第十二話 『黒鬼一閃、そして」
レックスが彼女を目にしたのは一日前の事だった。
放課後、レックスはウルグ達と自由訓練場で待ち合わせをしていた。
授業を終えたレックスが訓練場へと向かい、中へ視線を向けると既にウルグとヤシロは中で準備体操を始めていた。
自分もそこへ行こうと、訓練場の中へ足を踏み入れようとした時だ。
思わず視線を向けてしまう程に美しい金髪を持った女性が訓練場の前へとやってきた。訓練場に用事はなさそうで、たまたま通りかかったという感じだ。
同級生なのか彼女の隣にはもう一人の女性がいる。
(美人だな)
そんな風に思うレックスの視界の中で、金髪の女性はふと訓練場の中に視線を向け、目を見開いた。それから何かから隠れるようにして、入り口から飛びのく。
「どうしましたか?」
驚いた連れが声を掛けるも彼女は答えず、ゆっくりと訓練場の中を覗き込んでいる。レックスは思わず彼女の視線を追ってしまう。
その先にいたのは、自分と待ち合わせをしている黒髪の少年の姿があった。
金髪の女性はウルグに視線を向け、それから彼と親しげに話しているヤシロを見た。それから寂しそうな顔をして、小さく溜息を吐く。
彼女の連れはよく分かっていない様子だったが、何となくレックスは状況を察した。
「あの、すいません」
そして思わず話し掛け、その結果レックスはウルグと彼女が古い友人であることを知る。
最後に会ったのが数年前で、友人と親しげに話しているウルグに話しかけに行くのを躊躇っているらしかった。
そこでレックスは今から自分が紹介するという旨を伝えたが、今は他に用事があるからと断られた。
今度でいいから、ウルグに自分が会いたいと言っていたと伝えてほしいと女性はレックスに頼み、訝しげにしている連れと共にその場を後にした。
貴族達からの嫌がらせで落ち込んでいる様子のウルグを励ます材料になるかと、修行が終わった後に教えてやろうと思ったレックスだが、その日、レグルスがやってきた事で、話す雰囲気ではなくなってしまった。
一度伝えそびれたせいで話すきっかけを失い、翌日になる。
そしてその夜、偶然か必然か、夜間に外を出歩いていた彼女と、レックスは再会することになった。
そうして、テレスはウルグの目の前に姿を現した。
―
「テ……レス?」
「ああ。久しぶりだな、ウルグ」
男に背を向けたまま、テレスが頷く。
数年前にあった時よりも背が伸び、その顔からは幼さが消え、代わりにグッと女性らしくなっていた。
「まさかこんな再会の仕方になるとは思っていなかったが――それでも会えて良かった。ずっと……ウルグに会いたかった」
凛々しい表情を崩した彼女の微笑みは一瞬痛みを忘れる程だった。だが悠長にテレスとの再会を喜ばせてくれるほど、敵も温くはない。
テレスに弾かれた男の手のひらから高速で岩石が発射される。それは真っ直ぐテレスへと飛来した。
「――無粋だな」
金髪を揺らしながら振り返り、テレスが腕を振る。それだけで緑色の風が吹き、男が飛ばしてきた岩石を撃ち落した。
無詠唱魔術だ。
「美しい金髪に碧い瞳、そして無詠唱で放たれる風属性魔術。まさかとは思ったが……こんな所で出くわすなんてな。《アルナードの神童》《メヴィウスの再来》……だったか? なるほど、その魔力にその剣気。噂に聞いた通りの化け物らしいな。なぁ――テレスティア・メヴィウス・アルナードさんよ」
「黒に近い茶髪の理真流の魔術剣士で、『黒鬼傭兵団』を率いる男。噂通りに堕落した男らしいな。アイヴァン・ストレイシーツ」
テレスと男――アイヴァンの会話に頭が混乱する。
テレスティア……アルナード?
