第五話 『獅子の実力』
賢人祭三日目。
賢人という賢そうなワードが入っている割に、最終日は生徒同士で戦い合うトーナメントだ。
毎年、大勢の生徒がこのトーナメントに参加し、学園最強を目指して戦い合っているという。野蛮だという意見も出ているが、多くの生徒はこれを楽しみにしているらしい。
トーナメントの出場条件は二年生以上の学年である事と、あらかじめトーナメントへの参加を申請し、賢人祭前に行われる予選で勝ち抜く事。
レグルスのような成績上位の実力者は半ば強制的に参加が決まるらしい。
今は亡きヴィレムも、トーナメントへ参加するように学園から言われており、予選をすっ飛ばして本戦への出場が決まっていたようだ。
トーナメントは学園にある施設の中でもトップクラスの大きさを誇る闘技場で行われる。
闘技場は«治癒魔術»や«結界魔術»など極力安全に戦えるような設備が揃っており、観客席もかなりの大人数が座るようになっている。
更には貴族のお偉いさんや騎士団の人間、上位の冒険者が見に来れるようになっており、トーナメントで活躍した生徒に用心棒や騎士団、パーティへのオファーが来ることもあるらしい。
来賓席を見ると、前に学園に来ていたブレイブの姿もあった。そちらを眺めていると、あちらもチラリと視線を返して来た気がする。
トーナメントは一日掛けて行われる。
席は基本的に自由だ。
俺とヤシロとレックスは固まって座り、トーナメントを観戦している。テレスとも一緒に観たかったが、流石に無理だった。
「やっぱ上級生は強いなぁ……」
観客席の下で行われている苛烈な戦いを見下ろしながら、レックスが圧倒されたように呟く。
闘技場の中央では二人の剣士が切り結んでいた。一人は絶心流の剣士で、もう一人は流心流の剣士のようだ。
一人が激しく斬り掛かり、もう片方がそれを受け流している。
「あっちの人、凄い攻めてるな。もう片方は防御ばっかだし、このまま押し切られちまうんじゃないか?」
「いいえ。恐らくこの戦いは流心流剣士の方が勝つと思います。防戦一方に見えますが、あの人にはまるで隙が無いですからね。どれだけ攻めても防御は崩せないでしょう。多分」
少しドヤ顔でレックスに解説するヤシロだが、最後に多分と付ける辺りちょっと不安らしい。
幸いにもヤシロの予想は当たり、絶心流剣士の体力が尽きて隙が出来た所に、流心流剣士がカウンターを放って仕留めた。
勝敗が付き、観客席から歓声が上がる。
「ひゅぅ、流石ヤシロちゃん。因みに今勝った剣士とウルグ、どっちが強い?」
「ウルグ様の方が強いですね。これは絶対です」
そんなヤシロとレックスのやり取りを尻目に、生徒同士の戦いが次から次へと行われていく。
本戦へ参加するための予選に勝ち抜いて来ている辺り、確かに参加者の実力は高い。最低でもCランク冒険者くらいの実力はあるし、今戦っていた二人の剣士はBランクに迫るくらいの強さだ。
だが、目を瞠るほどの強者は今の所いない。
と、そこで観客達が湧き始めた。
闘技場の中央に現れた一人の青年に全ての観客が釘付けになる。
レグルス・アークハイド。
堂々とした隙のない立ち振る舞いで、観客席に手を振っている。
対戦相手も中央にやって来たが、完全にレグルスの空気に飲まれてしまっていた。
勝負が開始され、相手が炎の魔術を唱えてレグルスに攻撃を仕掛ける。
レグルスは慌てる素振りも見せず剣を上段に持ち上げて振り下ろす。その瞬間、刃から雷の斬撃が放たれ、相手の魔術を両断した。
斬撃はそれで止まらずに魔術師を吹き飛ばした。
「一撃かよ……」
レックスの呟き通り、たったの一撃で魔術師を倒してしまった。
けして相手が弱かったというわけではない。
レグルスの一撃が圧倒的過ぎたのだ。
その後、トーナメントは続いて行き、レグルスは順調に勝ち上がっていく。
舌を巻きたくなるような実力者も多くいたが、やはりその中でレグルスの実力は際立って見えた。
雷属性の魔術を利用した魔術剣士。幼少の頃から《剣聖》から剣と魔術の指導を受けていたという。
強い強いとは聞いていたが、想像以上だ。
それから昼に一度休憩を挟んでから、再びトーナメントは再開された。
白熱した戦いが続き、レグルスは決勝戦にまで勝ち上がる。
決勝戦、最初に闘技場に出てきたのは鎧を着た緑髪の女性だ。
立ち振舞からして、あの女性の強さが伝わってくる。
全身から立ち上る気迫は観客席にまで届く程だ。腰に差してある剣と、軸のぶれない歩き方からして、凄腕の剣士なのだろうという事が分かる。
