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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第四章 赤血の代償
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第一話 『剣戟の逢瀬』


―前章までのあらすじ―

ウルキアス魔術学園において、テレスと再開して黒鬼傭兵団を退けたウルグ。

ヤシロ、レックス、テレス。

自分を認めてくれる友人という、長年求め続けたものを手に入れたウルグだったが――

 青紫の舌が、人を見下ろすほどの大きさを持つ蛙の口から高速で突き出される。舌が大地を舐め、触れた部分がパキパキと乾いた音を立てて凍り付いていく。

 蛙の視線の先で走るのは二人の人間だ。

 伸ばした舌は二人を追尾して宙を滑るが、二人はそれを置き去りにして走り抜ける。


「――――」


 舌を潜り抜け、二つの影が蛙へと接近した。

 一人は金髪の髪を靡かせて風のように近付き、もう一人は黒い残像を残しながら弾丸のように蛙へと突っ込んでくる。

 舌を引き戻す間も無く、一陣の風が蛙の体を通り抜ける。直後、ズルリとその視界がズレ、右半身と左半身が分かたれ、離れ離れになっていく。

剣を振りぬいた体勢の金髪へ、最期の足掻きだと体内の魔力を集中させ、触れれば魔術ですら凍結させる液体を放出した。

 水球となって放たれた液体を前に金髪は為すすべなく飲み込まれ――


 その刹那、黒い影がその前へと割り込み、手に握る漆黒の剣を水球へと振るう。剣ですら凍りつかせる筈の水球は漆黒に触れた瞬間に内部が消滅し、何も凍結させることなく霧散した。


触れたものを凍結させる舌と液体を操り、向かってくる獲物に対して俊敏に襲い掛かる巨大な狩人。

 剣士と魔術師、どちらからも恐れられ、冒険者ギルドによってBランクに認定された強力な魔物《氷結蛙アイスフロッグ》はたった二人の人間に翻弄され、討伐された。



両断され、あっけなく地に沈んだ《氷結蛙》の前で二人の剣士が向かい合っていた。そこから少し離れた所で、少年と少女がそれを見守っている。


 夜の闇の様な漆黒の髪を持つ、斬り付ける様に鋭い双眸を持つ少年。その手には先ほどまで握られていた黒い真剣ではなく、木刀が握られていた。

 その少年と対峙しているのは、闇を照らすかのような輝きを持つ金髪の少女だ。碧い瞳で少年を見つめながら、手にする木刀を一分の隙を見せずに構えている。


「依頼にあった魔物は片付いたな。周りに魔物はいないし、これで私達の邪魔をする者は居なくなった訳だ」

「……こうして向かい合うのも五年ぶりか」

「あぁ。五年間、ずっとこうしてお前と向かい合うのを待ち望んでいた」


 少しの会話を交わすと、お互いに口を閉じる。

 二人の間で近付くもの全てに斬り掛かるかのような激しい剣気がぶつかり合った。

 それでも二人は口元に小さく笑みを浮かべ、


「――行くぞ、ウルグ!」

「――来い、テレス!」


 最初に動いたのはテレスティアだった。

 踏み込みで大地が砕け散り、一足でウルグの目の前にまで肉薄する。全身を覆うのは激しい風の魔力で、その速度はまさに風の如く。

 圧倒的な速度にウルグが息を飲み、口元を大きく吊り上げた。


 風の速度で振り下ろされた木刀へ、風を斬る速度で木刀が迎え撃つ。刃が交わる瞬間に衝撃が大地にひびを入れ、お互いの魔力がぶつかって周囲に撒き散らされる。


 そこから繰り広げられるのは、息つく間の無い剣戟だ。逆巻く風の刃が消し飛び、先の先を読んだ理の剣が躱され、疾風の突きが水の如く刃に流され、絶対の威力を誇る剣が弾かれる。


遮蔽物のない地平を舞台に、待ちわびた二人だけの舞踏を踏む。観客の一人は剣速に目を剥き、もう一人はただ主達の姿を瞠目するのみ。


テレスティアが風を纏った突きを繰り出す。それと同時に刀身の周りに三本の風の刃が生み出され、突きの動きに合わせてウルグを狙う。

四本の刃による、不可避の突き。それに対してウルグは体を大きく傾けると同時に、テレスティアの剣を撃ち落とす。

一本の風の刃はウルグの横を通り、残りの二本は的確にウルグに命中する。


「――――」


が、ウルグに大きなダメージは無い。彼の纏った魔力によってレジストされて刃は威力を落とし、更に一瞬前の体捌きにより、掠った程度のダメージしか与えられない。


突きを凌いだウルグが、その間合いのままにテレスティアに斬り掛かる。刃と刃が交差して、再び嵐の様な剣戟が繰り広げられた。


刃が振られ、暴風が斬撃となってウルグに襲い掛かる。《氷結蛙》が反応すら出来なかった剣速と威力を前に、ウルグはそれを正面から受け止めた。後方へと吹き飛ばされ、靴底で地面を削りながらも、メヴィウス流剣術が誇る強力な斬撃を凌いで見せた。


