第五話 『氷結騎士』
この学園は騎士、魔術師、冒険者など、将来国に役立ってくれるような人材を育成する場所だ。その為、これまでに多くの有名な人物を輩出してきた。
例えば、《剣聖》アルデバラン・フォン・アークハイド。世界最強の剣士にして、国を守る騎士団の団長だ。
例えば、《分析剣》ミリア・スペレッセ。王都を警邏するのが役割の第二騎士隊の隊長。
例えば、《操山》バレッジ・レッジヘンズ。宮廷に認められた、宮廷魔術師だ。
他にも有名な剣豪や、A~Sランク冒険者など、数え切れない程に王立ウルキアス魔術師学園に所属していた者は多い。
学園は年に数回、そんな卒業生達を呼び出して、講演会やその技術を見せる場などを設けてくれる。
そして、今日、何人かの卒業生が学園にやって来る事になっていた。
―
「学園の卒業者が来るってことは、《剣聖》が来たりする時もあるんでしょうか?」
「どうだろうな。騎士には詳しくないけど、騎士団団長って事は色々忙しいんじゃないか? 取り敢えず、今年は来ないみたいだけどさ」
朝、俺達はそんな会話をしながら、自由訓練場に向かっていた。
今日は授業がなく、一日全部を使って学園にやって来る卒業生の話を聞く日とされている。年に何度かあるらしく、寮の上級生達は口々にラッキーと言って、朝食を食べた後二度寝に入っていた。
話を聞きに行くか行かないかは、生徒の自主性に任されているのだ。その為、話を聞きに行かない者もそれなりにいる。
俺達は当然、聞きに行くことにした。
「結構人いるなぁ」
自由訓練場に到着すると、既にそれなりの数の生徒が集まっていた。
ここでもやはり貴族が幅を効かせており、一番見やすい先頭を陣取っていた。
どうせ話を聞くなら、出来るだけ前に行きたい。俺達も生徒達の間をすり抜けて、前の方へ進んでいく。
途中でベルスがいて、視線が合うとまた嫌味を言ってきたが即効で逃げた。
ヤシロが小さな口から小さな舌を覗かせて「べー」とやっていたのが微笑ましい。
「まあ、この辺でいいかな」
「そうですね。これより前はキツそうです」
流石に先頭には行けなかったが、それなりに前の方を陣取る事が出来た。
向かう途中で周囲の生徒達から穴が空くくらいに視線を向けられるが、無視に務めた。
「ウルグ様も卒業後、卒業者として講義に呼ばれるでしょうねっ」
「いやいや……。どうかな。《剣聖》になった後なら、呼んでもらえるかもしれないけど」
「その時が楽しみです」
「今の所、呼ばれそうな生徒と言ったらレグルス先輩辺りだろうなぁ」
「そうですね。後は前にちょっとだけ話したんですけど、ヴィレムさんっていう凄い魔術師が呼ばれるような気がします」
「ふぅん」
そんな話をしていると、急に生徒達のざわめきの質が変わった。
「来たみたいですね」
修行場の入口から大きな男が入ってきた。
最初からその男用に道が開けられており、すぐに修行場の中央にまでやって来る。
近くにやって来ると、その男の大きさが良く分かる。身長が高いというよりは、全身がガッチリとしていて大きく見えるのだろう。
王国騎士団の紋章が入った銀色の鎧を身に纏った180センチ程の男。短くツンツンと針のように尖った水色の髪に、同じ色の鋭い双眸。背中には長方形の盾と、よく見えないが透明な刀身を持った片手剣が掛けられている。
「あの剣……名剣『虎狩笛』って言うらしい」
「へぇえ」
俺の持つ『鳴哭』に並ぶ剣とセシルから聞いていたな。
そんな上等な剣を装備した男の名は、ブレイブ・ブルーシールド。
王国騎士団・第一番騎士隊所属の騎士だ。騎士隊長、副騎士隊長に次ぐ、第一番騎士隊の三番手。
