第三話 『気まずい同居人』
説明会が開かれる校舎にやって来た俺達は、指定された教室に入り、適当に前の方の席に腰掛ける。
教室にはポツポツと人が集まり始めていた。
貴族っぽい奴、平民っぽい奴、身のこなしが普通じゃない奴と色々な人がいる。年齢もバラバラだ。全体的に俺達よりも年上が多い。
「説明会ってどんな話をするんでしょう? 紙に書き留めておいた方が良いでしょうか?」
「ヤシロは真面目だなぁ」
「そ、そうですかね?」
「んー。覚えておかないとやばいって情報があったら、メモって置いたほうがいいかもな。まあ俺達は二人だし、片方が忘れても大丈夫な気もするけど」
「二人……そうですね!」
二人という言葉に何故か反応するヤシロ。
街で安く買ってきたペンと紙を取り出し、ご機嫌な様子だ。
手には俺があげたブレスレットが光っている。気に入ってくれているようで何よりだな。
「まさか、お前達が同じグループだとはな」
ヤシロと話していると、入口から入ってきた生徒に声を掛けられた。見れば、入学式の前に絡まれたあの男だ。
俺達の顔を見るなり、わざとらしく顔をしかめてくる。
ヤシロが殺気立つのが分かった。こいつら、終いにゃヤシロに消されるんじゃなかろうか。
「全く、品性がないと遠目から見ても一目瞭然だな」
「そのとおりです、ベルス様」
「汚らわしい」
チクチクと嫌味を言ってくるが、無視しておいた。
話を聞くだけ無駄だ。
ヤシロがギリギリと歯ぎしりしていたが、膝をポンと叩いてステイさせておく。
ベルス達はしばらく何かを言っていたが、教師らしき男が中に教室に入ってきたので、渋々去っていった。
「全員揃ってるかどうか知らないが、時間になったからちゃっちゃと始めるぞ。あー、早く席に付いて静かにしてくれ」
入ってきた男は二十代後半から三十代前半に見える男だ。
シワだらけの白衣を身に付け、手入れをしていないのか濃い茶色の髪はボサボサで髭も薄っすらと生えている。顔立ちは整っているが、手入れをしていないせいでくたびれた印象を受けてしまう。
「はい、静かになるまで三十秒掛かりましたー」
教室全体を見回しながら、そんな事を言い、男は気怠げに名乗る。
Dグループを担当する教師は、アルレイド・ディオールというらしい。
「えー、じゃあ授業について説明してくぞ」
自己紹介は名乗りだけで、すぐに説明に入った。
アルレイドのいい加減な態度に、教室の後ろの方でベルス達がぶつくさ言っているのが聞こえる。
権力に弱いあいつらが文句を言うってことは、この先生は偉い人じゃないらしいな。
取り敢えず、ベルス達の声は無視して、アルレイドの説明に集中する事にした。
話の内容は授業に付いてだ。
この学園の授業は前世での大学の履修の様なシステムを取っている。
『魔術学』『歴史学』『算術』『剣の基本』などの必修科目、幾つかの中から決められた数だけ選ばなければならない選択必修科目、そして自由に選択して良い選択科目が存在している。
決められた日にちまでに、自分が受ける科目を選択し、時間割を学園側に提出する必要があるらしい。
提出してもしばらくの間は修正する事が出来るようだ。
時間割は半年経過すると、もう一度組み直さなければならない。
後は定期的に試験が合ったりだとか、成績によっては奨学金が出るとか、そんな説明が合った。
正直、必修科目はどうでもいいんだよなぁ。受ける授業は殆ど剣技関係の物にしておこう。
三年からは目標に合わせて、専門的な方向に進んでいく事が出来る。それまでは煩わしい授業も我慢しよう。
隣ではヤシロが熱心にアルレイドの話を聞いていた。
ある程度の事はあらかじめ聞いていたのだが、それでもちゃんと話を聞く辺り、ヤシロは真面目だな。
ふんふんと鼻を鳴らしながら、ちょくちょくメモを取っている。
その後、学園の規則だとか、寮で生活する生徒への注意だとかを聞き、説明会は終了した。
―
説明会が終わったので、後は自由時間だ。