「――あは」


身を削る様な激戦だというのに、テレスティアの顔に浮かぶのは笑みだ。まるで意中の男性との逢瀬に胸を躍らせる少女のような艶やかな表情のまま、彼女は再び地上を舞う。

五年もの間、待ち続けた今という瞬間へ己の全てをぶつけるために。


巨大な牙の如き風の斬撃が大地を抉りながら、連続してウルグに殺到する。

普通の剣士ではあり得ない遠距離からの攻撃を前にして、彼の顔の浮かぶのもまた笑みだ。

  燃えるような高揚感を刃で表現し、己の全てを絞り尽くす。そこにはもはや灼けるような承認欲求も勝利への渇望も無く、ただ純粋な戦いへの充実に満たされていた。


ウルグが斬撃の合間を縫って走り抜けた先の少女へと、全力の一撃を打ち込んだ。テレスティアもまたウルグへと膨大な魔力を込めた一撃を振り下ろす。

 渾身の力を込めた刃が交差し、


「――――ッ!」

「――――!!」


 ウルグの手に握られる木刀の刃が根元から折れ、風に舞って地面に落ちる。テレスティアの手に握られる木刀が、ウルグへと突き付けられる。

 お互いに木刀を交差した体勢のまま、息が掛かるほどの距離で見詰め合う。

 そして。


「俺の負けだ」


 勝敗が決した。



「やはり、ウルグは強いな」


 タオルで汗を拭いながら、テレスが嬉しそうに笑う。

 長く美しい金髪が汗で濡れ、艶やかに輝いている。


「負けちまったけどな」


 テレスと同じように汗を拭い、俺達が残した戦いの跡を眺めながら、そう返す。

 地面が抉れ、土が飛び散り、まるで大地を掘り返したかのような惨状が広がっている。学園の訓練場で戦っていたら、他の生徒にとんでもない迷惑を掛けていただろうな。

 わざわざこっちへ来て良かった。


「いや……お前ら凄過ぎだわ」

「お疲れ様でした」


 離れた所で俺達の戦いを見守っていたレックスが呆れたように呟き、ヤシロが労いの言葉を掛けてくる。


「グリングリン動き回って、目玉が追いつかなかったぜ」

「風でブースト掛けてたテレスの動きは俺だって追い切れなかったよ」


 動きがやや直線的になるという弱点は存在するものの、その最高速度はヤシロを越えている。それでもテレスの動きに付いていけたのは、ヤシロとの模擬戦で自分より速い者の動きへの対処法を身につけていたからだろう。

 ヤシロの場合は立体的に色々な方向から攻めてくるから、正面からぶつかってくるテレスの動きはある程度予測しやすかったというのもある。


「そうか……俺の負けか」


 燃え滾るような戦いの興奮が収まり、俺は小さく息を吐く。

 お互いに容赦はしていたものの、全力ではあった。

 全力で戦った結果、俺は敗北したのだ。


「……強くなったな、テレス」

「――――」


 汗を拭き終わったテレスを前にして、口から自然に言葉が漏れた。

 村で最後に戦った時とは比べ物にならない程にテレスは強くなった。剣の腕も、魔術の腕も、どちらも恐ろしい程に上達している。

 テレスの体を見れば、今までどれ程の努力を続けてきたかは分かる。テレスは天才だ。その上で彼女は今まで、恐ろしい程に努力を重ねてきたのだろう。


「ウルグ」

「?」

「頭を、撫でてくれ」


 テレスの声はどこか震えていた。

 小さく笑みを浮かべ、あの時と比べて長くなったテレスの髪へ手を伸ばす。少しだけ湿った金髪に触れ、ゆっくりと撫でていく。


「ずっと……お前にこうして欲しかった」

「……」


 小さく吐息を漏らし、目を瞑りながらテレスはそう呟いた。

 最後に会ってから、テレスはどのように過ごして来たのだろう。そんな事を思いながら、俺はテレスの頭を撫で続けた。

 レックスもヤシロも何も言わず、ただ静かだった。


「……えへへ」


 テレスの顔に浮かぶのは、とろけるような笑みだ。

 ゆっくりと頭から手を離すと、テレスは名残惜しそうな顔をしながらも「ありがとう」と微笑んだ。

 懐かしい光景に、胸の中が温かい物で満たされるような感覚があった。


「……」


 そういえば、と俺は小さく鼻を鳴らす。

 あの時と違って、俺もしっかりと汗を拭っている。近かったが、汗臭くは無かったはずだ。

 そう思ってチラリとテレスの方を見ると、


「やっぱり、いい匂いだったぞ」


 とイタズラっぽく言われたのだった。



『黒鬼傭兵団』の襲撃から一週間と少しが経っていた。

 俺とヤシロの傷は完治し、今まで通りに動き回っても問題ないと医師に言われている。

 『黒鬼傭兵団』を追い詰めるのに大きく貢献したという事で、俺とテレスとレックスはその功績をギルドに評価された。

 俺はそれによって、Bランク冒険者となったのだ。


 今日はランクが離れてしまったヤシロやレックスの為にBランクの依頼を受けると同時に、時間が空いていたテレスに来て貰い、五年ぶりに二人で戦った。

 ヤシロとレックスの為に来たのに、テレスとの戦いに時間を取ってしまって申し訳ない。


 テレスに敗北した俺の中にあるのは清々しさと充足感だ。

 敗北への悔しさはもはやなく、勝利への渇望も薄れていた。


 王都からそれなりに離れた所にある平原。

 そこから見上げる空は高く、そして青く澄んでいた。


 今、俺は認め合える仲間を見つけ、ただ満たされていた。



 ――沈黙を湛えた深紫の瞳が、俺を見つめていることには気付かずに。




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