第三話 『分かりきっていた結末』
「ふ――」
《魔力武装》を発動し、全身を魔力の鎧で覆う。
力が漲って来るのを感じながら、少しずつ《魔力武装》に使用する魔力の量を増やしていった。
使う魔力の量を増やすことで、《魔力武装》の強度も上昇するのだ。
「くっ……」
骨が軋むような感覚に、思わず顔をしかめる。
体に纏う量を増やし過ぎると、こうして肉体に負荷が掛かってしまうのだ。
ちょうどいい塩梅に、魔力を調整する必要がある。
少しずつ魔力量を上げていき、体に限界が来たのを確かめて魔術を解除した。
「はぁ……はぁ……」
途端に疲労感が襲ってくる。
魔力を使い過ぎると起こる現象だ。
今は疲労で済んでいるが、魔力を使い過ぎると、最悪気絶してしまう。
魔術の練習を始めてすぐは、使用量をミスって何度もぶっ倒れたな。
今は、限界値が分かっているため、気絶することはなくなったが。
六歳になった。
俺がこの世界で最強になると決めてから、すでに三年が経過している。
あれから、一日たりとも無駄な時間は過ごしていない。
毎日毎日、最強の剣士になるための修業続きだ。
欠かさずに行っている修業は、大きく分けて四つある。
まず一つ目、《魔力武装》の修業だ。
属性魔術が使えない俺にとって、この魔術は生命線だ。
この世界には、物語に出てくるような英雄や魔物が実在する。剣で山を吹き飛ばすだとか、雷で大地を抉るだとか、そんなことができる連中相手に対抗するには、こちらも最低限魔術を使わなくてはならない。
最初に、《魔力武装》に関して、徹底的に調べあげた。
魔力の消費量、どの程度まで身体を強化できるのか、他人はどう使っているのか、などだ。
《魔力武装》は、発動するだけなら、それほど魔力は消費しない。俺の魔力量でも余裕で発動できる程度だ。ただし、発動中は常に魔力を消費していく。
使い始めた当初は、ほんの一分使用するだけで魔力切れを起こしてしまっていた。
このままではロクに戦えない……と少し焦ったが、これはすぐに解決した。
魔術を限界まで使用していく度に、魔力量は上昇していく。
毎日修業をしていくうちに、魔力量はグングン増えていった。
六歳になった今では、調整次第では一時間近く、《魔力武装》を使えるようになっていた。
と言っても、戦闘中に調整している余裕はないだろうから、実戦で使えるのはもっと短いだろうけどな。
それでも、初めと比べればかなりの進歩だ。
一時間を達成した時は、飛び上がって喜んだものだ。調子に乗ったせいで、その後ぶっ倒れたけどな。
また、《魔力武装》を全力で使えば、素手で岩を砕ける程度の力が出ることも分かった。
魔術を使わない大人なら、軽く投げ飛ばせるだろうな。
さらに修業を続けて、強度をあげていこう。
次に、二つ目。
魔術だけでなく、肉体を鍛える修業も行っている。
《魔力武装》は筋力は上げてくれるが、体力は元のままだ。体力がないままだと、《魔力武装》した体の動きについていけなくなってしまう。
だから、肉体の強化も並行してやっている。
といっても、そんな大したことはやっていないけどな。
六歳の体じゃできることは限られているし、成長途中で無茶なトレーニングを行うと、かえって成長が阻害されてしまう。
やっているのは、体を柔らかくするためのストレッチと、倉庫にあった木刀でのトレーニング、軽い走り込みくらいだ。
物足りない感じがするが、今は準備期間。今無茶をしても、最強には届かない。
コツコツと毎日続けることが大切だ。
そして、三つ目。
肝心の、剣術の修業だ。
まず、剣道の知識では、《剣聖》にはなれない。
というか、剣道は実戦には向いていない。
実戦で面とか小手を打っていたら、その間に斬られて終わりだからな。
だから、剣道ではなく『剣術』を学ぶ必要があった。
そのために使用したのが、ドッセルの書斎で見つけた本だ。
『絶心流剣術指南書』というタイトルの指南本を読んで、何とか修業を行っている。
絶心流というのは、この世界に存在する剣術の流派の一つらしい。
本には構え方から素振りの仕方、絶心流の型、技などが記されていた。
説明文が不親切で、何回読んでも理解できないことがあるから、分からなかった部分は我流だ。
剣道で培った体捌きや剣捌きなんかが、結構役に立った。
完璧にはほど遠いが、それなりに様になる剣の振り方が身についた……と思う。