「クハッ、随分と苛烈な女だ。こいつと相対するのは骨が折れそうだが、見られたからにはお前にも死んでもらう他無いな」
俺の疑問を解消する余裕は無く、アイヴァンが黒尽くめ達に指示を飛ばす。テレスの魔術を耐えた者達が戦闘態勢に入った。
「チッ……あのガキ」
いつの間にか、ヤシロを抱えたレックスが黒尽くめ達を迂回して俺達の方へ走ってきていた。
テレスが登場したどさくさでヤシロを救出して、今逃げてきているのだろう。
「逃すかよォ!」
アイヴァンが«岩石砲»を放ち、周囲の黒尽くめもレックスに向けて魔術や弓を放つ。
ヤシロを抱えたレックスにはそれらを防御する余裕はなく、アイヴァン達の攻撃がレックスに直撃する――――
「――させると思うか?」
その直前、テレスが動いた。
風の魔術を手にしていた剣に纏わせたかと思うと、レックスを狙う複数の攻撃に向けて高速で剣を振る。刃が風切り音を立てるのと同時に、連続して剣から緑色の斬撃が放たれた。
それは«岩石砲»や魔術を容易く斬り裂き、攻撃をレックスに届かせない。
「やってやったぜ!」
そうしている内に、レックスが俺達の後ろ側にまでやってきた。
彼の腕に抱えられているヤシロの体には複数の傷が付けられており、ぐったりと力を失っていた。今は気を失っていて、苦しそうな表情を浮かべている。
「流し、染み込み、癒やす命の水よ、傷付く彼の者の血を濯ぎ、その苦しみから解き放ち給え――«照らす光»」
テレスが早口に詠唱し、俺とヤシロに向けて手のひらを向けた。彼女から光が放たれ、俺達の体を包み込む。
途端、全身を襲っていた痛みが軽くなっていくのを感じた。失っていた魔力も少しだが回復している。
「今、私が使える最も強い治癒魔術だ。中級の魔術だが、それでも命に関わる怪我で無ければある程度は癒せた筈だ」
苦しそうな表情をしていたヤシロの表情が、少し穏やかになったように見える。まだ意識は戻っていないが、ヤシロはもう大丈夫そうだ。
俺も立ち上がって戦える程には体力が回復した。
「先程、私の仲間が一人、助けを呼びに行ってくれた。救援が来るのも時間の問題だろう。だが、」
テレスが言葉を切って、飛来した魔術を斬り落とす。
黒尽くめ達が魔術や弓などでこちらを攻撃しようとしている。アイヴァンも剣を握り、距離を詰めてきていた。
「まだ時間が掛かりそうだ。救助が来るまで、持ちこたえなければならない。ウルグ、体は動くか?」
「テレスのお陰で、戦えるまでに回復したよ」
テレスはフッと笑うと、表情を引き締めた。
俺も落としていた『鳴哭』を拾い、構え直す。
「行くぞ、ウルグ」
「あぁ、テレス」
―
『黒鬼傭兵団』と戦うのは俺とテレス。
レックスは俺達の後ろでヤシロを守って貰うことになった。逃げて貰うことも考えたが、逃げた先で襲われた場合、レックスには対処し切れないと考えたからだ。
ヤシロを助けて貰った礼はあとできっちりさせて貰わなければならないな。
「チッ、時間がねえ。てめぇら、とっととケリ付けてずらかるぞ」
アイヴァンが先頭を走り、その後ろに剣を持った黒尽くめ達が続く。
その後ろで、魔術師達が魔術を使用してアイヴァン達のサポートを行っている。
「――――」
まず俺が前に出て、アイヴァン達を迎え撃つ。
先頭のアイヴァンが近距離で«岩石砲»を撃ってきた。
『鳴哭』に魔力を流し、«岩石砲»を刃の上で滑らして受け流す。それから刃を少し動かし、«岩石砲»の対処と同時に斬り掛かって来たアイヴァンの剣を受け止めた。
「チッ」
攻撃を受け止められたと分かると、アイヴァンはすぐさま後ろへ飛び退く。それと入れ違いに、黒尽くめが斬り掛かってきた。
「――ハァ!!」
風が吹いたかと間違える程の速度で、テレスが黒尽くめの前に割り込む。そして風を纏った剣が横薙ぎに振るった。
まるで映像を早送りにして見ているような動きに、黒尽くめは反応できない。
「ぐぉぁ!?」
「ながッ」
血を吹き出して黒尽くめが倒れる瞬間、他の黒尽くめ達の注意はテレスに向いている。その隙を縫って、最高速度でアイヴァンに斬り掛かった。
「ッ」
アイヴァンは体を動かす事無く、手首を動かして自身の剣を俺の攻撃の軌道へと動かした。刃と刃がぶつかり、俺の剣の軌道が逸らされる。
