第六話 『充実した学園生活』
早朝、俺は自由訓練場にいた。
「いいか、レックス。ブレイブさんもやっていたが、相手の攻撃を受け止める瞬間に«魔力武装»の出力を高めるんだ」
「おうよ!」
俺とレックスは治癒魔術の発動している区切りの中で向かい合っていた。
それを外からヤシロが見ている。
「行くぞ!」
盾を構えたレックスに、『鳴哭』で斬り掛かる。
盾の長所は当然だが相手の攻撃を防ぐ事が出来る点だ。だがレックスは俺の剣を受け止めきれず、体勢を大きく崩してしまう。
「ぐっ」
蹌踉めいたレックスに追撃を行う。
金属音をまき散らし、盾と剣がぶつかり合った。
瞬間、レックスの体を纏っている魔力が増加する。«魔力武装»の出力を瞬間的に上げたのだ。
苦悶の声を上げながらも、レックスは体勢を崩さず、俺の一撃を耐え切ってみせた。
「っしゃ! やったぜ!」
「ああ、良い感じだと思う」
今までレックスは、«魔力武装»した俺の攻撃を正面から受け止める事すら出来なかった。
魔力が少ないのと、魔力のコントロールが下手なせいで、«魔力武装»を上手く扱えなかったからだ。
だから俺はレックスに«魔力武装»の使い方を教える事から始めたのだ。
「レックスさん、魔力の扱いが上手になってきてますね。流石ウルグ様、教えるのが上手です」
「いや、本当だよ。今までが何だったのか、ってくらいだ。ありがとな」
こうも正面から褒められたり、感謝されると何だかむず痒いな……。
「よし、もう一回やろうぜ!」
「了解」
「頑張ってください!」
レックスとの修行が始まってから、数日が経っていた。
―
レックスに修行を付けてくれと言われてからすぐ後の事だ。
「どうして俺に修行を?」
「今のままじゃ駄目だなって思ってさ。俺、騎士になりたいんだ。ブレイブさんみたいな強い騎士に。だからあの人と渡り合ったお前に頼みたいんだ。駄目か?」
駄目か、と聞かれてもな……。
どう答えていいのか、分からない。こんな風に頼まれたのはテレスの時以来だからな。
「修行っていつやってるんだ?」
「朝と夕方だな」
朝にレックスがいないのは、修行をしに行っているからだったのか。
それにしても早起きだな。俺も授業前にヤシロと修行するために早めに起きてるけど、レックスはまだ日が登らない内に起きているんじゃないだろうか。
「うーん……どんな感じで修行してるんだ?」
「ん、ああ、それはな――」
レックスの修行内容を聞いて、俺は内心で溜息を吐いた。騎士流剣術の型などを使っているらしいが、このメニューでは伸びない所か、体を壊してしまう恐れがあったからだ。
「それは――」
内容に口出ししようとして、俺は踏み止まった。
ここで口出しするという事は、レックスのこれからに影響してくる。頼まれているとはいえ、レックスの修行法を大きく変えるのはどうなのだろうか。
前世では後輩に竹刀の振り方を教えたことがある。だが、彼は迷惑そうにしていたし、後で「あいつが偉そうに言っていた」といった内容を他の部員に話しているのを聞いてしまった。
偉そうに口出ししたら、鬱陶しがられるのではないだろうか。
真剣な面差しで俺を見つめるレックスに、俺は決心した。
「分かった」
「!」
「予定とかあるから、毎日一緒に修行する事は出来ないかもしれない。だけど出来そうな時とかは……一緒に修行……しようか」
「本当か!?」
レックスが目を輝かせ、嬉しそうに近付いてくる。その迫力に後ずさりながら、俺は頷いた。
レックスは同室だし、これから長い間付き合っていかなければならない。せっかく気まずい雰囲気から抜けだせそうなのだから、仲良く出来るなら仲良くしておきたい。
『人を助ける事は自分を助ける事だ』というテレスの言葉もあるしな。
……それに、頼られたのが、嬉しかった。
「取り敢えず、レックスのトレーニングメニューを変えても良いか? 今のメニューを聞いたら、ちょっと体に良くない所とかがあったからさ」
「おお、分かった! ありがとな、ウルグ! どの辺が良くないか教えてくれ!」
それから、俺はレックスのトレーニング方法でいけなかった部分を説明した。
拙い俺の説明に、レックスはちゃんとリアクションを取ってくれる。何だかそれが嬉しかった。
―
次の日から、レックスは俺が言った通りのトレーニングを始めた。
と言っても、騎士流剣術の修行法を俺が知らないので、修行はレックスが今まで続けた修行方法をベースにしている。
まず、レックスには正しい筋肉トレーニングを教えた。
