃を放って一気に蹴りをつけるっ!
「――«風撃»!!」
右手で今までで最大の威力を誇る«岩石砲»を創り出し、左手でその威力を上昇させる為の中級魔術を使用する。
人の頭ほどの«岩石砲»が空中で激しく回転し、荒れ狂う竜巻を纏う。ギュルギュルと目まぐるしく回転するそれはエステラが誇る複合魔術の中でも最大の威力を持っている。
中級魔術と中級魔術の単純な組み合わせだが、単純で使い慣れているからこそ、最大の威力を発揮できるのだ。
「――撃ち抜けっ!!」
エステラの叫びと共に、«岩石砲»が発射される。
それは«結界»を軋ませる程の風を撒き散らし、使用者のエステラですら目で追えない程の速度を持っている。
壁を回避してようやく体勢を整えたウルグだが、もうこの«岩石砲»を回避する余裕は無いだろう。
エステラは一人では戦闘できないような、後衛支援型の魔術師とは違う。一人でも戦えるように使いやすい魔術を完全にコントロール出来るように修行を重ねていた。
『上級魔術』という枠や、魔術の規模に囚われた魔術師の物とは比べ物にならない程の実用性を持つ、複合魔術。
今、エステラが放った«岩石砲»はそこいらの魔術師が使う生半可な上級魔術すらも撃ち抜く、上級魔術に優る程の威力を持っていた。
Bランク魔物の《翼竜》に命中すればそれを一撃で肉塊へ変え、龍種に当っても大きなダメージを与えられる。
ここは常に上級の治癒魔術が発動しているから、ウルグに当っても死ぬことはないだろう。
「――――」
«岩石砲»が向かう先のウルグが、腰を低くして剣を構えている。
だが、無駄だ。
流心流だろうと、理真流だろうと、これ程の威力の魔術は受け流せない。
――勝ったっ!
エステラがそう確信した、次の瞬間だった。
風が吹いた。
そして、«岩石砲»が真っ二つに両断され、ウルグの後ろの«結界»にぶつかって砕け散っていた。
「――絶心流«風切剣»」
木刀を振り下ろした体勢のウルグが、呟くように技の名前を口にした。
絶心流奥義«絶剣»の元の型になったと言われる、三段以上の絶心流剣士が使用する『最速の風属性魔術すらも斬る』剣技。
「ふ、ふぇ……」
最大の魔術を両断されたエステラは、気の抜けた声を出してペタンと地面に座り込み、自分の敗北を認めた。
―
―
やはり、俺は魔術師との戦闘に関してまだまだ未熟だ。そして、技術は上がっていても、気迫といった部分で前よりも劣ってきている。
エステラと戦って、その事を強く実感した。
ちょっと気合い入れないとな……。
«結界»から外へ出る時、人狼種の少年とすれ違った。
ジロリと視線を向けられたが、特に何かを言われることはなかった。
「やっぱぁーつえーよなぁーおまえはー」
帰ってくると、レックスが脱力しきってふにゃふにゃになっていた。
ベルスに負けたのが余程ショックだったらしい。
どう反応すべきか悩んでいると、周囲の生徒達からどよめきが上がった。
振り返ると、対戦相手を昏倒させた人狼種の少年がつまらなさそうな顔をしている所だった。
勝負が始まって、一瞬で勝負を終わらせたらしい。
これで、今ブロックに残っているのは俺とあの人狼種の少年だけとなった。
今からすぐに、あの少年と戦わないといけない。
「連戦だろうけど、がんばれー」
「あぁ」
レックスのふにゃっとした応援を背に、俺は再び«結界»の中へ足を踏み入れた。
人狼種の少年が、相対した俺へ視線を向けてくる。
短くツンツンと尖った灰色の髪を手で掻きながら、獲物を睨むような金色の瞳でこちらを睨んでいる。口からは鋭い八重歯が覗いており、赤い舌が口端を舐める。褐色の肌に白いシャツとワインレッドのズボンを身に付けた、どちらかというと小柄な少年。そしてその頭には髪と同じ灰色の二つの耳がチョコンと生えていた。
「よォォ、黒髪」
教師が次の勝負の準備をしている間に、その人狼種の少年が話掛けてきた。
それは荒々しい口調でありながら、想像していたよりも高い声だ。いかつい顔をしているが、案外歳は離れていないのかもしれない。
「結構前から、おめェには目を付けてたんだぜ。あのいけすかねェ、貴族の一人を一撃で地面に沈めてやがったからなァァ。くはは、あん時は胸がすく思いだったぜ」
「……そりゃあ、どうも」
「つれねぇ反応だな。俺ァお前と一緒につるんでる、あの影女の同族だぜ? そんなに警戒しないで、もうちっと優しくしてくれてもバチは当たんねえんじゃねェェか?」
ヤシロの嗅覚や聴覚から、ある程度は予想していたが、やはりこの少年には気付かれていたか。
接触して来なかったから安心していたが……。
「人狼種ってだけで、どいつもこいつもうざってったらありゃしねェェ。そんな中で、人狼種の女とつるんでる。それに加えて強ェと来た。さっきも言ったが、おめェには結構前から目を付けてたんだ」
荒々しく、独特な口調で予想外に饒舌に話しかけて来る少年。
彼が口を回している間に、準備を終えた教師が勝負の開始を宣言する。
「まずはおめェがどんだけんのタマか、剣を交えて試すとしようぜェェ」
そう言って少年は、手にしていた木刀を肩に担いだ。
金色の瞳を細め、鋭い牙を剥き出しにしてニヤリと笑うと、
「行くぜ、黒髪ィィ。脳裏に刻み込んどけ。世界最強の天才たる俺はァ!! ヴォルフガング・ロボバレット様だァァ!!」
名乗りの直後、想像を絶する速度で獣が突っ込んできた。




