第一話 『王都到来』
王都。
ウルキアス大陸の南部に存在する、王や貴族が生活している巨大な都だ。
全体を円形の巨大な城壁で囲っており、更には都を守る騎士も存在している。魔物や盗賊が襲撃を仕掛けてきても、中に入ることすら容易では無いだろう。
個人的に王都と言えば何となく大陸の中央にありそうなイメージだったのだが、王都は大陸の南部にある。
大陸の中央には《四英雄》が魔神を封印したと言われる『封魔の祠』が存在しており、その周囲には大量の魔物が発生している為、人が近寄らないようになっているのだ。
「やっぱり、規模が違うよなあ。貴族達が住んでるだけあって、警備も厳重だし」
「騎士団が街を守っていますからね。騎士と言えば、かの《剣聖》アルデバラン・フォン・アークハイドは騎士団団長だそうですね」
王都の城壁前まで到着した俺達は、門番に中に入る手続きをして、王都の中に入っていた。
同じ都が付く迷宮都市とは比べ物にならない程の華やかさだ。あそこと違って男達の喧騒は無く、ゴミも落ちていない。
王都内には王国騎士団の駐屯地が多く存在している。その為、警備が行き届いているのだろう。
ヤシロが言った通り、《剣聖》はその騎士団を率いる立場のようだ。
王を守るのが役目の第一番騎士隊。
王都を守るのが役目の第二番騎士隊。
王都の外へ派遣され、魔物や賊を討伐するのが役目の第三番騎士隊。
騎士団はこの三隊で構成されている。騎士団長はそれら全ての隊を統括するのが役割だ。
王都内を警備している騎士達は、皆第二番騎士隊に所属しているのだ。
王都全体を警備しているのだから、騎士にはかなりの人数がいるのだろうな。
「ふぅ。これだけ広いと目的地に行くのにも結構な時間が掛かるな」
「迷宮都市とは広さが違いますもんね」
王都はかなり広い。
迷宮都市も広かったがその倍以上はあるだろう。王都内を移動する馬車があるくらいだ。
なんせ、王城、貴族達のタウンハウスがある貴族住居街、平民が暮らす平民居住街、大聖堂、教会、商業街、宿場街、魔術学園、冒険者ギルドと色々な場所があるからな。
「奥の方に立派で綺麗な建物が見えますね」
王都の中をキョロキョロと見回していたヤシロが、かなり先にある尖塔のある大きな建物を指差した。
「ああ、多分あれがアルト教の大聖堂だと思う」
「お城みたいですね」
「まあ宗教絡みだしな。お金掛かってんだろうなぁ」
王都の中心にはアルト教の大聖堂がある。
アルト教とはこの世界の創造神と言われている神を崇める宗教で、この世界では最もポピュラーな宗教だ。
《四英雄》は神アルトの使いと言われているらしい。
街には大聖堂の他にもいくつか教会が置かれている。
俺もヤシロも特に宗教には興味が無いため、行くことは無いだろうが。
俺達が向かっているのは、商業街と魔術学園の近くにある宿場街だ。
魔術学園には寮があるから、入学後は寮で暮らすことになる。宿に泊まるのは入学前の僅かな期間だけだ。
「という事は、私はウルグ様と離れた場所で寝泊まりしなければならないという事ですか?」
「そりゃそうだろうな。男子寮、女子寮とあるみたいだし」
「そんな馬鹿な! 主から離れるなど!」
「……あんまり大きな声を出すなよ」
迷宮都市にいる時にもこの話はした筈なんだがな。
ショックな表情を浮かべ、頭を抑えるヤシロの耳元で騒がないように注意する。
理由は簡単で、周囲の視線が痛いからだ。
ヤシロが騒いだのもあるが、一番の理由は俺の髪の色だろう。ヤシロは俺に迷惑を掛けたくないと言って耳を隠しているが、俺は黒髪を染めたり隠したりしていない。
俺は黒髪である事に誇りを持っているからだ。
だからまあ、注目されるのは仕方がない事だと思う。
宿場街へ向かって歩く俺達に、そこらを歩く歩行者達が不躾に視線を向けてくるのは。
「何というか……迷宮都市とは違いますね」
「ああ」
ヤシロが違うと言ったのは、視線の質だ。
迷宮都市で向けられる荒々しい視線と違い、王都で向けられる視線は何だか粘着いている。あちらとは違って上品な所だから、あまり下品な視線の向け方はしないのだろう。冒険達とは違って、絡んでくる事が無いからな。
騎士団が街を見張っているのも、理由の一つだと思う。その騎士団からも、俺達は視線を向けられているけどな。