理真流の構えだ。
それを理解した瞬間に俺は後ろへ跳んでいた。瞬間、腹部を刃が走る。
アイヴァンが追撃しようと動こうとした所へ、テレスが踏み込んでくる。
「ベル、ロンド!!」
アイヴァンが叫ぶと、二人の黒尽くめが瞬時にテレスへ飛び掛かった。その動きは他の黒尽くめとは違って素早い。
「テレス!」
「二人は任せろ!」
二人に同時に斬り掛かられ、テレスが側から弾き出される。
追撃していく二人を止める間もなく、二人の黒尽くめ達が斬り掛かってきた。
「なっ!」
「ぐぉ!?」
一人目の剣を躱し、二人目の剣を受けると同時に返し胴の要領で斬り返す。
一人が驚きの声を上げ、もう一人が悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。
「チッ、流心流使いだ、気を付けろ!」
最初に斬り掛かってきた黒尽くめがそう叫ぶと同時に、一気に間合いを詰めて斬り付ける。そして返す刃でその斜め後ろにいたアイヴァンに斬り掛かるが、流石に躱されてしまった。
「流心流と絶心流……だけじゃねえな。«岩石砲»を受け流した後の動き、理真流もか」
俺をじっと睨み、冷静にそう呟くアイヴァン。
彼の後ろに控える黒尽くめは残り二人。後ろの魔術師は四人だ。
「あの人狼種といい、金髪といい、てめぇら本当にガキかよ!」
そう叫ぶと、アイヴァンが斬り掛かってきた。
刃を受け止めた瞬間、アイヴァンが柄から手を離すのが見えた。
「«創土»」
「くっ」
その手の中から土が生み出され、アイヴァンが俺の顔目掛けて投げつけてくる。咄嗟に目を瞑り、後ろへ跳ぶ。
騎士流剣術の戦い方の中に砂や土を使う戦法があり、レックスとの模擬戦で使われていたために予測する事が出来た。
「ズォラァア!!」
が、目を瞑った事で一瞬の隙が生まれてしまう。
気声を発しながら間合いを詰めてきたアイヴァンの剣が俺の首を斬り付ける。
「ッう!」
鋭い痛みに声を漏らしながらも、まだ頭の中は冷静だった。
当たりどころが良かったのと、«魔力武装»での防御が間に合ったお陰で、傷はそこまで深くない。
ヌルリとした血が傷口から流れているのを感じるが、それを気にしている暇はなかった。
間髪入れず、他の黒尽くめ達が斬り掛かってきたからだ。
アイヴァン程の鋭さは無いものの、連携が取れた動きをしてくる。俺の逃げ場と攻撃する機会を奪いながら、堅実に急所を狙ってきていた。
一人一人は大した事が無くても、この連続攻撃はかなり厄介だ。
「«土腕»」
黒尽くめの攻撃を躱した瞬間、足を何かに掴まれた。
見れば、土で出来た腕が地面から突き出て、俺の足をガッチリと握っている。
「っ」
腕自体は力を入れたらすぐに壊れたが、跳躍中に足を掴まれたことによって体勢を大きく崩してしまった。
好機とばかりに黒尽くめ達が斬り掛かってくる。
「ッラァ!!」
「なっ」
姿勢を大きく崩した状態から宙で体を捻り、その勢いを利用して相手に斬り掛かる。
絶心流«宙回剣»。
黒尽くめの一人を斬り捨て、更に戸惑うもう一人も斬り付ける。
残りはアイヴァンと後ろの魔術師達だ。
と、そのタイミングで魔術師達の詠唱が終了した。
「遅えんだよ!」
アイヴァンが大きく後ろへ跳ぶ。
直後、青くうねった雷が蛇の様に地を這って接近してきた。
「――«冒涜への神雷»」
雷属性の上級魔術だ。
複数の魔術師で同時に詠唱して、上級魔術を発動させたのだろう。
高速で迫る雷に俺は動かない。
何故なら、動く必要が無かったからだ。
「――待たせたな」
刹那、巨大な竜巻が雷の蛇へとぶつかる。周囲に魔力を撒き散らしたかと思うと、二つの魔術が同時に消滅する。
それでは終わらず、直後別の魔術が発動した。どよめきをあげる魔術師達へ、緑色の暴風が激突する。
直前で防御魔術を発動した魔術師達だったが、暴風はそれを突き破り彼らを吹き飛ばした。
「さて、残りはお前一人だ」
二人の黒尽くめを片付けたテレスが、いつの間にか俺の横に立っていた。
息切れすら起こさずにBランクレベルの実力はありそうな二人の黒尽くめを片付け、更にそこから上級魔術と中級魔術を連続で放つ。
