第二話 『胸か、尻か、足の裏か』
冒険者ギルドは大陸のあちこちに支部を持つ。
迷宮都市レーデンスに作られたのをきっかけに、国の支援を受けてあちこちに設立し、以来冒険者達のサポートを行い続けている。
この王都にも冒険者ギルドは存在する。
南部の門のすぐ目の前にあり、宿場街と密接した位置に建てられている。
冒険者ギルドには王都に住む人間以外も多く立ち寄る為、宿泊するための宿場街のすぐ隣にあるのだろう。
俺も以前、ヤシロと宿場街の宿に泊まったが、迷宮都市ほどあからさまでは無いものの、冒険者らしき人が多くいたな。
《氷結蛙》の討伐を終えた俺達は王都に帰還し、冒険者ギルドにやって来ていた。
魔物の討伐証明部位を提出し、報奨金などを受け取った。
Bランクの依頼を幾つか重ねて受けており、それらを全て達成した事により、ヤシロもようやくBランク冒険者に昇級した。
それと同時にテレスが冒険者ギルドの支部長に見つかり、何やら話をしに行った。
テレスはAランクの冒険者で、色々話す事があるのだろう。
「――それでお前は女性のどの部位にドキッとする?」
二人の用事が終わる間、俺達はギルド内にあるカフェのような所で待つことになった。
迷宮都市のギルドは酒場みたいな雰囲気だったが、流石にこちらはお洒落だな。
「何がそれで、だよ。唐突に何を言ってんだ」
「いやさ、ウルグって剣に人生捧げてる感じがしてこう、性欲つーか、女の子にドキッとする心を持ち合わせているのかなって疑問に思ってだな。ヤシロちゃんとテレスちゃんに囲まれてんのに、あんまそういう素振りも見せねぇし」
剣に人生捧げてるの部分が否定出来ないから、即座にレックスの言葉に反論出来ないのが痛い。
確かに剣を振ることに必死で、今まで女の子との浮ついた事はなかったのは事実だ。
だが、別に性欲がないという訳ではない。そういう細かい部分については恥ずかしいからあまり触れたくないのだが。
「まぁ、今までは剣以外に目を向ける余裕は殆ど無かったからな。というか、それ以前に俺と浮ついた関係になってくれる子が存在しないから、どうしようもないんだけどさ」
「その発言には蹴りを叩き込んでやりたいところだわ。でもその言い方だと、剣以外に目を向ける余裕を今は持ってるみたいな言い方だな?」
今でもまだ、最強を目指したいという気持ちは失われていない。あれから欠かさず剣は振っているし、模擬戦だってやっている。
だが、傭兵団の一件以来、身を焦がすような衝動が鳴りを潜め、胸の内を蝕んでいた焦燥感が殆ど無くなったのは事実だ。
今は胸の内が満たされていて、前よりも落ち着けたと思う。だから多少は、今までよりも周りを見る余裕が生まれた……のかもしれない。
「まぁ、多少はな」
「そっか」
その短い言葉は柔らかく、レックスの表情もどこか優しげだった。正面から向けられる彼の視線に何故か頬が赤くなるのを感じ、口を抑えてレックスから視線を外す。
「よっし、じゃあお前にも性欲があると分かったという事で、どの部分にドキッとするか暴露しようぜ暴露」
「あんま大きい声で言うなよ。変な目で見られるぞ」
「はいはい。それで、ウルグ君。お前はどの部位にドキッとしますか?」
「ドキって」
「ムラッでもいいぞ」
「より酷く、生々しくなってるんだが。ドキッとか言われてもすぐには出てこねえよ。お前はどうなんだ?」
「俺は断ッ然、胸だな。女性の胸には男のドリームが詰まってる。巨乳のお姉さんとか最高じゃね?」
胸が良いと豪語するレックスの声のボリュームにヒヤリとしつつ、周りの客が聞いていないことに胸を撫で下ろす。
何が最高じゃね? だよ。
いやまあ、レックスの言い分を否定する訳ではないのだが。
