第四話 『学園祭デート』
賢人祭。
それは毎年ウルキアス魔術学園で三日間に渡って行われる行事の一つだ。
一日目と二日目は学園が開放され、祭りを見に大勢の人がやってくる。たくさんの屋台や出し物が学園中に出て大盛り上がりだそうだ。生徒は申請を行えば、有志で出し物を出すことが出来るらしい。
三日目は生徒だけで行われ、午後からは闘技場で二年生以上の生徒によるトーナメントが開かれるらしい。
学園の最強を決めるトーナメントは毎年凄い盛り上がりを見せ、来賓として騎士や有名な冒険者などが見に来ているようだ。
学園の設立者である《四英雄》セブルス・セイバーが祭り好きだった為、学園が出来てからずっと続けられている、伝統的な祭りだ。
上っ面だけの上品さを求める貴族の中には祭りを嫌う者もいるらしいが、大昔からある伝統には逆らえず、毎年行われ続けている。
前世での学園祭といえば、学校を開放しない内輪だけの物で、展示物ばかりで酷く退屈な思いをした記憶がある。
友達がいればまた違ったかもしれないが、俺は一人でウロウロしていただけだったからな。
だから俺は、賢人祭にワクワクしていた。
―
賢人祭一日目。
学園の広い敷地内には沢山の屋台が出ている。
朝早くから準備が行われており、寮でも夜が明ける前から大勢の寮生が動いている気配があった。
「傭兵団のせいで中止にならないか不安だったけど、ちゃんと開かれるみてーで安心だ」
「警備の人は例年よりもかなり多く配置されているそうですけどね。ザッと見ても、腕利きの騎士があちこちに散らばってますし」
「剣士とか魔術師の教員とかも、結構巡回しているみたいだな」
学園が一般開放され、色々な人が中に入ってきている。
人が集まればトラブルが起こる危険性は高いし、前の『黒鬼傭兵団』みたいな連中が学園の中に入ってくるかもしれない。
それを防ぐ為、学園全体に警備の目が光らせてあった。
見張っている騎士や教員の他にも、私服を着た警備員もいるらしい。意識して学園を歩く人を見てみれば、確かに足運びが普通じゃない者が多くいる。
「テレスちゃんはやっぱ今日無理だったな」
「まぁ、あいつも付き合いがあるだろうし、公爵家の人間でもあるから付き人とかもいるらしいぜ。そんなに付き合わせたら迷惑が掛かるさ」
「……流石ウルグ様お気遣いが出来ますねー」
ちょっとヤシロが刺々しい。
頬を膨らませて横目で見てくる。
指で突いたら「むぴゃ」と変な声を上げた。
「まぁまぁ、せっかくの祭りなんだ。美味しいもんも沢山出てるだろうし、無くなっちまわない内に行こうぜ。依頼でたんまり稼いだから、思う存分食い尽くしてやるぜ」
「一日目は料理系の屋台多めで、二日目はアクティブな出し物が多いそうですね。運動神経を試したりするのもあるそうです」
はぐれないようにまとまりながら学園の中を歩く。
生徒や一般人が入り乱れており、中々前に進めない。人混みの間をぶつからないように素早く駆け抜けたりしてみたが、レックスが置き去りになってしまったので普通に移動する事にした。
「お、揚げ物屋だってさ。変わった味があるぜ」
「お肉、私はお肉を頂きます」
屋台の料金は少々高めだが、まぁ気分を楽しむ物だと思って割り切ろう。
レックスはイカの揚げ物を、俺とヤシロは唐揚げを買った。
色々な味付けを試す事ができ、ヤシロは塩を、俺は蜂蜜を掛けた。
前世でチョコソース掛けの唐揚げを食べたが、中々美味しかったからな。変わった味を試すのも悪くない。
「うへぇ、お前蜂蜜ってどうよ」
紙の器に小さな唐揚げが沢山入っており、その上に琥珀色の蜂蜜が掛かっている。爪楊枝で刺して食べてみると、口の中にジュワリと肉汁と蜂蜜の甘さが広がる。
ヤシロははふはふと息を吐きながら、幸せそうに塩味の唐揚げを食べていた。微笑ましい。
「これ、意外と蜂蜜合うぞ。変わった味だけど不味くない」
「む。ウルグ様、私の唐揚げを一つあげます。あーん」
蜂蜜掛けの唐揚げの感想を言うと、ヤシロが目を輝かせ、自分の唐揚げをあーんしてくる。俺のがひとつ欲しいという事だろう。
ありがたくヤシロのを頂いておく。スタンダードな塩味はやはり美味しい。