信じられない程の働きをしたテレスへ視線を向けると、「コレぐらい出来て当たり前だろう?」という表情を返してくる。
「……ふぅ」
仲間が全滅した状況を見て、アイヴァンは何も言わなかった。ただ小さく息を吐き、覚悟を決めた表情を浮かべる。
そして全身に魔力を覆うと、高速で間合いを詰めてきた。
「――ッ!?」
斬り掛かってきたアイヴァンの剣を見て、俺は目を見開く。
さっきまで使っていた鉄の剣ではなく、アイヴァンが持っていたのは真っ白な直剣だったからだ。
刃を交えた瞬間、その剣は形を失い、無数の糸へと姿を変えた。それは『鳴哭』に絡みついたかと思うと、剣を伝って俺の体にも巻き付いてきた。
「クソッ!?」
「内側からは解けねえよ! 魔剣『救いの糸』! 一回しか使えねえから、出来れば温存したかった!」
糸から抜けだそうと藻掻く俺へ、隠していた剣を取り出したアイヴァンが斬り掛かってきた。
それをテレスが剣で受け止めるが、
「ぐぉッ」
それと同時に、アイヴァンの蹴りが俺の腹へめり込んだ。内臓が破裂するのではないかと思えるぐらいの圧力が腹へ掛かり、視界が一瞬白く染まる。
後ろへ吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面をゴロゴロと転がった。
「まずはてめぇだ!」
身動き取れない俺の前で、テレスとアイヴァンが激突した。
―
―
二人の剣が連続で交差し、高い金属音を響かせる。
一撃一撃が容易く相手の生命を刈り取る程の威力を持っていた。
剣戟の合間に撃ち出される岩石が両断され、荒れ狂う暴風を纏った刃が理真流の剣技によって受け流され、激しく攻守を争いながら、二人の剣士が旧ホールの前でぶつかり合う。
駆け付けたレックスに糸を解かれながら、ウルグはその戦いを見ていた。
かつて、自分が剣を教えた小さな少女の戦いを。
手のひらに土を生み出し、アイヴァンがテレスティアの顔へ投げつける。それと平行して、片手で握る剣から彼女の命を刈り取る一撃を放つ。
だがその一撃は碧い剣に受け止められ、土は彼女の周りを舞う風によって弾かれる。
舌打ちして下がるアイヴァンへ、今度はテレスティアの剣が煌めいた。
疾風の勢いで突き出される鋭い突き。喉元を貫く位置へ突き出された刃の周りへ、同時に三つの刃が生み出される。
魔術で剣を生み出して二刀流になったアイヴァンが二本の刃を弾くが、残りの二本が彼の体を斬り裂く。
傷が最小限になるような体捌きにより、致命傷には至らない。
「なるほど……神童の名は偽りでは無かったようだな」
「元Aランク冒険者と聞いていたが、その程度か? 前に見たAランク冒険者は私がここまで優勢に立てる程、弱くは無かったぞ」
剣技に舌を巻くアイヴァンへ、テレスティアは辛辣な挑発を返す。
嵐のようにぶつかり合う二人だが、徐々に魔術剣士としての差が生まれ始めていた。
アイヴァンは理真流の剣技を使いながら、そこへ土属性魔術を加える戦闘スタイルを取っている。
それに対してテレスティアは剣技と魔術を一体化したメヴィウス流剣術を使用している。
合間を縫う魔術と剣技と一体化した魔術ではどうしても差が生まれてしまう。
「……あぁ。見せてやるよ。Aランクの実力って奴を」
自身が劣勢であると理解しているアイヴァンは焦燥感を隠し、そう気炎を吐くと必殺の一撃を放つべく動き始めた。
テレスティアへと走り、その間合いを詰める。
それに対して、テレスティアは自身の周囲に風を生み出し、アイヴァンの動きを見ていた。
「これで決める」
間合いに入った瞬間、アイヴァンが手に持っていた剣をテレスティアに投げつけた。
首を狙って放たれた剣は容易くテレスティアに弾かれるが、アイヴァンの攻撃は終わりではなかった。
「奥義――«鋏断»」
しゃがむような姿勢になったアイヴァンの手には、いつの間にか二本の剣が握られていた。土属性魔術によって創り出した剣だ。
アイヴァンはテレスティアの腹部を狙い、両手を同時に動かした。まるで鋏の様にして、二本の剣がテレスティアを狙う。
最初の投擲を弾くために、テレスティアは剣を振るっている。その体勢からでは、アイヴァンの«鋏断»に対処する事は出来ない。