《氷結剣》の二つ名で呼ばれる、氷の魔術を使う事が可能な男らしい。
魔術には氷という属性は存在していない。
水属性と炎属性を併せた複合魔術が氷の魔術だ。
学園で氷の魔術を編み出し、十数年前にここを卒業したようだ。
その逞しい体付きを見れば、鎧の下には練り上げられた筋肉がある事が分かる。だというのに、その歩みに一切の鈍重さは感じられない。鎧の音を立てる事なく、生徒達の間を進んでいる。
彼の纏う静謐な気迫に、今までざわめいていた生徒達は静まり返り、彼の動向を見守っている。
シスイが纏っているのと同質の、静かな気迫。レオルやバドルフ達のような荒々しい物とはまた違っている。
「私は王国騎士団・第一番隊所属、ブレイブ・ブルーシールドだ。今日はこの学園を卒業した者として、在学生の君達にこの学園や騎士の事を知って貰いたくてここに来た。集まってくれてありがとう」
前にやって来たブレイブはそう言って言葉を切り、生徒を見回してから、再び話を始めた。
「この学園では色々な事が学べる。魔術、剣技、歴史、算術、魔物、迷宮、植物学。これ程に沢山の事が学べる場所は他にはない」
学園は最低限の成績さえ取れれば、卒業する事が出来る。だから特に学ぶこともせず、日々流されるように過ごす生徒も少なく無いだろう。それは余りに勿体無い。学びたいと思っても、何も学ぶ事が出来ずに生きている者も多くいる。そんな者達に較べて、君達はとても恵まれているのだ。何か一つでもいい。この学園で『これを学んだ』と胸を張って言える物を作って欲しい。
それからブレイブは騎士団についての話をした。
王や民、国を守る誇りのある仕事だという事をあっさりと話すと、それだけですぐに話を打ち切ってしまう。
「私からの話は以上だ。何か質問がある者はいないか?」
ブレイブが周りを確認するが、手を挙げる者は一人もいなかった。それを見て「ふむ」と頷くと、
「話は終わりだが、まだ持ち時間はかなり残っている。その間、模擬戦の時間を取りたいと思う。私と手合わせがしたいという者は出てくるといい」
ブレイブの言葉に生徒達からどよめきが上がる。
話す場所が自由訓練場と言われた時点である程度は予測出来ていたが、本当に模擬戦をするとは。話の短さからして、最初からこっちをメインに行うつもりだったのだろう。
真面目そうな顔をしているが、意外に好戦的なのかもしれない。
周りの生徒達が「どうしよう?」「やってみようかな?」などと迷う声を上げている中で、
「手合わせお願いします!」
と一番に手を挙げた者がいた。
聞き覚えのある声だ。
視線を向けると、寮で同室だったレックスだった。
「よし、良いだろう。前に出てきてくれ」
「はい!」
ブレイブの言葉に威勢よく返事をすると、レックスは緊張しているのが分かる固い表情で前に出て行く。
「今出て行った奴、レックスって言うんだけど、寮で同室なんだよ」
「えぇ、そうなんですか」
前に出て行くレックスの背中には、赤銅色の菱型の盾と片手剣が掛けられていた。盾はそれなりに大きい。
ブレイブと同じスタイルだ。
レックスとブレイブは背中に掛けてあった盾と剣を抜き、お互いに向かい合う。すると彼らの足元が青く光り始めた。上級治癒魔術が発動したのだろう。
治癒魔術が掛かっているからか、模擬戦は真剣で行われる。
首を斬り落とすとか、心臓を一突きにするとかしなければ、怪我を負ってもすぐに治ってしまうみたいだから、真剣で戦っても大丈夫なのだろう。手足が斬り落とされても、上級治癒魔術の中にいれば、時間は掛かるがくっつくらしいしな。
