第三話 『日和の剣』
「最もよく知られている無属性魔術が«魔術武装»ですよね。無属性の魔力を体に纏わせ、身体能力を強化させる事が出来るとても使い勝手の良い魔術です」
『魔術学』の教師、ベネット・サンゼルスが教壇に立ち、口で説明しながらその要点を黒板に書き記していく。
私語する者は殆どおらず、教室の中にはベネットの話し声と板書の音だけが響いている。
ヤシロも真面目に板書しており、黒板に書いてある事を彼女なりに分かりやすくした物が書かれていた。
女の子らしい絵で説明しており可愛らしい。
「身体能力の強化と言っても、筋力を上げる以外の事も可能です」
ベネットの説明通り、«魔力武装»は色々な使い方が出来る。
基本的な筋力強化の他にも、魔力で相手の攻撃や魔術をレジストしたり、自身の感覚を強化して周囲の探索を行ったりする事が出来る。
俺は常に軽く«魔術武装»を行った感覚を強化し、周囲の動きを警戒していたりする。といっても、ヤシロの探索能力には及ばないし、遠距離からの魔術攻撃には反応が遅れてしまったりするのだが。
「あまり知られていませんが、無属性には«魔術武装»の他にも幾つかの魔術が存在しています。その殆どが他の属性の魔術に及ばず、あまり役に立たない為に現在は使われていませんが」
今、主に使われている無属性魔術は«魔術武装»と«魔力付与»、そしてその二つとはやや異なる«結界魔術»だ。
この«魔力付与»というのは、武器に魔力を纏わせてその威力を強化する魔術だ。こちらは主に剣士に使われており、それなりに腕の立つ剣士は意識せずに自然と«魔力付与»を行っているらしい。
『鳴哭』の«魔術刻印»の中にある«魔纏»と似ているが、武器に纏わせられる魔力に限りのある«魔力付与»と違い、«魔纏»は魔力をあるだけ注ぎ込む事が可能だ。
最も、あまり多くの魔力を使うと威力を調整できなくなってしまうから気を付けなければならないのだが。
因みにこの«魔力付与»はシスイに流心流を習っている時に自然に使えるようになっていた。使えないと«魔纏»の刻印のない木刀や他の剣を上手く扱えないからな。
この«魔力付与»をもうちょっと上手く活用出来ないか試しているが、今の所は成果なしだ。
«結界魔術»はその名の通り、結界を生み出す魔術だ。魔神を封印したのもこの魔術らしい。最も使える者は殆どいないみたいだが。
「そういえば、かの《四英雄》の一人、カイゼル・コンファットは無属性魔術だけで戦い抜いた剣士と言われていますね。その一撃は山を削り、斬撃を飛ばして空を飛ぶ龍を斬り落としたりしていたそうです。鍛冶屋の家系に生まれ、鍛冶の腕も一流だったと聞きます。彼は魔神戦争の折、『魂別』という自身が打った、生物の魂や魔力を切って分割する事が出来る魔剣を使い、魔神の魂を切り分けて弱体化させたと言われています」
『魂別』は四英雄物語という小説に出てきたから知っている。
魔神封印の直前にカイゼルによって創りだされ、魔神を封印した後は行方不明になっているという。
お宝や魔剣を蒐集している冒険者が、昔からその行方を探している剣の一つだな。
それからベネットは無属性魔術の説明から脱線し、《四英雄》の話をし始めた。彼が授業の本筋を離れた事を言い出すのは、授業の終了時間よりも早く今日の授業内容が終わった時だ。
それからベネットの話が終わると同時に授業の終了時間が来て、『魔術学』は終了となった。
ヤシロのノートをチラリと覗くと、英雄のカイゼルと思わしき人物が魔神っぽい敵に剣を振り回している絵が書かれていた。
どちらもつぶらな瞳をしており、線が柔らかくて愛嬌がある。
「んっ」
俺が覗きこんでいる事に気付いたヤシロが喉を鳴らし、ノートをバッと隠す。
絵を見られたのが恥ずかしかったらしい。
「可愛い絵だな」
「っ~~」
悶絶するヤシロに癒された後、俺達は次の授業に向かった。
―
「学祭のせいでしばらく授業が終わりだからな。今日はビシバシやらせて貰うぜ!」
炎のような赤い髪を紐で括り、ポニーテールにした絶心流の教師、エレナ・ローレライがそう宣言し、言葉通りに生徒達へ厳しいメニューを課していく。
その中で俺とヤシロはエレナと直接手合わせをしていた。
絶心流二段への昇段試験。
二段へ上がるために必要な«宙回剣»を始めとしたいくつかの剣技を使用出来るようになった為、試験を受けさせて貰える事になったのだ。
「おらァ!!」
その外見と口調の苛烈さに見合った激しい剣捌きで、エレナが俺の剣をことごとく弾き飛ばす。