勝利を確信し、笑みを浮かべるアイヴァンの視界に碧い刃が映った。
「がぁあああ!?」
刹那、アイヴァンは剣を引き戻し、防御体勢を取っていた。
振り切った筈のテレスティアの刃が、まるで映像を巻き戻しているかのようにアイヴァンの方へと戻ってきていたからだ。
碧い刃はアイヴァンの剣を斬り裂き、彼の顔を斬り裂く。
肌と共に眼球を斬り裂かれ、アイヴァンは絶叫した。
それでも我を失わず、全力で後方へと跳んだのは経験による物だろう。
「メヴィウス流剣術――«逆風»」
周囲に漂わせておいた風を利用し、剣の軌道を振った後に変更する剣術。
並みの相手では振り切ったと油断し、完全に不意を突かれて回避する事すらかなわない。
咄嗟に対応出来る辺り、やはり只者では無いと相手の力量を冷静に分析しながらも、テレスティアは口角を吊り上げ、痛みで冷静さを失っているであろうアイヴァンへ更なる挑発をぶつける。
「それで、Aランクの実力はいつになったら見れるのだ?」
「ッ、糞がァァァ!!」
回復魔術の込められた液体の小瓶をポケットから取り出すと、アイヴァンは顔へと振りかける。
かなりの価値があるポーションと呼ばれる魔道具だが、欠損した眼球を回復させるには至らない。
それでも痛みを抑える効果は合った。
瞬時に体勢を立て直し、アイヴァンが両腕に剣を創り出す。
地が砕ける程に魔力を纏ったアイヴァンが、再びテレスティアへと向かう。
再び、二人の刃が交差した。
―
―
「……綺麗だ」
「あぁ、そうだな。あんな綺麗な女の子とまた知り合いとか、やっぱおかしいぜお前。これが終わったら紹介しろよな」
「…………」
距離を取って見るテレスの戦いは美しかった。
あのアイヴァンに対しても危なげなく戦い、追い詰めてさえいる
糸を解いて貰いながら、思わず見いてしまっていた。
「……レックス、助かったよ。ありがとう」
剣戟へと視線を向けながら、レックスへと礼を言う。
自分もヤシロも、レックスがテレスを連れて来てくれなければ確実に助からなかっただろう。
「俺はあの人を連れて来て、隙を突いてヤシロちゃんを助けただけだよ」
「それでも、レックスがいなかったらテレスもここに来てくれなかっただろうし、ヤシロだって救い出せなかったさ。お前が居てくれて本当に助かった」
「あんまり言うな、照れるだろ。……でもまぁ、戦いには参加出来なくても、お前らの役に立てて良かった」
照れくさそうに鼻を擦りながらも、レックスは嬉しそうに笑う。そうしてから、意識を失っているヤシロへ視線へ向け、小さく息を吐いた。
レックスにはもう、ヤシロが人狼種だとバレている。それでもレックスはヤシロを見捨てずに、助けに来てくれた。
この戦いが終わったら、ヤシロの話もしっかりとしなければならないな。
「――大丈夫!?」
レックスが殆どの糸を解き終わった時だ。
後ろの方から誰かが声を掛けてきた。足音も近付いてくる。
糸を完全に解いて振り返ると、そこにいたのはヴィレムだった、
「音がして来てみれば、これは一体どういう状況なのかな? あそこで戦っているのは……テレスティアさんと『黒鬼傭兵団』かい?」
「あいつらに突然襲われたんです。今、こっちに教師が向かっている筈ですから、もう少しの間あいつらの相手をしなければいけません。ヴィレム先輩、協力してくれませんか?
「なるほどね……。もちろん、協力させて貰うよ」
ヴィレムは宮廷魔術師候補と呼ばれる程の魔術の腕前を持つと聞いている。俺とヴィレムがテレスの助太刀に入れば、この戦いはもう勝ったも同然だろう。
テレス達の方へ向かおうと、ヴィレムに背を向け、走り出した瞬間だった。
「ウルグ!」
レックスが鋭く俺の名前を呼んだ。
そして、俺の体が強く押される。
「おい、なに――」
振り返った俺が見たのは。
俺を突き飛ばしたレックスを雷が貫いている所だった。
「……っ」
小さく息を吐き、レックスが地面に倒れ込む。
とさりと音がした。
それきりレックスは動かなかった。
地面に倒れて、ピクリとも動かない。
「は?」
雷が飛んできた方向を見れば、にこやかな笑みを浮かべるヴィレムが立っていた。
「あは、外しちゃった」