「んー。まあ確かにドキッとはするな。でも俺は大きさは正直どうでもいいな。胸ってだけでアレかもしれん」
「お、おう。そうか。じゃあ、お前のドキッとする部分は?」
「……股?」
途端、レックスが吹き出し周囲の客達からの視線を集める。しばらく肩を震わせ、ようやくレックスが落ち着きを取り戻した。
「いや、確かに男の殆どが最終的にそこに行き着くみたいな感じはあるけどね? もうちょっとねーのかよ。ウルグのはストレートすぎんだよ。もうちょい、こう、何かあるだろ? なんかさ」
そんなにおかしい答えだっただろうか。
自分が女性のどこにドキッと来るか、なんて考えたことも話したことも初めてだから、そんな咄嗟には思いつかない。
しばらく頭を悩まして、俺は思いついた部位を口にした。
「……足の裏?」
前に宿でヤシロと同じ部屋になった時、ヤシロが靴下を履いている時に足の裏が見えて、ドキッとした事がある。
中々良い答えだと思ったのだが、それを聞いたレックスは頭を抑えて黙り込んでしまった。
……え、そんなにおかしかったか?
「知った顔があると思って近づいて来たら、随分面白い事を話してるね」
聞いたことのある声に背後から声を掛けられ、振り返ると黄髪の青年が立っていた。水面のような穏やかさと底知れなさを感じさせる碧眼をこちらに浮かべて微笑んでいる。
「――レグルス先輩」
「あぁ、久しぶりだね。ウルグ君、レックス君」
レグルスは空いていた席にストンと腰掛ける。
最後に会ったのは『黒鬼傭兵団』に襲撃される少し前。《剣聖》についての在り方を語られたあの夕方だ。
あんな事を言われた手前、少し気まずい。
「女の子のドキッとする部分ね。レックス君の胸っていう答えには僕も賛成かな。大きい胸には母性が感じられるしね」
「お、レグルス先輩は分かる口ですか?」
「あはは、まあね。でも、ウルグ君の足の裏っていうのも少し分かるよ。確かにアブノーマルではあるけど、女性の綺麗な足の裏にはときめくものがあるよね。蒸れてたりすると余計に。ツツツって指でなぞりたくなる」
爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら、レグルスは平然と俺達の下ネタトークに参加してきた。
淀みの無い口調で語るレグルスを見てると、何かとても素晴らしい事を言っているような気がする。
完全に気のせいだが。
気まずいと思っていたが、レグルスは自然に俺へも話を振ってきてくれる。
「僕としてはお尻にもドキッとするんだけどね」
爽やかで強いだけでなく、こういった男臭いトークにも参加出来るという意外な一面を見せられてしまった。猪突猛進な印象を抱いていたが、レグルスは思っていた以上に大人なのかもしれない。
「そういえば……聞いたよ。『黒鬼傭兵団』を撃退したんだってね」
話に区切りがついた時、レグルスが声のトーンを落とした。
「前から傭兵団の話は聞いていて、治安を守るためにどうにかしなければいけないと思っていたんだ。君達のお陰で傭兵団も動きにくくなっただろうし、彼らによって引き起こされたであろう被害も減ったと思う。ありがとう」
「……いえ、俺達はただ襲われて必死に抵抗しただけですから。治安とか被害とか、そういうので戦った訳じゃないですよ」
「うん、そうだね。……君達が無事でなによりだよ。その日に僕も学校にいれば、駆けつけて手助けが出来たかもしれなかったんだけど、ちょうどその日は龍種を討伐しに出かけていたんだ」
「龍種?」
「うん。Aランクの《激水龍》っていうんだ。Aランク冒険者でパーティを組んで討伐しに行ってたんだよ」
さらりと凄いことを言うレグルスに、俺とレックスは目を見開く。