適当に学園をブラブラと回る事にした。
最初に向かったのが食堂だ。既に昼を回っており、お腹も空いている。
学園には幾つかの食堂が存在しており、俺達がやってきたのはその一つだ。昼食時なだけあって人は多い。
平民だけでなく、貴族もそれなりにいた。彼らは中央の机をデカデカと陣取り、我が物顔で昼食に舌鼓を打っていた。良い身分だな。
貴族の連中も食べに来るだけあって、ここのメニューは充実していた。健康的な観点からも良い物が多い。
ヤシロはここの料理に満足したそうで、とんかつの様な物を美味しそうに頬張っている。味付けの仕方なんかは微妙に違うが、前世で見た料理もそれなりにあるな。
俺は鶏肉の料理を食べた。ささみっぽい部位で、高タンパク低カロリーが期待できそうだ。味もいい。
「ウルグ様、私のを一口どうぞ」
「ん?」
ヤシロがかつの切り身をフォークで刺して、俺の口元へ持ってくる。
あーんか。生まれて初めてだ。
くれるというので、ありがたく貰っておいた。唾液がつかないように頑張って歯を使う。
衣がサクサクしていて美味しい。若干、味付けが濃いが。
「……」
かつを食べると、チラリと鶏肉へ視線を向けてくる。かつをあげるから、私も鶏肉食べたいなって事らしい。
ヤシロのわかり易さに苦笑しつつ、俺も鶏肉を口に運んであげる。フォークごとパクリと口に含み、幸せそうな表情で鶏肉を咀嚼する。
「ふへへ。食べさせ合いっこなんて、恋人みたいですね」
「そうか?」
恋人か。
前世では竹刀が恋人みたいな所があったから、こういう経験は全くしたことがない。
そうか? などと冷静に返事をしているものの、若干心臓の鼓動が早い。
「っ」
かつを食べ終え、再び鶏肉にフォークを伸ばした時だ。
ふと、視線を感じた。視線の方向を見てみるものの、こちらを見ている者はいない。
気のせいか?
「どうしました?」
「……いや、何でもない」
視線を感じるなど、創作物の話だと思っていたが、感覚が鋭くなっているせいか、この世界では何となく『人に見られているな』というのが分かる。
気のせいかと思ったが、やはりあそこまでハッキリと感じられた視線が気のせいとは思えない。若干、殺気すら混じっていたように思える。
ヤシロは何も感じていないようだし、どうやら俺だけに向けられた物の様だ。
まあ、黒髪だし何かと見られる事もあるだろう。
そう納得しておく事にしよう。
昼食を食べた後は、近くにあった図書館へ寄ってみた。
ここの図書館は、ウルキアス大陸の中でもずば抜けて多くの本が揃っている。ざっと置いてあるラインナップに目を通しても、色々な種類の本が置いてある。
魔術、剣技、歴史、伝説、薬草、魔物、迷宮、料理、創作。
どれも興味深い。
本を借りるには、もう何日かしたら渡されるという学生手帳が必要となる。借りられるようになったら、興味のわいた本は片っ端から読むとしよう。特に剣技関係の本を。
知識は力だからな。
俺が本に目を輝かせている間、ヤシロは微妙な表情をしていた。
理由を聞いてみると、本はあまり好きじゃないらしい。ダジャレ関係の本は好きなようだが。
「あと、何というか、本が沢山ある場所にいるとお手洗いに行きたくなります」
「そういう人も中にはいるらしいな」
ヤシロがお気に召さなかったようなので、図書館からは出ることにした。
また今後一人で借りに来よう。
次に向かったのは、剣技や魔術のトレーニングが行えるという自由訓練場へ向かった。
自由訓練場は建物が二つあり、片方は筋トレが出来る。もう片方は冒険ギルドの訓練施設のように、スッポリと魔力を防ぐ壁に覆われた所だ。
中へ入ると、それなりに多くの生徒が模擬戦を行っていた。
魔術をぶつけあう者、剣を交える者、様々だ。ここは決められた時間の間は自由に開放されているようで、場所さえ空いていれば好きに使っても良いらしい。明日辺りにでも、ヤシロと修行しに来るとしよう。
「床に刻まれてるのは……«魔術刻印»でしょうか?」