お返しに俺の唐揚げもあーんしてやる。
「あむあむ……。おいひいでふ」
「ちぃ、イチャイチャしやがって。おらウルグ、俺にもあーん」
「えぇ……」
「おら、あーん」
レックスに迫られ、仕方なく口に唐揚げを突っ込む。
やっぱこれ、同性にやるもんじゃねえ。
「おぅ、結構うめぇな」
「お前のイカをくれよ」
レックスのイカに視線を向けて言うと、「同性にあーんなんてするもんじゃねえ」と断られた。
この野郎……。
その後、焼き果物とかステーキ串だとか色々な料理を食べて回った。
栄養的にはあまり良くないかもしれないが、こういう日くらいは良いだろう。
ジャンクな食べ物もたまには悪くない。
「黒髪……魔神の……」
「黒鬼傭兵団……あの男と……繋がって……」
「ヴィレム様……人殺し……」
歩いていると時折、ヒソヒソとそんな事を言われるがオールスルーだ。
魔神と同じ髪? 逆に誇らしいね。魔神って響き格好良いし。
そんな感じでレックスとヤシロと学園祭をエンジョイしていると、途中でベルスと取り巻き達に会った。
以前、模擬戦で打ち倒した貴族だ。会う度に嫌味を言われていたが、あれ以来絡まれなくなった。
『黒鬼傭兵団』とかベルスの差し金だと思っていたが、こいつはノータッチだったらしい。
「平民、道を開けろ。ベルス様が通る」
取り巻きの一人が相変わらずの偉そうな口調でそう言ってくる。
こうしてこいつらに絡まれるのも久しぶりだな。
面倒だからどいてやろうかと考えていると、
「……やめろ」
意外な事にベルスが取り巻き達を止めた。
こいつ自ら何かを言ってくるのかと少し構えると、
「……『黒鬼傭兵団』を撃退したというのは本当か?」
開いた口から悪口は飛んでこず、普通に質問してきた。
今まではまるで会話にならなかったから、こうして話し掛けられると違和感を覚えるな。
「まぁ……一応」
「……そうか」
それだけ言うと、ベルスは進行方向を変えて歩いて行ってしまった。取り巻き達が慌ててベルスを追い掛ける。
「何か悪い物でも食べたのでしょうか……」
「普通に会話が成立すると、逆に気持ち悪いな……」
散々な言い様だが、確かにちょっと気持ち悪い。
あの変わり様はどういう事なのだろう。
分からないな。
ベルスの様子に違和感を覚えたが、特に悩む程のことでも無かったので忘れて、また学園祭を回った。
途中でヤシロに「俺達と一緒に回らないか」と声を掛けてきた男がいたが、ことごとく断られ、すごすごと帰っていった。
レックスから聞いていたが、ヤシロに人気があるという事を再確認させられたな。
その後特に問題はなく、賢人祭一日目は終了した。
―
賢人祭二日目。
今日は一日目程屋台は出ておらず、その代わりに魔術師や剣士が腕試しをするようなアトラクション的な物が増えている。
魔術で的を狙うゲームだとか、飛んでくる球を剣で斬るゲームだとか色々あるな。結果次第で景品が貰える出し物があるが、結構気合が入っていると聞いた。
剣を使うアトラクションには行ってみたいな。
朝、俺は一人でテレスとの待ち合わせ場所へ向かっていた。
ヤシロとレックスとは少し話してから別れている。
レックスは講義での知り合いと回るらしい。
ニヤニヤと笑いながら「楽しめよ」と言ってきた事から、やはりテレスと俺を二人きりにしたのはわざとだろう。
なんてやつだ。
ヤシロとは男子寮と女子寮の別れ道の所で会った。
彼女の隣には栗色の髪を持つ、可愛らしいワンピースを着た小柄な女の子がいた。歳はヤシロと同じくらいだろうか。
この子の話は前から聞いている。
名前は確かミーナだったか。
「おはようございます。今日はその、一緒に回れなくてすいません」
「いやいいよ。その子と一緒に楽しんできてくれ」
ミーナはヤシロの後ろに隠れ、俺に怯えた視線を向けてきている。
やはり、黒髪は怖いだろうか。
それでも一応、声は掛けておいた方が良いだろう。
「えと、ミーナさん、だよな。俺はウルグって言います。ヤシロと仲良くしてくれてありがとう。これからもこいつと仲良くしてくれると嬉しい」
「……」
ミーナはヤシロの後ろから出てきて、少し不思議そうな顔をした。
何か驚くような事を言ったか?
