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嫌われ剣士の異世界転生記  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
第三章 翡翠の鳴哭
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第十一話 『黒鬼傭兵団』 

 その日も、いつもの通り、夕食を食べてしばらく休憩した後、俺達は学園の敷地の隅で修行を行う事になっていた。

 違ったのはレックスが『算術』の課題をやるために修行には遅れて来る事と、ヤシロが少し落ち込み気味だった事だ。


 整備された道を歩いて校舎の横を通り、自由訓練場やホールなどを越えて敷地の西側へと進んでいく。

 西側へ行くと徐々に人通りが無くなってきて、やがて今は使われていない集会用に作られた旧ホールに辿り着く。

 いずれ取り壊されて新しい建物が作られると言われているが、今は誰に使われずに放置されている。

 それ故にここには殆ど人が近寄らず、特に夜には誰も居ない。

 旧ホールの裏側は修行をするにはピッタリのスポットだ。


 まばらにある魔術灯でうっすらと照らされた道の中を、俺とヤシロは二人で歩いていた。

 ヤシロは少し前から何かに落ち込んでいるのか、態度が暗くなっている。

 原因を考えるにやはり俺が貴族か何かに目を付けられて、嫌がらせを受けているせいで、友人と疎遠になってしまったからだろうか。


「……なぁ、ヤシロ。最近ちょっと落ち込んでるみたいだけど、何かあったのか?」


 歩いている最中に、思い切って聞いてみた。

 ヤシロは暗い表情に笑みを浮かべると、「いえ、何もありませんよ」と答えた。

 何かあるのがまるわかりの表情だが、これ以上踏み込んで欲しく無いように見える。

 結局、俺はヤシロから落ち込んでいる理由を聞き出すことが出来なかった。



 旧ホールの裏側に到着し、軽くストレッチを始める。

 これから一時間から二時間程度、型の修行を行う。模擬戦ほど激しく動きまわる訳ではないが、ストレッチは欠かせない。


「レックスは三十分くらい遅れて来るってさ。 『算術』の課題が残ってるらしい」

「必修ですし、落としたら不味いですからね。レックスさん、何となく『算術』は苦手そうなイメージですけど、大丈夫でしょうか」

「どうだろうな。流石に今の簡単なレベルで出来ないってなると、結構ヤバイような気がするぞ」

「レックスさん、授業あんま聞いて無さそうですもんね」


 レックスへのヤシロの評価が結構辛辣だ。

 まあ確かに聞いて無さそうだけどさ。


「ウルグ様は授業中に本を読んだりしてるのに、小テストとかはほぼ満点ですよね? 迷宮都市に来る前とかに習ってたんですか?」

「んー、まぁそんな感じかな。学園で習うくらいの難しさなら解けるよ」


 といいつつ、小テストで凡ミスをして一問落としてるんだけどな。


 そんな事を話しながらストレッチを行い、体が温まった所で型の練習をしようとヤシロから距離を取る。


 ここまではまだ『いつも通り』の範囲内だった。

 そして、ここから先はいつも通りにならなかった。



 俺達は何者かから、襲撃を受けた。



「ウルグ様!」


 まず最初に起きたのは、ヤシロが俺の名を呼んだ直後、目の前から消えた事だった。


