第二話 『超えるべき壁』
翌日、俺達は学園へ入学手続きをしに行った。
入学手続きを済ますにはまず身元の確認を行わなければならない。俺とヤシロの場合、冒険者のカードが身分証明書の代わりになる。
それから書類に名前や生年月日などを書き、入寮などの手続きをし、入学金を振り込めば終了だ。
調べた所、Cランク以上の冒険者や流派の二段以上を取得している者には位に応じて奨学金のような物が貰えるらしく、その手続きも済ませておいた。
優秀な冒険者や剣士などを学園に招く為の制度らしい。
そこまで大金が貰えるという訳ではないが、生活の足しにはなるだろう。
その後、残りの日数で必要な物をきっちりと揃えた。
と言っても、準備しなければならない物はそこまで多くはなく、着替えや筆記用具などを一通りそろえるだけで準備は完了となった。
それからはヤシロと二人で王都を探索してみたり、冒険者ギルドに行ってみたりして日にちが過ぎていった。
そして入学日当時になった。
―
ウルキアス大陸にはいくつかの学園が存在しているが、その中で最も規模が大きいのが王立ウルキアス魔術学園だ。
魔神を封印した《四英雄》の一人が創設したと言われており、数百年の歴史がある。騎士や魔術師など優秀な人材を育成する為の学園で、王からも多額の支援を受けているらしい。
学園で教鞭を振るっているのは、優秀な人物ばかりだと聞く。
現在の校長はオズワルド・ドロワーズという、火属性の超級魔術を使いこなし、宮廷に認められた《宮廷魔術師》だし、その他の教師にも魔術師、剣士、冒険者と色々と揃っているようだ。
「改めて見ても広いな……」
「はい。お城みたいです」
魔術学園の敷地は広大で、様々な施設が揃えられている。
入学手続きの時にここへやって来てはいるものの、ヤシロの言うように城の様な外観には驚かざるを得ない。
デカデカとした校舎を始めとして、土が敷き詰められたグラウンドや、学生寮、集会などに使われるホールなどがギッシリと詰まっているのだから当然か。
敷地の奥には今は使われていない旧ホールなどがあるようで、広い敷地には使われていない場所もあるようだ。
校門の守衛に新入生である事を示して中に入り、学園の中を進んでいく。
地面にはレンガが敷き詰められていて歩きやすい。この学園は多くの土属性魔術師によって建設されたらしい。
噴水や《四英雄》の一人、セルバス・セイバーの銅像が飾られている。これらも魔術師が作ったのだろうか。
「えと、まずはホールに行けばいいんでしたっけ」
「そうだな。まずは入学式だ」
入学式の日程としては、まずは新入生がホールに集められる。
そこでオズワルド校長のありがたいお話や、新入生代表なんかの挨拶を聞いた後、校舎で説明会がある。取り敢えず、今日はそれで終わりだ。
明日から授業の選択なんかをして、授業が始まるのは少し後になる。
「何だか、緊張しますね」
朝からヤシロはソワソワとしている。
そうか。ヤシロからすれば、入学式とか授業とか、学園に入るのは初めてなんだよな。俺は前世で経験がある分、幾らかは落ち着いているけど。
周りをキョロキョロと見回しながら、頭の上の帽子を強く抑えている。人狼種がバレないかというかという事も不安なんだろうな。
俺が支えてあげないと。
「今日は入学式と説明会だけだから、そんなに長い時間は取られないと思う。まあ、少しずつこの学園にも慣れていこう」
「はいっ」
「でも、思ったより時間ギリギリかもな」
ある程度は余裕を持って宿を出てきたのだが、想像以上に人が多くて学園に来るまでに時間が取られてしまった。少し急いだ方が良いかもしれない。
「……人が多い」
同じ新入生だろうか。
俺達と同じ方向へ歩く生徒達が、さっきからチラチラと俺達の方を向いている。服装や動作からして、歩いている生徒の殆どが貴族なのかもしれない。
まあ今までで築き上げてきたスルースキルを使えば、貴族だろうと何だろうと受け流す事が出来るだろう。
そう思っていた矢先の出来事だ。