「……噂と違う。怖い人って聞いていたし、外見も怖いけど、声とか目とか優しい」
「そ、そうか?」
「うん。わたし、ミーナ・ミッテルトといいます。よろしくです」
どうやらヤシロの友達からは嫌われなくて済んだらしい。
しばらくミーナにヤシロを頼むようにお願いしていると、ヤシロにぐいっと服の裾を引っ張られた。
「ん? どうした?」
「今日、テレスさんと二人きりなんですよね」
「そうだけど……」
「その……変な事はしないでくださいね」
「変ってなんだよ」
「変は変です! ……お願い、します」
要領を得ないヤシロの言葉だが、何故か必死さだけは伝わってきた。
何かを心配してるらしい。
「大丈夫だよ」
ヤシロの頭にぽんと手を置き、落ち着かせる口調でそう言った。
相変わらず、頭を撫でるしか出来ない俺だ。
「ヤシロが心配するような事はしないから。お前はミーナさんと楽しんでこい。明日はまた一緒に行動しよう。な?」
「……はぁい」
これでヤシロは安心したらしく、落ち着いてくれた。
それからヤシロにもう一度楽しんでくるように言って、二人と別れた。
ヤシロ達と別れてから、俺は待ち合わせ場所である自由訓練場の前に来ていた。
ここも出し物に使われるから人通りはそれなりにあるが、分からない程ではないだろう。
そうしてしばらく待っていると、道を行く人々の視線がある一点に向けられている事に気付く。何か出し物であるのかとそちらに視線を向けて、
「――――」
俺は息を呑んだ。
視線の先にあったのは金髪の美少女の姿だ。
いつもの軍服を連想させるような執務服とは違う、女性らしさが全面に押し出されている柔らかな服装。慣れていないからか、彼女は周囲からの視線に頬を朱に染めている。
「――待った、か?」
そんな台詞に対して俺は、
「い、や。……今来た所だ」
―
「……こうしてウルグと二人きりで歩くのはこれが初めてだな」
「……まぁ、普段はヤシロ達もいるからな」
気心がしれた相手だというのに、何故か二人で歩くと緊張する。
テレスの声色からも緊張の色が見えて、余計に。
ブラブラと目標もなく学園を歩く。
普段よりも向けられる視線の数が多い。
これは多分、気のせいではないだろう。普段なら主に俺に視線が向けられているが、今日はテレスに集中しているように思える。
同時に俺に対して向けられる殺意の視線の量が普段よりも多い。これも多分気のせいじゃないんだろうな。
「なぁ、ウルグ」
人が多く、前に進めずに止まっている時だ。
俺の名前を呼びながら、ぽんとテレスが肩に手を置いてくる。
「この先に飛んでくる魔術をどれだけ剣で斬れるかを競うという出し物があるのだが、行ってみないか?」
そう言いながら、テレスは俺の肩を揉むように触る。
徐々に揉む位置を変えていき、やがてテレスの手は俺の二頭筋や、腹筋などに移動してくる。
「……テレス?」
「…………」
若干息を荒くしたテレスが俺の体をわさわさと弄っている。
目付きが怖い。
声を掛けても返事はなく、しばらく無言で弄られた。
「よし、ウルグ、先に進むぞ」
そうして満足したのか、テレスが手を離す。
彼女の様子に驚いていると、「ほら行くぞ」とソフトな感じで尻を叩かれる。
それで気付いた。
「テレス……筋肉の具合を確かめるな」
「な、なんの事だ」
レックスがあんな事を言うから、テレスまで真似をし始めた。
あの野郎。なんてことだ。
ジトッとテレスを見つめていると、
「むぅ。レックスとヤシロは触ったのだろう? なら、私にだって触らせてくれてもいいではないか。……それとも私に触られるのは嫌か?」
唇を尖らせ、テレスが拗ねたような表情を浮かべる。
テレスの見せる女の子らしい表情に少しだけドキッとさせられた。
「嫌じゃ、ないよ。……く、もうほら、周囲から見られてるんだから先行くぞ!」
「……ふふ」
