第十話 『騎士を目指す理由』
それから、俺は修行を続ける気になれなかった。
二人に謝って剣を仕舞い、自由訓練場を後にした。ヤシロとレックスも修行を切り上げ、俺の後に着いてきた。
気まずい空気の中、寮の別れ道になってヤシロと別れ、レックスと二人で寮へ歩く。
レックスはどうにか重い空気を払拭しようと、俺に色々と話題を振ってきた。
「そういえば、可愛い女の子がお前と話がしたいって俺に言ってきたんだけど……」
「レックス。悪い、先に寮に帰っててくれ。ちょっと散歩してくる」
レックスの言葉を遮り、俺は来た道を引き返した。
行く宛もなく、ふらふらと学園の敷地を歩き回る。何日も寝ていない時みたいに思考に靄が掛かっているようで、何も考える事が出来なかった。
フラフラと学園内を歩き回っていると、寮に帰った筈のヤシロが校舎の裏側に居た。そこにはヴィレムもいて、また二人で何かを話しているようだった。
ヴィレムは後ろ姿しか見えず、ヤシロは暗い表情をしていた。
「……何してるんだ、俺は」
覗き見していても、意味は無い。
彼らに背を向けて、俺は寮に帰った。
―
夜、ベッドで寝転がって、レグルスの言葉を思い出していた。
――君は《剣聖》になるに相応しい人間なのかい?
今考れば、「相応しいとかそんなのは関係ない。俺は《剣聖》を目指すだけだ」とあの場で言えば良かったと思える。
だけどそれは今だからだ。
結局、俺はレグルスの言葉に対して胸を張って言い返す事が出来なかったのだ。《剣聖》になるという目標を掲げ、ずっと剣を振り続けてきたというのに。
考えてしまった。
俺は人々に信用されるような人間なのか――と。
レグルスは言っていた。
強さだけでは駄目だと。人々に信用されるような人間で無くてはならないと。
人々に認められたくて《剣聖》を目指しているのに、《剣聖》になるには人々に認められる人間でなければならないと言われたのだ。
分からない。
「まーだ悩んでんのか?」
風呂から帰ってきたレックスが早速服を脱ぎながら、ベッドに沈んでいた俺に話し掛けてきた。
「確かにレグルス先輩の言い分も一理あると思うけど、それはあくまであの人と、その親父さんの意見だろ? 別にお前がそれに悩む必要は無いんじゃないか? って俺は思うんだけどなぁ」
「……」
「それに、今までの《剣聖》全員がレグルス先輩の言ってた人達ばかりじゃないしな。腕試しでーとか、そういう理由でなる奴もいたらしいぜ」
鏡の前でポージングしながらのレックスの言葉。
あの後、ヤシロも同じことを言っていた。
『ウルグ様はウルグ様の道を行けばいいと思います。他者からの意見で道を変える必要はありません。それに、私はウルグ様は《剣聖》になるに相応しい人物だと思います』
自分の道を行けば良い。
確かにそうだ。
俺は俺の思うようにやればいい。確かにそう思ってる。
だけど、だからこそ、あの時即答出来なかった自分が嫌になる。
「ふぅ」
ひと通り筋肉のチェックを終えたレックスが、大きくベッドに倒れこむ。
寮に帰ってきても暗く落ち込んでいた俺を、レックスが一人で喋ることでカバーしてくれた。あんな事があったのに普段通りの態度で接してくれている。
もしかしたら、レックスのような人間が、信用される人物なのかもしれない。
「なぁ、レックス。お前はどうして騎士を目指してるんだ?」
ふと、レックスがどうして騎士を目標にしているかを聞きたくなった。
厳しい修行に着いてこれる程にレックスは真剣に騎士を目指している。そんな彼の話を聞けば、何か分かるかもしれないと思った。
「んー、そうだな」とレックスはしばらく悩む素振りをした後、ゆっくりと話し始めた。
「まぁ、ちょっと重い話なんだけどな。俺の父さんが騎士っていうのは前に話したよな」
「ああ」
「父さんは王都の外へ行って魔物や盗賊から人々を守るのが仕事の第三番騎士隊っていうのに所属してたんだ。
それで、その日も仕事で王都の外へ出掛けてた。Bランクの魔物、《六腕岩猿》っていうのがある村の近くで住処を作ってたらしいんだ。
そのまま放置しておくと村人に害が出るって事で、父さん達はそれを狩りに《六腕岩猿》の住処へ行った」
前にレックスは父が騎士だった、と言っていた。
それはつまり、今は騎士ではないという事だ。
「住処から出てきた《六腕岩猿》に不意打ちを仕掛けて、特に被害を出すこと無く討伐に成功したんだ。そこまでは良かった。