「まあ、直接危害を加えられなければ、別にどうでもいいよ。迷宮都市でも同じだったしさ」
「何か合った時は、私が命に代えてもお守りします」
「ふっ、俺の方が模擬戦の戦績は上だけどな」
「ぐぬぬぬ」
悔しそうに歯ぎしりをする姿は、狼というよりは犬の様だ。可愛らしい。
俺がヤシロの速度に目が慣れ、流心流のカウンターを使える様になったのが、俺の方が戦績の良い理由だろう。
と言っても、俺とヤシロの実力はそこまで離れてないけどな。何度も戦ったから、対処がしやすくなっただけだ。
しばらく歩き、宿場街に到着した。
ここは王都へやって来た旅人や、居住街に家を建てることが出来なかった人が来る場所だ。さっきまでよりは多少、雰囲気が迷宮都市に近付いた。
あらかじめ、良い宿がどれなのかをいくつか調べてきているので、迷うこと無く宿に入った。最初の二軒は既に予約が一杯で入れなかったが、三軒目でようやく空きのある宿を見つけた。
「ですが、一人用の客室は既に満員でして。二人用のお部屋ならばご案内が出来るのですが、いかがなさいましょうか」
良い宿と言われるだけあって、受付の男は俺の外見を気にした風もなくそう言った。しかも接客が丁寧だ。流石王都。
しかし、二人部屋か。
一つの部屋にベッドが二つあるんだろうが、それでも何日の間かは同じ場所で寝泊まりする事になってしまう。
「私はウルグ様と同じ部屋でも一向に構いません。」
俺が構うんだけどなぁ。
だが、次に行く宿に空きがあるとは限らないし、あまり贅沢は言っていられないか。
今は昼と夕方の間くらいの時間帯だが、夕方には殆どの宿が一杯になると聞いたしな。
「じゃあ、二人部屋でお願いします」
「畏まりました」
結局、二人部屋を選ぶ事にした。
案内され、自分達の部屋へ向かう。
「ごゆっくりどうぞ」
部屋の中を見て、そう言って去って行く案内さんを呼び止めたくなった。
想像していた二人部屋と違ったからだ。
「ベッドが、一つしかねえ」
部屋には二人が寝ても十分な広さのあるベッドが鎮座していた。
俺が想像していたのはベッドが二つ置いてある部屋だったんだがな……。
「ベッドが二つある部屋が無いか聞いてみよう」
「いえいえ、構いませんので」
受付に行こうと、部屋から出ようとした俺をヤシロが止める。
「いや、でもな」
「いえいえ私は構いません」
「いやいや俺が構います」
「いえいえいえいえいえ」
「いやいやいやいやいや」
……。
ヤシロがムキになって止めてくるので諦めた。なんなのこの子。
床に荷物を置き、装備していた『鳴哭』をベッドの横に置いておく。
ヤシロは服に武器を仕込んだままだ。帽子は脱いでいる。
「なんなんだよ」
なんか異様に食い下がってきたな。
ジト目でヤシロの方を向くと、無表情のままでピクリと耳を動かす。
「わざわざ、ウルグ様のお手を煩わせる必要は無いと思いまして」
「……ふぅん」
「う、ウルグ様がどうしても私と同室が嫌だというのであれば、すぐに違う部屋が無いか聞きに行って参りますが。私はウルグ様の影故、命令されれば何でもやります」
「……いや、まあいいよ」
別にヤシロと同室が嫌って訳じゃない。女の子と同室っていうのはどうなのかなっていう倫理観的なあれだからな。
つうか、そんな不安そうな表情をされたら嫌だとは言えないだろ……。
「命令されれば、なんでもする……ね」
「? はい」
「じゃあお手してみて」
何となく意地悪がしたくなって、言ってみた。
ヤシロはピクッと耳を立たせると、何故か嬉しそうな顔で、俺の手に自分の手を重ねてきた。
「もう一度」
「わふ」
犬の様な声を漏らし、もう一方の手でお手をしてくる。
耳をピョコピョコ動かしてじゃれて来る姿は狼と言うよりは完全に犬だ。
「お前、狼だろ」
「ふへへ」
前世で近所の犬なんかにしていたように、「あーよしよしよし」と顎の下や頭なんかを撫でてやると、気持ち良さそうにしていた。
「ウルグ様の撫で方、好きです」
「そうか? 別に普通だろ?」
「何というか、強過ぎず弱過ぎずでちょうど良い感じなんです」
ふ。
テレスを撫でた事により、俺の撫でスキルが上昇して来ているようだな。
しばらくヤシロと遊んでから、持ってきた物を整理し、明日からの予定について話し合った。
一度学園に行って入学手続きをして、数日の間は学園で必要になりそうな物を揃えて置く。王都をぶらりと観光するのも良いかもしれない。