 何が起きたかすぐには理解できず、数秒の間を置いてやっといつのまにかヤシロと自分の間に大きな土の壁が突き出ている事に気が付く。

 それに気付いた時には既に、背後から複数の魔術が飛んできている所だった。

 炎、雷、風、三種類の魔術が連続して飛んでくる。


 その時になって、ようやく俺は何者かから襲撃を受けたのだという事に気が付いた。

 横へ大きく跳ぶと、さっきまで俺が居た所に複数の魔術が被弾して土煙を上げる。


「何だ!?」


 魔術が飛んできた方へ視線を向ければ、そこに居たのは黒尽くめの男達だった。

 黒いバンダナで口元を隠し、服装も黒を基調にして作られている。何より目を引いたのは、彼らの服に縫い付けられた『鬼』の紋章だった。


 冒険者ギルドに貼り出されていた指名手配書で目にしたことがある。

 あれは確か『黒鬼傭兵団』の紋章だった筈だ。


 ――――傭兵団と一部の貴族が繋がってるって噂が出てるんだよ。

 ――――もしかしたら、王都の中に入り込んでるのかも知れないぜ。


 いつか、レックスが言っていた言葉が思い出される。

 目の前に居るのが本物の『黒鬼傭兵団』だとすれば、レックスの推測は正しかった事になる。

 それはまだ良いとしても、何故俺達が『黒鬼傭兵団』なんかに襲われなければならないんだ。


「ッ」


 避けた先に風の魔術が飛んできた。その合間に数本の矢が混ざっている事に気が付き、『鳴哭』を横薙ぎに振って魔術ごと矢も斬り落とす。


 その時、壁の後ろで小さく爆発音が連続した。


「ヤシロォ!!」


 あの壁の奥でヤシロも同じように襲撃されている様だ。

 あいつが簡単にやられるとは思えないが、敵は世間を騒がす犯罪組織だ。万が一の可能性も考えられる。


 俺を襲っているのは六人の黒尽くめだ。

 三人の魔術師が一番奥に控え、その手前で三人が弓を使って矢を撃ってきている。

 このまま相手の間合いにいるのは危険だと判断し、即座に連中に向かって走り出した。


 魔術を受け流し、矢を斬り落として接近する。 

 ある程度近付くと、弓を構えていた黒尽くめ達は懐から剣を取り出すと、俺を迎え撃とうと同時に走り出した。


「――――」


 連中が走り出した瞬間に、«魔力武装»の出力を高めて一気に接近する。一秒足らずで黒尽くめの一人の懐へ潜り込み、バッサリと斬り付けた。


「ぐぁあ!?」


 悲鳴を上げ、黒尽くめは傷口から血を噴出させて地面に倒れた。

 明確な殺意を持って、人を斬り付けたのはこれが初めてだ。柄を通じて刃が黒尽くめの肉に沈む感触が伝わってきた。

 気分の良いものではなかったが、レックスを斬り付けてしまった時程の衝撃はない。


「この!」


 仲間が斬り付けられた事に激昂したのか、怒声をあげて二人の黒尽くめが斬り掛かってきた。

 どちらも«魔力武装»を発動しており動きは素早い。その上息が合っており、一人に斬り掛かろうとすると、一方がそれを庇ってくる。


 二人に苦戦している間に後方で魔術師達が詠唱を始めていた。

 前衛が魔術師の詠唱時間を稼ぐ。戦いの定石だ。


 魔術師に視線を向けていると、二人の黒尽くめが同時に踏み込んできた。踏み込みは同時なのに、二人の剣を振るペースは微妙に異なっている。どちらかを防げば、もう片方がガードをすり抜けて斬り付けるという寸法だろう。