これまでの戦いでも、圧倒的な実力を見せていた。レグルスにばかり目が行きがちだが、相当な実力者だ。
「やっぱウィーネ先輩か」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、レグルス先輩に並ぶ優勝候補者だぜ。俺達の二個上の先輩だ。既に騎士団からスカウトが来てて、学園を卒業したら騎士団に入る事が決まってるんだ。凄腕の流心流剣士だって聞くぜ」
どうやら有名な人らしい。
レックスからの説明を受けている内に、ウィーネの対戦相手が出てきた。
反対側の入口から、堂々と中央へ歩いてくる。
「――――」
ここまでで圧倒的な実力を見せつけてきた男。
レグルスが出てきた瞬間、場の空気が変わった。
ピリピリと肌を刺すような威圧感が闘技場中に広がっていく。
観客席が一瞬静まり返り、次いで先程のウィーネを越えるほどの歓声が上がった。
レグルスに対してウィーネが何かを言って苦笑した後、お互いに向き合って剣を構えた。
どちらも隙の無い立ち振舞だ。
審判が開始の合図をすると同時に、両者が動き出す。
レグルスが上段から剣を振り下ろすと、バチバチと弾ける音を立てて黄色い雷が迸った。
ウィーネが水属性魔術を使用し、剣に水流を纏わせる。
迫る電撃を水流で受け流したかと思うと、雷を内包した水流をレグルスに放った。流心流のカウンター技だ。
だが、レグルスは身動ぎ一つしない。迫る水流に対して一閃。たったそれだけで水流が二つに割れた。
ここまでは小手調べの段階だ。
全ての観客達が二人の戦いに釘付けになる。
闘技場を埋め尽くすような雷の奔流と、川の如き激しい水流がぶつかり合う。上級魔術クラスの威力はあるであろう二つの激突が観客席を覆う結界にぶつかり、観客達が悲鳴を上げた。
二つの魔術がぶつかり合うと同時に、二人も動いていた。
地面を蹴り、雷の中を進むレグルスとそれに対応しようと身構えるウィーネ。
両者がぶつかり合い、衝撃が闘技場の床にヒビを入れる。
刃が交わる度に結界が軋む。
雷属性魔術と剣技を合わせた我流の剣術で攻めるレグルス。
水属性魔術を使いながら、流心流の技でカウンターを狙うウィーネ。
レグルスの一撃をウィーネが跳ね返し、彼を闘技場の端まで吹き飛ばす。
戦いは伯仲していた。
だが、ウィーネが苦しそうな表情をしているのに対し、レグルスの顔には微笑みが浮かんでいる。レグルスはまだ、余力を残している。
レグルスは闘技場を走り回っているというのに息切れすらしていない。どれ程の体力があるのだろうか。
このまま持久戦になれば、レグルスの方が有利だな。
「!」
闘技場の端にいたレグルスの体からバチィと雷が爆ぜ、次の瞬間ウィーネの体が吹き飛んだ。
ウィーネが空中で魔術を使って体勢を立て直す。
レグルスの一撃に会場が湧いた。
「……ヤシロ、見えたか?」
「何とか……。レグルス先輩に魔力が集まった直後に瞬間移動みたいに女の人に近付いて、斬り飛ばしてました」
ヤシロの言った通り、魔術がぶつかり合うと同時にレグルスの体に凄まじい魔力が集中したかと思うと、次の瞬間にはウィーネの間合いに入っていた。
防御の姿勢を取っていたのにもかかわらず、ウィーネは受け流せずに弾き飛ばされたのだ。
「《剣聖》の使う技に«雷の太刀»って技があるらしい。雷属性の魔術で瞬間的に速度を上げ、空から落ちる雷の如き速度で敵を斬り付ける……。恐らく今のはそれだろうな」
「«魔力武装»で集中して見てたけど、一瞬しかレグルス先輩の姿を追えなかったぜ……。二人は今の一撃に対応出来たか?」
感嘆の声を上げるレックスの問に、俺は答え倦ねる。
傍から見ていたから動きを目で追えたものの、正面であれをやられたら対応出来たかは分からない。
不完全とはいえ、あの一撃に耐えられたウィーネの防御力の高さが伺える。
「«雷の太刀»をレグルス先輩が使えると知っていたら、何とか対処出来るかもしれない。予備知識無しなら無理だ」
「私はギリギリで回避くらいは出来そうです」
「……こうして見ると、やっぱ二人共凄えんだな……。俺なんて多分何が起きたかも分からず負けちまいそうだぜ……」
«雷の太刀»でダメージを負ったのか、ウィーネの動きがやや精彩を欠いた。
そこへレグルスが容赦なく攻撃を仕掛ける。
レグルスの動きは直線的に見えて、何度もフェイントを織り交ぜて相手を撹乱しながら戦っている。
