第四話 『身体検査』
朝起きて、まず部屋の外にある洗面所へ向かう。
大人数が生活する寮なだけあって、洗面所はかなり大きい。
眠たそうに目をこする先輩達がこっちを見てぎょっとした表情を浮かべるのを尻目に、顔を洗って眠気を落とす。
それから一階の中心にある寮食堂へ向かい、寮母さん達が作ってくれた朝食を食べる。洗面所と同じく、寮食堂もかなりの大きさだ。
流石ウルキアス大陸で最も規模の大きい学園なだけはある。
メニューはコンソメっぽいスープとパンとサラダだ。なかなか美味しい。
「そういえば聞いたか? 人狼種の話」
「っ!?」
すぐ近くの席で朝食を食べていた先輩が口にした言葉に背筋が凍る。少し残っていた眠気が一瞬でぶっ飛んだ。
そちらには視線を向けず、耳だけを傾けた。
「何でも、今年の一年に人狼種がいたらしくてさ、同学年の貴族に絡まれたんだよ」
「まぁ、貴族連中だったら絡みに行くわな。それで?」
「ああ、それで絡んできた連中に対して『文句があるなら決闘しろ』みたいな事を言ったらしくてさ。その場はレグルスさんが駆けつけて止めたらしいんだけど、その人狼種は大分貴族に目をつけられたって話だ」
「レグルスさんもよくやるなぁ。にしても貴族に喧嘩売るなんて、なかなか度胸あるな。貴族と人狼種って言ったら、俺は人狼種の方を応援するかもな。
それで、そいつはどんな奴なんだ?」
「あぁ、友達から聞いた話だから詳しくは知らないけど、男らしいぜ」
「…………」
ふぅ……。良かった。
どうやらその人狼種はヤシロの事では無いらしい。一瞬、心臓が止まるかと思ったぞ。
だけど、ヤシロの他にも人狼種が入学していたのか。自分の種族を隠すこと無く、しかも貴族に堂々と喧嘩を売るなんて、大胆にも程があるな。
まあ、そいつが目立ってくれれば、その分ヤシロが動きやすくなる。出来れば関わり合いにならず、無関係で過ごしたいな。
「そういえば、今年の一年のなんちゃらアルナードさんって子が凄いらしいな」
「ああ、英雄メヴィウスの家系か。確か公爵家の」
「そうそう。噂に聞くとレグルスさんととヴィレムに並ぶ実力者らしいぜ。しかも超美人」
「いいねぇ。レグルスさんもヴィレムの野郎も美形だよなあ。強い奴は美少女美青年の法則でもあるのかね――」
朝食を終え、席を立った。
それから部屋に戻って歯を磨く。
そういえば、レックスがいない。俺が目覚めた時にはもう居なかったし、寮食堂にも居なかった。どこかへ言ってるんだろうか。
まあ、顔を合わせても気まずいだけだし、会わない方が良いのかもしれないけどさ。
荷物を揃え、寮から出た。
今日は身体検査が行われる。
身長体重、魔力量、魔術適性、魔力操作、運動能力。
検査されるのはこの五項目だ。
結果によって、特に何かが変わる訳ではないが、今後の自分への指針になる。
検査が開始されるまで、しばらく時間があるので自由訓練場へ行き、ヤシロと修行をする事にしている。
寮からしばらく歩いた所に、男子寮と女子寮への別れ道の看板があるので、そこで待ち合わせている。
「おはようございます、ウルグ様!」
いつもの魔術服を身に付けたヤシロが、歩いてくる俺を見て手を振ってきた。
見えない筈の尻尾がブンブンと勢い良く振られているような気がする。やはり狼というよりは犬だな。
「おはよう、ヤシロ。寮はどうだった?」
「えと、特に問題はありませんでした。話し掛けてくれる子もいて、新鮮でした」
「そうか。良かったな」
「はいっ。ウルグ様はどうでしたか?」
「問題なかったよ」
そうとしか答えようが無い。
話し掛けてくれる子も、新鮮な事も何も無かった。ただ前世を思い出すような、無味乾燥な時間だった。
「そういえば聞いたか? ヤシロ以外の人狼種が学園にいるらしい」
「あぁ……聞きましたよ」
「どうするんだ? もしかしたら、会いに行きたいか?」
「いえ、それはいいです。特に会いに行く意味もありませんしね。今の私は人狼種である前に、ウルグ様の影ですから」
ヤシロとしては会いに行く気は無いらしい。
それならそれでいい。
ヤシロが会いに行きたいと言うんだったら、少々危険だが接触していただろうが。