修行はあまり出来そうに無いけどな。
「ヤシロが人狼種だと言うことは、やっぱりバレない方が良いだろうな」
「そうですね。帽子をしっかり被っておきます」
「……ただ、寮生活をするに当たって、バレないか、という不安はある。一人部屋が取れないか学園の方に聞いてみようか」
「そうしましょう。迷宮都市の人達の様に、受け入れてくれるとは限りませんし」
人狼種が学園に入るというのは、結構危ない事だと思う。
こっちには大勢の貴族がいるし、迷宮都市よりも嫌な絡みをされるかもしれないからだ。
王都に来る前にそれを考えなかった訳ではないが、「騒ぎになるからお前は学園に来るな」とも言えないしな。命令すればヤシロは言うことを聞くんだろうが、そんな事は絶対にしたくない。
ヤシロが上手い具合に耳と尻尾を隠す事が出来るよう、何か良い道具が無いか探してみよう。
取り敢えず話を終え、俺達は宿で夕食を取った。
王都のすぐ近くに海があるから、ここでは魚料理が多いようだ。
ヤシロが少し悲しそうな顔をしている。
明日、王都で何か肉料理が無いか見てみよう。
―
夕食を終えた後、部屋に備え付けてある簡易シャワーを使用して体を綺麗にした。
それから特にする事も無かったので、今日は早めに寝る事になった。
大きなベッドに、二人で横になる。
枕も大きなのが一つしか無かったため、ベッドの中央に置いて二人で使っている。
そうすると必然的に距離が近くなる訳で。
俺はベッドの外側を向いているが、ヤシロは俺の方を向いているのが背中に視線が向けられている気がする。
ヤシロの事は妹(俺の方が年下だが)か親戚の姪くらいの感覚で接しているが、やはりここまでくっ付くと少し意識してしまう。
現在、俺は十二歳でヤシロは十三歳だ。
前世だと小学六年生から中学二年生くらいの年齢か。
そのくらいの年齢になると、恐らく異性を意識し始めたりなんかするんじゃないだろうか。俺は剣道ばかりだったから、全くそういう浮ついた事は無かったのだが。
「…………」
「…………」
どれくらい経っただろう。
お互いに何も言わず、部屋の中にはただ静寂が広がっている。
俺は眠れずに、静寂って全くの無音な訳じゃなくて、漫画の擬音みたいな「シーン」って音がするんだなぁ、なんて思いつつ壁を見ていた。
後ろでヤシロの身動ぎの音がする。
「寝ましたか?」
「……起きてるよ」
すぐ後ろで囁く様に聞かれ、若干驚きつつ、平静を保って返事をした。
ヤシロはいつの間にか息が掛かるくらいの距離まで近付いて来ていたみたいだ。
「なんだか、眠れないですね」
「まあ、いつもより寝るのが早いからな」
しばらく沈黙が続く。
寝返りを打って振り返ると、目の前にヤシロの顔が合った。
街中の張り詰めた表情とは違う、力を抜いた穏やかな面差しだ。
ぷっくりとした赤い肌に、今は半分閉じられた深紫の瞳。最初に会った頃よりも髪は少し長くなっており、手入れをするようになったからかより艶やかになっている。
暗闇の中で二人きり。闇に慣れた目にはヤシロの姿がハッキリ見えた。
「……近いぞ」
「ウルグ様」
「……どうした?」
「私、獣臭くないですか?」
ヤシロが真面目な表情で言うから少し身構えたが、臭いについてか……。
まさかまだ気にしていたのか。
一年以上前の失言だが、それ程に傷付けてしまったのだろうか。
「……臭くないよ」
あの臭いはしっかりと風呂に入っていなかったからの臭いで、風呂に入ってからは獣臭いなんて感じる事は無くなった。むしろ、女の子らしいふんわりとしたいい匂いになった。
「ごめんな。デリカシーの無いこと言って。傷付けちゃったな」
「……いえ、事実ならハッキリと指摘してくれた方が良いです。指摘して貰えれば改善する事も出来ますから」
ヤシロはあれから野菜や果物などを食事に取り入れ、体も念入りに洗うようになっている。
単純に健康に気を使う事は良いことだと思うが……。
「……いい匂いだから、そんなに気にしなくてもいいよ」
「いい匂い、ですか。自分だと分からないのですが、どんな匂いなんでしょう」
スンスンと自分の服に鼻を当てながら、ヤシロが聞いてくる。
ハッキリとは答えにくい質問だよ。言い方次第では普通にセクハラだからな。今更ではあるけれど。