二人とも左手に盾を、右手に片手剣を構えている。
魔術の発動を確認すると、ブレイブが合図を出した。
それと同時にレックスが走りだし、片手剣をブレイブに向けて横薙ぎに振るう。盾に防御され、修行場に低い金属音が響く。
防がれたのを気にせず、レックスは連続で斬り掛かっていく。だがブレイブは盾で防御しつつ、体捌きで衝撃を完全に受け流している。あれでは何度斬り掛かってもダメージを与える事は出来ないだろう。
「――フンッ!」
レックスが攻勢に疲れて僅かな隙を見せた瞬間だ。ブレイブが気声を発し、盾を勢い良く突き出した。レックスは咄嗟に盾でガードするが、防ぎきれずに後ろへ体勢を崩す。
「ぐっ!」
苦悶の声を漏らすレックスに、ブレイブが間髪入れずに片手剣で斬り掛かった。斜めから振り下ろされる剣に対応したものの、レックスはその衝撃には耐え切れなかった。左手から盾が弾き飛ばされ、レックスも地面へ転倒する。
そこへブレイブが片手剣を突き出した事で、勝敗が決した。
「なかなか良い斬り込みだった。後はもう少し、攻撃のタイミングを考えるといい。万全の状態で構えている相手に斬り掛かっても、ダメージを与える事は出来ない。力技で防御を崩すか、相手に攻めさせて隙を作るか。その辺りの駆け引きが出来るようになれば、君はもっと伸びるはずだ」
「はいっ!」
戦いの後にアドバイスされ、レックスはホクホクした表情で戻ってきた。二人の戦いを見た他の生徒達が手を挙げ、すぐの次の模擬戦が始まる。
「レックスさんの動き、騎士流剣術を習ってるみたいでしたね」
「ああ。俺も思った」
騎士流剣術。
流派というよりは、戦い方と言うのが正しいと聞いた事がある。
『剣の基本』を叩き込み、筋トレなどで体力と筋力を身に付けて、後は個人に合った戦い方をする。後は主に集団戦闘のやり方や、包帯やその辺りに生えている薬草などを使った応急治療、メイン以外の武器の使用法なども教わるらしい。
俺の学びたい剣術とは少しズレているが、戦い方に幅を出せそうな剣技ではあるな。
授業でも『騎士流剣術』の科目があったが、俺は取っていない。
迷宮都市でこれを習っていたという冒険者を見かけたことがあるから、何となく分かった。レックスはその動きに似ていたのだ。
「構えがなっていない。修行がたりないぞ」
話している内に模擬戦は終わっていたようだ。
戦っていたのは貴族らしく、ほぼ一太刀で負けてしまったらしい。ブレイブが厳しい表情をして、その貴族に苦言を呈している。
それから何人かが掛かっていったが、皆あっと言う間に倒されてしまった。レックス程持ったものはいない。
「他に戦いたい者はいないか?」
挑んだ者がブレイブに手も足も出ないを見てか、手を挙げる者がいなくなった。先頭付近にいる貴族達は「どうだ?」と聞かれると目を逸らしている。
このままでは模擬戦が終わってしまいそうだ。
「はい」
なので俺が手を挙げてみた。
他に挙げている者がいないので、俺はかなり目立ってしまった。訓練場内の視線が俺に向けられる。
ブレイブは「ほう」と俺を見て小さな声を漏らすと、「それじゃあ君、前に出てきてくれ」と手を招いた。
他の生徒が道を開け、俺はそこを通って中心へ歩いて行く。その途中でボソボソと「……身の程知らず」「黒髪」などというワードが聞こえたが、スルーしておく。
中心に来て、直接向かい合うと、ブレイブの隙の無さが分かる。
シスイが全てを受け流す流水だとしたら、ブレイブは全てを跳ね返す鉄の壁だ。静かだが、重圧にのしかかってくるような気迫がある。
そして俺達は剣を構えた。
―
