第八話 『不穏の兆し』
王都から徒歩で二時間程の距離に《八脚の迷宮》というCランクの迷宮がある。
出てくる魔物は全て蜘蛛だ。
一匹一匹がCランクの実力を持ち、それでいて数が多い。一匹ならば倒せる相手でも、複数いれば苦戦してしまう。
一階層で最も多く出没するのが、《狂黒蜘蛛》だ。
「レックス、ガード頼む!」
巨大な蜘蛛が黒い毛の生えた八脚で迷宮を高速で移動してくる。ぷっくりと膨らんだ体は優に人の身長を超えている。
地面、壁、天井、《狂黒蜘蛛》はあらゆる方向から同時に攻めてくる。
俺達が《狂黒蜘蛛》と戦っている間に、レックスが他方向からやって来る蜘蛛をガードする。
修行の成果か、レックスはCランク魔物の突進を完全に凌ぎきる事が出来る程の防御力を身に付けていた。
目の前の《狂黒蜘蛛》を片付け、すぐに防御しているレックスへ加勢する。
レックスの実力としては、一対一なら《狂黒蜘蛛》に勝てる位だろう。まだ複数のCランク魔物と戦うのはキツイようだ。
レックスが防いでいた《狂黒蜘蛛》をサクッと倒し、俺とヤシロは討伐証明部位を剥ぎ取る。
その間、周囲の警戒はレックスが担当している。
二時間ほど迷宮に潜り、外へ出た。
―
学園に来てから、三ヶ月が経過した。
最近になって、レックスの修行の成果が出始めているように思う。
まず、俺やヤシロの動きに目が付いてこれるようになった。
まだ完全ではないが、時たまこちらの攻撃にも反応出来るようになっている。受け流して、カウンターを使ってくる事もあった。
«魔力武装»の扱い方も最初に較べて格段に上手くなった。
それにより防御に関しては実戦でも使えるレベルにまで上達しており、Cランク魔物一匹となら互角以上に戦えるだろう。
全部が俺のお陰とはいえないが、自分のアドバイスで友人が強くなっていくのを見るのは何だか嬉しい。
後、相手の不意を突くような戦い方をするようにもなっていた。
ブレイブの時のような、正面からがむしゃらに斬り掛かる事はしなくなっている。
授業で騎士流剣術を習っているらしく、土を蹴り上げて目眩ましするような、『不意を突く』だとか『使える物は使う』という戦い方を学習しているのだろう。
厄介な戦い方だが、レックスのお陰で戦闘の際に気を付けるべき部分を考えなければいけなくなり、俺達も勉強になった。
レックスだけでなく、ヤシロも強くなってきている。
模擬戦にレックスが混ざったことで、良い感じに刺激になっているのだろう。
ヤシロは戦闘のスタイル自体が変わった。
絶心流の影響なのか、動きが激しくなってきているのだ。具体的に言うと、攻めが強くなってきた。
今までのヤシロは速度を活かして奇襲し、失敗すれば一度退くいうスタイルを取っていたが、今は失敗すればすぐに次の攻撃へ、それが駄目なら次へ、と連続攻撃をしてくるようになったのだ。
一撃一撃は軽いものの、急所を連続で攻めてくるのは恐ろしい。代わりに防御が疎かになったかと言えばそうではなく、しっかりとタイミングを見て攻撃しないと、即«滑水斬»で反撃してくる。
迷宮都市の時よりも、確実に強くなってきている。
うかうかしていると、すぐに追いぬかれてしまうな。
―
俺自身に関しては、ヤシロ程大きな変化は現れていない。
ヤシロに聞いてみた所、攻撃のキレが良くなったのと、動きがより丁寧になったと言っていた。
恐らくは絶心流と理真流の影響だろう。
絶心流の昇段試験を受け、俺とヤシロは見事初段に上がった。
初段まではとにかく体力が重視され、試験は五分以上連続で型の動きを出来るかどうかという試験だった。毎日修行を続けている俺とヤシロは体力面においては全く問題がなく、型に関してもそこまで複雑ではないため、簡単に試験を突破出来た。
絶心流の教師、エレナが言うには、型さえ覚えれば二段になれるのはそう遠くないらしい。
「いいか。絶心流の肝は攻めだ。相手が反撃出来ないくらいに攻める事だ。一度攻めたら隙を見せずに斬り込め。そして絶対に負けねえっていう心構えを忘れんなよ。気持ちが全てじゃねえが、アタシは心構えも重要だと思ってる。だからお前達も思え」
と、エレナは言っている。
流心流と対をなす流派だけあって、絶心流は荒々しいな。
と、こんな感じで絶心流は現在二段に向けて修行している。
かなり順調と言えるだろう。
―
対して理真流だが、こちらは少し難しい。
攻めるべきタイミング、退くタイミングなどを型を通して学んでいるが、今までの自分の攻めにあった『無駄な部分』が沢山見つかって、ノイローゼになりそうだ。
少ない魔力をカバーする為にこの流派を習い始めた生徒は多くいて、そちらは教師のアルレイドに魔力を制限する様に言われている。俺とヤシロは必要ないそうだ。制限されていたらもっと苦労していただろうな。
「あー、ウルグ、お前は相手の動きがよく見れてる。これは理真流にとって最も大事な事だ。だが少し、相手の動きを見過ぎて自分の動きが疎かになってる時があるな。気を付けろ」