「果物、とか。何というかフルーティな感じの匂いだよ」
「ふるーてぃ……。りんごやバナナを沢山食べた成果でしょうか。お肉も美味しそうでいい匂いだと思うんですけど、どうしてお肉ばかりだと体臭がキツくなってしまうんですか?」
「あー、そんな詳しい訳じゃないからしっかりとした原因は言えないけど、お肉だと栄養が偏っちゃうんだ。栄養の偏った食生活ばかりだと悪い臭いになるんだよ。肉を食べるのも良いけど、野菜とか果物とか、色んな物をバランスよく食べないとな」
「はぁい」
不健康な人は臭いで分かるとか言うしな。
体は資本だ。健康には気を使わないといけない。
「……って偉そうに言ってるけどさ、俺ってどう? 言いにくいかも知れないけど、その、臭くないか?」
ヤシロはブンブンと勢い良く首を振り、
「そんな事は全っ然、無いですよ。ウルグ様はいい匂いがします」
と興奮した面持ちで教えてくれた。
俺に鼻を近付けてスンスンと息を吸い、「やっぱりそうですよ」と大きく頷いてみせる。
気を使って言っている風でもないし、臭くないというのは本当だろう。少し安心する。
前世では体臭を気にしたことなんて全くなかったからな。
剣道の防具の臭いを嗅いでしまえば、他の臭いも特に何とも思わなかった。夏場の部室全体に広がる防具の臭いは半端じゃ無いからな。
匂い付きの消臭スプレーなんかを使った日にはスプレーと防具の臭いが混ざり合い、刺激的な臭いを醸し出し始めるし。使うなら無臭に限る。
「くんくん」
ヤシロは話の流れのまま、俺の体に鼻を近付けてじゃれるように匂いを嗅いでくる。
恥ずかしいからやめて欲しい。
「……今日は、やけに距離が近いな」
俺が部屋を替えようとした時もそうだし、犬の様にじゃれてくるのもそうだ。
いつもより、距離感が近い。
「……やっぱり、分かっちゃいますか」
ヤシロは「ふへへ」と穏やかに笑うと俺から顔を離した。
「学園に入ったら、泊まる場所も離れてしまうし、寮生活になるから今みたいに耳を晒していられないじゃないですか。ウルグ様と離れる事を考えると、少し怖くなってしまいまして」
普段は特に不満を漏らさないヤシロだが、何も感じていない訳じゃない。何も言わなくても、やはり彼女なりに不安を抱いていたのか。ヤシロに対する気遣いが、少しおざなりになっていた。
「ごめんな」
ヤシロの頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でる。
くすぐったそうに目を瞑って、ヤシロはリラックスするように息を吐いた。
「確かに泊まる所は離れちゃうけどさ、日中はちゃんと一緒にいるし、耳や尻尾だって隠せるようにちゃんと協力するよ。何かあったら絶対に力になるからさ。もし学園で人狼種って事がバレちゃっても、俺がお前を守ってみせるよ 」
「……はい」
「心配するなって……っていうのは無理かもしれないけど、あんまり気にするなよ」
「はい。……ウルグ様は、やっぱり優しいです」
「別にそういう訳ではないよ。ヤシロだから気にするだけだし」
「わ、私だから、ですか?」
どうでも良い奴だったら、こんな風に気にしないからな。
ヤシロは俺を選んでくれたんだ。だから、俺は何が合ってもヤシロを守ってみせる。
「私だから……ふへへ」
「……ほら、そろそろ寝るぞ」
「はいっ」
ヤシロの頭から手をどけて、俺は目を瞑った。
少し話したお陰で、ちょうど良い感じに眠気が来ている。今だったら眠れそうな気がする。
ふんわりと、ヤシロの匂いがする。俺達の距離は触れるか触れないか、分からないぐらいだ。だけどさっき程は気にならなかった。
「おやすみ、ヤシロ」
「おやすみなさい、ウルグ様」
魔術学園の規定では、どの様な種族でも入学が認められる事になっている。別に亜人が入学しても悪いことでも何でもない。だけど、差別や偏見が広まったこの世界では亜人の入学はキツい物があるだろう。
ヤシロは俺に付き合ってくれるんだ。最大限のケアをしなければ。
そう思い、俺は眠った。
ステータス
名前:ウルグ
年齢:十二歳
職業:Cランク冒険者
実力:B~B+
剣技:流心流二段
装備
上:黒の魔術服(防御力超絶UP)
下:黒の魔術ズボン(防御力超絶UP)
武器:鳴哭(攻撃力超UP、魔力防御貫通)
加護
姉様の加護(セシルからの愛情度超絶MAX)