ヤシロに言われて床を見てみると、確かに«魔術刻印»があった。地面にはコートのように線が引かれており、その中に一つずつ刻まれている。
「あれは……治癒魔術の刻印かな」
何となく、前に本で読んだ初級治癒魔術の刻印に似ている。だがそれとは比べ物にならないくらい複雑だ。
観察してみれば、使用者がいるコートの刻印だけ、作動しているようだ。
「使用者がいる場所は、常に上級の治癒魔術が使用されているんだよ」
どんな魔術かと思案していると、黄髪の少年が床からひょこっと雨季のたけのこのように生えてきた。
ぎょっとして少年の顔を見ると、つい数時間前に知り合ったレグルス・アークハイドだと言うことに気付く。
《剣聖》の息子が食用植物のように出現した事に肝を冷やしつつ、
「ど、どうもレグルス先輩」
と挨拶しておく。
ヤシロもレグルスの出現には気付いて居なかったらしく、ぎょっとした表情を浮かべている。ヤシロだけではなく、俺だって常に周囲を警戒している。二人分の意識を容易くすり抜けてくる辺り、やはり並みの実力者では無さそうだ。
「やあ、また会ったね。君達もここへ模擬戦をしに来たのかい?」
「いえ、学園の中を探索していて、ここに寄ってみただけなんですよ。それよりも、常に上級治療魔術が使用されているとは?」
「ああ、過去に模擬戦で魔術を使った時に、怪我をしてしまった生徒がいてね。大した怪我では無かったそうなんだけど、その生徒はそれなりに高い階級の貴族だったんだ。親が学園側に猛烈に文句を言ったみたいで、その結果、職人に治癒の«魔術刻印»を掘らせたって訳だね」
あぁ、そういう事情か。
確かに魔術や剣技を体に当てたら怪我をする可能性も高いからな。冒険者の中にも模擬戦で怪我をしたって人もそれなりにいるみたいだし。
「そういえば、君達の名前を聞いていなかったね。二人は何て言うんだい?」
白い歯を見せながら、爽やかに名前を尋ねられた。
こっちの世界はそれなりに美形が多いけど、レグルスは今まで見てきた中でも飛び抜けてイケメンだ。こんな風に至近距離でイケメンスマイルされたら、大抵の女の子はキュンときちゃうんじゃないだろうか。
名乗りつつ、ヤシロの様子をチラリと伺ってみる。
……特にこれと言って何も思ってないみたいだ。
うん、まあ、ヤシロがレグルスにキュンと来ても、俺には関係ないんだけどね。
「よし、二人の名前はしっかりと覚えたよ! そうだ二人とも、今度僕と模擬戦をしてくれないかい? 見たところ、二人ともかなり強そうだしさ、戦ってみたいんだ」
「模擬戦ですか?」
思わぬ申し出だ。
機会があればこちらから頼みたいぐらいだしな。
「いやね、最近僕と模擬戦をしてくれる人が全然居ないんだよね。前は結構色んな人がしてくれてたんだけど、一回やっただけで『お前とはしたくない』って逃げちゃうんだよね。あはは、なんでだろ!」
一回で逃げられるって、一体どんな戦い方をしたんだよ。
まあ、断る理由もないので了承しておいた。ヤシロもコクリと頷いている。
何というか、ヤシロは同性に対しては比較的早めに馴染むけど、男性が相手だとあまり喋らないな。セルドール達に酷いことをされたせいで、男性が怖いのだろうか。でも俺とは普通に接しているしなぁ。
「おっと、時間だ! これから僕はジョギングをしなくちゃいけない! じゃあね、二人とも!」
唐突に話を打ち切って、レグルスは高速で走り去っていった。
速度といい、走り方といい、相当走りこんでいる事が伺える。
それにしても落ち着きが無い。
「嵐のような人でしたね」
「ああ……」
―
レグルスと別れた後、しばらく学園の中をうろつき、それから俺達は寮へ向かった。
寮へ向かうに連れて、ヤシロの足取りが重くなっていく。
寮は当然ながら、男子寮と女子寮に分かれている。
二つの寮は徒歩五分くらいの距離があり、どちらも異性の立ち入りは強く禁止されている。