それから目的の出し物を目指しながら適当に屋台に立ち寄って、興味の唆られた物を買っていく。昨日は脂っぽい物を多く買ったので、今日は焼き果物などの甘めの物を買うことにした。
「……ほら、テレス」
こういう場合、一応男側が奢る物だという知識くらいはある。
テレスが俺と同じ焼きタルトンの実を買おうと財布を取り出したので、それを遮って俺が金を出した。
慣れない行為に頬が熱い。
俺の行為にテレスは一瞬驚いた表情を浮かべ、それから凛々しい表情をふにゃりと崩し、「ありがとう」と礼を言いながら焼きタルトンを受け取った。
「ふふ、美味しいな」
「あ、あぁ」
鼻歌でも歌い出しそうなくらいににテレスは上機嫌になり、軽い足取りで目的地のある自由訓練場へ歩く。
人混みの中でも人をスッと避けて進むのは流石だ。
「…………」
周囲を歩く人達の視線が、通りすがるテレスに向けられる。
ふわりと舞う金髪は眩しくて綺麗だ。人混みの中でもよく目立つ。
上機嫌なテレスと、まだちょっと緊張している俺。そこまで多くの会話はないが、間に流れる無言の時間がどこか心地良い。一緒に歩いているというだけで楽しい気分になる。
「テレスティアさん!」
そうして歩いていると、前から歩いてきたグループから声を掛けられた。
身なりからして貴族だろう。和気あいあいとした雰囲気の、男女混合の六人グループだ。
貴族でも純粋にこの賢人祭を楽しんでいる者もいるらしいな。
「もしよろしければ、僕達と一緒に回りませんか?」
どうやらステップを踏みながらテレスが先を歩いていたから、俺の存在に気が付いていないらしい。
追い付いてテレスの隣に並ぶと、貴族達がギョッとした表情を浮かべた。
「誘ってくれてありがとう。折角の誘いだが、一緒に回っている人がいるから、今回は遠慮させて貰うよ」
テレスが誘いを断ると、彼らは残念そうな表情を浮かべた。次いで俺の方へあまり良いとは言えない雰囲気の視線を向けてくる。
それに気付いたからか、テレスは俺の腕を掴んで自分に引き寄せると、彼らに紹介し始めた。
「友人のウルグだ。色々な流派の剣術を使える、Bランク冒険者だぞ」
テレスがそう言うと、彼らは驚きの表情を浮かべる。
Bランクといえば、腕利きの冒険者としてみられるから、その部分に驚いているのだろうか。
「それに私の剣の師匠でもある。黒髪黒目のせいで変な目で見られる事が多いが、とても良い奴だ。よろしく頼む」
「……ウルグです」
テレスがそう紹介すると、貴族達は躊躇いがちに頭を下げてきた。
微妙な視線を向けられた後、彼らはテレスに挨拶して去っていく。
ベルスのような平民というだけで見下す感じの悪い貴族では無さそうだな。テレスとの接し方も、純粋に慕っているような雰囲気がした。
「いつから俺はテレスの剣の師匠になったんだ?」
「森で私に剣を教えてくれただろう? あの時から、私の中では剣の師匠といえばウルグなのだ。……私の剣嫌いが治ったのも、ウルグのお陰だ」
「そういえば、最初に『私は剣が嫌いだ!』って宣言してたもんな」
「あぁ。あの時は剣を見るのも嫌だった。だけどウルグが剣を振る姿を見ているとなんだか自分も振りたくなってきてな。教え方も上手だったし、何よりウルグに勝ちたくて夢中だった。……ウルグと出会えたから、今の私があるんだよ」
「それは俺も同じだ。あの時テレスに出会えていたから、今の自分がある。テレスが『他の奴なんて気にするな』って言ってくれたから、俺はここまでやってこれたんだ」
「しょ、正面からそう言われるとむず痒い……」
「……俺もだよ」
そんなやり取りをしている内に、俺達は自由訓練場にまでやって来た。
それなりに人が集まっていて、中から歓声も聞こえる。
中を覗いて見てると、木刀を持った人が飛んでくる風の魔術を斬っていた。どれくらい斬れるかを競い合う出し物らしい。