……見本となる剣士が周りにいないから、実際がどうかは分からないんだよな。
一度、剣術の師範か何かに剣を見てもらわないといけないかもしれない。
ここまでが、戦うための修業だ。
四つ目は修業……というよりは、勉強といった方が良いかもしれない。
四歳になってすぐに、俺は両親に文字が読めることを教えた。
コソコソ書斎に忍び込むのが面倒になったからだ。
「教えていないのに文字が読めるようになるなんて、この子は天才だ! これは素晴らしい魔術師になるぞ!」
二人はそんなふうに喜んで、自由に書斎へ入ることを許してくれた。届かない本は取ってもらって読んでいる。
喜んでくれるのは良いんだが、魔術には繋げないで欲しかった。文字が読めても、属性魔術は全然使えないからなぁ……。
ともかく、これで堂々と読書をすることができるようになった。
毎日、少しずついろいろなジャンルの本を読んでいる。
知識を身に付けておいて、絶対に損はないからな。
物覚えが良い今のうちに詰め込めるだけ詰め込んでおきたい。
当然、《剣聖》に関する知識も身に付けた。
《剣聖》になるには二十年に一度、国によって行われる『剣聖選抜』に出て、優勝しなければならない。
先代の《剣聖》はシード権である程度戦いが進んだところから、選抜に参加するらしい。
前回の選抜が行われたのは四年前で、次に行われるのは十六年後だ。
俺が二十二歳になる年だな。
俺の最終的な目標は《剣聖》になることだ。
そのためには、あと十六年で最強に届く力を身に付けなくてはならない。
魔術、体づくり、剣術、読書。
この四つを習慣づけ、俺は少しずつ力と知識を身に付けていった。
―
夜、読書を終えて、書斎から自室へ戻る最中のことだった。
「ウルグー!!」
「おわぁ!?」
不意に扉が開き、中から青髪の女性が飛び出してきた。
姉のセシルだ。
俺はセシルにガッチリと掴まれ、彼女の部屋の中に引きずり込まれていく。
傍から見たら、俺は肉食動物に捕まった草食動物だろうな……。
「ああ、ウルグぅ」
俺を抱きしめたまま、ベッドに腰掛けるセシル。その間、俺はずっと頬ずりされている。
「あ、あんまりくっつかないでください……!」
「えー何で、いいじゃない、姉弟なんだから!」
「何も良くないです」
セシルは起伏のある体つきをしている。
つまり、あれだ。……胸が当たる。
「やだー。離さないー!」
子供のように駄々をこねると、セシルが首元に鼻を押し付けてくる。
……めちゃくちゃ鼻息が荒い。
セシルがこうやってベタベタしてくるようになったのは、彼女が体調を崩して家で療養し始めた頃だ。
最初は氷の刃のような、冷たくて鋭いという印象を持っていたが、いざ絡んでみると全然違った。ただのブラコンだった。
セシルは最初、ふらりと家に帰ってきて、ベッドで眠っている俺を覗き込んできた。
すべてを拒絶するような、鋭い目をしていたのを覚えている。
それが一変、目が合った瞬間に大きく目を見開き、ふらふらと倒れそうになっていたな。
何をしているのだろうとジッと見ていると、今度は顔を押さえて何かを呟き、恐る恐る近づいて来た。
それから数分間、俺を触りたいのか、手を近付けたり遠ざけたりとまどろっこしいことをしていたので、こちらから握ってみた。
その時は、「っ~~!?」と声にならない声をあげて、セシルは部屋を出て行ってしまったな。
その日から、セシルはちょくちょく俺に絡んでくるようになり、気付いたらこんなんになっていた。
……どうしてこうなった。
「うぅぅぅ、ウルグ良い匂いがする。何だろこれー、甘くて落ち着く良い匂いー」
「ちょ、姉さん!」
セシルは俺の体をクルリと回転させて自分の方を向けさせると、ズズッと顔を近づけてくる。
「姉さんじゃなくて、姉様でしょ」
「ね……姉様……」
「ひゃああー、何、どうしたの、ウルグ!?」
こいつ、自分で言わせておいて……。
どうやら、セシルは『姉さん』よりも『姉様』と呼ばれたいらしい。
姉さんと言う度に無理やり言い直させられる。
姉様……なんて柄じゃないから、正直恥ずかしい。
強制されるから、言うしかないんだけどさ……。
「むむ。前から思ってたけど、ウルグっていい体付きしてるよね。ちっちゃくて可愛いのに、たくましいところもあって……何だかエロい」
……六歳児に、エロいってなんだ。