 心臓が早鐘を打つのを感じながらも、俺の思考は極めて冷静だった。

 壁の向こうにいるヤシロを思うと焦燥感が沸き上がってくるが、それを意図的に頭の隅に置いて、ただ思考を戦いへと向ける。


 タイミングのずれた二つの刃の軌道を急速に予測し、タイミングが早い方の軌道へ『鳴哭』の刃を置く。


 理真流――«置剣の型»。


 相手の剣の軌道を読み、その先へ自分の武器を『置く』事で、軌道を逸らすという技だ。

 設置した『鳴哭』が相手の攻撃を逸らすのと同時に柄から左手を離した。そして懐から迷宮都市でバドルフから貰った短剣を取り出し、それでもう片方の剣を受け止めた。


「ッ」


 流石に片手の短剣では剣を受け止めきれず、手から短剣が弾け飛ぶ。

 だが«置剣の型»と短剣によって、二人の同時攻撃は凌げた。やや体勢を崩しながら、俺は強引に後ろへ跳ぶ。


 そして二人が追撃しようと動き出すよりも早く再び前に出た。

 速度を抑え、黒尽くめの片方へ斬り掛かる。もう一人がそれを防ごうと剣を構えるよりも早く剣速を倍にした。

 その結果黒尽くめのガードが間に合わず、一人は正面から俺に斬られる事になる。


「なっ」


 相方がやられた事に驚きの声を漏らす男の腹へ、魔力を纏った蹴りを叩き込んだ。靴底が腹にのめり込み、中の物が折れる感触が伝わってくる。

 胃液と血反吐を口から零しながら、前衛最後の黒尽くめは何メートルも後方へぶっ飛んでいった。


 次は魔術だ――――魔術師に視線を向けると同時に、背後の土壁が音を立てて崩れ落ちた。


 振り返ると、ひときわ身長の高い黒尽くめの男が立っていた。


 その男はヤシロの髪を掴んでいた。

 ボロボロになり狼耳を露出してぐったりとしたヤシロを掴み、俺へ見せ付けるかのように突き出してくる。


「てめえぇぇぇぇぇぇッッ!!」


 頭が真っ白になり、激高し絶叫し、ヤシロを掴む男へ斬り掛かろうとするのと同時に、後ろから何かがぶつかってきた。

 何が起きているのか理解する間もなく、俺の体は地面を何度も転がる。顔を頭を胸を背中を腹を強かに打ちつけ、土に塗れてようやく動きを止める。


「ご、ぉ!? いぃィィああああああああああぁぁぁぁッ!!?」


 直後、全てが吹き飛ぶような強烈な痛みが全身を襲う。

 最初に衝撃を受けた背中が呼吸すら出来ぬ程の痛みを発し、強かに打ち据えた全身にバラバラになるかと錯覚する程の鈍い痛みが走る。

 痛みの余り、胃液が競り上がってくる。堪え切れずに地面へ盛大にぶちまけたそれには、赤黒い物が混じっていた。


「ぐぅぅ、はぁっ、うぁ、はぁ」


 飛びそうな意識を繋ぎ止め、ようやく吸えるようになった息を肺へ押し込んでいく。内臓が傷付いているのか、それとも口の中を傷付けたのか、呼吸のたびに血の味が口の中で広がる。


「……ヤシ、ロォ!!」


 寝ている暇はない。

 唇を噛み締め、震える手に力を入れて立ち上がる。

 大丈夫だ。まだ大丈夫だ。

 前に大きなダメージを受けた時と違って、まだ魔力には余裕がある。動けなくなるほどのダメージではない。


「……何なんだ、お前らはッ!」


 口の中で粘つく血の味が混ざった唾液を地面に吐き捨て、ヤシロの髪を掴む黒尽くめの男を睨み付ける。

 他と者と同じようにバンダナと鬼の紋章の服を身に着けた、黒茶色の髪の男だ。身長はさほど高くないが、ずっしりと厚みがあり威圧感を覚える。体に付いているのは脂肪ではなく、鋼のような分厚い筋肉であることは服の上からでも分かった。

 俺が斬り捨てた三人の黒尽くめとは明らかに格が違う。


「ハッ、俺達の正体くらいならもう気付いてるんじゃねえのか?」

「……『黒鬼傭兵団』」


 俺の返答にクツクツと喉を鳴らし「分かってんじゃねえか」と男が持ち上げているヤシロを揺らす。


「ヤシロを離せ」

「そいつは出来ない相談だ。この女は俺達が回収させて貰うし、お前はこれから俺達にズタボロにされた挙句に殺されるんだ」


 そう言うと、男はヤシロを突き出した。

 もう片方の手にはナイフが握られており、それをヤシロの喉元に突き付ける。


「――動くな」




 次の瞬間、俺に向かって魔術が降り注いだ。



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