その後、俺達は自由訓練場へ行って模擬戦を行った。
シスイから教わった流心流剣術も、忘れないように復習しなければならないし、お互いに白熱した修行になった。
遅れないよう、適度に修行し、俺達は身体検査へと向かった。
―
身体検査は前世であった身長体重などを測るものの他に、身体能力や魔力についての検査が行われる。
魔力量検査、魔術適性だけは男女混合で行われるが、それ以外は男女別だ。
取り敢えず、最初に二人で一緒に行ける物へ行き、その後各自で行動する事にした。
「人、多いですね」
検査は空き教室や、グラウンドなどで行われる。どこも生徒で一杯だ。
俺達は魔力量検査の教室にやってきていた。
そこでもやはり、貴族は目立っている。平民を押しのけて順番を抜かし、ちゃっちゃと検査を終わらせている。自分達が最初に検査を受けるのは、当然だという表情だ。
俺とヤシロの順番になった時、また後ろから貴族が抜かしてやってきた。
無視して検査を受けようとすると、話し掛けられる。
よく見れば、前に顔を合わせたベルスという貴族だった。取り巻きーズもいる。
「またお前と顔を合わせるなんて、つくづく私も運が無い。学園はこんなに広いというのに、何故こんな者と会ってしまうのかね」
「そもそも、貴族と平民が同時に検査される事自体がおかしいのです。分けて然るべきでしょうに」
取り巻きと茶番的なやり取りをして、ベルスは悦に浸っているようだ。毎日楽しそうで羨ましい。
放っておいて、検査を受ける事にした。
「ここに強く魔力を込めてくださいねー」
検査員の人に、透明な小さい箱のような物を渡される。
これに魔力を込めて、その人の魔力量を検査するようだ。前世でいう、握力検査が少し似ているかもしれない。
箱を手にし、その中へ魔力を込めていく。
こうして検査をしていると、本当に前世の事を思い出すな。魔力なんて概念はなかったから、それを自由に扱えている事が不思議に思えてしまう。
数秒ほど、全力で魔力を込めた後、検査員の人に箱を返す。
箱に変化はなく、どうやって魔力量を測っているのかは分からない。
「流石ベルス様です!」
隣で検査していたベルスの結果が出たらしい。
取り巻き達が大げさに褒めている所を見ると、それなりに良い結果だったらしい。
俺も結果が出た。『A-』だ。
評価はEからA+まである。
Cが一般的な魔力量だ。
ということは、俺の魔力量はそれなりに多いという事らしい。一番上のAなのに、ご丁寧にマイナスが付いている辺り、俺らしいと言える。
「それで、お前の魔力量はどうなんだ」
ベルスが嫌味ったらしく聞いてくるので、素直に結果を見せてやった。
「なっ」
ベルスと取り巻きが表情を凍らせる。
反応からして、俺よりも低かったらしい。どうでもいいけど。
「流石ウルグ様です。私は『B-』でした」
嬉しそうな表情を浮かべて、ヤシロが結果を見せてくる。
ヤシロも一般魔力量よりは多いようだな。俺もヤシロもマイナスが付いているのが面白い。
苦々しい表情を浮かべているベルス君の結果は、どうやら『B』だったらしい。まあ、威張るだけあって魔力量は多いな。
その後、魔術適性検査に行き、俺は当然ながら適性魔術は無属性だけ。
ヤシロもそうだ。
それから、二時間程で全ての結果が出た。
俺の結果はこうなった。
―
魔術適性……無し
魔力量……A-
魔力操作……A
身体総合……A+
―
我ながら、なかなか良い結果だと思う。
身体検査の方については、握力とかジョギングだとか腹筋だとか腕立て伏せだとか、体力系の検査だ。魔術の使用は禁止されていたが、それでも余裕だった。
前世より、圧倒的に身体能力が高くなっている。
昔は球技系がからっきしだったが、今なら上手いことやれるかもしれない。バスケとサッカーは無理そうだが。
身長と体重も、前世で十二歳だった頃よりも高くなっている。
前世では173センチまでしか伸びなかったから、今度は176くらいまでは行きたいな。
ヤシロにも結果を見せて貰った。
―
魔術適性……無し
魔力量……B-
魔力操作……B
身体総合……A+
―
魔力に関しては、俺よりもやや劣る物の、身体能力は多分俺よりも上だと思う。運動神経とか凄そうだ。