その後、十分近くセシルに体を弄られ続けた。
やたらと手付きがエロいため、油断すると意識を持って行かれそうになる。この姉、やばい。
やたら肌が艶々したセシルから解放され、ようやく一息。
「そういえば、ねえ。ウルグは毎日熱心に何をやっているの?」
青く長い髪を揺らし、セシルが首を傾げる。
隠す理由もないし、素直に答えることにした。
「走り込みとか……あと木刀で素振りとかしてます」
「きゃあ、体を鍛えているウルグを見てみたい!」
「…………」
「ふふ。でも、どうしてそんなにトレーニングしてるの? お友達とかと遊ばないの?」
「強い剣士になりたい……から」
剣士になりたいなんて言ったら、両親は発狂しそうだけどな……。
あと、友達とかと遊べばいいのにって言ったけど、俺に友達はいない。
両親には、外に出ないように言われているからな。
前にこっそりと外に出た時に、同年代の子供に会ったが、「黒髪の化物だ!」なんて言われて逃げられてしまった。
どうやら、この世界では黒髪や黒目は恐れの対象になっているらしい。
五百年前の『魔神戦争』を引き起こした張本人の魔神が、黒髪黒目だったようだ。
だから黒髪黒目は不吉の象徴とされ、忌み嫌われている。
両親が俺を外に出したがらないのは、この黒髪黒目が原因だろうな。
この世界の人間、日本に来たら卒倒するんじゃなかろうか。
「そっか……ウルグは剣士になりたいんだ」
セシルは頷くと、優しく微笑んで頭を撫でてきた。
手のひらの温かみが心地いい。
「私はウルグの夢だったら何だって応援するけど……父様達には言わない方が良いよ」
俺もそう思う。
父様達と口にした時、セシルは一瞬だけどとても冷たい目をした。
現状、セシルとアリネア達の関係は良好とは言えない。
体調を崩したセシルに二人はほとんど関心を寄せていないからだ。
セシルは俺ばかり二人に構われているのを見て、俺が憎くないのだろうか?
チラリと視線を向けるが、セシルは優しく微笑むだけだった。
「ッ、ゴホッゴホッ」
「姉様、大丈夫ですか!?」
唐突にセシルが咳き込みだす。
今までの姿を見ると忘れてしまいそうだが、セシルは今体調を崩しているのだ。
医者に診てもらったそうだが、原因は分かっていない。
咳き込むセシルの背中を擦ってやり、それから部屋に常備されている水を飲ませた。
しばらくして咳は収まったが、セシルの顔色は悪い。
「ありがとう、ウルグ」
「……そろそろ寝ますね。あまり話して体に障っても悪いですから」
「ん。もっと話したいけど仕方ないね。相手してくれてありがとうね、ウルグ」
「……いえ」
生前、俺に構ってくれる人はいなかった。
だからセシルとこうして話す時間は……その、嫌いじゃない。
それを言おうと思ったが、セシルがまた騒ぐだろうから言わないでおいた。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「あ、待って、ウルグ」
部屋を出ていこうとした俺を、セシルが引き止める。
「ウルグは、強くなりたいのよね」
「はい」
「だったら、将来『王立ウルキアス魔術学園』へ入学してもいいかもしれないわね」
「魔術学園……?」
「そう。王都の方にある大きな学園なの」
そういえば、両親が前にそんな話をしているのを聞いた覚えがある。
いつか、入学させるとかどうとか言ってたな。
「でも……俺が学びたいのは、魔術じゃなくて剣術です」
「大丈夫。頭に魔術と付いているけれど、剣技も教えてもらえるわ。騎士になりたい子とかも、魔術学園に通うみたい」
……学園、か。
学校には、いい思い出がない。
あまり、通いたいとは思えないな……。
「ただ強くなりたいだけだったら、他にも方法はあるけどね。学園にはいろいろな人が集まるから、他ではできない経験ができると思うの」
「他ではできない経験、ですか……?」
「ええ。たくさんの人と関わって、人間として成長することができたり、ね。同年代の子も、たくさんいるはずよ」
……黒髪黒目でからかわれる未来しか見えない。
「それに、学園にはたくさんの剣士や魔術師がいるわ。強い人もいっぱいいると思う。そういう人と手合わせしたら、強くなれると思わない?」
「たしかに、そうですが……」