「おい、お前」
後ろから声を掛けられ、俺とヤシロは振り返った。
俺達より少し年上くらいの、上等な服を身に付けた数名の少年が立っていた。
「お前、どこの家の者だ? 家名は?」
その先頭のチャラチャラした少年が、偉そうな態度でそう尋ねて来る。
早くもヤシロが表情を険しくし、臨戦態勢に入っていた。
「家名は無いよ」
そう答えると、少年は「やはりな」としたり顔で後ろの連中を向く。後ろの奴らはそれに合わせて何やらケラケラと笑っていた。
どうやらこの少年がリーダーで、それ以外は取り巻きらしい。
「平民が。よくもそんな髪の色でこの学園に通おうと思ったものだな。目障りだ、その髪をぶら下げて私達の前を歩くのをやめてくれないか」
意地の悪い表情を浮かべて、少年はそう言う。
何故、初対面の俺にこいつはこんな態度を取ることが出来るのだろう。その思考回路が俺には理解できない。
ギリギリと歯を食いしばり、今にも小刀を抜きそうなヤシロを目で制す。入学初日から暴れていてはこれからやっていけないからな。
別に俺は悪口なんて言われ慣れている。
「意味が理解出来なかったか? 道を開けろと言っているんだ。邪魔だぞ」
「……ああ。分かったよ」
面倒事を起こすのは得策ではない。俺は素直に道を開ける事にした。
ヤシロは悔しそうな表情で、俺に続いた。偉いぞ。
「ふん」
少年は鼻で笑い、それに合わせて取り巻き達も笑う。笑顔が耐えなくて素敵だ。
別に開けなくても余裕で通れる道幅だと思うんだけどな。
ヤシロは歯ぎしりをし、鋭い目付きで少年達を睨んでいた。それが気に食わなかったのだろうか。少年は通り過ぎざま、わざとヤシロに肩をぶつけた。
だがその程度ではヤシロは倒れたりしない。鍛え方が違う。
「チッ、下女が」
小さな声で、少年は吐き捨てるようにそう言った。
……前言撤回だ。
「止まれよ下衆」
俺は何を言われても良い。全てとは言わないが、今の俺は大抵の事は受け流せる。だけどヤシロの悪口は駄目だ。こいつが馬鹿にされることを、俺は許容できない。
「どこの誰か知らないけど、横暴な態度を取り過ぎじゃねえのか」
「……何だと?」
浮かべていた薄ら笑いを消し、少年が額に青筋を浮かべる。
「貴様、誰に向かって口を聞いている!」
「この方はベルス・ベルセポナ様だぞ!」
後ろの取り巻き達も一斉に喚き始める。敵意を剥き出しにして、今にも襲い掛かってきそうな形相だ。
「いや、誰だよ。ベルセポネだっけ? そんな奴聞いたことねえな」
「ベルス・ベルセポナだ!」
名前を間違えた瞬間、ベルスが激高した。
腰に差してあった過剰に装飾された剣を抜き、体に魔力を纏い始める。どうやら«魔力武装»が仕えるらしい。
驚いたな。
「今すぐ膝をついて、頭を地面に擦りつけ、私に謝罪しろ。さもなければこの剣で――」
ベルスが鋒を俺に向けた瞬間、強く風が吹いた。その風はスルリとベルスの手から剣を奪い取っていく。
呆然とする ベルス達。
「入学初日に剣を抜くなんて、少し物騒すぎるよ、新入生」
風の正体は一人の青年だった。
一瞬にして俺達の間に入り込んできて、流れるようにその手から剣を奪い去っている。その鮮やかな動きからして、相当の実力者である事が伺える。
俺とヤシロはその青年の速度に目を見張った。
整えられた黄色の髪、苛烈さと穏やかさの両方を内包する碧眼、整った顔立ちに引き締まった肉体。
高校生ぐらいの年齢だろうか。身長が170センチ近くある。
「貴様、誰に向かって――」
「やめろ!」
取り巻きの一人がその青年に食って掛かろうとして、ベルスがそれを止めた。
驚いた表情を浮かべる取り巻きに「この方は、不味い」と小声で叱りつけている。
「お騒がせしました、レグルス先輩。……行くぞ」
「簡単に剣を抜いては行けないよ。これからは気を付けてね」
ベルスが強引に取り巻きを連れ、レグルスと呼ばれた青年に背を向けて去っていった。
何だろう、やけにあっさりと引き下がったな。