アルレイドは適当な様に思えて、こちらの悪い所を的確に教えてくれる。授業中に居眠りしている事もあるが、こちらが文句を言えないくらいに指示が的確なのが憎い。
ヤシロも指摘を受けているようで不思議がっていた。
こちらは初段が取れるのは、もう少し先になりそうだ。
―
流心流。
こちらは大きな変化はない。
三段の技を習得するにはまだ時間が必要だと、教師のスイゲツに言われてしまった。ヤシロの方も同じく難航しているみたいだ。
ただ、他の生徒が素振りなどをしている時に、スイゲツが手合わせをしてくれるのは、かなり有り難い。俺もヤシロも未だに勝てていないが、スイゲツは「冷や汗が出るよ……末恐ろしいね」などと笑っている。
スイゲツはシスイとは違って意地悪な所がなく、素直に教えてくれるので気が楽だ。そう言ったら、スイゲツは大笑いしていたな。
俺的には卒業までに三段が取れればいいやくらいに思っている。
流心流を極めたい訳ではなく、あくまで戦いの中に取り入れられればそれで良いからだ。
と、流派の授業はこんな感じだ。
大きな進展は無いものの、全体的に見れば順調と言えるだろう。
―
昼休み。
レックスとヤシロの三人で食堂にやってきていた。
相変わらず生徒達から視線を向けられるが、最近は少し少なくなってきたように思える。皆俺の髪に慣れてきたのかもしれない。
「この辺って、魚料理が多いよな。俺の読んだ本に刺し身っていう魚を生で食べる料理があるんだけど、二人とも知らない?」
焼き魚定食を食べながら、ふとそんな事を二人に聞いてみた。
こっちでは火を通すか、干物にしてある魚しかみない。
「生で……ですか? 生でお魚を食べると、お腹を下すと聞いています」
「うへぇ。それはちょっと無理だなぁ。焼いてあるのか、もしくは干さないと食えないだろ」
どうやら、刺し身は普及していないようだ。
外国人も「魚で生で食べるのはちょっと……」という人が多いそうなので、この反応は当然かもしれない。
「魚って言ったら、干物だと思うぜ。特に干しイカとか最高だ」
「干しイカ……はっ! 干しイカが、欲しいか! ぷ……あははは」
「欲しいかって、ぶははははは!!」
二人は周りの視線を全く気にせず、大声で爆笑し始めた。
落ち着いたかと思えば、でレックスが「俺も思いついたぜ。干しいもが……欲しいもん!」などと言って、二人してまた笑い出した。
ちょっと面白いが、そこまで笑うほど面白いか……?
小学生の頃、クラスメイトが「オルガンの上に誰かおるガン!!」とか叫んで周りが爆笑していたが、そのときも笑えなかったから、もしかしたら俺の笑いのツボの方がおかしいのかもしれない。
「……イカは肝臓にいかんぞう」
「ぷ……ウルグ様っなにそれ」
「ぶははははは」
「………………」
いや、多分肝臓にいかん事はないと思うんだけど。
思いついたギャグを言ってみたが、見事に受けた。俺はただ恥ずかしいだけだった。
二人の笑いのツボだけはやっぱり分からん。
赤面して二人を見ている時だった。
いつもの、後ろから誰かに見られているような気配があった。
視線を感じた方向へ、すぐさま振り返る。
「――――」
ほんの一瞬だけ、ふわりと舞う金色の髪が見えた気がした。
視線の主が視界の隅に移り、すぐに消える。
「っ!」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
金色の髪が消えた方向へ向かうため、振り返ろうとして、
「うわっと」
いつの間にか席の後ろにいた、ヴィレムとぶつかりそうになった。
灰色の髪を揺らし、ヴィレムが何歩か後退る。
「びっくりした。急に立ち上がって、どうしたんだい、ウルグ君」
「急に立ち上がったからこっちもビビったぜ」
「……いや、知り合いがこっちを見ていたような気がして」
今から追い掛けても追いつくのは無理だと判断し、椅子に腰を落とした。
見間違いだったのだろうか。
金髪を見ると、ついテレスを連想してしまう。
「……それで、どうしたんですか。ヴィレム先輩」
ヴィレムがいなければあの金髪の主がテレスかどうか確かめられたかもしれない。少し恨ましい。
「あぁ、いや通り掛かったから声を掛けておこうと思ってね」
そう言って、レックスに自己紹介を始めるヴィレム。
どうやらヴィレムは有名な先輩だったらしく、レックスは驚いていた。
後から聞いてみた所、将来の《宮廷魔術師》候補として色々な所で有名の様だ。後余分な情報ではあるが、かなりモテるらしい。
それからしばらく雑談を交わし、「そろそろ帰るよ」とヴィレムが席を立った時だった。
こっそりと俺の耳元に口を近付けると、
「ここ何日かは注意した方がいいよ。君が誰かに恨まれてるって話を聞いたんだ」
そう言って耳から離れ、
「じゃあ、またね」
と言ってヴィレムは去っていった。
ヴィレムの謎の忠告が嫌に耳に残った。
―
そして翌日から、俺は謎の嫌がらせを受ける様になった。