ゲームに参加せずに見ているだけの人も多く、中に騎士の鎧を付けた人まで混ざっていた。
「む。風は使用禁止か」
参加する人の列に並ぶと、このゲームのルールを説明される。
難易度が選べて、一定数以上をクリアすると景品が貰えるようだ。安全の為、ゲームにはあちらが用意した木刀を使わなければならず、また魔術も«魔力武装»と«魔力付与»以外は使ってはいけない。
「«魔力武装»が使えるなら、良いところまでいけそうだ。テレスに勝てるかもな」
「くっ、無属性魔術は苦手だが、しかしウルグには負けんぞ」
「じゃあどっちが多く斬れるか勝負だな」
「良いだろう」
しばらく待っていると、テレスの番がやってきた。
テレスは最高難易度を選択し、「見ていろ」と言い残して前に出て行った。
テレスが前に出ると、観客達からどよめきがあがる。
こうして見ていると、生徒達からの人気はかなり高いらしい。ヤシロ以上にファンがいそうだ。
それからテレスを複数の魔術師が囲み、開始の合図と共に初級の魔術を放っていく。出し物なだけあって威力は低いが、速度はそれなりだ。
連続して飛んでくる魔術を、«魔力武装»したテレスが斬り落としていく。軸のぶれない綺麗な体捌きだ。
テレスの動きに観客達が歓声を上げる。
こうして傍から見ていると分かるが、どうやらテレスはさっき言っていた通りに無属性魔術はそれ程得意ではないらしい。体を覆う魔力に若干のぎこちなさが出てしまっている。
普段は風の魔術で動きにブーストを掛けているからな。
それでもここまで動けるのは流石としか言いようが無い。
それからしばらくして、テレスが最高記録を突破して終了した。このまま続けさせたらいつまでもやれてしまいそうだから、という他の客への配慮だろう。
ということはこれ、後からやった方が有利だな。
「むぅ……まだできたのに」
テレスもそれに気付いたのか、不服そうな顔をして戻ってきた。
そんな彼女に向かって、観客達が凄い凄いと声を掛けている。人気者だな。
次は俺の番だ。
前に出ても、当然ながらテレスのような歓声は上がらない。
それ所か、悪感情なのが分かる視線が多い。
まあ気にしない。
この出し物は上級生の先輩達が数十人集まって開いている物らしい。
«魔力武装»で全身を覆い、同時に感覚も強く強化しておく。
前世では剣道以外のスポーツ、特に球技はまるで駄目だったが、今の俺は前とは違う。今ならあっちの世界のスポーツでもトップを目指せるほどの能力があるはずだ。
「始めます」
風属性魔術を使える先輩達が俺達を囲み、開始の合図と共に初級の魔術を撃ってくる。
「お」
さっきのテレスの時よりも、魔術の速度が速い。
先輩魔術師達を向けば、若干殺意の篭った視線を向けてきていた。テレスと一緒にいたのが原因だろうか。
まぁでも、この程度の速度ならばそう大したことはない。
木刀で斬り落とし、次々と飛んでくる魔術に対応する。
「――――」
強化した感覚が向かってくる魔術を正確に捉えていく。俺はそこへ向かって鋭く剣を振り下ろすだけだ。
ヴィレムとの戦いで痛い目を見てから、対魔術師用の訓練もしている。『流心流』の授業で教師のスイゲツにレクチャーして貰っているのだ。
魔術師相手には後手に回らず、先手を取った方が良い。流心流だけで行くならば戦法は別になるが、スイゲツは俺に合わせた戦い方を教えてくれた。
ステップを踏むように軽い足取りで、飛んでくる魔術に対して先に先に先手で動く。どんどん速度が上がり、威力も上がってきているが俺には届かない。
«魔力付与»によって威力をました木刀が風を斬る。徐々に体が温まっていき、動きが良くなってくるのを感じる。
うん。
やっぱり、剣を振るのは楽しいな。
テレスの記録にあと少しで届きそうになった頃だ。
速度と威力が高くなった魔術が狙いを外れ、俺ではなく外で見ていた観客達の方へ飛んで行く。