「やぁ、怪我はないかい?」
「ええ……。えと、助けてくださってありがとうございます」
レグルスは爽やかに黄色の髪をかきあげると、「当然の事をしたまでさ」と微笑む。
「君達は新入生だよね。む、早く行かないと、入学式に遅れてしまうかもしれないよ?」
「そうですね……えと」
「ああ、僕はレグルス。レグルス・アークハイドって言うんだ。よろしくね」
「それじゃあ僕は用事があるから!」と手を上げると、レグルスは名乗ってすぐに小走りでどこかへ走り去っていってしまった。
「ウルグ様、今のは……」
「ああ」
察した風のヤシロに頷く。
話には聞いていた。
《剣聖》の息子が、この学園に入学してきていると。
レグルス・アークハイド。
アルデバラン・フォン・アークハイドの――――《剣聖》の息子。
今去っていったのは、俺が越えなきゃならない壁の一つだ。
―
俺達がホールに入った時、既に入学式は始まっていた。
ホールの入口で入学式後の予定だとか、名簿に名前だとかと少し手間取ってしまったのだ。
中の席はかなりの数が埋まっており、俺達は最後列の隅っこに座った。隣の生徒からジロリと視線を向けられるが、スルーだ。
新入生代表の話が終わったらしく、会場全体から拍手が上がる。
遠くて良くは見えないが、前にいるのは金髪の女性のようだ。値が張りそうな上品な服を着ているから、貴族だろうか。
周囲の話し声に耳を傾けると、『アルナード』という単語が聞こえてくるので、どうやら新入生代表はあのアルナード家の人間のようだな。
この広いホール全体に声を届かせる事は通常では無理だが、風属性の魔術を利用した道具を使い、ホール全体に声を拡散させているらしい。前にセシルから聞いた。
それをヤシロに教えてやると「流石ウルグ様!」と褒めてくれた。
司会が新入生代表の言葉を褒め称え、入学式を進行させていく。
特に興味のある発言は無かったので、俺はホール前で渡された予定表を読んでおいた。
入学式の後は説明会で、今日は昼過ぎに全ての行程が終了するみたいだな。
説明会が行われる校舎の場所や、この学園全体の地図なんかが載っていたので、それらを頭に入れておいた。剣の修業が出来そうな場所や、図書館なんかが興味深い。
その後、締めに校長のオズワルドが出てきて、この学園の歴史や目的なんかについて語った。
「《四英雄》セルバス・セイバーは優秀な人材を育てるためにこの学園を作り、未来のある若者達に知識や能力など――」
まあ要するに、この学園は国の為になる人材を育てているから、皆も頑張って将来国に貢献出来る人物に成長してね、て事だ。
騎士、宮廷魔術師、Sランク・Aランク冒険者、《剣聖》など世界に広く名前を知られる人物もこの学園から輩出されている。彼らも君達と同じようにこの学園で学び成長した。君達も強い意志を持って、彼らに続いて欲しい。
そう締めくくり、校長の話は終了した。
やっぱり校長先生の話はどこも長いな。
ヤシロはオズワルドの話に感激して、やる気を燃やしているみたいだが。
そのテンションのまま、俺に小声で「頑張りましょう!」と拳を見てきた。
素直で可愛いな。
これで入学式は終わりだ。
外へ出ようと混雑する生徒の中、俺とヤシロは人に揉まれながら前へ進んでいく。
「!」
その途中、俺はある物を見て、一瞬反応してしまった。しかし、それがすぐに勘違いだと気付き、慌てて前へ進む。
「ウルグ様、途中で何かを気にしてましたが、どうしたんですか?」
人混みから開放され、俺達はようやくホールの外出た。
汗を拭っていると、ヤシロがそう尋ねてきた。
「いや……隣にいた人が、知り合いに見えてな」
「知り合い……ですか?」
通り過ぎていったのは、金髪の女の人だった。
俺の記憶の中にある、あの大人びた金髪少女と姿が重なったのだ。
「あぁ……。昔の知り合いなんだが、あいつもこの学園に来るって言ってたんだ」
ある日を堺に、唐突に姿を消した少女。
テレス……。
もう一度、会えると良いんだが。