「あとね、有名な冒険者とか、騎士とか、《剣聖》とか、強い人の多くがこの学園に通っていたみたい。たまーに学園はこんな人を育てましたよーって感じで、学園に来てもらったりするんだって」
「《剣聖》……」
そこは、少し興味が湧くな。
《剣聖》も学園に通っていたのか。
考え込んでいると、セシルは俺の頭にポンと手を置いた。
「難しいこと言っちゃってごめんね」
「あ、いえ……」
「すぐに決めなくても大丈夫よ? ただ、学園に行くって選択肢もあるって覚えておいて欲しいの」
「……分かりました」
頷き、部屋を後にした。
魔術学園か……。
一応、調べておこう。
―
それから、一ヶ月が経過した。
ついに、魔術の適性検査の日がやってきた。
……やってきてしまった。
「ウルグは天才だから三属性が使えるんじゃないか」、などと勝手に盛り上がっている両親に胃がキリキリと締め付けられる。
「これが魔術適性を検査する魔道具、《検査球》だ」
そう言って、ドッセルが食卓の上に透明な水晶を置いた。
「魔道具……」
魔道具とは、名前の通り魔術が刻み込まれた道具のことを指す。
あらかじめ道具に魔術を刻むことで、魔術適性のない人間でも、その魔術を使うことができるのだ。
「……どうしたら、いいんですか?」
「触れるだけで大丈夫よ。《検査球》は触れた人の適性魔術を調べてくれるの」
アリネアの話だと、触れると持っている適性によって《検査球》の色が変わるらしい。
炎なら赤、水なら青、雷なら黄、風なら緑、土なら茶、という具合だ。
体内の魔力が安定していないと、正確に検査できないらしい。
魔力が安定する六歳まで検査が行われないのはそのためだ。
「さあ、ウルグ。触ってみなさい」
「何属性出るのかしら。楽しみね」
アリネアとドッセルが、期待の表情で見てくる。
セシルは、硬い表情でこちらを見守っていた。
「…………」
ドッセルに指示された通りに、ゆっくりと《検査球》に手を伸ばす。
《検査球》に向かう手が震える。
焦るな。
……もしかしたら属性魔術の適性があるかもしれない。
それまで、俺のやり方が間違っていただけという可能性がある。
そう信じて、《検査球》に触れた――。
「――――」
変化はなかった。
触れたにもかかわらず、《検査球》に変化は起こらない。
しばらくの間、耳が痛くなるほどの沈黙が部屋に訪れる。
「ど、どういうこと!?」
その沈黙を破ったのがアリネアだった。大声で取り乱しドッセルの方を向く。
「こ、故障か……!? ウルグ、ちょっと貸しなさい!」
同じように取り乱したドッセルが、《検査球》に触れる。
すると《検査球》はすぐに緑色に変化した。
ドッセルに風属性の適性があることを表す。
正常に、動いている。
「もう一度やってみろ!」
「……っ」
ドッセルが強引に腕を掴んできた。
無理やり、《検査球》に手を押し付けられる。
「…………」
しかし、相変わらず変化はない。
一切の属性魔術が使えないということを、表すだけだ。
「そんな……! どうしてっ!?」
「ありえん!」
泣き出すアリネアに、動揺して叫びだすドッセル。
何も言えず、俺は二人を見ていることしかできなかった。
セシルは何とも言えないような表情をしたまま黙っていた。
それから、ドッセルは予備の《検査球》を持ってきたが、結果は変わらなかった。
俺に属性魔術の適性はないのだ。
「なんてことだ……なんてことだ!」
激しく叫びながら、ドッセルが《検査球》を地面に叩き付けた。
《検査球》は割れることなく、地面を転がっていく。
「ッ!」
それに苛立ったのか、ドッセルはギリッと歯ぎしりをすると俺の方を向いた。
「がっ!?」
視界が白く染まった。勢い良く地面に倒れ込む。
ドッセルに殴られたのだと気付いたのは、数秒の間を開けてからだった。
「風属性だけでなく、すべての属性に適性がないとはどういうことだ!? ふざけるな! こ――この、でき損ないが!」
「ま、待ってください……! たしかに属性魔術に適性はなかったけど、無属性魔術は使えます」
「それが何になると言うんだッ!」
「お……俺は、剣士になりたい」
その言葉を口にした瞬間、ドッセルとアリネアが黙った。
俺は畳み掛けるように、言葉を続ける。
「父さん達が望むような、魔術師にはなれないけど……。だけど、二人が誇れるような、たくさんの人に認められるような剣士になるから!」
――《剣聖》になるから!