魔術の先に居たのは身長の低い女子生徒だ。
観客達が悲鳴を上げ、女子生徒から離れていく。呆けた表情を浮かべ、女子生徒はとても避けられそうにない。
「チッ」
魔術を斬り落として木刀を振りぬいた状態の俺は、即座に柄から手を離して女子生徒に向かって跳んだ。
体は温まっており、体に纏う魔力の量も十分だ。
俺は風属性魔術を追い抜いて女子生徒との間に入り、魔力を纏った手刀を振り下ろした。手と魔術がぶつかって弾ける。当たる瞬間にレジストした為、手にダメージは残らず、魔術は消滅した。
「……ふぅ。初級程度なら素手でも対応できるな」
先輩魔術師達が慌ててこちらに駆け寄ってくる。
観客達は俺達を見て、色々な声を漏らしていた。
テレスは腕に集めていた魔力を霧散させ、微妙な表情でこちらを見ている。
「あー、大丈夫か?」
女子生徒は腰が抜けたのか、ペタンと地面に座り込んでしまっていた。倒れている彼女に手を伸ばすと、「あ、え、あ」と呆けた声を出した後、俺の手を掴んで立ち上がった。
「え、あの……ありがとうございます」
「えと、まあ……大丈夫みたいで良かった」
見知らぬ女の子と正面から話すスキルなど無いので、起き上がらせてすぐに手を離して適当な言葉を掛けて彼女から離れた。
先輩魔術師達が彼女と俺に謝りに来る。
ちょっと張り切りすぎて、魔術の調節を誤ったらしい。
適当に相手をして、自由訓練場から離れた。
あ。
そういえば、テレスの記録に届かなかったな。
―
「成長しても、ウルグはウルグだな」
喧騒から離れた学園の隅にあるベンチに、俺達は腰掛けていた。
時刻はまだ昼を少し回った所だろうか。
買い食いしていたせいでお腹は減っていない。
「あの森で魔物に襲われた時も、ウルグはああして魔物から私を庇ってくれた。お前はヒーローみたいな奴だな」
「ヒーローとかそんなんじゃないよ。反射的に動いただけだからさ」
「……出来れば、私だけのヒーローでいてほしいのだがな」
テレスは少し頬を膨らませ、拗ねたような表情を浮かべている。
昨日のヤシロの如く、指で突く。
「むぁ」と声を漏らしながらもテレスは指に抵抗してきて、空気を吐き出さない。
「なぁ、ウルグ」
「ん?」
「前は確か『ヴィザール』という家名を名乗っていたな。……何かあったのか?」
そういえば、テレスには話してなかったな。
テレスになら、話しても良いだろう。別に隠すような事じゃないしな。
あの家名を捨てるに至った原因を、テレスに話した。
「そうか……。セシルさんが……」
「あの家にはもう、俺の居場所は無かったからな。後悔はしてないよ。こうしてテレスとも再会出来て、ヤシロとレックスにも出会えたしさ」
「ウルグ……」
「今は本当に幸せなんだ。俺と一緒に居てくれてありがとな、テレス」
「……私が好きでやってるだけだ。礼はいらない」
あの家にいる意味はなかった。
俺があそこに居たのは、セシルが居たからだ。
あの人を思い出すと、今でも少し胸が苦しくなる。
「姉様の墓参り、しにいかないといけないな」
成長した俺の姿を見せにいかないと。
テレスやヤシロ、レックスの話もしたいしな。
今の俺を見たらセシルは「うおー! 大きくなったウルグ! 抱きしめさせろ! あぁっ成長したウルグの肉体! エロい!」とかいって叫びそうだな。
「行く予定があるのなら、私も連れて行ってくれ。あの人とは一度会っただけだが、挨拶しておきたいしな」
「ん……。分かった。一緒に来てくれ」
行くとしたら、あともう何ヶ月かしたら来る長期休みだろうか。
あの村に向かうのに、結構かかるしな。流石に走って行く訳にもいかないし、移動手段も用意しなくちゃいけない。
それからしばらく、俺達はベンチで寄り添って話をした。
初めて経験する、一人じゃない学園祭。
夢のように、楽しい時間だった。