そして要所要所で小細工抜きの一撃を叩き込み、確実に相手を追い詰めていた。
剣の基本を突き詰め、応用も使いこなし、圧倒的な魔力を有した剣士。
単純だが、それ故に突き抜けていて、付け入る隙が無い。
ウィーネがカウンターを叩き込むが、レグルスは軽くそれをいなす。
一手一手でレグルスはウィーネを越えて、追い詰めていく。
そして二度目の«雷の太刀»で、ウィーネは結界にまで吹き飛ばされ、勝敗が決した。
「――――!!」
勝敗が決した事を理解した観客達から、ワンテンポ空いた後に歓声が上がる。降り注ぐような歓声の中で、レグルスはにっこりと微笑んで手を振っている。
あの様子だと、«雷の太刀»以外にもまだ何か技を持っていそうだ。
「…………」
«剣聖»の息子。
レグルス・アークハイド。
化け物のような強さだ。
この戦いを見れば言える。
今の俺ではレグルスに勝てない。
アレを使いこなせれば、話は変わるのだろうが。
«剣聖»になるには、あのレベルの実力者を倒さなければならない。
最強への道はまだ、遥か遠い。
―
その後、校長先生や来賓からの話を聞いてトーナメントは終了した。優勝者と準優勝者には賞金が出るらしい。
また今年も何人かの生徒にオファーが出たようだ。
「何かボーっとしちゃうな」
闘技場から離れた俺達はブラブラと外を歩いていた。
力のない口調のレックスの言葉通り、先程から俺達の間に殆ど言葉はない。
レグルスの圧倒的な実力に魅せられてしまっているのだ。
今までも何人か超越した実力者を見てきたが、思えば離れた所からその戦いぶりを見たことは無かった。シスイが戦っている所を見ても、多分こんな感じになるんだろうな。
「まぁ、明日からはレグルス先輩の«雷の太刀»を防げるようになるくらいの気合いで修行するっきゃねえな」
「あぁ……」
今の自分では勝てないような実力者。
まざまざと実力差を見せ付けられた時、いつも俺はどんな感情を抱いていただろうか。
自分の弱さへの怒り、焦燥感。
相手の強さへの嫉妬。
レグルスの戦いを見た俺の中には、確かにそれらの感情はある。
だが以前よりそれは遠くて、薄かった。
原因は分かっている。
「そういえば、もうちょいしたら長期休みに入るよな。二人共何か予定はあるのか? 俺はちょっと母さんの様子見てくるくらいしか無いんだけどよ」
「……二人っていうか、まあ俺は家族の墓参りに行ってくるつもりだよ」
「墓参り……というと、ウルグ様のお姉様のですか?」
昨日、テレスと約束したからな。
セシルの墓参りに行くって。
「そうだな。取り敢えず姉様の墓参りをしに村に一瞬だけ帰る予定」
「でしたら、私もご一緒します。ウルグ様のお姉様には一度ご挨拶したいですし」
「墓参り……か。ウルグ、俺も着いて行って良いか?」
ヤシロが着いて来るというのは想定していたが、レックスもそう言うとは思わなかった。墓参りなんて、別に楽しい物ではないだろうに。
「俺もヤシロちゃんと同じだよ。ウルグの姉さんってんなら、一度挨拶しておかなきゃなんねぇだろ?」
「……そうか。じゃあレックスの父さんにも今度挨拶しに行くよ」
「そうですね。私も行きます」」
「おぉ、ウルグはとにかく、ヤシロちゃんが来てくれたら父さん喜ぶと思うぜ。あの人、若い女の子大好きだったからな。それでよく、母さんにどやされてた」
そんなやり取りをして、長期休暇の予定を決めていく。
取り敢えずはセシルとレックスの父さんの墓参りだ。
友達と夏休みや冬休みの予定を立てるっていうのは、こんな感じなんだな。
ありふれた出来事かもしれないが、俺に取っては初めの事だ。
―
感情が薄くなった原因は分かってる。
それは俺の剣から苛烈さが無くなった原因と同じだ。
だけど俺は思ってしまう。
それもいいんじゃないかって。
求めていた物が手に入ったから、少し気を緩めても良いんじゃないかって。
違ったんだ。
求めていた物が手に入ったからこそ、気を緩めるべきでは無かったんだ。
今まで以上に剣を握って、必死に振るべきだったんだ。
そう理解した後には既に遅かった。
取り返しの付かない事だってある。
間に合わなかった。気付けなかった。手が届かなかった。
もし、と思わざるをえない。
必死になっていたら、何か変わっていたのだろうか。
もしかしたら何も変わらなかったかもしれない。
結局、失っていたのかもしれない。
それでも、それでも。
この時、剣への、最強への情熱を薄れさせずに剣を振れていたら。
悔やんでも悔やみきれない。