ブレイブは半身の姿勢を取りながら、王国騎士団の紋章が刻まれた長方形の盾をこちらへ向ける。右手に握る『虎狩笛』は盾の裏側に隠されており、こちらからは見ることが出来ない。
突き刺さるような青い瞳でこちらを見下ろし、全身に薄く魔力を纏っている。構えに一切の無駄はなく、正面から斬り掛かっても盾で容易に弾かれてしまうだろう。
ではどうするか。
強引に防御を打ち破ろうとしても、あの鉄壁を崩せるとは思えない。
ならば隙を作るしか無いだろう。
向い合ってどれくらいが経っただろうか。
意識の中に雑音は無く、この場にいるのは目の前の男ただ一人だ。
戦略を定め、静かに息を吐いて冷静さを保つ。如何なる相手であろうと、畏れや怯えは剣を鈍らせてしまう。
『川に流れる水の如くあれ』。
一切の雑念を捨て、俺は走り出した。
相手の出方を伺うような、力を抜いた走り。ブレイブは盾をこちらに向けたまま、俺が間合いに入ってくるのを待っている。
「――むっ」
ブレイブの警戒をすり抜けるようにして、俺は次の一歩で«魔力武装»を全開にし、一瞬でその間合いに入り込んだ。
鋭い瞳の中に僅かに驚きを滲ませるブレイブに、魔力を纏った一撃を打ち込む。流石の反応速度で盾にガードされるが、打ち砕くつもりで剣を振り切った。
ズガァン!! と激しい金属音と共に、攻撃を叩き込んだ重い手応えが柄から手のひらに伝わってくる。
レオルから盗んだ«魔力武装»の強弱を調節し、相手を幻惑する剣技«幻剣»。
その応用技の一つ――«幻走»。
走っている最中、一瞬で魔力量を限界にまで高める事で、瞬間移動の如く速度での移動を可能にする技だ。こちらの走行速度に合わせて構えた相手の正面から不意を突く事が出来る。幻想のように掻き消え、目の前に現れる俺に対して、相手の反応は著しく遅れる。
「ぐお……っ!」
不意を突く一撃に耐え切れず、ブレイブは後ろへ吹き飛ぶ。靴の裏が地面を擦り、何メートルか下がって動きを止めた。
編み出した技で作り出した隙だ。ここで体勢を立て直す暇を与える訳にはいかない。
即座に間合いを詰め、盾での防御を越えようと上段から高速で剣を落とす。振りかぶりと«魔力武装»で高めた剣速が合わさり、岩ですら容易く斬り裂く程の威力が出る。
シスイの魔術防御を打ち破る為に作り出した高威力の一撃。
ブレイブは«幻走»からの一撃で仰け反った体勢でありながら、更にこの一撃にも対応してきた。彼の体を覆っていた魔力の量が急激に高まり、こちらの一撃を持ち上げた盾で受け止める。
激しく金属がぶつかり合ったことで火花が散った。
「――ッ」
先程、伝わってきた衝撃とは違う手応え。
柄を通して感じたのは、衝撃が盾を撃ち抜く感触ではなく、受け流される感触だった。
ブレイブの足元に放射状のヒビが入っている。防御の瞬間に腰を屈め、衝撃を地面に拡散させたのだ。
驚きに小さく声を漏らす俺の耳へ、ヒュンと風切り音が届いた。咄嗟に体を捻り、ブレイブの剣を回避する。
盾に隠されているせいで、どのタイミングで攻撃が来るのかが分からない。盾と剣の使い方を熟知した戦い方だ。
剣を回避した先へ、長方形の盾が突っ込んできた。
剣と盾の二段構え。
剣を横薙ぎに振り、盾での一撃を迎え撃つ。弾くのではなく、剣を引っ掛けて衝撃を殺しつつ、ぶつかった勢いを利用して数メートル後方へ飛び退く。
靴の裏で地面を滑りながら、体勢を整える。
「…………」
ブレイブは俺を追ってこず、俺を観察するように冷たい視線を向けている。
剣を構え直し、再び正面から向き合う。そして再び、先に動いたのは俺だった。
もう«幻走»は通じないだろう。だから、最初から出せる全力の速度で間合いを詰めた。