だけど住処に住んでいた《六腕岩猿》は一匹じゃ無かった。討伐した個体を含めて、三匹住んでたんだ」
「…………」
「仲間を殺されて怒り狂った《六腕岩猿》に襲撃されて、騎士達は大きなダメージを受けた。その時、父さんの友人が《六腕岩猿》に攻撃を受けて動けなくなってたらしい。
それで《六腕岩猿》はその友人に止めを刺そうと攻撃してきた。その時にうちの父さんはそれを庇って、致命傷を負っちまった」
「…………」
「まあ、騎士にはありがちな話だよ。
結局、《六腕岩猿》は残りの二匹も討伐された。でも、致命傷を負った父さんは治癒魔術が間に合わなくて、死んじまったんだ。
父さんは死ぬ前に、友人が助かったのを見て『良かった』って笑って死んだらしい。
それを聞いた時にさ、俺の父さんは世界一格好良い騎士だと思ったんだ」
「……ああ」
「それで、俺も父さんみたいに誰かを守れる騎士になりたい、守って笑って死ねるような騎士になりたいって思った。
母さんからすれば、俺に騎士なんか目指して欲しくないと思うだろうけどな。俺が騎士を目指したいって言ったら、特に反対もせずに頷いてくれたんだ。『死ぬ事は覚悟しときなさい』なんて言われたな。
……まあ、俺が騎士になりたいのは、父さんみたいな騎士になりたいから、ってのが理由かな。
大した話でも無いだろ?」
「……いや……立派だと思う。少なくとも、俺なんかよりは」
レグルスは人々を支えられる《剣聖》になりたいと言っていた。
ヤシロは俺を支えたいと言っていた。
レックスは人々を守れる騎士になりたいと言っていた。
皆、自分ではなく、誰かの為に努力していたんだ。
その中で俺の目標だけは自分に向いている。俺が誰かに認められたいと。
「なーに言ってんだよ。目標は全部尊いって、レグルス先輩も言ってただろ」
「……」
「それにさ、ヤシロちゃんじゃないけど、俺もお前が《剣聖》になっても何の問題も無いと思うぜ。信用がどうのって言ってたけど、お前は十分に信用出来る奴だ。わざわざ俺に修行の仕方を教えてくれたりする、良い奴だしな。まあ、可愛い女の子と仲良いのは許せないけどな」
レグルスは照れ臭そうにそう言った。
「そろそろ寝ようぜ。明日も修行だ」
「……ああ。おやすみ」
「おいっす」
俺は信用できる奴……か。
自分の目標を叶えるだけじゃ駄目なのだろうか。
認められたくて《剣聖》を目指すのは、悪いことなのだろうか。
分からない。
認められるとは、どういう事なのだろう。
結局、眠りに落ちるまで、俺はその答えを出すことが出来なかった。
―
翌日になった。
相変わらず、認められるとはどういう事なのかという答えは出ていない。
俺が《剣聖》を目指すに足る人物なのかも、分からない。
だけど俺には剣しか無いから、剣を放すことは出来ない。ヤシロとレックスと共に、二人で修行を続けた。
剣を振っていても、レグルスの言葉が頭に浮かぶ事がある。雑念は剣を鈍らせるから、早い所忘れなければならない。
認められるとはどういうことか……答えの出ないそれを考えているからだろうか。今まで気にして来なかった雑音が、耳に入るようになった。
俺の事が気に入らない貴族に、廊下で歩いている時に罵倒される事がある。今までは気にしていなかった。他人からの言葉はただの雑音だからだ。
だけど、ふと考えた。
俺と一緒にいるだけで貴族や不良に絡まれるレックスやヤシロは迷惑なのではないかと。
ヤシロは耳が良い。俺への陰口もよく耳にしているのではないだろうか。その度にヤシロは不愉快な気分になっているだろう。それは陰口を言う連中が悪いと同時に、陰口を言われる俺も悪いのではないだろうか。
分からない。
やっぱり、考えても分からなかった。
嫌がらせは依然として続いていて、解決策も見つからない。
悪意を持って俺を追い出そうとしている誰かも分からず、ただ時間が過ぎていくだけだった。
変わった事と言えば、俺に向けられる視線の種類が増えた事だった。
時折俺を見ている、感情の読み取れない視線。
それと別にどこか粘着いた、嫌な視線を感じ取るようになっていた。
これも誰が視線を向けているのかはわかっていない。
結局、何も分からない。
そしてその夜。
俺は自分が剣を握るきっかけを掴む、ある出来事と直面する事になる。