レックスはほぼ毎日、翌日に筋肉痛が残るような筋トレを続けてきていたらしい。筋肉痛が残った状態で筋トレをするのは良くないと言われているし、筋トレ後は二日程は筋肉を休ませた方がいいとも言われている。
だからレックスは毎日していた筋トレを二日おきにするようになった。
そして、彼の筋トレメニューは腹筋と腕立て伏せとスクワットだけだった。
筋トレ初心者に多いのだが、腹筋ばかりを鍛えて背筋を鍛えないのは体のバランスが悪くなる。背筋もさせるようにした。
それから睡眠時間も増やした。
レックスの睡眠時間は毎日四時間程度しか無いのだ。かなり早朝に起きてトレーニングをしているらしい。そのやる気は素晴らしいが、トレーニングをする上で睡眠を疎かにするのは愚の骨頂だ。
大体、六、七時間くらいの睡眠を取らせるようにした。
どうやらレックスが睡眠時間を削って無茶な修行を始めたのは学園に来てかららしい。学園に来て張り切っていたようだ。
筋トレを二日おきにさせ、睡眠を取らせるようにした所、「体が怠かったのが取れたぜ」と喜んでいた。
それから風呂から上がった後に、ストレッチをさせるようにした。
レックスの体は異様に固かった。
体が固すぎると怪我の原因になる恐れがあるから、ストレッチの仕方を教え、毎日させるようにした。
後は一緒に模擬戦をしたり、«魔力武装»の細かい使い方を教えたりしているくらいだ。
『剣の基本』はしっかりと出来ていたから、剣の振り方に関しては特に教える事は無かった。
とにかく、敵の攻撃をしっかり受け止められるようになることを最初の目標にした。
まずは相手の攻撃を受け止めきる所が出来ないと、どうしようもないからな。
レックスの魔力量は多くない。だから、常時体に多くの魔力を纏っている訳にはいかないのだ。そこで、相手の攻撃が来る一瞬に魔力を高めさせるというスタイルを取らせて、魔力量の問題の解決を図った。
今の所はなかなか上手く行っている。
レックスとの修行はこんな感じだ。
―
レックスの修行だけではなく、俺自身の修行もしっかりと続けている。
素振りや型、模擬戦、ストレッチなどの修行に加えて、最近は流派の授業が追加された。
今の所、俺が履修しているのは『流心流』『絶心流』『理真流』の三つだ。
取り敢えず、俺がしっかりと学びたいと思った流派を三つ取っている。
一つひとつの流派の基本を使えるようにしておいて、そこから良い所を取り、自分の戦い方に取り入れようと思っている。
広く浅く……とは違うかもしれない。
『弾震流』などまだ取れる流派は幾つかあるが、あまり多くの事を同時に学ぶよりも絞った方が良いと思う。まずは『絶心流』と『理真流』の初段を目指して頑張ろう。
出来れば色々な流派を二段ぐらいまでは取りたい。
―
流心流を教えているのはスイゲツという男の先生だ。
スイゲツは流心流道場でシスイと共に先代のシスイに師事していたらしい。現在は流心流四段の実力者だ。
「二人とも二段を習得しているだけあって、基本は良く出来ていますね。ではこの授業ではこれまでの技を復習しつつ、三段の修行をして行きましょう」
流心流初心者の生徒達が«滑水»などの構えを練習している間、俺とヤシロは離れた所で別の修行をする事になった。
最初にスイゲツの剣を二段までの技で受け流す復習をしてから、三段の剣技を教えて貰う。二段より上なだけあって、習得はなかなか難しそうだ。
それだけでなく、俺やヤシロの戦い方に合わせた流心流の戦い方も教えて貰っている。
俺の場合は剣戟の合間にカウンター技を挟む戦い方を。
ヤシロの場合は懐に隠しておいた小刀で«滑水斬»を使うような、相手の不意を突く戦い方を教えてもらっている。
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剣技の授業の中で、最も順調に行っているのは絶心流だろう。
絶心流は防御重視の流心流と対をなす流派だ。こちらは相手を攻める剣で、俺の戦い方に合っている。
高速で動き回り、間髪入れずに攻撃を仕掛ける技が多い為、この流派は体力重視だ。
生徒達の殆ど、特に貴族は体力がなく、すぐに息を切らして動けなくなってしまう。その為、彼らは剣を振る前に走り込みをさせられている。
体力があると先生に認められた者だけが、戦い方を教えてもらえている。
先生の名前はエレナ・ローライ。
燃えるような赤い色の髪を持った口調のキツイ先生だ。
体力のない貴族達に「チンタラしてんじゃねえぞゴラァ!」と叫ぶのをよく見かける。