一息で間合いに入り込んだ俺の軌道を読んだかのように、盾が突き出される。盾の表面に刃を添え、滑らせて軌道を逸らす。
盾を凌いだとほぼ同時に、斜め上から透明な刃が振り下ろされた。横へ飛んで回避し、それから今度はこちらから連続で斬り掛かった。
連撃を打ち込み、盾を弾き、剣撃を受け流し、立ち位置を変え、攻守を入れ替え、修行場の許された範囲を動き回りながら、嵐のように刃を交えていく。
相手は盾と剣を片手ずつで使用しているというのに、威力も速度も俺の剣速に付いてきている。激しい剣戟の中で時たま防御をすり抜けた剣がお互いの体を浅く斬り、治癒魔法によって即座に消えてなくなる。
冷徹な瞳を浮かべていたブレイブはいつしか鋭い剣気を放ち、こちらを試すような動きから、倒す為の動きにシフトしていった。
「――」
ブレイブの一閃を受け流しきれず、自分から後ろへ下がって衝撃を殺した瞬間だった。
『虎狩笛』の透明な刀身が淡く青く輝いたかと思うと、彼の周りに青い魔力が集まり始める。それは鋭い杭の様な形を取ると、ただの魔力から氷の杭へと姿を変えた。
ブレイブが剣を振ると、氷の杭が高速で撃ち出され始める。
「!!」
同時に十を越える魔術を受け流す余裕はない。
魔力を高めて速度を上げ、全ての氷の杭を打ち落としていく。氷の杭の勢いは止まらず、対処した先から新しい杭が飛んできている。
このままでは埒が明かないと、杭を斬り裂きながらブレイブへと走りだす。
「――ヌン!」
ブレイブが気声を上げ、ゾクリと悪寒が走る。
見れば、氷の杭に紛れて『虎狩笛』を横薙ぎに振っていた。その刀身から更に氷の刃が伸びており、数メートル離れた俺の所まで刃が迫ってきている。
咄嗟に地面を蹴りつけ、大きく上へ飛び上がる。足の下を通過していく氷の刃を見ながら、俺は飛び上がったことが悪手だったと悟る。
俺の落下地点が凍り付いていたからだ。気付かない内に床に魔術を掛けて、一部だけ凍らせておいたのだろう。
「うっ」
氷の床へ降りた瞬間、大きくバランスを崩して倒れこむ。強かに背中を打ち付けて痛みに呻きながらも、即座に起き上がろうと地面に手をつく。
俺が立ち上がるとほぼ同時に、目の前長方形の盾が迫っていた。
「がッ!!」
防御態勢も間に合わず、正面から盾を叩き付けられ、無様に地面に転がった。『鳴哭』が手から抜け落ちてしまう。
予備の剣が服の中に締まってあるため、まだ戦える事は戦える。しかし、ブレイブは構えを解いて盾と剣を仕舞っていた。
……俺の負けだ。
悔しさに歯を食いしばり、声を上げそうになるのを抑える。
また負けた。また勝てなかった。
ブレイブが近付いて来て、床に倒れている俺に手を差し伸べてきた。唇を噛んで不甲斐ない自分への怒りを噛み殺して、彼の手を取る。
「名前は?」
俺を起き上がらせると、ブレイブは静かに聞いてきた。
「……ウルグです」
「そうか。覚えておこう」
ブレイブは少し興奮した口調で、
「良かったら、この学園を卒業した後、騎士にならないか? 私が推薦すれば、見習いをすっ飛ばして、准騎士くらいにはなれると思うが」
「え、いや……今の所は騎士になりたいとは思ってないです」
ブレイブは残念そうな表情を浮かべた。
「そうか……。だが、騎士になりたいと思ったら私に連絡をくれ。推薦書はいつでも書けるからな」
「は、はぁ」
「見た所、流心流を習っているみたいだが、絶心流は習っていないのか?」
「はい」
「そうか。この学園では絶心流も学ぶ事が出来る。是非、学ぶといい」
ブレイブは俺の肩を叩き、深く頷いてそう言った。