そう、二人に向けて宣言した。
「……剣士?」
「う、うん。立派な《剣聖》になって、俺がこの家を守るから――」
そう宣言した瞬間、パシンと頬に衝撃が走った。
「アンタみたいな黒髪黒目で魔術も使えない子が、《剣聖》になれるわけないでしょ!?」
「――――」
アリネアに、ビンタされたのだ。
「っ……風属性の魔術にこだわらなくたって、いいじゃないか!」
ヒステリックなアリネアの言葉に、反射的に言い返した。
そして、言葉の選択を誤ったのだと、すぐに気付く。
「ふ……ざ……ふざけるなァ! 風属性にこだわらなくてもいいだと!? お前に風属性の、ヴィザール家の何が分かると言うのだ!」
額に血管を浮き上がらせるほどに激昂し、ドッセルは手のひらをこちらへ向けた。
「父さん! ま、待って――」
「《旋風》!」
ドッセルの手の中に、旋風が生み出された。
それは勢い良く回転しながら、俺の方に突っ込んでくる。
「ッ」
それは、修業の成果だろうか。
俺は、反射的に《魔力武装》していた。
強化された拳を、《旋風》に向かって叩き付ける。ありったけの魔力をまとった拳が《旋風》を消滅させた。
「なッ……こ、のでき損ない風情が!」
魔術を打ち破ったことによって、火に油を注いでしまったらしい。
恐ろしい形相をしたドッセルが、再び手を向けてきた。
「父さん、やめてくれ!」
「黙れッ!」
先ほどの《旋風》を越える魔力が集まっていくのを感じる。
クソ……どうして、こんな。
「喰らえッ!」
ドッセルが、魔術を発動させようとした瞬間だった。
「――そこまでです」
青い風が吹いた。
いや、違う。
俺とドッセルの間に、いつの間にかセシルが入り込んでいた。
……まるで、動きが見えなかった。
「父様、これ以上はおやめください」
一切の感情を感じさせない氷のような口調だった。
「これ以上、ウルグを傷付けるおつもりなら――」
風が吹いたかと錯覚するような気迫が、セシルから吹き出す。
「――私が相手になりましょう」
「う、ぐ」
気圧されて、ドッセルが怯えるように息を飲んだ。
凄まじい気迫に、俺に向けられたものではないのに、体が震える。
「……っ」
耐え切れなくなったのだろう。
ドッセルはよろめくと、倒れ込むようにして椅子に腰掛けた。
「ウルグ、行きましょう」
それを一瞥すると、セシルは俺の腕を掴んで部屋を出た。
そのまま、セシルの部屋に連れて行かれる。
「っ」
「ね、姉様!?」
部屋についた途端、セシルはカクンと力を失った人形のようにベッドに倒れこんだ。
見れば彼女の顔は青ざめ、汗を流している。呼吸も荒い。
……激しい動きをしたせいだ。極力運動や激しい動きはしないように、セシルは医者から言われているのに。
「ね、姉さ」
「大丈夫よ」
俺の言葉を遮り、セシルが笑う。
セシルはベッドに倒れたまま手招きする。近づくと、頭を撫でられた。
「大丈夫だった……?」
「……はい」
「すぐに助けられなくて……ごめんね。父様が風魔術に対して執念を持っていることは知っていたけど……まさか、ウルグに対して魔術まで使うとは思わなかったの」
「……姉様が謝る必要なんて。逆に、俺のせいで調子を悪くしちゃって……」
「ふふ、いいの。私が好きでやってるんだから、ウルグは気にしないで。でも、ウルグ凄いわね。《魔力武装》が使えるなんて知らなかったわ。体を鍛えるだけじゃなくて、魔術の練習もしていたのね」
「……はい」
「ふふ……。ウルグの歳で魔術に対応できるなんて凄いわよ。あのまま戦っていたら、もしかしてウルグが勝っていたかもしれないわね」
……どうだろうか。
ドッセルは中級までの風魔術なら使いこなせると言っていた。
実戦経験のない俺では、負けていた可能性の方が高い。
一度、早いうちにどこかで実戦経験を積んだ方が良さそうだな。
「でも、ウルグにはあんまり危ないことはして欲しくないわ。どんな修業をしているのか分からないけど、無茶はしちゃ駄目よ?」
……う。
釘を刺されてしまった。
「おいで、ウルグ」
セシルはベッドに潜ると、自分の隣をポンポンと叩いた。
いつもなら強引にベッドの中に入れられるのだが、今のセシルにその余裕はなさそうだ。
俺は何も言わず、彼女のベッドに入った。途端、抱きしめられる。
セシルの甘い匂いと、体温が伝わってくる。
「ちょっと早いけど、今日はもう寝ましょう」
「……はい」
セシルに包まれたまま、俺は目を瞑る。
「ウルグは私が守ってあげるからね……」
囁くような、優しい声。
ドッセルとアリネアの反応は、予想できていた。
二人の執念を考えれば、分かりきった結末だった。
だが、俺は自分で思っている以上に、堪えていたらしい。
セシルの言葉に、凄く安心させられた。
「おやすみ、ウルグ」
そのまま、俺は眠りに落ちていった。