彼女からはあまり攻めてこず、俺に攻めさせているのは試験だからだろう。
前に手合わせした時は尋常じゃない勢いで攻められたからな。
「――ッ!!」
エレナは絶心流四段の剣士だ。
四段の名に恥じない圧倒的な実力を持っている。
本来絶心流の苦手とされる防御に回っているというのに、一向に俺の剣は彼女を越えられない。
«幻剣»を使って剣速を調整して不意打ちをしようとしても、彼女は軽く目を見開いただけで簡単に対応してきた。
やはり今の«幻剣»では実力者には剣が届かないな。
手合わせを始めてから五分以上が経過し、俺の剣は未だエレナに届いていない。
少し遠目の間合いから、一足で彼女に肉薄し、鋭く斬り掛かるが軽く弾かれてしまった。
柄を握る手がビリビリと痺れるほどの力だ。
「ウルグ、終ぇだ。下がってろ。ヤシロ、掛かってこい!」
エレナが俺を下がらせ、今度はヤシロに掛からせる。
ポニーテールを龍種の尻尾の様に振り回して戦うエレナと、持ち前の敏捷性を活かして連続攻撃を仕掛けるヤシロ。
やはりヤシロの剣もエレナには届かず、五分程が経過した辺りでヤシロの試験も終了した。
その後、俺とヤシロはエレナから試験の結果を聞かされる。
「ウルグ、ヤシロ、二段合格だ。てめぇらの剣技はもう初段の物じゃねえ。今日から絶心流二段を名乗っていい」
エレナはそう告げ、自分の剣を腰の鞘に収める。
二段に昇段出来たことにガッツポーズし、ヤシロと二人で喜びを分かち合う。
「二人共まだ十二と十三なんだろ? この歳で二段ってのは珍しくはねぇが、ほんの数ヶ月でここまで来れたのは普通じゃねえな。誇って良い。将来、剣士として成功したらアタシの弟子を名乗ってもいいぜ」
エレナはニヤリと笑う。
彼女は言動共に激しく、思った事を素直に口にするタイプの人間だ。言っている事は苛烈だが、陰でコソコソ嫌味を言う連中よりも話していて気分が良い。
好きな教師の一人だ。
「……だがウルグ。てめぇ、何か良い事でもあったのか? 剣が温ぃ。ちょっと前までのお前は常時ギラギラした目付きで、体に火でも付いてんじゃねえかってぐらいに激しかったのが、最近になってそれが無くなってる」
「温く、なってますか」
「あぁ。甘くなったとも言えるな。実力自体が落ちたって訳じゃねえんだが……。絶心流剣士としては、あれくらいの激しさが合ったほうが大成すると思うぜ」
「…………」
温くなった。
甘くなった、か。
そうかもしれない。
「先生、因みに今の俺とヤシロは剣士でいうとどれくらいの実力ですか?」
「あぁん? そーだな。相性とかによって実力なんて簡単にひっくり返るから一概には言えねぇけど、今のお前らなら三段の剣士なら倒せるってくらいか。ま、まだまだひよっこだよ」
三段か。
流派の基礎をあらかた収めた剣士に与えられる段位だ。
まぁまぁと言った所だろうか。
やはりまだ四段クラスには届いていないようだ。シスイにはまだとても勝てそうにない。
取り敢えず、冒険者で言えばBランクくらいにまでは勝てるようになったとは思う。レオルやアストロになら勝てそうだ。
「出来ればお前らにはこのまま絶心流を四段くらいまで取ってほしい所だな。まぁ、他の流派を知るってのも大切な事だが、一つの流派をとことん極めるってのも大切だと思うぜ。アタシの師匠は絶心流だけをとことん極めてた」
「エレナ先生の師匠ってどんな人なんですか?」
「アタシの師匠か」
ヤシロが尋ねると、エレナが少し勿体振るような素振りを見せる。
四段剣士の師匠っていうぐらいだから、相当な実力者なのだろう。
俺も少し気になる。
「聞いて驚け、アタシの師匠はジーク・フェルゼンだ」
「《剣匠》が師匠さんなんですか!」
驚いた素振りのヤシロにエレナが得意げな表情を浮かべる。
ヤシロは素直なリアクションを取るから、エレナはヤシロが気に入っているようだ。
それにしても、ジークか。
確か、前にシスイが話していたな。
「師匠は炎の様に苛烈で、あの人の一撃は容易く龍種をも斬り裂く」
「《剣匠》……ジークさんと言えば、少し前に災害指定個体を撃退してましたね」
「あぁ。Sランクの魔物でもあの人はぶっ飛ばしちまうんだ。師匠より強い剣士なんて、《剣聖》くらいのもんだぜ」
あのシスイと互角に戦える人物なのだ。それくらいはやれるだろう。
エレナはしばらく自慢気にジークについて語った後、
「まぁ、師匠やアタシみたいに強くなりたかったら、あんま温くなんなよな」
「……はい」