結構怖いが、一生懸命やっていれば特に怒鳴られることはない。
絶心流の型の幾つかは村で修行をしていた時代に本で読んだことが合ったため、すんなりと覚える事が出来た。物覚えの良いヤシロも、何度か練習すれば出来るようになった。
先生曰く、俺とヤシロは剣速だけは絶心流三段の«風切剣»のそれに達しているらしい。
«風切剣»とは属性魔術の中でも、特に速度が速いと言われている風属性魔術を越える程の速度で斬り付ける技だ。
俺もヤシロも常に«風切剣»の剣速が出る訳ではないので習得はまだ先になる。しかし、この調子で型が完璧に出来るようになれば、二ヶ月くらいで初段になれると言われた。
今は型をしっかり覚えよう。
―
理真流。
少ない動きと魔力で相手を追い詰める剣技だ。
授業中はとにかく型の練習と掛り稽古を行う。しつこいくらいにそれだけを練習する。その際、魔力を使用する事は禁止されている。
型の稽古をする事で『無駄のない動き』という物を徹底的に体に覚え込ませているのだろう。
先生の名前はアルレイド・ディオール。
驚いたことに、グループで集まった時にやってきたあの気怠げな男だ。
全く強そうに見えず、教えるのも面倒臭そうにしているが、型の教え方はなかなか上手かった。それに目もかなりいいらしい。
「あー、あれだ。お前、流派を幾つか習ってんだろ? 動きからして流心流と、絶心流を齧った程度だな」と最初に言われた時は驚いた。
理真流は相手の攻撃を受け流すか躱す。その点において、流心流に少し似ている。
違う点は殆ど魔力を使わないという事と、自分から攻める技があるという所だろう。上の段には間合いに入った瞬間に相手を斬り付ける«円斬の型»なんかがある。
防御や攻める一瞬だけ、魔力を使うのだ。
理真流を編み出した剣士は殆ど魔力を持っていなかった。魔術も使えず、«魔力武装»も長くは使えない。だから魔力の消費を抑え、最低限の動きで相手を倒す剣技を編み出し、他の強靭な剣士と互角以上に戦ったという。
魔力量が多い俺にとって、魔力の節約はそこまで必要ではないが、それでも最低限の動きで相手を倒す技術は欲しい。
しっかり学ぼう。
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流派の授業はまだ始まって日が浅いが、一応順調に進んでいる。
流派以外の授業も、特に問題ない。
必修科目に『剣の基本』の授業があったが、完璧に覚えている生徒も何人かおり、そういう生徒は好きにメニューを組んで修行していいと言われた。
評価を付けるための模擬戦には参加しなければならないが。
授業の間、俺とヤシロは模擬戦をしたり、流派の復習をしたりして過ごす事にしている。
『魔術学』の授業は相変わらず先生の教え方が上手い。
既に知っている事が授業に出たりするが、それでも雑学を交えたりして話してくれる事で退屈しない。
それに、戦いにも役立つ事も学べる。
例えば、魔術への抵抗についてだ。
魔術が体にぶつかる瞬間、«魔力武装»で強く反発する事で、魔術の威力を大きく減らす事が出来る。ぶつかる瞬間に急激に魔力を高める事で、より効果的な抵抗が可能らしい。
タイミングを合わせる必要があるのでなかなか難しいが、魔術師と戦うにあたっては有効な技術だ。上手く合わせれば、下級の魔術を完全に無効化する事も出来るみたいだしな。
後、今ある無属性魔術も習っている。使えそうになるのはまだ先になりそうだ。使えても、戦闘に役立つかは分からないが……。
授業についてはこんな感じだ。
授業の合間や、休み時間なんかは図書館へ行って本を借りる事も多い。
剣関連の本だけでなく、魔物や迷宮について、伝説や創作など、目に付いた物を借りている。夜寝る前なんかに読むことが多いな。
授業を受け、ヤシロやレックスと修行し、かなり充実した学園生活を送れている。
学園が無い日には冒険者ギルドへ行き、一日で終わらせられるような依頼を受けて適度に金を稼いでいる。一日で終わらせられる依頼だと、そこまで強い魔物とは戦えないけどな。
レックスは普段休日は王都にある平民住居街の実家に帰っているが、時々俺達と一緒に依頼を受けることがある。数年前から冒険者をしているらしく、最近になってDランクに上がったらしい。レックスの修行も兼ねて何回かCランクの依頼を三人で受けたりなんかしている。
授業も修行も順調で、対人関係も一部良好だ。
レックスとも修行を通じて仲良くなり、授業などで新しい事が出来るようになっていくのを感じる。
学園生活はとても充実していた。