Aランク、それも龍種を討伐して来たということに対してもそうだし、レグルスがAランクの冒険者だという事にも驚いた。
「騎士になる前に実戦経験を積んでおきたいからね」とレグルスは事も無げに言う。
「それにもうすぐ学園祭だ。最終日に向けて腕ならししておかなきゃ」
「龍種と戦って怪我してたらどうするんですか……」
「あはは。まあそうだけど落ち着いてられなくてね」
「すげー人だな……」
「レグルス先輩も、やっぱり参加するんですね。最終日の」
「勿論! 今年も優勝を狙っていくよ」
ウルキアス魔術学園では、明後日から三日間に渡って賢人祭と言う名前の学園祭が行われる。
その最終日にはセシルから聞いていた、トーナメントが行われるのだ。
残念な事に学園に来たばかりの一年生には参加資格が無いのだが。
「これから学園に帰ったら、祭りの準備を手伝わないといけないんだ。そしたら剣を振る余裕が無くなるからね」
数日前から賢人祭の準備で、学園内の至るところで生徒達が屋台や出し物などの準備をしている。
レグルスは大勢に準備を頼まれているらしい。
「頼られるっていうのはありがたい事だよ」
などとレグルスは喜んでいるが、それってもしかして便利屋扱いされているのではないだろうか……。
レグルスならそれでも喜ぶのかもしれないが。
そんな事をしばらく話していると、
「ん、そろそろお暇した方がいいかな」
レグルスが席を立ち、そう言った。
彼の視線の方を向くと、ヤシロとテレスがこちらに向かってきている所だった。どうやら二人共同じタイミングで用事が済んだらしい。
「ウルグ君」
立ち上がったレグルスが正面からこちらの目を覗きこんでくる。
それから小さく微笑んで、
「目付きが落ち着いたね。焦りが消えて、穏やかになっと思う。前のウルグ君はちょっと生き急いでる感じがあって、不安だったんだ」
「――――」
「今の君はとても安定してるよ」
落ち着いた口調でそう言われ、俺はただ彼の目を見ることしか出来ない。
ただ、レグルスは一瞬だけ悲しげな表情を浮かべ、
「ただ――」
「――――」
「いや、何でもないよ」
その言葉を飲み込んだ。
それからヤシロとテレスが戻ってきて、レグルスに話し掛けた。
「何を話していたんですか?」というヤシロの質問に対して「女の子のどこにドキッとするのかを話していたんだ」と馬鹿正直に話の内容を暴露するというとんでもない爆弾を残し、レグルスは去っていった。
「ウルグ様……」
「お前達……」
ジトッとした表情のテレスとヤシロが俺が何て答えたのかを聞いてきて、滝のような汗をかくハメになった。
しかも最終的に俺の『股発言』と『足の裏発言』をレックスがバラしやがった。
「ウルグ、様。足の裏がお好きなのですか……?」
「それも蒸れた足の裏が?」
とヤシロとテレスがジッとこちらを見ながら聞いてきて、もうなんか最悪だった。
いやでも蒸れた足の裏云々は俺じゃなくてレグルスが言った事だからな。
そう弁解してもテレスとヤシロはさり気なく、靴を脱いで足の裏を見せてきやがる。
しにたい。
そんな風に俺が辱めを受けた後、王都の店で食事を摂ってから俺達は学園に帰った。
テレスは貴族住居街にあるアルナード公爵家の別荘に住んでいるため、途中で別れる事になる。
「では、また明日。ウルグ、足の裏がみたいならいつでも言うと良い。いつでも、見せてやるぞ」
笑いを堪えるようにそんな事を言って、テレスは去っていった。
呆然と彼女を見送る俺にレックスが吹き出し、ヤシロが隣に擦り寄ってきて「私も、いつでもいいですからね」などと言ってくる。
そんな風にして、レックスとヤシロにからかわれながら、学園へと帰る道すがら。
別れ際のレグルスの「ただ」という言葉の響きがやけに耳に残っていた。