昔、女子寮に入り込もうとしたスケベな貴族が居たらしいが、ズタボロの瀕死状態にされた挙句、退学処分を喰らったらしい。説明会の時にアルレイドが言っていた。
「やっぱり、寮で暮らすのは怖いか?」
学園側にお願いした結果、ヤシロの部屋は個室にして貰えた。
個室がいいという生徒も結構いるらしいからな。たまたま部屋が一つ空いていたため、そこへ入れて貰えた。
俺も個室が良かったが、男子寮の個室は全て埋まっているらしい。個室は空くと奪い合いになって、すぐに埋まってしまうようだ。
まあ理由は何となく分かるよ。思春期だし。
「いえ……ウルグ様と離れるのが嫌なだけです」
「どうしても会いたくなったら、寮から抜けだしてお互いに外で会えるさ。それに日中はずっと一緒だよ。心配しないでいい」
「……はい。頑張ります」
暗い表情ながらも、どうやら立ち直ってくれたらしい。
ペチペチと頬を叩き、「もう大丈夫です」と笑っている。
そして、男子寮と女子寮の分かれ道にまでやってきた。
「じゃあ、ヤシロ、また明日な」
「ウルグ様も……お元気で」
ヤシロと別れ、男子寮へと向かった。
まず、中に入ってみた感想としては「男臭い」の一言に尽きる。しかも結構散らかってる。
男子寮に入るのは、基本的に平民だ。大抵の貴族様は王都に別荘があるから、夜はそこへ向かう。
中へ入って寮母さんに挨拶し、自分の部屋へ向かう。
途中すれ違う寮生達から奇異の視線を向けられるが、スルーだ。流石に寝泊まりする場所で問題は起こしたくない。
「えっと、ここか」
寮母さんに鍵を渡され、そこに付いていた番号の部屋までやって来た。
当然、ルームメイトはいる。ヤシロと同じ部屋で寝泊まりした経験がある俺としては、男と二人暮らしはちょっと嫌だ。
こんこんとドアをノックすると、中から「はーい」と男の声が聞こえてくる。
「…………」
中へ入ると、上半身全裸の男がベッドに寝転がっていた。
最初に眼に入るのは、しっかりと鍛えられている事が分かるその肉体だ。腹筋のシックスパックは板チョコのように割れており、大胸筋も大きく膨らんでいる。腕も全体的に太く、上腕二頭筋、上腕三頭筋、前腕共ににバランスよく鍛えられていた。
短く切り揃えられた茶髪に、どこか愛嬌のある顔立ち。
年齢は十五くらいだろうか。外見から見て、中学三年生、もしくは高校一年生くらいだと思う。
「どうも、この部屋で暮らす事になります。ウルグです」
「おう、よろっ……しく」
挨拶すると男はニカッと男前な笑みを浮かべて言葉を返してこようとして、すぐにぎょっとした表情を浮かべた。
理由は当然、俺の髪だ。
前世で表現すると、ルームメイトが青とか緑色の髪だった、みたいな感じだろうか。分からんけど。
「お……凄い髪の色だなっ」
機転を利かせてくれたのか、男は笑うようにそう言った。
貴族みたいに馬鹿にしてこない分、良い奴なのかもしれない。
茶髪の頭をポリポリと掻いて、
「俺はレックス・アルバートって言うんだ。よろしくな」
と名乗った。
悪そうな奴には見えないが、それでも俺の黒髪には驚いている。仕方がない事だけどさ。
微妙な空気が漂う。
部屋の中には二つのベッドと、勉強机が置かれている。荷物を仕舞うことが出来る鍵付きクローゼットもあり、そこいらのボロい宿よりは良い所だ。
持ってきた荷物をクローゼットの中に仕舞い、すぐに必要になる分は勉強机の所に置いておく。
武器や魔術服類は肌身離さずに持っておこう。
「お、その剣、何か凄いな」
会話をするきっかけを待っていたらしい。
剣を出していると、レックスが声を掛けてきた。
「ああ、姉の形見なんだ」
「いっ、あ、そうか……。悪い事を聞いたな」
「え、あぁ、いや……別に」
「……」
「……」
気まずい空気が流れて辛かった。
その後、夕食を食べ、寮に備え付けられた風呂に入ってから寝た。
出だしがこれで、ちゃんとした寮生活が送れるのだろうか。
そんな不安を残しつつ、寮生活初日は終了した。