「今、アルナードの天才って奴と絡んでるんだろ? だったらそいつが使うメヴィウス流剣術はよく見ておいた方が良いぜ。あの剣術は対魔術、対剣士、対人、対魔物、あらゆる戦いで安定した実力を発揮する。相性の悪い相手ってのがいねぇんだ。ああいう相手と戦っておくと、いい経験になるぜ」
そんな忠告をエレナから受け、午前の授業は終了になった。
午前は『魔術学』と『絶心流』で、午後からまだ剣技の授業が入っている。
授業が終了し、ゾロゾロとグラウンドから解散していく。
「……なぁ、ヤシロ」
「はい、どうしましたか、ウルグ様」
「俺の剣、温くなったかな」
「温くなったというより、優しくなったんだと思います」
優しくなった。
それはやはり、俺の剣は以前はあったという、苛烈さを失ってしまったという事だろうか。
「……そうか」
複雑な心境で頷く俺にヤシロは優しく微笑んで、
「ウルグ様がどのような道を歩もうと――私は一生付いていきます」
―
その後、俺とヤシロは集合場所であるいつもの食堂にやって来ていた。
レックスとは相室ではあるものの授業の履修やグループが違うため、学校内ではあまり会わない。
テレスも同様だ。
彼女に関しては俺達以外にも付き合いがあるので、会えない日もたまにある。
「ウルグ、試験はどうだった?」
席に座って待っていると、最初にテレスがやって来た。
俺の隣に座るヤシロにちらりと視線を向けた後、俺の向かいの席に座る。
最近はテレスとヤシロも仲良くなってきているようで、二人で何かを話して盛り上がっている姿もよく見かける。
仲良くなってくれて嬉しい。
「あぁ、俺もヤシロも二段に上がれたよ」
「エレナ先生には手も足も出ませんでしたけどね。あの人、強すぎです」
「それは良かった。二人共、おめでとう。エレナ・ローレライといえば、一昔前に道場破りとかして《火烈剣》なんて呼ばれていたと聞くからな。やはりそう簡単には届かないだろう。私も今度手合わせ願いたいものだな」
そんな風に呼ばれていたのか。
強い人とは思っていたが、想像以上に名の知れた剣士だったらしい。
「お、皆揃ってんな」
そんな風に話しているうちに、レックスがやって来た。
それから順番に料理を持ってきて、全員で食事を始める。
「いやぁ、それにしてもウルグ達と修行始めたお陰で俺の筋肉にも磨きが掛かってきたぜ」
「ふむ……。確かにレックスはいい体付きをしているな。鍛えているのがよく分かる」
「へへ、そうだろそうだろ。ウルグの筋肉もいい感じだけどな。俺ほどガッチリしてないけど、全体的に引き締まってて」
「そうですね。ウルグ様の腹筋は綺麗に割れていて芸術の域だと思います」
「前にこいつの尻を叩いたけど、いい感じに尻にも筋肉が付いてんだよ。ウルグが女だったら、レグルス先輩が喜びそうだな」
「はい、ウルグ様のお尻は最高です」
「……ほう」
「…………」
レックスの野郎、寮だけじゃなくて学園でも唐突に叩いてくるからな。
それを真似したヤシロが「えいっ」とか小声で言いながら軽く叩いてくるし。
あとテレスも「……ほう」じゃない。
「そういえば、明日から賢人祭だけど、全員で回れそうか? ウルグは大丈夫そうだな」
「…………あぁ。俺はここの面子以外に回れる人いないから、大丈夫だ」
「二人はどう? 予定があったり、他の人に誘われてたりする?」
「む。私は少し分からない。二日目は何とか開けておくが、初日はあまり一緒にはいられないかもしれないな」
「ヤシロちゃんはどう? 回れそう?」
「明日は大丈夫そうなんですが、えと……二日目に友達に一緒に行かないかって言われてて」
「男友達?」
「いえ……寮が一緒の子です」
ヤシロが寮の子に余所余所しくされていたのは、ヴィレムが裏で手を回していたかららしい。
ヴィレムがいなくなってからもヤシロを避ける子もいるそうだが、一人だけ寮でヤシロと一緒に行動してくれていた子がいたらしい。
「で、でも私はウルグ様の影なので……」
「いや、二日目はその子と回ってきなよ。せっかく出来た友達なんだから、大事にしないといけない」
「……はい。ありがとうございます」
一緒に回れないのは残念だが、せっかくヤシロに出来た友達だからな。大切にして貰いたい。
「レックスはどうだ?」
「俺か? んーそうだな。一日目は大丈夫だし二日目も……あ、いや」
レックスは途中で言葉を切り、俺の顔を見てニヤリと笑うと、
「二日目は俺も用事があっていけないな。だからその日はウルグとテレスちゃんの二人で回ってくれ」