身長などは見せてくれたが、体重だけは見せて貰えなかった。やはり、女性としては体重は見られたくない物なのだろうか。
ヤシロなら、凄く軽そうなんだけどな。
今日は試験だけで学校が終わりだったので、その後は昨日とは違う食堂へ行った。
それから適当に学園をうろつき、ヤシロと二人で模擬戦を行った。
二人で模擬戦ばかりしているのもあれだし、学園が無い日は近くにある冒険者ギルドに行って、魔物でも狩ろうかな。
そんな感じで、その日は終了した。
寮では相変わらず、気まずい時間を過ごした。
―
翌日。
最初の授業が行われる日だ。
まだ履修の変更は行える為、実質お試しみたいな物だ。必修は除いて、だが。
受ける授業は『魔術学』と『算術』の二つだけだ。それから学生手帳が配布される。
必修科目はカリキュラムがしっかりと組まれており、受けないといけない代わりに授業数と時間はそこまで多くない。それに比べて選択科目の方は授業数や時間を自分の裁量である程度増減する事が出来る。なので、剣技系の授業を入れまくって、しっかりと修行しよう。
最初の授業である『魔術学』の教室へ向かい、ヤシロと話しながら授業が始まるのを待つ。
「私は、ウルグ様と同じ授業を選択します」
「何度も聞いてるけど、ヤシロが受けたい授業はなにか無いのか? 全部俺と同じ授業を選択したいっていうなら、俺もその授業を選ぶよ」
選択科目はそれなりの数、取ることが出来るからな。まだ余裕がある。
あまり取り過ぎると、中途半端な事になってしまうからほどほどにしなければならないが。
「受けたい授業……ですか。一年生にはないのですが、二年生から『礼儀作法』という授業があるんです。それを受けたいかなって」
「礼儀作法……か。どうして受けたいと思ったんだ?」
「礼儀とか、知らないので……。ちゃんと勉強出来れば、ウルグ様にちゃんと仕えられるかなって」
受けたい授業にしても、俺関連の事なのか……。
ヤシロはもうちょっと、自分のしたい事をやっても良いと思うんだけどな。まあ、そのしたい事が、俺と一緒にいたい事だって言ってくれるのは、嬉しいけどさ。
しばらくして、教師が教室に入ってきた。
教師が軽く自己紹介を行って、授業が開始される。
お試しの授業だから、そこまで深い内容はやらない。生徒が授業に興味を持てるような会話をしていった。
話し方が上手くて、面白い。
「治癒魔術は水属性魔術の一種とされていますが、厳密に言うとその二つは違う物です。何故だと思いますか?」
教師は適度に生徒に意見を投げかけ、返ってきた答えに面白いコメントを残しながら、解説していく。
「治癒魔術で人を治療出来るのは、体内に『水の魔力』を送り込むからです。水の魔力には人体を癒やす側面があり、それを体内に送り込むことで、治癒魔術となります。
なので治癒魔術を使う事が出来る条件は、水の魔術適性がある事。そして相手の体内に魔力を送り込む技術がある事。この二つですね。
魔術適性もそうですが、体内に魔力を送り込むという技術も、先天的な所が大きく、後から習得するのは難しいそうです」
こんな感じで、最初の授業は魔術に関する雑学を教える物だった。
とにかく教師の話し方が上手で、聞いていて飽きない。良い先生にあたったな。
魔術学の授業では、こういった魔術に関する知識も学ぶが、実際に魔術を使った戦闘法、また魔術の対処法なども教えてくれるらしい。
魔術に関する知識にはあまり興味がないが、この教師の話しなら、聞いても良いかもしれないと思った。
ヤシロは授業中、コクコクと頷いて、かなり真面目に聞いていた。
可愛い。
次の授業は『算術』だ。
黒板に四則演算の説明を書いている。
この程度の授業なら聞かなくても余裕だろうから、次回からは本でも持ってきて読んでいようかな。
ヤシロもどこか退屈そうにしていた。
そういえば、山である程度の勉強は受けているんだっけな。
授業を聞きながらも、時折ブレスレットを弄ったり、俺の方をチラッと見てきたりする。
他の生徒もどこかボーっと授業を聞いていた。
早く剣を振りたいなぁ……。
こんな感じで、その日の授業は終わった。