後で知ったが、絶心流には足を滑らせたりしてバランスを崩した体勢からでも、相手を斬り付ける剣技があるらしい。ブレイブはその事を言っていたのだと思う。
俺との模擬戦に結構な時間を割いてしまったため、ブレイブとの模擬戦はこれでお終いになった。最初の落ち着いた口調とは違う、少し興奮の残った声で生徒達に激励の言葉を残し、ブレイブは去っていった。
―
「ウルグ様、お疲れ様でした」
その後、ヤシロと合流し、俺達は修行場の外へ出た。
ゾロゾロと修行場から出る生徒達が、若干俺達から距離を取っている気がする。
「ブレイブさんとの模擬戦はどうでしたか?」
「……ああ。強かったよ。俺のフェイントにも殆ど引っ掛からないし、どうしてもあの防御を突破出来なかった。氷の魔術を使われてからは一気に追い詰められたし、途中までは本気じゃなかったんだろうな。『虎狩笛』の«魔術刻印»も最後以外使ってなかったし」
本気で挑んでも倒しきれなかった。最後の氷の魔術にしたって、本気だったか分からない。
修行の成果が届かなかったのだ。悔しくて仕方がない。
今まで見てきたどの冒険者より強かった。ランク付けするのは陳腐に思えるが、シスイがSランクだとしたら、ブレイブは恐らくはAランク冒険者クラス相当の実力者だと思う。
やはり、今の俺ではまだAランクの冒険者にも届いていないのだ。《剣聖》になるにはシスイランクの剣士に勝たなければならない。
このままじゃダメだ。もっと強くならないと。
「もっと強く……ならないと」
「…………ご自愛くださいね」
今後の目標をより強くイメージしながら、俺達は他の卒業生の話も見に行った。
残念ながら、ブレイブの様に模擬戦を行う卒業生はいなかったな。
こうして今日の予定は終了し、俺達は寮へ帰った。
―
部屋に戻ると上半身裸のレックスが床に寝転がって腹筋をしていた。
体脂肪が薄く、更によく鍛えられている事から、レックスの腹筋はクッキリと割れている。その上にある大胸筋も程よく肥大していた。相変わらず、いい体だ。
「……ただいま」
「おうっ」
一応同室なのだから、声は掛けておいた方が良いだろう。レックスは腹筋したまま返事をしてくれた。
それからしばらくの間、部屋の中にはレックスの息遣いと、俺が荷物を片付ける音だけが響いた。
「よっし」
腹筋が終わったのか、レックスが息を吐いて床から立ち上がった。タオルで額に浮かんだ汗を吹き、大きく伸びをする。
俺はベッドに腰掛け、明日の予定を見ていた。
「なぁ、ウルグ……だよな」
「え、あ、ああ」
唐突に話し掛けられ、若干驚く。
「ウルグとブレイブさんの模擬戦、凄かったよ。凄い速度で動きまわったり、斬り結んだりしてさ。最後には氷魔術まで引き出してただろ? 俺は氷の魔術を出させるまでもなくやられちゃったからよ」
「…………」
どう答えていいか、頭に浮かばない。
唐突に話し掛けられたのもそうだし、氷魔術を引き出せたというだけでは、俺は満足できないからというのもある。
相手が誰であれ、負けは負けなのだから。
「ウルグの戦いを見て、ちょっとビビったぜ。あんなに強かったんだな」
「いや、まあ……一応修行してるからさ」
「マジか! どんな事してんだ? 俺もしてるけど、いまいち伸びなくてよ」
グイグイ喰い付いてくるレックスに戸惑いを隠せない。
急にどうしたんだこいつ。
「いや……走ったり、素振りしたり、型の練習してる。あと、模擬戦とかも」
「うぅん、俺とそこまで変わんないな……」
そこでレックスは考え込むような素振りを見せ、
「良かったらさ、俺に修行を付けてくれないか?」




